第64話 退屈な日々?


「退屈マキシマム」


「お昼寝日和」


 ユアとユナがぼやいている。近くで、シュンは創作魔法による魔法陣を20個浮かべて毒薬と解毒薬を創作していた。光球に包まれた素材がそれぞれ攪拌かくはんされたり、り潰されたり、液体に浸されたり・・創作魔法で生み出された魔光球20個の中で加工作業が行われている。


 神様に約束した通り、控えめに魔物を狩って素材の加工をしたり料理をしたり、錬金で薬を生み出したり・・。至極平和な日々を過ごしているところだ。"ガジェット・マイスター"の方も無事に生き残っているらしく、時々郵便で近況をしらせ合っていた。

 迷宮戦が始まって今日で16日が過ぎた。迷宮人達と遭遇戦を回避するために行動範囲を狭くし、海岸線から少し内陸部へ入った場所に隠れて生活をしている。双子がぼやくのも無理は無い。


 ムジェリから貰ったムジェリの天幕テントが秀逸だ。



(1)天幕テントを張りたい場所にシュンが手を置く。

(2)1人用の小さな天幕が出現する。

(3)入口の垂れ幕を開けて中に入ると、そこは家の中です。

(4)素敵な居間リビング、清潔な調理場キッチン、人数分の寝室があります。

(5)中に居るとHP・MP・SPが通常の10倍の速度で回復します。


 居間や寝室には窓があり、ムジェリと出会った湖だろう美しい湖面を眺めることが出来る。おまけに昼に入れば昼の、夜になれば夜の景色になる。



「もう、ここに住めば良い」


「外に出なくて良い」


 ユアとユナが布張りの長椅子の上で長々と伸びている。


(お・・?)


 双子のぼやきに苦笑しつつ創作魔法を操っていると、魔法陣が一斉にいつぞやの明滅とバチバチという小さな炸裂音を鳴らし始めた。

 途端、双子が瞳を輝かせて跳ね起きた。



パンパカパ~~ン♪ ヒューヒュードンドンドン♪



 妙な楽器の音が鳴った。


「きたぁ~」


「やたぁ~」


 ユアとユナが手を打ち合う。


 20個展開していた創作魔法陣の内、10個に小箱が出現していた。


「御大将?」


「御館様?」


 2人がにじり寄ってくる。


「いや・・何だか、前のとは違う箱だぞ?」


 シュンは魔法陣の上に出現した箱を眺めた。


「ユア、突撃!」


「ユナ、突撃!」


 2人がそれぞれ小箱に手を伸ばして蓋を開けた。


「・・あめちゃん」


「・・ポテチ」


 微妙な顔をしつつ、


「ユア、突撃!」


「ユナ、突撃!」


 2人が次の箱へ飛びついた。


「・・プリン!」


「・・フルーツゼリー!」


 ユアとユナが小さく拳を握った。

 さらに次の箱へと駆け寄る。


「・・ポテチ」


「・・ポテチ」


 やや肩を落としつつ次へ・・。


「高級チョコぉーー!」


「・・抹茶アイス」


 そして、最後の2箱へ。


「かみかみ昆布かぁ・・」


「かりかりな梅かぁ・・」


 双子が項垂うなだれた。がっくりと肩を落としながらも、ポイポイ・ステッキで残さず収納している。


「戦利品の報告です!」


「のど飴5、ポテチ15、プリン9、フルーツゼリー7、抹茶アイス4、噛む昆布3、種なし梅6でした!」


 双子が敬礼しつつ報告した。


「高級チョコはどうした?」


「極めて少数です」


「割愛します」


「・・そうか。まあ良いが・・」


 シュンはきちんと作成された毒消しを収納しつつ、次は何を作ろうかとポイポイ・ステッキの内容物を見た。


 あの妙な音が鳴った時は、異邦のお菓子が出現するらしく、シュンが創作魔法を使い始めると、双子が近くを離れない。

 双子のお目当ては、チョコレートという甘いお菓子だ。確かに美味しいのだが、ちょっとシュンには甘過ぎた。


「ボス、上納品です」


「ボス、献上品です」


 双子がポテチと呼んでいるお菓子を5つ差し出してきた。シュンは無言で収納すると、今度は呪詛祓いの薬粉を作り始めた。

 ユアとユナが互いの戦利品を確認しつつ、ちらちらと魔法陣へ視線を向ける。


(え・・?)


 またしても、バチバチと電光らしき光が魔法陣を彩り始めた。今度は20個の魔法陣の内、6つだが・・。



パンパカパ~~ン♪ ヒューヒュードンドンドン♪



 楽器の音が鳴った。

 ユアとユナが正座をして食い入るようにシュンを見つめている。


「どうぞ」


 シュンは突撃を許可した。


「チョコ最中ぁ~」


「チョコバぁ~」


 双子の絶叫が賑やかに響いた。2人とっては当たりらしい。


(・・う~ん、かなりの確率でお菓子に邪魔されるな。これ、なんとかならないのか?)


 練度が上がれば、もう少し防げるようになるのだろうか? 5回に1回は異邦のお菓子が混ざるようになってしまった。これも神様の悪戯だろうか。


(素材がマズいのか?)


 帳面メモを確かめつつ首を捻る。

 どうやら欲しい物が混じったらしく、耳をつんざくような歓声をあげていた双子が急に静かになった。


「ボス、なんか出た」


「ボス、異物混入」


 双子が声を潜めてシュンを呼んでいる。


「どうした?」


 近付いてみると、


「・・手?」


 毛むくじゃらの太い腕が箱の底から生えていた。灰色の肌に黒い剛毛、何かを握った形に曲げた指には汚れた鉤爪が生えている。


「何だこれ? 指が3本?」


「腕でアリマス」


「手でアリマス」


 双子がじわりと遠ざかる。


「・・気味が悪いな」


 シュンは少し考えてテンタクル・ウィップを伸ばして箱の中の怪腕に巻き付けた。直接触らず、触手を使って箱から取り出そうとしたのだ。しかし、思いのほか強い力で怪腕が箱の中に引っ込もうとする。


「こいつ、生きてるぞ」


 シュンは眉根を寄せると、テンタクル・ウィップを引き絞りながら腰の短刀を抜いて手首を狙って斬りつけた。



ギィィン・・



 激しい金属音が鳴ってシュンの短刀が弾き返されていた。


(何だ?)


 灰色の怪腕が弾いたというより、目に見えない何かに防ぎ止められたようだった。

 シュンは完成したばかりの呪詛祓いの薬粉を振りまいた。果たして、毛むくじゃらの怪腕の上に、一瞬だけ長い棒らしき物が浮かび上がる。シュンはテンタクル・ウィップを怪腕が掴んでいる棒にも巻き付かせた。その上で、毛むくじゃらの腕めがけて短刀を突き入れる。今度も何か硬い物に刃が触れ切っ先をらされたが、強引に突き入れて怪腕の手首を貫くことが出来た。真っ黒な血が流れ出し、箱の中に滴って黒煙を噴き上げる。



ゴアァァァァーーーー!



 いきなり獣の咆哮が響き渡った。凄まじい力でテンタクル・ウィップを引き千切ろうと暴れる。しかし、計12本の黒い触手は巻き付いた相手を逃す事無く拘束し続けた。その間も短刀は手首を捉えたまま深くえぐっていく。刀身が青みがかった光を帯び、白銀の光が湯気のように揺らぎ立っている。刃が骨を断つ感触が握る手に伝わって来た。粘土でも押し切るかのような容易さで刃が骨を切っていく。



ガァァァァーーー



「ひゃっ・・」


「うひゃ・・」


 再びの咆吼に双子が背を縮めてシュンの背中へしがみついた。


「護耳、護目、戦闘準備」


 指示しつつ、シュン自身も"護耳の神珠"と"護目の神鏡"を装着し、ムジェリの村で手に入れたタクティカル装備を身につけた。


「"ディガンドの爪"を出し、防御魔法を重ねがけしておけ」


「アイアイサー」


「ラジャー」


 双子が大急ぎで戦闘準備に入る。


「ジェルミー」


 シュンの呼びかけに、同じくタクティカル装備姿のジェルミーが出現した。すかさず、刀を抜いて灰色の怪腕に突き入れる。


「身体強化を使う」


 短く告げて、シュンは身体能力の底上げを行った。わずか3分間だけの能力だが・・。

 テンタクル・ウィップが赤黒い光を帯びて力を増し、短刀から立ちのぼる青白い光が眩く輝く。


 めきめき・・と音が聞こえそうな勢いで、テンタクル・ウィップが怪腕に食い込んで締め付け、短刀が一気に手首を切り離した。



ガアゥッ・・



 短く苦鳴が聞こえた。

 同時に、腕が光る胞子となって散り始め、最後まで放れなかった3本指の手も力を失って消えていった。

 残されたのは、眼には見えなかった長い柄の物だ。怪腕から解放されて目視できるようになったらしい。


 ドシン・・と重々しい音を鳴らして床に落ちたのは、幅広の剣身に長柄をつけたような大剣だった。全体の長さはシュンの身長の3倍近い。白銀色の柄の先に同じく白銀色の分厚い重そうな剣身に、黄金色をしたイバラのような物を浮き彫りにした意匠になっている。


「お・・」


 拾い上げようとして、シュンは小さく声をあげた。大きかった大剣がみるみる縮んで人差し指ほどの小さな剣になってしまったのだ。


「これは・・?」


 摘まみ上げてみると、冷たい金属のような感触だった。


「・・っ!?」


 シュンは小さく身体を震わせた。


「ボス!?」


「ボス!?」


 背中にしがみついていた双子が心配して顔を見上げてくる。


「何か刺さった」


 親指の腹に傷が入り小さく血が滲んでいる。その手元をユアとユナが覗き込んだ。すぐに2人して治癒魔法をかけてくれる。


「呪われた?」


「毒?」


 解呪と解毒の魔法もかけてくれた。


「・・大丈夫そうだな」


 シュンは身体の具合を確かめながら呟いた。左手の甲に浮かぶステータス表示を見ても、HP・MP・SPの数値に変化は見られない。


「あれ・・?」


 手の中にあった小さな大剣が光りながら消えていった。


「光って消えた」


「光の粒になった」


「どこへ・・っと!?」


 消えた大剣を意識した途端、手元に長柄の大剣が現れた。柄だけでシュンの背丈ほどある。剣身も同じくらいの長さだろうか。ずしりと重く大きいが、無駄な持ち重りはしなかった。


「手は?」


「チクっ?」


「いや・・今度は刺さらないな」


 シュンは長い柄に巻き付くようにかたどられたイバラを見た。さっきは、このイバラトゲが親指に刺さったらしい。剣先は扇のような形に拡がっていた。


「しかし、これは・・俺には重過ぎるな」


 身体強化が効いている間は扱えるが、今は重さで振り回されそうだ。シュンはVSSなどと同じように、長柄の大剣の収納を意識してみた。


「消えた」


「収納?」


「うん、普通に収納できるらしいな」


「ボスの武器?」


「ボスに登録?」


「・・ああ、そうなるのか」


 シュンが意識することで出し入れ出来るということは、神様がくれた武器・刀剣と同じ扱いということか。

 VSSにテラーミーネ43、テンタクル・ウィップに短刀、そして長柄の大剣。


(ずいぶんと武器が増えた)


 銃器は対人、人型をした魔物が相手なら高威力を発揮するが、20階を目前にしてそろそろ威力不足になってきた。テンタクル・ウィップは万能だが神様から使用を控え目にするよう言われている。短刀を使うほどには近付きたくない。長柄の大剣は身体強化中の3分間しか使え無いだろう。

 武器は数だけ増えたが、結局のところ、魔法を鍛錬しないと大型の魔物とは渡り合えないようだった。


 それにしても・・。


(・・やれやれ)


 シュンは小さく嘆息した。

 薬品を作っていただけなのに、とんだ騒動になったものだ。






=======

7月8日、誤記修正。

確立(誤)ー 確率(正)

10月26日、テロスローサの外観説明が意味不明との事でしたので微修正。

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