第307話 勇者が来た!


 三界の連絡協議会は、マーブル迷宮の神殿町にある神殿、奥の殿が開催場所となった。


「すでに見知っていますから互いの紹介を省きたいと思います」


 シュンは参加者の顔を見回して言った。

 主神の使徒であるシュンが今回の進行役である。


 神界からは、マーブル主神、輪廻の女神、オグノーズホーン。


 死の国からは、女王、デミア、バローサ。


 地上界からは、シュン、ユア、ユナ。


 シュンの視線を受けて、円形の会議机に座った面々が何も言わずに頷いた。


「この会議は、三界の連絡協議会と位置づけています。初回という事で、少し報告案件が御座いますが、次回以降はもっと簡素化した集まりにしたいと思います」


『異議な~し!』


 マーブル主神が気怠けだるげに手を挙げた。


『それで良いでしょう』


 女王が穏やかに微笑しつつ頷く。


「ありがとうございます。それでは・・特に発言の順序などは定めず、この場で共有しておきたい情報を自由にご発言下さい」


 シュンは、マーブル主神と死の国の女王を見た。自由にとは言ったが、どちらかが発言をしなければ、他は沈黙を保ったままだろう。


『じゃあ、ボクからいいかな?』


 マーブル主神が軽く挙手して立ち上がった。


『もう神界の事はこの場の皆が知ってるから説明を省くよ。神界に残った神は、主神のボクと闇ちゃんだけ。オグ爺はボクの相談役だからね』


 そう前置いて、マーブル主神が場の全員を見回した。


『まず、今回は神界のゴタゴタによって、死の国の女王にまで迷惑を掛けてしまった事を謝罪する』


 マーブル主神が、死の国の女王に向かって頭を下げた。


『いいえ、神々の争乱を鎮めて世界を守った手腕は見事でした。前主神の負債を背負った状態で、神々の叛乱、龍神の叛乱、異界神の侵攻、悪魔の侵攻・・よく乗り越えられましたね』


 女王が苦笑気味に言う。

 実際、かなり危険な綱渡りである。歴代の古神、その一族を押しのけて、マーブル神が生き残った事は奇跡と言っていい。


『ははは・・いやぁ、今になって思い返すと嫌になるね』


 マーブル主神が溜め息を吐いた。


『大勢の神々が消え去り、少々寂しい気がしますね』


『う、うん・・まあ、その辺はボクもね。相応の努力はする・・つもりなんだけど』


 顔色を悪くしながら、マーブル主神が下を向く。どうやら触れたくない話題のようだった。


『・・なるほど、少しお疲れのようですね。失礼しました』


 女王が笑いを含んだ眼差しを輪廻の女神へ向けた。


『その・・申し訳ありません』


 輪廻の女神がしおらしく謝罪する。それを見て、マーブル主神が慌てて声を掛けた。


『あ・・いや、闇ちゃんは悪くないよ? ほら・・ボクがこんなだから・・分かっているんだけど。色々とやる事があって、時間を取れないというか・・大変な問題が起こってるし』


『神界で何か火急の事が起きているのですか?』


 女王が訊ねた。


『え? ああ・・神界というか、地上界だね! ねぇ、シュン君?』


 マーブル主神がシュンに話を振った。


「地上界で問題ですか?」


 シュンは首を傾げた。


『君ぃ~・・とぼけちゃ駄目でしょ? 皆さんが揃った中で嘘とか無しだよぉ~?』


「"勇者"と称する愚か者の事でしょうか?」


『愚か者はないでしょ? なんか・・結構、手こずってるって聞いたよ? なんだかんだで困っているんじゃないの?』


「現状は、田舎の町を幾つか破壊して回っているだけですからね。新種の魔物が湧いた程度に考えていましたが・・」


 シュンは、不思議そうにマーブル主神を見た。


「もちろん、主神様の迷宮に攻撃をしてくるようであれば本気で対応しなければなりません。ですが、現状は山賊の類と変わらないでしょう」


『ふうん・・そうなんだ? まあ、君が大丈夫だって言うのなら、いいんだけどね?』


 マーブル主神が何やら不服そうに口を尖らせる。


『その勇者というのは、天職を与えられた存在なのかな?』


 挙手をして訊ねたのは、死の国のバローサ大将軍だった。


「不明ですが、以前に仕留めた勇者とは別格の強さのようですね。龍人が一蹴されました」


 シュンは龍人の衛士があっさりと討ち取られた時の様子を語った。


『ほう・・それは、なかなかだな』


『人の身で龍人を討つとは、なかなかの逸材ですね。ただ・・ですか?』


 死の国のデミアが首を傾げる。


「勇者が何か?」


 シュンは訊ねた。


『理由はどうであれ、町を攻撃したのでしょう? それは勇者の在り方に反するように感じます』


「はい。住人に大勢の死傷者が出ました」


 使者が降伏勧告を行い、拒むと同時に魔導の武器で攻撃をしてきたのだ。"ケットシー"のメンバーが無事だったから良かったものの、危うく大きな被害を出すところだった。


『で、でも、町の人は治療して助けたんでしょ? 君達なら死者だって蘇らせられるじゃん? どうなの?』


 マーブル主神が、心配そうにシュンを見た。


「はい。全員を蘇生させ、治療を施しました。ただ、心の傷までは癒やせません」


『・・確かに、勇者を称する者としては、愚かしい行動のようですね』


 死の国の女王が呟いた。その双眸が、シュンへ向けられる。


『使徒シュン・・貴方の事です。無策という事ではないのでしょう?』


「無論、対策はしてあります」


 シュンは首肯した。


「先ほども申しましたが、被害は地方の小さな町だけです。あの程度の者は、新しい迷宮内にいくらでもいます。雑兵とは申しませんが、真剣に相手をするのも馬鹿馬鹿しくなる手合いです」


『ふむ・・問題は無さそうですね』


「大きな問題にはなりません。いえ・・むしろ、世界にとって良い状況を生み出せるのではないかと考えています」


 シュンは小さく笑った。


『あら? 貴方も、そうした笑い方が出来るのですね? なんだか安心するわ』


 女王が好ましげにシュンを見ながら微笑んだ。


『・・ずいぶんと余裕がありそうだけど、本当に大丈夫なのかい?』


 マーブル主神がシュンに声を掛ける。


「ええ・・さすがに、主神様の迷宮を狙われると、こうして笑ってはいられませんが・・」


 シュンは苦笑した。


『だって、何度か捕らえようとして逃げられちゃってるんでしょ? 神殿がある町だって結界の外から破壊されたって聞いたよ?』


 現状、勇者軍の所在を突き止められず、自由にさせているのは事実だ。


「はい。攻城兵器とでもいうのでしょうか。強力な遠距離攻撃をする魔導の武器で、神殿町の結界を破られました」


『そんなので、ボクの迷宮を狙われたらどうすんの? ボクの・・主神の迷宮だって世界に発表してあるんだよ? 少しだって傷を付けられたら負けなんじゃないの? そんな事になったら、ボクは我慢ならないよ!』


 マーブル主神が拳を握って机を叩いた。


『そうですね。確かに、それは主神の顔に泥を塗られるに等しい事です。どういった備えをしているのです?』


 女王がシュンを見た。


「まあ、本来は勇者などという雑兵を相手にするための備えではありませんが・・もし、お許し頂けるならば、勇者の襲撃があったその時に披露したいと思います」


 シュンは自信ありげに頷いた。


「使徒シュン・・」


 それまで沈黙していたオグノーズホーンが口を開いた。


「我が主殿と女王陛下がいらっしゃる場での大言壮語・・万が一の時には、失態を命で償う覚悟があるのだろうな?」


「はい。有り得ない事ですが・・私が護るこの迷宮に、勇者などという間が抜けた輩が傷の一つでも付けた時には、いかなる処罰も受ける覚悟です」


 シュンは真摯な表情で低頭して見せた。その様子を、ユアとユナが不思議そうに見守っていた。2人の知るシュンは、ここまで饒舌では無い。敵対者が現れれば、ただ淡々と作業をするように処理していく。主神や女王に説明を求められたとはいえ、妙に自信ありげな、まるで煽っているかような口ぶりに、違和感を覚えたのだった。


「ふむ、相応の覚悟の上での発言・・よほどの自信があるのだな」


 オグノーズホーンが納得した顔で頷いた。


「今後も、迷宮の神殿町でこうした大切な会議を開くつもりでいます。備えは万全です。地虫のように湧いて出た勇者などに遅れは取りません」


 シュンがそう断言した時、



 ビィーー・・



 部屋の中に、警報音が鳴った。


『シータエリア外、東に10キロの地点に勇者の軍勢が現れました』


 ユキシラの声が聞こえてくる。


『そちらに映像を送りますか?』


「やってくれ」


 シュンは通話器に向かって言った。


 間を置かず、部屋の壁一面に、野外の様子が映し出された。


 例によって不揃いの甲胄を身につけた兵士達が数千名、中央後方に大型の魔獣が牽く巨大な円筒形の兵器が見える。


『ほ、ほら、来たっ! 来ちゃったよ! どうすんの!』


 マーブル主神が席を立って騒ぎ始めた。


「何がです?」


 シュンはマーブル主神を見た。


『あれが見えないの? でっかい武器を引っ張ってるじゃん! あれを撃って来るんじゃないの? なんだか危険そうだよ?』


「まだ距離があります。あんな場所から届きますか?」


 シュンは首を傾げた。


『・・知らないけど、大丈夫なのかい? あんなの撃たれたら結界破られちゃうでしょ? これって、君が言ってた万が一になっちゃうんじゃない?』


「大丈夫です。あのような粗末な武器で、この迷宮の結界は破れませんよ」


 シュンは苦笑しつつ首を振った。


「あれは儂の世界の武器ですな。確か、魔光照砲・・膨大な魔力を光弾として撃ち放つ攻城用の兵器です。威力が強すぎて、一度しか放てませんが・・」


 オグノーズホーンが淡々とした口調で説明した。


『ほっ、ほらっ! ヤバいじゃん! どうすんのさ? 結界なんか、ぶち破られるよ?』


 マーブル主神が椅子の上に立ち上がって声をあげた。


 直後、映像全体が眩い白光で覆われた。


『・・あっ』


 マーブル主神が短く声を漏らした。


「綺麗な光ですね」


 シュンは、閃光が鎮まる様子を見守った。


『・・あれ? ん?』


「どうしました?」


『えっ? い、いや・・あれぇ~?』


 マーブル主神がきょろきょろと周囲を見回す。


 映像内では、オグノーズホーンが言うところの魔光照砲が光弾を放った。

 しかし、何事も起きていない。

 静かなまま・・微震すら感じられなかった。


『・・どうなってんの? いや・・さすがに、あの威力の魔光弾を浴びたら無傷ってわけにはいかないでしょ? どんな結界だって粉々だよ? 光弾がれたの?』


『いや、れたのではない。これは・・幻・・幻夢を見せたのだな?』


 そう言って、バローサ大将軍がシュンを見た。


『幻を? そうか・・勇者を騙るあの者達は、幻の迷宮を見せられているのね?』


 デミアが大きく頷いた。


『・・幻だって? 誰が? どうやって? 勇者の軍はいきなり出現したんだよ? っていうか、あいつら何処に居るの?』


 マーブル主神が狼狽うろたえた声を出す。


「シータエリアの外に居ますよ?」


 シュンの声と共に、壁面に地形図が表示された。ユキシラから報告があったように、迷宮を中心に拡がる円形のシータエリアの東側に、勇者の軍を表す光点が点っている。


『・・魔光弾は何処に飛んだの?』


 マーブル主神が呆然と呟いた。


「後方、空に向かって撃ったようですな」


 オグノーズホーンが映像を眺めながら呟いた。


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