第169話 空の迷宮

 迷宮が発見された。

 発見したのは、探索に出ていた天馬ペガサス騎士団だ。シータエリアから500キロ北北西に進み、上空へ10キロ上昇した場所に岩山が浮かんでいたというのだ。


 天馬ペガサス騎士がぎりぎりまで接近したところ、魔術によるものらしい力場が邪魔をして近づけなかった。魔物も出て来たため、外周を巡って観察するだけに留めて報告に戻ったらしい。


「空中に迷宮か・・」


 地上ばかりを探していると見つけられなかっただろう。


「入口らしい施設があり、翼のある魔物が飛び立って向かってきたそうです」


 報告したのは、ロシータである。


「交戦したのか?」


天馬ペガサス騎士が一対一で問題無く斃せたようです。あくまでも推定になりますが、レベル60程度だろうと・・これは、騎士団を率いていたルクーネという騎士の所感です」


「どういった魔物だった?」


「こういう魔物・・とのことです」


 ロシータが少し笑みを浮かべて、手に持っていた紙をシュンへ差し出した。


「・・ほう」


 紙には、虫のような羽根を持った怪人が描かれていた。


蜻蛉トンボのような姿だな」


 シュンは、生々しく微細に描かれた魔物の姿を見て呟いた。左右3本ずつ、6本の長く細い腕は、人の腕より関節が多く6節あった。指は3本。

 長い鉤爪と、顎牙、そして風と音の魔法を使って攻撃を仕掛けてきたそうだ。


「しかし・・これは、見事な絵だ」


「はい。これを・・」


 ロシータが別の絵を差し出した。雲間に浮かぶ岩山が描かれている絵だった。ゴツゴツした岩塊の上に、綺麗な円錐形の構造物が生えている。


「ルクーネだったか?」


 シュンは絵を見つめた。


「はい。落ち着いた性格の人物で、他の騎士から信頼を寄せられている様子でした」


天馬ペガサス騎士のルクーネか」


 シュンは小さく頷いて、部屋の戸口へ目を向けた。

 扉が開いて、ユアとユナが入って来た。このところ、ムジェリの里に入り浸っていて、エスクードのホームと忙しく往き来している。

 言うまでも無く、例の浮動する石板を使った乗り物造りをやっているのだ。以前に頼んでいた他の品も、そろそろ仕上がりそうだと商工ムジェリが言っていた。


「ボス、まだ完成までかかりそう」


「ムーちゃんの意地と根性が白熱」


 ユアとユナが満足げに報告する。


「空の上で迷宮が見つかった。制圧に向かう」


 シュンは天馬ペガサス騎士の描いた絵を2人に手渡した。


「まさか、天空のラ・・」


「ユアっ、迷宮よ!」


 ユナが飛びつくようにしてユアの口を塞ぐ。


「ロシータ、"ネームド"に同行する天馬ペガサス騎士を3名、選出してくれ」


「3名だけで宜しいのですか?」


 ロシータが訊ねる。未知の迷宮内で殲滅戦をやるには、いくらなんでも少なすぎる人数だが・・。


「問題無い」


「・・人選は?」


「ロシータが決めてくれ。同行の天馬ペガサス騎士は、迷宮内限定でレギオンに加える」


「承知しました」


 ロシータが低頭して小走りに退出していった。


「あちらの迷宮内で、ここと同じように魔法が使えるとは限らない。与えられた神具の使用についても障害が発生する可能性がある」


 薬品類の効果についても過信せずに、種類ごとに効果を確かめておいた方が良いだろう。


「ふふふ・・ついに我が出刃包丁が活躍する時が来た!」


「我が柳刃包丁は血に飢えている!」


 ユアとユナが包丁を取り出した。


「それも、神具の一種だろう?」


 シュンが指摘する。双子の包丁は、銃器と同じく、神から与えられた品だ。


「・・ぅ」


「・・ぅ」


 2人が軽く目を見張ってシュンの顔を見つめ、そっと包丁を収納した。


「いくら別の神の領域であっても、完全に無効化される事はないと思うが・・銃の方が無難かもしれないな」


「魔王種は迷宮にいるのでしょうか?」


 ユキシラが訊ねた。


「さあな・・こちらは、魔王種が迷宮に入っている前提で行動するしかない。ただ、ゆっくり時間をかけて迷宮内を捜索するわけにはいかない」


 シュンはポイポイ・ステッキの収納物に目を通しつつ、リストに指を触れた。

 途端、空中に黒々とした棒が2本現れた。


戦棍メイスだ。丈夫に造ってあるので、おまえ達が振り回しても大丈夫だろう」


 シュンは、2本の戦棍メイスをユアとユナに向けて差し出した。


「ボス、ありがとう!」


「ボスの愛!」


 ユアとユナが目を輝かせて黒い棍棒を受け取る。紡錘形の頭部が付いていて、2人の手にも、ズシリと重たく感じるほどの重量だった。


「あくまで予備武器だ。神具が問題無いようなら、銃や包丁を使え」


「アイアイ」


「ラジャー」


 ユアとユナが黒い棍棒メイスを片手に敬礼した。


『シュン様』


 ロシータの声が"護耳の神珠"から聞こえて来た。


天馬ペガサス騎士3名が志願しました。内1名は、ルクーネです』


「よし・・」


 シュンは頷いた。


「半日とかからずに戻るつもりだ。今回は、向こうの神か管理人との対話が目的だからな」


『伝えます』


「リールはどこだ?」


 シュンはユキシラを見た。


「100階で合成獣キメラの素体狩りをしております」


 シュンのアルマドラ・ナイトに蒸発させられて手駒の合成獣キメラが減ってしまったらしい。


 シュンは"護耳の神珠"に指を触れた。


「リール、戻れ。出るぞ」


『・・主殿、外に何か来たかの?』


「空に迷宮だ」


『ほほう・・』


 面白げに笑う声がして、すぐにシュンの傍らに女悪魔が湧いて出た。神様から与えられた召喚獣とは別物で、シュンが独自に召喚した存在という扱いになっているらしく、どこに居ても、命じれば即座にシュンの元へ現れる。


「面白そうな話じゃな」


「とりあえず、魔王種が居るかどうかの確認に行く」


 シュンは"ネームド"の戦闘服に換装した。それを合図に、ユア、ユナ、サヤリも戦闘服姿になる。


「どうやるのじゃ? 1階から虱潰しに攻略するのかの?」


「まずは、管理人を呼び出して、魔王種の有無を訊ねる」


「ふむ・・素直に答えるかの?」


 リールが小さく首を傾げた。


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