第259話 化け物


『ダブル・パニッシュメントォーー』


『ダブル・パニッシュメントォーー』


 黒い水玉柄のルドラ・ナイトが両手からそれぞれ黄金の閃光を噴出させながら、悪魔の大群の中で暴れ狂っている。


 神聖光で総身を包み、凄まじい破壊力を持つ黄金光を柱のように伸ばして、触れる物を片っ端から灰燼に変えて突進する。

 ユアとユナのルドラ・ナイトを前にしては、どんな悪魔も太刀打ち出来ない。


 相性が最悪なのだ。ユアとユナが放つすべての攻撃が神聖属性の攻撃だった。防御も神聖属性の光壁である。


『セイクリッドォーー・・』


『ハウッリングゥーー!』


 兜の口元から白銀光を放射して薙ぎ払う。


『からのぉ~、シャイニングゥーー・・』


『バーストカノーーン!』


 黒い水玉柄のルドラ・ナイトの周囲に、黄金色の魔法陣がいくつも浮かび上がり、黄金色の砲弾を連射する。


 空も地面もお構いなしに、撃ち放ち、ぎ払い、噴射をして襲いかかる。黄金の神聖光を撃ち放ちながら、迷宮の周囲を物凄い勢いで周回して悪魔を虐殺していた。

 悪魔にとっては極めて厄介なことに、行き過ぎたかと思えば、急に戻って来たり、いきなり加速をしたり、空高く舞い上がったかと思えば地面を駆け回ったり、ユアとユナが予測不能の動きで暴れている。


 神聖光の塊のような2体のルドラ・ナイトの狂乱ぶりに、悪魔達が持て余し気味に逃げ惑い、大きく動きを乱していた。


 ユアとユナが滅茶苦茶に暴れ回ってくれるおかげで、シータ・エリア、ガンマ・エリアに到達する悪魔の軍勢がわずかながら途切れる。その間断が、迷宮勢にとっての生命線だ。


 すかさず前に出た"ケットシー"のルドラ・ナイトが、


『ホーリーレイン!』


 周囲に聖なる雨を降らせて悪魔達の動きを鈍らせる。その間も、軽重問わず、各ルドラ・ナイトによる銃撃が延々と続けられていた。


 銃撃を浴びながら強引に接近する悪魔の一団めがけて、天馬ペガサス騎士達のルドラ・ナイトが3体1組になって襲いかかる。


『光壁!』


 天馬ペガサス騎士達の周囲に、光の壁が出現した。

 やや後方で立ち回っている"ガジェット・マイスター"のジニーが掛けた魔法だ。ミリアム、ジニー、ディーンのルドラ・ナイトは遊撃支援を任務として飛び回っていた。


 "ガジェット・マイスター"は物作りが専門だが、"ネームド"との付き合いは長く、それなりに修羅場を潜っている。いつまで続くのか分からない、終わりのない戦いには慣れていた。

 冷静なミリアムの差配で、圧されそうな場所へ急行し、前線を支えることだけを考えて動いている。


『こちらにも光壁を!』


 ジータレイドが、悪魔を斬り捨てながら声を張り上げた。

 瞬間、ジータレイドのルドラ・ナイトを含めた天馬ペガサス騎士達が光壁と継続回復魔法を浴びる。


『感謝っ!』


『突撃する』


『押し返せっ!』


 天馬ペガサス騎士達が騎士楯を前に、迫り来る悪魔達へぶつかって行く。後ろを、"ガジェット・マイスター"のルドラ・ナイトが駆け抜けた。


『ユキシラさん・・8体、抜けます!』


 ミリアムのルドラ・ナイトが連絡を入れる。

 直後、8体の悪魔が次々に頭部を吹き飛ばされて跳ね転がった。


『斜め後方、地中から3体』


 短く聞こえた声は、ユキシラのものだ。


 素早く振り向いたミリアムのルドラ・ナイトが、地面から這い出そうとする悪魔の一団めがけて散弾銃を立て続けに撃ち、ディーンのルドラ・ナイトが魔法で仕留める。


『こちら、アオイ。ミリアム、支援頼める?』


『場所は?』


 立ち止まったミリアムのルドラ・ナイトの背を守って、ジニーとディーンのルドラ・ナイトが背中合わせに周囲を警戒した。


『南よ。手数のやたら多い悪魔が来ているの。"お宿"の治癒班だけでは手が回らないわ』


『すぐ向かうわ』


 ミリアムのルドラ・ナイトが、大混戦の南側に向かって移動を開始した。


 その時、


『天が許してもぉ~』


『我らが許さぁーーん!』


 賑やかな声が響き渡って、派手派手しい黄金光が炸裂した。

 思わず振り返った先で、黒い水玉柄のルドラ・ナイトが全身から爆発的に黄金光を放って周囲の悪魔を灼き払っている。

 そのまま空高く飛び上がったユアとユナのルドラ・ナイトが両手を高々と空へ突き上げた。


『ゴッデスゥ~・・』


『スパーーンクッ!』


 高らかな宣言と共に、黒い水玉柄のルドラ・ナイトが両手を振り下ろした。


 上空に白銀に輝く巨大な掌が現れて、上から下へ、大地を殴打した。


 たった一撃で、直下に居た悪魔達はもちろん、地上を拡がる白銀光に呑まれて大量の悪魔が灰となって消え去っていった。


****


「・・化け物め!」


 舌打ち混じりに呻いたのは、蛇身の妖女だ。ジューランと呼ばれている。

 戦場を映し出した巨大な水晶球に、獅子奮迅の戦いを繰り広げる黒い水玉柄の甲冑人形が映っていた。


「内包する神聖力が無限だとでも言うのか・・」



 なぜ、あれほどの神技、神聖術を乱発し続けることが出来る?



 なぜ、あの忌々しい光防壁は破れない?



 なぜ、あれほど高威力の攻撃を延々と続けることが出来る?



 なぜ、神々よりも強い力を持っている?



 なぜ・・。



 一斉攻撃に転じてから、丸一日が過ぎようとしていた。

 全悪魔が越界をして侵攻している。その数は、億を超える。

 対して、迷宮側は哀れなくらいに数が少ない。

 ひと息に呑み込んで終わる・・はずだった。


 前哨戦で、迷宮勢の個々の力量差を測った。

 龍人最強のブラージュが攻めきれずに戻ったことは誤算だったが、1人2人、手強い存在が居たところで、絶対的な数の優位性は覆せない。


 そう思っていたのだ。


「例の・・厄介な使徒はまだ見つからないのね?」


 ジューランは、近くに控えていた少年に声を掛けた。今となっては稀少な同じ一族の悪魔だ。


「我らの魔界へ踏み入ったまま行方が知れませぬ」


「・・ブラージュ様は?」


「いつでも出陣可能だと」


「あの水玉の化け物は、ブラージュ様にお願いするしかありません」


 悪魔が何体群がったところで一掃されてしまう。いつまで経っても、疲労や神聖力が減衰した様子が見られない。

 ブラージュに頼むしか無かった。

 水玉の化け物をブラージュが抑えてくれれば、他の敵は数で圧しきれるはずだ。


「出陣を依頼しますか?」


「勇者と使徒は?」


「脳を洗って我らへの忠誠心を植え付けてあります」


「ブラージュ様に随伴させなさい。ブラージュ様は嫌がるでしょうが・・」


 何としても、魔界へ踏み入っている使徒が戻る前に決着をつけなければいけない。


 勇者と使者は、蛇身に変じているが、まだ"人間"である。加えて、神聖力には高い耐性がある。


「畏まりました」


 少年が身を翻して去って行った。


 魔界の住人にとって、神聖力を使う2人は最悪の相性なのだ。

 神々を一掃し、厄介な存在を神界に封じた、これ以上無い好機だったはずだ。

 長年に渡って敵対していた機械の神ミザリデルンの申し出に応じたのは、絶対の勝利を確信したからこそだった。


「ジューラン」


 声を掛けて、真珠色の龍人が近付いて来た。後ろを、蛇身になった"勇者"と"使徒"がついてくる。


「ブラージュ様、申し訳ありません」


「構わんが・・この者達は使い物になるのか?」


 ブラージュが不審げに"勇者"と"使徒"を見た。


「楯くらいにはなりましょう・・それより、呼びにやったイクルスはどうしました?」


 伝令に行った少年の姿が見当たらない。


「機神ミザリデルンに呼ばれたと言って何処かへ向かったな」


「ミザリデルンがイクルスを?」


「魔界へ渡った使徒シュンの居所を掴んだと・・そういう事を言っていた」


「使徒の・・そうですか」


 ジューランは首を傾げながらも、戦場を映す水晶球に視線を向けた。


「あの2人か」


 ブラージュの声に感嘆の思いがにじむ。

 ブラージュが後退して休息を取っていた間も、あの黒い水玉柄は戦い続けていたらしい。


「神聖力が強すぎて、魔界の者が近づけません」


 ジューランは唇を噛みしめた。

 水晶球の中で、黒い水玉柄の甲冑人形が黄金の光を両手から棒状に伸ばし、踊るように舞いながら悪魔の軍勢を斬り刻んでいる。


「戦の常道なら、このまま数で擂り潰すべきなのでしょう。しかし・・」


「あの2人を残したままでは、悪魔は逃げ回るしかなくなる。迷宮どころでは無いな」


「・・はい」


「時間が経てば、魔界へ向かった使徒が戻り、神界の封も解かれる」


「・・はい」


「なかなかに厳しいが・・」


 ブラージュが水晶宮を見た。


「まずは一つ一つ脅威を潰していくしかあるまい」


「如何しましょう?」


「あの2人は、2人が揃っているからこそ脅威。わずかな間・・10秒ほどで良い。片方を抑え込めば、その間に片方を討つことが出来る。蘇生をする間に、もう片方を仕留める。後はその繰り返しで殺せるだろう」


 ブラージュが言った。


「・・なるほど」


「"勇者"と"使徒"・・そのくらいの働きを期待して良いのか?」


「死を恐れる心は消してあります。捨て身ならば・・」


 ジューランは、蛇身となった"勇者"の少年を見た。


「死兵か。神聖術の効きも悪いとなれば、少しは保つか」


「周囲の悪魔は退かせましょうか?」


「いや、乱戦の方が良い。こちらの意図を知られる前にやる」


「分かりました」


 ジューランは首肯した。


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