第168話 性能試験


「ボッス~、視界良好ナリ~」


「ボッス~、天馬ペガサス隊も準備オッケ~」


 ユアとユナが"護耳の神珠"を使ってシュンと連絡を取っている。

 全員では無いが、"竜の巣"や"狐のお宿"のメンバーも特製の望遠鏡を手に見守っていた。なお、全員が"護耳の神珠"と"護目の神鏡"を装着中だ。

 迷路の外、いわゆるシータエリアの外だ。


 望遠鏡で覗き見る先には、漆黒の甲冑が"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を手に立っていた。

 距離にして3キロほど離れている。


「身の丈が5メートルほどになっていますね」


 望遠鏡を覗きながら、ロシータが呟いた。


「リール、獲物を出せって」


「リール、合成獣キメラを出す」


 ユアとユナが女悪魔に指示をした。


「承知じゃ・・では」


 リールが掌に魔法珠を生み出して操作を始める。




 ドォォーーーーン・・




 やや時間を置いて轟音が聞こえてきた。


「真っ二つナリ~」


「容赦無いナリ~」


 ユアとユナが呟く横で、リールがやれやれと嘆息しながら首を振った。


「あれでも80階の魔物だったのじゃが・・」


「観測班から入電。貫通光の到達距離は8キロ」


 タチヒコが現地へ飛んでいる天馬ペガサス騎士からの連絡を受けてアオイに報告する。


「高熱の到達範囲は半径1キロ。石が溶けているのは300メートルまでです」


「広いのか狭いのか、まるで判断がつかないけど・・どうなのですか?」


 アオイが、サヤリに訊ねる。


「かなり狭まっていますね。貫通光も細くなっています」


 サヤリが答えた。


「あれで?・・そうなのね」


 アオイが呟いた時、


「ボッスが、開封するって」


「観測班に倍の距離を取らせて」


 ユアとユナがやや焦り気味に声をかけた。アオイとタチヒコが慌てて"護耳の神珠"を使って連絡を取り始める。


 ややあって、タチヒコがアオイに頷いてみせた。


「準備が整いました」


 アオイがユアとユナに報告する。


「ボッス~、聞こえますかぁ~」


「ボッス~、いつでも良いですよぉ~」


 連絡をしながら、ユアとユナが見物中の全員に防御魔法を付与していく。


「・・約15メートルの背丈になったわ」


 望遠鏡を覗いたロシータが呟いた。


「良いかの?」


 リールが、魔法珠を浮かべて双子に問いかける。


「良いよぉ~」


「良いよぉ~」


 2人が同時に答えた。




 ゴオォォーーーン・・




 眩い閃光が爆ぜたように見えた直後、大気がきしむような震動音が押し寄せ、強烈な熱気が吹き付けてきた。


「消し飛んだ!」


「蒸発した!」


 ユアとユナが腕組みをして大きく頷いた。

 リールが出したのは、100階層の巨龍をベースにした合成獣である。


「あの龍が蒸発かよ」


 さすがのアレクも眼を剥いたまま開いた口が塞がらない。水滴でも蒸発するかのように、巨大な龍が消し飛んだのだ。


「"狐のお宿"の二番隊が、ネームドに従属することに反対したと聴きましたけど?」


 ロシータが微笑を浮かべてアオイを見る。


「不満があるなら決闘を申し込めと言っておきました」


 アオイが微笑を返す。


「・・貫通光の到達距離、約25キロ。高熱による・・いえ、石が溶解した範囲は半径2キロです。観測中の天馬ペガサス騎士に重傷者が出ました。帰還させます」


 タチヒコの報告に、アオイが頷いた。


「ユアさん、ユナさん・・シュン様に、観測班が撤収すると伝えて下さい」


「ボッス~、被害甚大」


「ボッス~、戻って来て」


 ユアとユナがシュンに連絡を入れた。しかし、すぐにアオイを見て小さく首を振った。


「・・アイアイ」


「・・ラジャー」


 "護耳の神珠"に触れながら2人が頷いている。


「テンタクル・ウィップを試すみたい」


「衝撃波で切断されちゃうから気をつけて」


 通話を終えるなり、ユアとユナが見守る全員に声をかけた。


「多重光壁展開っ!」


 ロシータが"ケットシー"のメンバーに指示を飛ばした。たちまち、眩い光の壁が周囲を取り囲んでいく。


「ロッシ・・悪いお知らせがあります」


「ボッスが、封印をもう一つ解除しちゃうそうです」


 ユアとユナがロシータを見て、ちろっと舌を出した。

 ロシータの美貌から血の気が退いた。


「ユアさん・・EXお願いできます?」


「アイアイ」


 ユアが笑顔で頷いた。その時、天馬ペガサス騎士達が負傷者を連れて戻って来た。すぐさま人数を確かめ、アオイが双子に頷いて見せる。


「真なる光壁をご覧あれ!」


 ユナが黄金の神聖光を全身から噴き上げ、一瞬にして分厚い光壁を出現させた。


「聖なる楯っ!」


 ユアのEX技が発動した。


「・・ここからでも姿が見えるぜ」


 アレクが望遠鏡を使わず、肉眼でアルマドラ・ナイトを見ながら呟いた。


「200メートルはありそうですね」


 タチヒコの声が震えを帯びている。


 異様な光景だった。

 3キロ離れていても巨大な甲冑の造形がはっきりと見て取れる。すでに"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を収納し、左籠手から12本の黒々とした触手を生え伸ばしていた。


 アルマドラ・ナイトは、上半身を捻って振り返り、シータエリア外縁に集結した探索者達を見ているようだった。


「テンタクル・ウィップだけ! よろし!」


「いつでも、よろし!」


 ユアとユナが"護耳の神珠"を押さえて連絡した。

 すぐに、3キロ先で巨大なアルマドラ・ナイトが軽く片手を挙げて見せる。


 全員が固唾を呑んで見守る中、アルマドラ・ナイトが左腕を高々と振り上げ、そして勢いよく振り下ろした。



 ダアァァァァーーーン・・



 重たい打撃音が響いた。光ったわけでも、石が溶けたわけでも無い。ただ、アルマドラ・ナイトの前方の大地に12本の亀裂が生じていた。直後に、激しい衝撃音が辺り一帯で弾け始めた。ユアの"聖なる楯"が時間経過で消えた後は、ユナの光壁が防ぎ止める。テンタクル・ウィップの巻き起こす風の衝撃波は、初めの衝撃が最も切断力が強く、だんだんと弱くなるのだ。


「・・あれは、この世の神ですか?」


 震える声で言いながら、ジータレイドが天馬ペガサス騎士達を引き連れて現れた。女騎士達が顔色を失い呆然となってアルマドラ・ナイトを見ている。


「あれは、ボスじゃ。神などでは無い」


 リールが笑いを含んだ視線を向ける。


「ボス・・シュンさんは神なのでしょうか?」


 ジータレイドがたずねる。


「主殿は人間じゃ。そこは、何度も確かめたから間違いない」


 リールが笑う。


「ロシータさん?」


 ジータレイドが、神聖魔法で天馬ペガサス騎士達の治癒をしているロシータを見た。


「あの方は、この世界の人間ですよ。神様に使徒として選ばれた人です」


 ロシータが微笑する。


「そうなのですか・・人の身でこのような力を・・」


「迷宮には中層があり、上層があり、さらには神々の世界があるそうですが・・少なくとも、この地上世界においては、シュン様の敵にならないことをお勧めします」


 ロシータに言われて、ジータレイドが苦笑しつつ頷いた。


「私はそこまで愚かな人間ではありません」


「ボス、そろそろ危険」


「時間ですよ~」


 魔導式の時計を見ながらユアとユナが連絡を取り始めた。アルマドラ・ナイトの封印を解除するために、大量のHP、MP、SPを消耗する上、せっかく解除した封印も、数分で元通りの封印状態に戻ってしまう。まだ数回の試運転しか行えていないが、アルマドラ・ナイトの状態はほぼ把握できた。


 封印を解いていくと、


 一回目=頭頂高5メートル

 二回目=頭頂高15メートル

 三回目=頭頂高250メートル


 一回目だけなら、30分程度は問題無く動ける。

 二回目に移行すると、10分程度。

 三回目は極端に時間が短くなり、2分で不安定になる。


 能力の封印だけでなく、稼働できる時間にも大幅な制限が加えられている。前ほど自由に扱えるものではなくなってしまった。


 すでに三回目の封印解除から4分が過ぎようとしていた。


「ボス? ボスっ?」


「応答して?」


 ユアとユナの声が不安で震えた。


 次の瞬間、身の丈が200メートルを超える巨大な甲胄人形が光る粒子となって消え、黒翼を広げたシュンの姿が現れた。


「ぁ・・ボス?」


「ラグカル?」


 ユアとユナが心配そうに"護耳の神珠"で呼びかける。

 すぐに、何か返事があったのだろう。


「・・うん、こっちは大丈夫」


「みんな無事」


 双子がホッと安堵の表情を浮かべて通話を始めた。

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