第242話 チェックメイト


 輪廻の女神の話を簡単に纏めると、以下の通りだった。


 凶神を追って異空間に入り、交戦を続けていた。

 突然、何かの破壊の力が異空間を襲った。

 その衝撃によって、輪廻の女神は手傷を負った。

 同じように凶神も深い傷を負った。

 そして、なぜかどちらも再生能力が消失してしまった。

 いつまでも傷が癒えず、傷口が塞がらなくなった。

 手傷を負った身を再生させるためには、互いに相手を喰うしか手段が無くなった。

 それで、輪廻の女神と凶神は互いを喰い合い、輪廻の女神の方が先に相手を喰い尽くした。



『・・以上さ』


 マーブル主神が真っ青な顔で説明した。

 輪廻の女神は別間で休んでいる。


「凶神を仕留めたということですね?」


 シュンは頷いた。


『いやっ! そこじゃない!』


 マーブル主神が、大きく跳び上がってシュンを指さした。


「凶神は生きているのですか?」


『同化しちゃったんだよ。闇ちゃんに食べられて・・闇ちゃんの身体の一部になったのさ』


「つまり・・凶神の脅威は取り除かれた?」


『そうさ・・そうなんだけど、じゃなくって! どうして、あの空間が虚空になったと思う?』


 マーブル主神て両手を腰に当ててシュンを見下ろした。


「なにかの破壊の力による・・でしたか?」


 シュンはわずかに首を傾げつつ答えた。


『それだよ!』


「それ・・ですか?」


『なに、すっとぼけてんの!』


 マーブル主神がシュンを指さした。


「いえ、本当に分からないのですが、いったい・・」


『ああぁ~ん? いつもは、とんでもなく鋭いのに? こんな時だけ鈍いふり~?』


 マーブル主神が、すがめを作ってシュンの顔を覗き込む。


「主神様?」


『・・っかぁ! 本当の、本当に気付かないのかい?』


「ええ、全く何の事か・・」


 シュンは首を振った。


『あれだよ! 君が異界神の世界を消去した時っ!』


「異界神の? あの流民船の時ですか?」


 異界内で、封印を全て解除したアルマドラ・ナイトを試したが・・。


『そうだよ! 適当に、ちょいちょいと破壊光を放ったでしょ? 放ってないとか言うつもりかい?』


「あの時は・・ああ、そう言えば何度か・・試し斬りをやりましたね」


 アルマドラ・ナイトの封印を全解放して、異界を消滅させてから、少し時間が余ったため、限界を確かめるために何度か"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"による斬撃光を放ったのだった。


 彗星のように白銀光の尾を引いて飛んで行った斬撃の光を思い出しつつ、シュンはマーブル主神の顔を見た。


「まさか・・?」


『そのまさか』


 マーブル主神が頷いた。


「しかし、そのようなことが・・?」


『ボクが調べたんだ! 間違いありません! あれは、君のアルマドラ・ナイトによる破壊です!』


 マーブル主神が、シュンを指さしながら断言した。


「確かに、何回か放った気がしますが・・」


『その数だけ、どこかで可哀相な、とても運の無い世界が消えたかもね』


「・・軽率でした」


 シュンは俯いた。


『おっ・・妙に素直?』


「どれほどの威力があり、どこまで届くものなのか・・分からないままに放ってしまいました。申し訳ございません」


 シュンは深々と頭を下げた。


『お・・おぅ、まあ・・分かれば良いんだけど。他のは何にも当たらずに消えたみたいだし・・』


 マーブル主神が腕組みをしながら大きく息を吐いた。


『それから・・闇ちゃんを助ける時、ボクを虚空へ向かって突き飛ばしたよね? あれ、君だよね?』


「確かに、軽く背中を押しましたが・・」


『ぶあっかもん! なんてことするんだい!』


 マーブル主神が怒鳴った。


「虚空に落ちないギリギリのところで引き留めるつもりでした」


 シュンとしては、出口さえあれば、マーブル主神の声に誘われて、輪廻の女神が自ら虚空を脱けて飛び出してくると予想していたのだ。


『いやっ、どっぷり落ちたからね? いきなり引きずり込まれて、何にも見えない真っ暗な中で溺れたからね? 戻ろうとしても、ヌルヌルした物に巻き付かれて引っ張られたんだよ。すっごく怖かったんだからね?』


「予想外の引き込みでした。あれほどの大物を釣った・・持ち上げたのは初めてです」


『・・っちがぁーーーう! おっかしいでしょ? あれって、君がやるんじゃなかったの? 虚空に入って闇ちゃんを捜してくるって話だったでしょ?』


 マーブル主神が睨む。


「当初はその予定だったのですが、時間的な猶予を考えた場合、主神様の力をお借りする方が間違いないと・・」


『っだぁーーー、だったら、先に言ってよ! これこれこうで、こうやりたいって説明してよ!』


 真っ赤な顔で、手足をバタバタ暴れさせるマーブル主神を前に、シュンは深々と頭を下げた。


「申し訳ありませんでした」


『結果として闇ちゃんを救うことが出来たんだ。罪に問うことはしないけど、これって一歩間違えたら主神殺しだからね?』


「次があれば、必ず事前に相談致します」


『むぅ・・』


 マーブル主神が忌々いまいましげにシュンの顔を睨む。


『・・本当は、今回の救出の褒美として、君達"ネームド"をレベル75にしようって思ってたんだけど。さすがに、褒美をあげる気分じゃない。しばらくお預けだからね!』


 マーブル主神が、ぷいっとそっぽを向いた。


「そう言えば・・」


『・・なんだい?』


「毎月1レベルずつ上がるという事でしたが・・あれ以来、1レベルも上がっておりません」


 シュンは毎月ステータスを確認している。自動的に上がるという話だったにも関わらず、シュンだけでなく"ネームド"の誰1人としてレベルアップの恩恵を授かっていなかった。

 あれほどの数の魔王種、魔王、龍人を仕留めているにも関わらず・・である。


『うぅ・・いや、それは・・』


 マーブル主神の顔色が曇った。


「龍人を食べるなどして、それなりに力を増しておりますから、今のところ不自由はしておりませんが・・」


『うん、まあ・・そういう約束があった事は覚えてるよ? しかしだねぇ・・何て言うの? 感情的に、納得できないわけだよ』


「分かりました・・主神様を害しかねない大罪を犯した身です。レベルについては何も申しません。この度の使徒としてあるまじき行為を謝罪致します。申し訳ございませんでした」


 シュンは床に両膝を揃えて座ると、一度、マーブル主神を正面に見上げ、両手を床に着いて深々と頭を下げた。


『あ、ああ・・いや、分かってくれれば良いんだ』


 強張った顔に、冷や汗を浮かべながら、マーブル主神がそうっと後退あとじさった。あまりにも温和おとなしいシュンの様子が気味悪くなったのだ。


「お赦し下さいますか?」


 シュンは床に膝を着いたまま、じっとマーブル主神を見つめた。


『もっ・・もちろんだとも! 赦す! 赦します!』


「今となっては言い訳がましいですが・・」


 シュンは、絶対の自信があったからこそ、マーブル主神を餌に、輪廻の女神を釣り上げる作戦を行ったのだ。事前に説明をしなかったのは、作戦を聴いたマーブル主神がどこかへ遁走してしまう可能性を感じたからだ。


「冷静に考えれば・・主神様が輪廻の女神様をお見捨てになるはずが無かったのですが・・」


『・・もちろんだとも! ボクは逃げも隠れもしないよ! ちゃんと相談してくれれば・・二つ返事で引き受けたさ!』


 マーブル主神が拳を握って力説する。


「私が愚かでした」


 シュンは、改めて両手を着いて平伏した。


 その時、コツコツ・・と、部屋の扉が叩かれた。

 壁際で静かに佇んでいたオグノーズホーンが、マーブル主神を見て頷いた。


『あぁ・・闇ちゃんだ』


 マーブル主神が、強張った顔でシュンを見た。


「もう、ご回復を?」


 シュンは膝立ちに、扉の方を振り返った。


『そりゃあ、闇ちゃんだもの。う~ん・・』


 マーブル主神が視線を落として考え込む。


 もう一度、コツコツ・・と、扉が叩かれた。


『シュン君の攻撃で、あの空間が虚空化したことを話しちゃうよ?』


「はい。すべてお伝え下さい」


 シュンは頷いた。


『事を荒立てたくは無いんだけど、闇ちゃんに嘘は厳禁だからね』


 マーブル主神が扉に向かって指を鳴らすと、音もなく扉が開いて、真っ黒な長衣を纏った女神が姿を見せた。


『やあ、闇ちゃん、もう具合は良いのかい?』


 マーブル主神がにこやかに出迎える。


『不甲斐ないところをお見せしました。恥じ入るばかりでございます』


 輪廻の女神が悄げた様子で俯く。


『何を言ってるんだい! 闇ちゃんは、ちゃんと凶神を斃してくれたじゃないか!』


『無様に喰い合いをして、やっと・・でしたわ』


 俯いたまま、輪廻の女神がお腹の辺りを摩る。


『い、いやぁ・・凄いよ! うん! さすが闇ちゃんだね!』


『・・それにしても、あの空間で浴びた破壊の光は何だったのでしょう? たった一撃で、私は身体の半分近くを持っていかれ・・おかげで、凶神めと喰い合いをするしかなくなったのです。あんなもの口にしたくなかったのですけど・・』


『あぁ、あれは・・まあ・・異界神が攻めて来てね。そこのシュン君が、異世界を滅ぼすために、破壊光を放ったんだ。それが、凶神と闇ちゃんが戦っていた空間に当たっちゃったみたい』


 マーブル主神がシュンを指さして言う。


『・・シュンが?』


 輪廻の女神の切れの長い双眸がシュンを捉えた。


「御迷惑をお掛けしました」


 シュンは低頭した。


『そうですか。使徒シュンなら仕方がありませんね。この度の事はすべて不問としましょう』


 意外にも、輪廻の女神があっさりと赦した。


『あれ?』


 マーブル主神が、やや拍子抜けした様子で輪廻の女神を見る。戦いの邪魔をされたと、怒り狂って手が付けられなくなる状況を予想していたのだ。


「主神様、アリテシア教の教祖として女神様にお許しを得たいことがあるのですが・・」


 シュンは、マーブル主神と輪廻の女神、双方へ視線を配りながら言った。


『闇ちゃんに?』


『私に・・ですか? 何でしょう?』


「その前に、私の婚約者2人をここへ招いて下さいませんか?」


『ふむ? そのくらい良いけど・・』


 マーブル主神が部屋の床の辺りを指さした。

 途端、ユアとユナが揚げ物が並んだ丼鉢を抱えて現れた。ちょうど、何かを頬張ったところだったのだろう。頬を膨らませたまま、驚いた顔で周囲を見回し、そそくさと食器を収納して立ち上がる。


「主神様と女神様に、例の物を」


 シュンは事前に打ち合わせた通りに言うと、ユアとユナが大急ぎで口を動かしながら無言で敬礼をした。


「まず、現在流通している聖印貨ですが、元々は前の主神が祝福を与えた物。意匠は数字と模様だけで味気ない気がします。今代の主神様を象徴するものとして、新しい硬貨へと変更したいと思います」


 シュンの言葉に合わせ、ユアとユナが大きな木箱を取り出して蓋を開けた。白絹の台に、各種硬貨が整然と並べられている。


「ご覧下さい」


 シュンは硬貨を手に取って、マーブル主神と輪廻の女神に1枚ずつ手渡した。


『ぐっ!』


『まあっ!』


 それぞれが声を上げた。


 表面には、マーブル主神の顔が、裏面には輪廻の女神の顔が、それぞれ浮き彫りになっている。


「いかがでしょう?」


『ぇ・・えと・・』


『素敵です!』


「主神様が代わったことを、地上に住み暮らす人間達は知りません。今後の布教は元より、こうした通貨などを変更する中で流布していきたいと考えております」


『素晴らしい考えです! さすがは、主神様の使徒ですね?』


 輪廻の女神が、喜色満面、マーブル主神を熱っぽく見つめる。


『ひっ・・あ、ああ、うん・・いやぁ、これは良い着眼点だねぇ~、ボクも気が付かなかったよ』


 マーブル主神が引きった笑顔で応じた。


「通貨だけでは無く、アリテシア教の紋章にも、主神様と女神様を対にした意匠を考案しました。こちらになりますが・・」


 シュンの差し出した紋章図案を、輪廻の女神が引ったくるように手に取って凝視する。


『あぁ・・なんて素敵なの! こんな素晴らしい事を思い付くなんて・・』


『え、ええと・・これは、良いのかなぁ?』


『・・主神様?』


「何か問題がありますでしょうか?」


 輪廻の女神とシュンが、そろってマーブル主神を見る。


『い、いやっ・・問題なんて無いよ? そりゃあ、ボクは嬉しいよ? ボクはね? だけど、ほら・・や、闇ちゃんはどうなのさ? こういうのに、顔とか出ちゃうって、抵抗があるんじゃない?』


 マーブル主神が、盛大に冷や汗をにじませながら訊ねた。


『闇は・・ずうっと不安でした。その・・神様のお気持ちが分からなかったものですから』


 輪廻の女神が恥ずかしそうに俯く。


『でも・・あのお声を・・真っ暗な闇に響き渡った主神様のお声を聴いた時、すべての迷いが晴れました。闇は・・神様のお気持ちを信じたいと思います』


『あぁう・・うん、いやっ・・あの時のは、ほら・・』


 マーブル主神がもごもごと口中で言い淀む。


 その時、




『闇ちゃん、大好きだよ!』



『闇ちゃん、愛してる!』



『闇ちゃん、戻って来て!』



『愛してるよ、おまえ・・』




 いきなり、大音声の声が響き渡った。


「あっ・・失敬」


「誤作動した」


 ユアとユナが、頭を掻きながら首飾りのような物をそそくさと小箱に仕舞う。


『あぁっ・・闇は幸せです!』


 輪廻の女神がうっとりと頬を染め、顔を隠すようにして身を捩った。


『・・なんて物を』


 マーブル主神がよろめきながら呻く。


 部屋の隅で、


「詰みましたな」


 オグノーズホーンが嘆息した。


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