第167話 ただ今、準備中。

「高身長が遠ざかる」


「発育に深刻な障害」


 ユアとユナが大きな"石"を抱えてぶつぶつ言っている。

 2人が抱えているのは、大きな立方体である。黒曜石のように透明感がある色で、とてつもなく重たい。最初はユキシラとリールが運ぼうとしたのだが、重すぎて持ち上がらなかった。

 ユアとユナだけでなく、シュンも両腕に1つずつ抱え持っていた。

 全部で4つ。神様から貰った特別な"石"だった。

 これが、使徒戦の報酬である。もう一つ、過去に迷宮人や異邦人を斃した時に取得した銃器の使用について神様に相談していたが、主神に許可を得るから少し待つようにと言われていた。


「これはポイポイ・ステッキに収納できない特別な物らしい」


 シュンは説明しながら、ファミリアカードでエスクードへ転移した。


「あっ、統括!」


 羽根妖精ピクシーの女が飛んで来た。


「どうした?」


「使徒戦、勝ったんですよね? この迷宮は大丈夫なんですよね?」


 羽根妖精ピクシーの女がシュンの顔の高さを飛びながら訊いてくる。


「大丈夫だ」


 シュンは苦笑した。

 成果としては散々だったが・・。迷宮と地上世界を守ったのだから及第点か。


「次は魔王討伐ですね?」


「そうだな。世界各地に出現するそうだから、この迷宮を留守にする時間が増えるな」


 シュンは顔をしかめた。思惑通りに迷宮へ棲み着いてくれれば良いのだが、レベル上げをせずに山野をうろつかれると発見が遅れてしまう。その場合は、脅威にはならないだろうが、捜索の手間が増えるのだ。


「留守の事はお任せ下さい! 統括のおかげで、外からの侵入者は来れなくなりました。迷宮内の探索者だけでしたら問題ありません」


 羽根妖精ピクシーが小さな拳を握って見せた。


「そうだな。本当は、魔王など放って置きたいが、世界が滅ぶほどに強くなるらしいから、あまり時間をかけずに討伐しておきたい」


「よろしくお願いします!」


 羽根妖精ピクシーの女が空中で一礼すると、持ち場である石碑へ戻って行った。


 再び、重たい石を抱えて歩く。最近は、エスクードの街中を歩いていても絡んでくる探索者は居なくなった。たまに声をかけてくるのは、管理人をしている羽根妖精ピクシーや、同じレギオンのメンバーくらいである。


「前におまえ達が言ってただろう? 空飛ぶ船があれば便利だと」


 シュンは先頭を歩きながら、石を抱えてついてくる2人を振り返った。


「・・ゲームでね?」


「・・空想でね?」


 大きな"石"の後ろから、ユアとユナの顔が半分ずつ覗く。2人の腰から上が完全に隠れてしまうほど大きい石なのだ。


「この"石"は、乗り物になるそうだ」


 シュンは2人の顔を見ながら笑みを浮かべた。


「石が乗り物?」


「空に浮かぶ?」


 ユアとユナの目が大きくなる。


「まあ、神具の一種・・変異種と言っていたな。元々は特殊な金属で創ろうとして、どうしてだか石に変質してしまったそうだ」


「神様が創った?」


「乗り物の石?」


「運搬用に創ったが、神々には不要だからな。そのまま死蔵していたらしい」


「こんな石が神様の道具なのですか?」


「ただの石にしては重量があり過ぎると思うたが、何かを縮めたものかのぅ?」


 ユキシラとリールが、ユアとユナの石を見る。


「よく見ると表面に模様がびっしりと彫られているだろう?」


「・・そう言われてみれば」


「細かい模様じゃのぅ」


 ユキシラとリールが低く唸った。


「この模様のような文字が、内側に向かって何重にも描かれているそうだ」


「魔法で空に浮かぶ?」


「これに乗って飛ぶ?」


 ユアとユナが納得のいかない顔で首を捻っている。


「正確には、浮いて移動する台座のようなものらしい。上物はこちらで造作しなければいけない」


 神様の説明では、"石"は圧縮されて小さくなっているが、元の大きさに戻せば、地上から50メートルの高さまで上昇して浮動する床板のような物になるらしい。"石"1つが長さ60メートル、幅45メートル、3メートルの板厚の浮動板で、神様は物を運ぶために便利だろうと考えて作ったそうだ。


「一定の方向へ惰性で進むそうだ。理屈はよく分からないが、飛ぶというより滑るように移動するらしい。ムジェリに依頼して、船として使えるようにしてもらおうと思う」


 シュンの提案に、ユアとユナが眼を輝かせた。


「飛行船っ!」


「飛空挺っ!」


「それが何なのか分からないが・・とにかく、商工ギルドのムジェリに会って話をつけよう」


 浮動する板の上に、最大1500トンまで載るそうだ。ムジェリの手を借りて艤装を行えば、快適に人や物を運べる"船"として活用できるだろう。


「アイアイ」


「ラジャー」


 重たい足取りだった2人が、軽やかに弾むような足取りで先に立って運び始めた。


「御三方の身体能力は、計り知れないですね」


「妾は元々力仕事は苦手じゃが・・主殿に会うまで、人間よりは力があると思うておったぞ」


 ユキシラとリールが苦笑する。

 "ネームド"の中でも、レベル1から身体練度を上げ続けていた3人は別格だ。


「おっ、シュン! 良いところへ来たぜ!」


 大通り沿いの喫茶店前で立ち話をしていたアレクが"竜の巣"のメンバーを連れて近寄ってきた。


「何かあったか?」


 シュンは足を止めずに歩きながら訊いた。


「外の連中なんだがよ、どこぞのお偉いさんが国を追われて逃げてきたらしいぜ」


 アレク達が迷路外に集まっている者達に会って来たらしい。


「そうか」


 どうせなら、魔王が来てくれれば良いのだが・・。


「ロシータの奴が小難しい話をあれこれやってよ、改宗だったか? 迷宮神の宗教に鞍替えする連中だけを中に入れたぜ」


「何人くらいだ?」


「・・まあ、大勢だったな?」


 アレクが後ろをついて歩いている軽鎧姿の少年に訊いた。


「42名でしたね。外には319名残っています。伯爵家がどうの、正当な領主だの・・まあ、賑やかに言っていましたね」


「中に入れた42名の審査は?」


 シュンは軽鎧姿の少年を見た。


「ロシータさんの部隊が神聖魔法で行いました。3名が黒、他は白です」


「3名を除いて42名か?」


「はい」


 どうやら神殿町の住人が42名増えるらしい。


「そうか・・天馬ペガサス騎士はどうしている?」


「交替で外に行っているみたいだぜ?」


 答えたのはアレクだ。どうやら、天馬ペガサス騎士達に同情的らしく、よく神殿町に差し入れを持って行っているそうだ。


「仕切りはアオイ達が?」


「おう! あいつは、そういうのが得意だからな! それより、これからどうなる? 何か起こるのか?」


「魔王が各地に出現するくらい・・ああ、迷路を迷宮領域にすると神様が言っていたな」


 迷路の壁を、氷塊としての特性はそのままに、迷宮の壁と同じ素材にするそうだ。


「・・統括」


 不意の声と共に、羽根妖精ピクシーの女が姿を現した。

 カリナである。


「シータエリアの外に、大型の魔物が出現しました」


「大型の?」


「唐突に、何の予兆もなく・・」


「魔王種かな? どんな形状だ?」


「多頭の地龍ですね。外見は、ヒュドラ種に似ています」


「アレク、行けるか?」


「おう! いつでも行けるぜ! おいっ、暇な奴等を集めろっ!」


 アレクが勇んで声をあげ、軽鎧姿の少年に指示をする。そのまま、駆け足で何処かへ走って行った。


「・・カリナ、後で討伐の様子を教えてくれ」


「了解です」


 羽根妖精ピクシーの女が小さく頷いて姿を消した。


「ロシータとアオイに、外に大型のヒュドラ種が来ていること、アレクが討伐に出ることを伝えてくれ」


 シュンはユキシラに頼んだ。両手が石で塞がっていて、"護耳の神珠"に触れられないのだ。


「畏まりました」


 ユキシラがすぐに連絡を始める。レギオンを組み直し、レギオン全体に神具を貸与したことで情報の伝達が容易になった。


「魔王が来た?」


「自殺願望?」


 ユアとユナが首を傾げる。


「眷属の魔物かもしれないな。出現する場所は選べないのか・・偶然、ここの近くに出現してしまったのだろう」


 レベル100であれば地上世界では絶対的な強者のはずなのだが・・。


「お悔やみ申し上げる」


「恨むなら主神様を恨む」


 ユアとユナが同情たっぷりに呟いた。








=====

10月10日、誤記修正。

どうしてだが(誤)ー どうしてだか(正)

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