第170話 迷宮討伐


 結論から言うと、空に浮かぶ迷宮からは、虫のような魔物しか出て来なかった。


 シュン達、"ネームド"は迷宮入口にて、自作の"拡声器"で呼び掛けを行った。それから、迷宮内に踏み込んで呼び掛けた。


 天馬ペガサス騎士の報告通り、結界らしきものがあったが、強引に突破した。

 神が居るなら神が、それでなくても管理人が何らかの対処をしてくるだろうと予想しての侵入行為だった。


 しかし、"蜻蛉トンボ人間"とユアとユナが命名した魔物や、蟋蟀コオロギ人間、蟷螂カマキリ人間、蜘蛛クモ人間・・と、いずれも虫と人が合わさったような魔物ばかりが襲ってきた。

 "ネームド"はしばらくの間、様々な種類の魔物を斃し、ドロップ品らしきものを収拾したり、解体をして部位を手に入れたりしたが、いつまで経っても管理人らしい存在は姿を現さず、似たような虫人間ばかりが襲ってくる。


 約1時間後、"ネームド"は迷宮を出た。

 離れた空域で、天馬騎士が見守る中、迷宮入口付近めがけユアとユナが光砲弾を撃ち込んでいたようだが、すぐに飽きたらしく、ユキシラ、リールと一緒に天馬ペガサス騎士達の方へと戻って来た。


「退避ぃ~~」


「ボスが出るぞぉ~」


 何やら楽しげに騒ぎながら、ユアとユナが天馬ペガサス騎士に声をかけつつ離れて行く。続いて、黒翼を広げたユキシラ、リールが通過したのを見て、天馬ペガサス騎士達も慌てて3人の後を追った。


 ボスが出る。退避。そして、距離を取る・・これだけで次に何が起こるのか想定できる。


 ユアとユナの先導で、"ネームド"と天馬ペガサス騎士達は空中迷宮から15キロ離れた空域に位置取った。

 全員が、"護目の神鏡"と"護耳の神珠"を装着し、天馬ペガサス騎士達は小型の単眼鏡を使って空中迷宮を見ていた。



「機神、出ました!」


 天馬ペガサス騎士のアリウスが言った。天馬ペガサス騎士達は、アルマドラ・ナイトの事をそう呼んでいる。当然のように、アルマドラ・ナイトを操るシュンも、天馬ペガサス騎士にとっては神と位置づけられている。


 天馬ペガサス騎士達の宗教観は、こちらの世界とは少し違っているようだった。アリテシア神教はそのまま受け入れ、その上で機神アルマドラ・ナイトを崇め、シュンを生き神として崇拝している。叛乱のような事が起こるだろうと想定していたシュン達にとっては嬉しい誤算だ。


「巫女様」


 ルクーネという女騎士が、ユアとユナに向けて天馬ペガサスを寄せて来た。

 どういう理屈なのか、女騎士達の中では、ユアとユナは"巫女"と位置づけられているらしい。


「聖なる楯!」


 ユアがEX技を発動し、全員を保護する。


光壁オーロラガードっ!」


 念の為、ユナが聖なる楯の内側に、光壁を出現させて護る。


「・・10秒」


 ユキシラが時間を計っている。




 ゴオォォォーーーーーン・・




 轟音が轟き、眩い閃光が視界を埋め尽くした。"護目の神鏡"がなければ目視できない光の奔流の中、単眼鏡を覗いていた天馬ペガサス騎士のアリウスが小さく身震いをしている。


 遙かな上空から、純白の貫通光が迷宮を呑み込んではしり抜けていた。


 さすがは神の迷宮である。

 巨大化したアルマドラ・ナイトの一撃で消滅する事は無く、円錐形の迷宮部分を虫食い状に半壊させられつつ何とか原形を残している。数秒の沈黙の後、迷宮が高速で元の姿へと修復していく。


「第2撃、来ます」


 観測中のアリウスが言った。




 ゴオォォォーーーーーン・・




 貫通光が上から下へ、空中迷宮を呑み込んで抜けた。


「・・25秒経過」


 時計を手にしたユキシラが呟く。




 ゴオォォォーーーーーン・・




「こ、これは・・」


「なんだ!?」


 天馬ペガサス騎士達がにわかに騒ぎ始めた。


「どうしたのじゃ?」


 リールが天馬ペガサスに跨がる女騎士達に声をかけた。


「その・・体に力が満ちるのです」


「先ほどから、どんどん体が強化されている気がします」


 女騎士達が狼狽うろたえながら報告する。


「ああ・・それは、あれじゃ」


 リールが苦笑しつつ、悲惨な状況下にある空中迷宮を指さした。


「あの場で灼き殺されておる大量の魔物どもが、かてとなっておるのじゃ」


かて・・経験値」


「・・なるほど」


 女騎士達が頷いた。


「後で地上に散ったであろうドロップ品を集めて回らんといかんのぅ」


 リールがくっくっと喉を鳴らすようにして笑う。




 ゴオォォォーーーーーン・・




「45秒です」


 ユキシラがユアとユナに声をかける。


「ボッス~、45秒ですよぉ~」


「もうすぐ、1分ですよぉ~」


 2人が"護耳の神珠"で連絡を入れた。


「・・おぅ、まだやりますか~」


「・・おぅ、そうでありますか~」


 ユアとユナが互いに顔を見合わせて小さく肩をすくめた。その様子を、ユキシラとリール、女騎士達が見守っている。


「テンタとテロス、両方やるらしい」


「直接斬っちゃうそうです」


 2人が報告した。


「本気で殺しにかかっておるのぅ」


 リールが低く唸る。

 遙か上空から黒い触手が次々に伸びてきて、崩落しかかった空中迷宮を幾重にも巻き付いていた。


「機神っ、斬り込みます!」


 単眼鏡を覗くアリウスが声を上げた。

 "魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を振りかぶったアルマドラ・ナイトが、円錐形の迷宮上部めがけて真っ向から斬り下ろした。




 ザシュウゥゥーーーー・・




 硬質な擦過音が大気をびりびりと震動させて響く。

 思わず背を縮めた面々の見守る前で、巨大なアルマドラ・ナイトが縦横無尽に大剣で斬りつけ、突き刺し、至近から貫通光と灼熱を浴びせる。




 ゴゴォーーン・・



 ゴンッ・・ゴンッ・・



 ゴォォーーン・・




「黒い・・空? 星が見えます!」


 報告するアリウスの声が悲鳴に近い。

 すぐさま、ルクーネも単眼鏡を使って観察を始めた。


 アルマドラ・ナイトの"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"が斬り裂いた迷宮の裂け目に、何も無い黒々とした空間が透けて見えるようになっていた。アリウスはそこに星が見えたと騒いでいる。


「1分20秒です」


 ユキシラが双子に緊張した声で伝える。


「ボスっ! 1分30秒」


「ラグカル、なっちゃうよ!」


 "護耳の神珠"で呼びかけるユアとユナにも余裕が無い。




 ドドォーーーン・・




 連続した斬撃を繰り出し、迷宮を滅多斬りにしていたアルマドラ・ナイトが少し距離を取った。



 ヒュイィィィィィィィィーーーーー・・・・



 異様な高周波音が15キロ離れていても聞こえる。


 "魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を振りかぶったアルマドラ・ナイトの前には、岩も瓦礫も何も無くなり、黒々とした球状の空間が浮かんでいた。


「1分45秒・・」


「ボス、もうすぐ2分!」


「ラグカル警報っ!」


 ユアとユナが拳を握りしめて騒ぐ。


 その時、アルマドラ・ナイトが大きく踏み込んで"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を斬り下ろした。


 巨大な閃光が、右上から左下へ・・。得体の知れない黒い空間を斬り裂いた。


 直後、




 ギュイイィィィィーーーーーーー・・




 思わず顔をしかめる、耳障りな轟音が響き始めた。

 歪んだ視界をアルマドラ・ナイトが大きく後退して距離を取り始めている。


「シュンさん! 撤退してっ!」


「シュンさん! 危ないっ!」


 ユアとユナが叫んだ。


「2分です」


 ユキシラが告げた。


「えっ!?」


「なに?」


 女騎士達が思わず声をあげる。空から光が消えたのだ。唐突に、明かりが消えるようにして、光という光が消え去っていた。


「光壁っ!」


 ユアが光壁を展開した。


「光壁っ!」


 ユナも再展開する。

 本来なら眩く輝く光の壁が出現するはずの神聖魔法だったが、周囲からは光が失われたまま何も見えない状態だった。


「大丈夫、まだEXは継続してる!」


「見えないだけ! ちゃんと護られてる!」


 ユアとユナが全員に聞こえるように大声で言った。

 その間も、キシキシ・・と、何かがきしむような異音が周囲で聞こえていた。


「まあ、婚約者殿が防げぬならお手上げじゃ。静かに待とうではないか」


 リールが天馬ペガサス騎士達に声をかけている。姿は見えないが、互いの声だけは聞こえるのだった。


「聖女で教皇っ!」


「ナメたらいかんぜよ!」


 ユアとユナの声が響き、いきなり周囲が色を取り戻して淡い光に覆われた。

 光の中心で、ユアとユナが両拳を握り締めて、全身から神聖光を噴き上げている。


「ぁ・・」


 ルクーネが小さく声を漏らした。


 唐突に、辺りの闇が消え去り、元の澄み切った青空に戻ったのだ。


「シュンさん!」


「シュンさん、どこっ!?」


 ユアとユナが視線を左右しながら、"護耳の神珠"で呼びかけている。


「ぇ・・?」


「ぁ・・」


 2人が真上を見上げた。


 そこに、すでにアルマドラ・ナイトを送還したシュンが黒翼を広げて浮かんでいた。


 シュンの左腕から伸びたテンタクル・ウィップが上方へ伸び、何かを絡め取っているようだった。


「警戒を続けろ。何かが来る」


 シュンの冷静な声が聞こえてきた。





=====

10月13日、誤記修正。

呼び呼び掛けた(誤)ー 呼び掛けた(正)

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