第65話 オンターゲット
「・・久しぶりだな」
木の陰から姿を見せたのは、見覚えのある
「ここでやるのか?」
シュンは周囲を警戒しつつ、場合によってはテンタクル・ウィップを使う気でいた。
最初に見つけたのは、風魔法で索敵をしていた双子だった。すぐさま、他に接近して来る迷宮人や他の魔物が居ないか索敵の範囲を拡げたが、今のところ、1人しか発見できていない。
その1人がこの美麗な顔立ちの迷宮人なのだが、
(こいつ・・少し変わったか?)
シュンは5メートルほどの距離で対峙しながら相手を観察していた。前に見た時は、もう少しささくれた、顔付きに似合わない粗暴な雰囲気をしていたのだが・・。
「お前、名前は何だったかな?」
「シュン」
「・・俺は、ユキシラだ」
「それで? 俺達は何かの罠にかかっているのか?」
シュンは周囲へゆっくりと視線を巡らせていった。左右やや後方の木に隠れてユアとユナがいつでもEX技を出せる準備をしていた。
単発の狙撃ではシュンも双子も斃れない。狙撃後にユキシラが刀剣で追撃をするか、ユキシラもろとも大魔法の連撃で巻き込むしか無いのだが、魔法の距離には敵の姿が見当たらなかった。
「一騎打ちを申し込みに来た・・と言ったら信じるか?」
「信じない」
シュンは即答した。どこぞの騎士物語ならいざ知らず、シュンは辺境の猟師だ。騎士に対する憧れは皆無だ。
「だろうな」
ユキシラが小さく笑って、手にしていた狙撃銃を消し、緩やかに弧を描いた片刃の刀を2本手に握った。
「自分の程度を
「程度?」
シュンはVSSを構えてユキシラの胸へ狙いを付けた。素早く動かれても、胴体なら避けられ難い。
「今の自分が、お前と比べてどの程度なのか知りたくなったのさ」
「そうか」
シュンはVSSの引き金を引いた。
連射で5発。
3発が曲刀で弾かれ、2発はユキシラに当たったが肩と二の腕だ。シュンはなおもVSSを連射しながら、ユキシラの2刀をぎりぎりで回避して、抜き打ちに短刀を振り抜いた。
キィィーーン・・
鋭い金属音を残して短刀が弾かれた瞬間、ユキシラは地面すれすれに身を沈めて迫り、シュンは構わずにVSSを連射する。足下を襲う一刀を回避し、斜め下から喉元を襲った一刀をVSSで受け止める。
体勢を大きく崩しながら、シュンはVSSを撃った。
地面に転がり、素早く身を振って迫るユキシラだが、いつまでも銃弾を躱せるものでは無い。たちまち被弾が重なって大きく姿勢を崩した。
(ちっ・・)
あと数発のところでVSSの弾が尽きた。
シュンは短刀を抜いて前に出た。ユキシラの得意な間合いに自分から跳び込んだ形だった。
斜め下から跳ね上がってくるユキシラの一刀を短刀で受ける。直後に逆側から挟んで斬りつける一刀の、さらに内へシュンは大胆に踏み込んで、ユキシラの
「ボス、まだ遠いけど来てる」
「ボス、押し寄せて来てる」
双子が治癒魔法をシュンにかけつつ近寄ってくる。
シュンの見下ろす先でユキシラが静かに消えていき宝珠が1つ転がった。
霧隠れ・・
水楯・・
防御の水魔法を使ってから、ポイポイ・ステッキでユキシラの宝珠を収納した。
「MP回復薬を2本使って良い」
シュンは双子に告げた。
「アイアイサー」
「ラジャー」
ユアとユナがにんまりと笑みを浮かべて敬礼をする。
「敵の狙撃は俺が防ぐ」
シュンは双子の前に出た。基本的に、双子はシュンのすぐ後ろ、前から見れば半身が覗くかどうかといった位置取りを好む。回復の魔法、防御の魔法も100メートルの距離でかけられるようになったが、伸ばせば手が届く位置というのが精神的に良いらしい。
3人それぞれがムジェリの強化した"ディガンドの爪"を出している。その上で、分厚い水楯で護られているのだ。遠距離からの単発の狙撃など怖くはない。魔法攻撃も、高威力のものを連続して浴びなければ耐えられる。おまけに、多勢に無勢の対集団戦の経験値が高いので、少々の攻撃を浴びたくらいではパニックに
「距離500」
「数も500くらい」
「距離300で攻撃開始。近接組はナイトとジェルミーで処理する」
「アイアイサー」
「ラジャー」
双子が返事をした時、上空から
(牽制? 本攻撃は斬り込みか?)
シュンは水楯を上空側にも出現させ、なおも迷宮人達の動きを見守っていた。
周辺に賑やかに炎が着弾し始め、木々が燃え上がる。
「よく集まったものだな」
シュンは素直に感心しつつ、脇へ退いた。
並んで待機していた双子が片手を頭上へあげた。すでに黄金色の魔法陣が出現して輝いている。
「シャイニングゥーーーー」
「バーーストカノーーン!」
掛け声と共に助走をつけて軽く跳び、揃った動きで手を振り下ろした。
黄金色の魔法陣から砲弾が撃ち出される。輝きを残して飛翔するなり、300メートル地点に着弾して眩い閃光と共に爆発した。さらに、もう1発、2発と撃ち込んで、ユアとユナがMP回復薬を片手にシュンの後背へと戻って来た。
「反撃が薄い。
あまりレベルの高くない迷宮人達らしい。魔法はお粗末だったし、近接だろう斬り込み隊が自分達が燃やした火や煙に巻かれて右往左往している。一応、狙撃の弾は飛んで来ている。ただ、命中弾は皆無だったし、弾数が少な過ぎる。これでは、仮に直撃しても悠々と回復可能だ。
「威力の無い魔法ばかり」
「
双子の見立ても似た感じだ。
「となると、向こうの狙いは無理矢理接近してEX技くらいか」
それ以外に迷宮人側には勝ち筋が無いように思える。
近接しての刀剣による攻撃は良くも悪くも当人の技量次第だし、中途半端に接近すればシュンの水渦弾が待っている。
(勝てない事は分かるだろうに・・)
ユアとユナの大魔法を受け半数が宝珠を残して消えただろうか。残った迷宮人は懸命に回復をしながら包囲してくる。どうやって戦意を繋いでいるのだろう。
「何かある?」
「知らない武器?」
「う~ん、まあ・・あるんだろうけど」
何をするのかと見守っていると、迷宮人達はシュン達を中心に円形に取り囲んだ。
「槍?」
迷宮人達が何やら叫びながら
「
「
双子がきょろきょろと見回す。
「・・は?」
シュンの眼には、迷宮人達が自殺を始めたように見えた。取り囲んだ迷宮人達が、短刀で喉を突き刺して
「儀式?」
「黒魔術?」
「・・ああ、そういう魔法か」
双子の呟きを耳にして、シュンはようやく迷宮人が何をやりたかったのか理解できた。双子が言う通り、正に儀式だろう。シュン達を中心とした呪術らしき魔法円を作る為に、大勢で遠巻きに取り囲んで棒を地面に突き立てていたわけだ。その上で、命を対価に術を発動させる・・実際に命を落とさないからこそできる魔法だった。
「ユア」
「アイアイ」
ユアが
直後、辺り一帯がどろりと黒い沼と変じてた。シュン達は"聖なる楯"に守られて何のダメージも受けていないが、何らかの悪疫を受けるだろう雰囲気だ。
「ホーリーレイン」
「ホーリーサークル」
ユアとユナが"聖なる楯"の中で神聖魔法を使用した。聖水の雨が降り始め、光る防護魔法陣が3人の足元に展開された。
「呪詛か毒か・・沼地で動きを鈍らせるつもりか?」
そうなると、次の攻撃が来るはずだ。
「ボス、上」
「空にドクロ」
「ん?」
双子に促されて見上げた上空から巨大な
シュンは迷わずテンタクル・ウィップを使用した。天に向けて黒い触手が生え伸び、巨大な
「ダメージポイントが出るな」
どうやら
「
召喚されたものなら、術者を斃せば消えるはずなのだが・・。
「シブトイ」
「タフネス」
「そうだな」
かなりのダメージポイントが出ているのだが、まだ浮かび上がって襲って来ようとしている。テンタクル・ウィップだから抑えておけるが、自由に飛び回らせたら厄介な魔物だろう。
「サウザンド・フィアー」
シュンはEX技を使用した。紅い光に巨大な
シュンは、VSSを構えて連射を始めた。銃弾1発が、9999の固定ダメージだ。それを秒間10発撃ち込む。100発撃ち切ったところから水渦弾だ。
(・・再生速度が速いのか、HPが膨大なのか)
どうやら30秒では仕留め切れない。
「ユナ、EX」
「ハイサー」
ユナが"聖なる剣"を発動した。シュンは身体強化をして、最近手に入れた長柄の大剣を取り出して走った。光剣が降り注いで無数のダメージポイントが跳び散った中へ、シュンは
ゾブッ・・
硬い物を斬ったはずが、どこか柔らかみのある肉でも斬ったかのような手応えが柄に伝わった。
同時に黄金色の閃光が爆ぜて長柄の大剣を中心にして巨大な
「昇天っ!」
「浄化っ!」
双子が手を打ち合わせた。
「・・ダメージポイントは99999だったな?」
長柄の大剣で斬りつけた時に出た数値だ。
「イェス、ボス」
「99999」
ユアとユナが握った拳に親指を立てて笑顔を見せる。
「でも色が違った」
「金字だった」
「そうだった・・確かに」
通常のダメージポイントは赤字で表示される。なのに、大剣が
「・・っと!」
身体強化が切れて、大剣の重量で圧し潰されそうになり慌てて収納した。
(大剣に秘密があるということか・・)
それまで与えていたダメージは意味が無かったのだろうか? それとも、ダメージが蓄積した上に、大剣のダメージが加わったから斃せたのだろうか?
「宝珠とは違うな」
巨大な
「怨念?」
「呪怨?」
双子が素早くシュンの後背へと移動する。
「・・EXは戻ったか?」
「あと2分ナリ」
「あと6分ナリ」
それぞれ左手のステータス表示を確認しながら答える。
「ユアの"聖なる楯"を待とう」
「アイアイ」
ユアが敬礼する。
「ジェルミー、迷宮人の宝珠を回収しつつ索敵を頼む」
声に出して指示をすると、ジェルミーが姿を現して焼け野原になって白煙をあげている平原へ駆けて行った。
今の内にと、シュンは"霧隠れ"をかけ直し、水楯を消して"ディガンドの爪"を正面に浮かべた。それを見ていたユアとユナが防御魔法をかけ直す。
「EX楯おっけぇ」
「あと4分ナリ」
「よし・・触ってみようか」
シュンは紅い珠に手を伸ばした。そっと表面に触れると、まるで水面に触れたかのように手が沈んだ。途端、何かに手を挟まれた。
(いや、掴まれたのか?)
小指の辺りを小さな手で掴まれたような感覚だ。軽く引くと、何事も無く手が出てくる。タクティカル・グローブを確かめるが傷は入っていない。
「ボス?」
「平気?」
「・・中に何か居る」
シュンはグローブを外して素手を紅珠の中へ差し入れてみた。
果たして、ひんやりとした小さな手が触れてきた。そっと探るように手を動かすと、生き物の身体らしい物に指が当たった。
「外に出られないのか?」
シュンは紅い珠に向かって話しかけてみた。
(SPだけを吸われている?)
シュンは自身のステータスを見ながら様子を見守った。HPやMPに比べれば、シュンのSPは余裕がある数値だ。少々減ったところで、すぐに回復をする。今も数千単位で減りかけるが、すぐに元に戻って、また減って・・を延々と繰り返し、結果として数十程度の数字が減っているくらいだ。
「俺は、シュン。おまえは?」
もう一度、声を掛けてみる。その様子を、ユアとユナが不安そうに見守っていた。今にもEX技を発動しそうな気配だ。
『カーミュです』
声が返った。少年・・それも、かなり幼い感じがする声だった。
「カーミュか」
頷きながら、ユアとユナを見るが、2人は気味悪そうに首を振っていた。シュンにだけ聞こえた声らしい。
「カーミュはそこで何をしている?」
『カーミュは殺されたです』
「殺された?」
『死の海辺から魔物として
「
『カーミュは蘇ってしまったのです』
「迷宮人が命を
『偽の命を
「まあ、迷宮戦が終われば蘇るからな」
それが分かっているから、迷宮人達は命を対価にするような無茶な召喚術を実行したのだろう。
『迷宮人は死者の国を
「・・そうなのか? 理屈は分からないが・・」
『
カーミュの声から
「そうか。俺には関係無いが・・それより、おまえ・・カーミュは消えてしまうのか?何か助かる方法があるか?」
『シュンの精気・・活力を糧に貰ったのです。まだ少し自我を保てるです。それでも、今はこの繭珠の中でしか生きられないです』
「そうなのか。不自由だな・・俺に何かしてやれれば良いが」
シュンが思ったことを口にする。後ろで、双子が気が気でない様子でそわそわとシュンの顔を見て、紅い珠を見て・・咆吼を打っ放すべきだとか、物騒な相談をやっていた。
「収納の神具に入れても大丈夫かな?」
『繭珠ごと入れれば大丈夫なのです』
「そうか。なら一度、収納しておこう。ここは安全とは言えない」
『分かったです』
紅い珠の中でシュンの手を握っていた小さな手が放された。
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