第306話 仕込み
北の神殿町を襲った勇者の軍団が消えた。
幻術などによる隠蔽では無い。ユキシラの"眼"で探しても見つからないのだ。
龍人の衛士が到着したと同時に、数千名の人間達が影も形もなく消え去っていた。
そして、次は南方の神殿町が襲われた。
今度は攻城兵器を使用する前に龍人を送り、勇者の軍勢を直接攻撃させたのだが、驚いた事に、勇者らしき少年によって龍人が斃されてしまった。
ユキシラが見る限り、勇者の少年は無傷で龍人を圧倒し斃したそうだ。
迷宮勢で同じ事が出来るのは、アレクとアオイくらいだろう。
「そして、また消えたか」
「はい」
"眼"で監視していたユキシラが頷いた。
「転移先は見えず・・?」
「はい」
全世界を見る事が出来る"眼"だ。転移先が地上であれば、あれだけの人数を見逃すはずが無い。
「リール?」
「今回も途中で途絶えておる」
転移の痕跡を小悪魔を使って追っているのだが、途中で消失するらしい。リールの探知で追い切れないほどの・・となると、転移先が地下施設ではないかという推測も怪しくなる。
「龍人が斃した人間の死骸は?」
「小悪魔に回収させ、こちらへ運ばせておる」
転移門を利用し、まもなくエスクードに到着するそうだ。
「よし・・後は、マリンに任せよう」
シュンはユアナを振り返った。
"第一回、三界連絡会議"は、今日の正午だ。
開始まで約二時間を切った。あまり、時間は残されていない。
『おかしいのです』
カーミュが呟いている。
「俺もそう思う」
この勇者騒動は不自然だ。
シュンは淡い笑みを浮かべながら、"ネームド"の制服に着替えた。それを見て、ユアナも換装する。
「ユアナ、ムジェリの村へ寄って行く。一緒に来てくれ」
「ムー・・はい!」
差し出されたシュンの手をユアナが握った。
直後、2人は瞬間移動をして、ムジェリの村の転移石の前に姿を現した。そこからは、飛行をして岸辺へと降り立つ。
天幕という天幕が巨大になり、さながら巨人の国に迷い込んだかのような光景だったが・・。
「ムーちゃん!」
ユアナが元気な声を掛けると、湖の畔で何やらやっていたムジェリが小山のような巨体を起こした。
「よく来たね! 今日はユアナね! ボスも一緒ね!」
ムジェリが、薄い青色の巨体を波打たせて大きな手を振った。
「何か造るね? "P号"は納品したね」
声を聞きつけて、黒エプロンの職人ムジェリが天幕の外へ出て来た。すぐさま、他のムジェリ達も集まって来る。
「もはや、山脈だな」
シュンは聳え立つムジェリの壁を見回して苦笑した。
「よく来たね!」
一際大きなムジェリが上から覗き込むようにして声を掛ける。
「飛ぼうか」
「はい」
シュンとユアナは、背に黒翼を生やして宙へ浮かび上がった。
ムジェリ達が巨大過ぎて、下から見上げていると首が疲れそうだった。
「ママ・ムジェリ! 元気してた?」
ユアナが拳を突き出して見せた。
どこでどう見分けているのか、シュンには未だに分からないのだが・・。
「とっても元気ね!」
大きなムジェリの手が伸び、ユアナの拳と軽く触れ合わせる。
「空間拡張したね! ここも広くなったね!」
「湖も深くしたね! 陸亀も喜んでるね!」
他のムジェリ達が体を揺らして自慢する。
「さすがムジェリ! 凄いわぁ!」
ユアナがふわりと高く舞い上がって周囲を見回す。
「ボス! 何か造るね?」
「また新しい魔物発生器ね?」
「世界拡張装置はどうね?」
「山を浮かべる板を造るね?」
職人ムジェリ達が、押し合い圧し合いシュンの前に出て来る。
「特急で作って貰いたい品がある」
シュンは、職人ムジェリ達に向かって依頼したい品について説明をした。隣に、ユアナが降りて来て興味津々に聴き入っている。
「因果の糸ね? 前に作りかけて止めたね」
「あれを使うね? でも、ユアナの世界には干渉出来ないね?」
「世界の規則に違反するね」
「無論、規則が許す範囲での使用に限定する。それと・・完全な品では困る」
そう言って、シュンは少し考えた。
「最大で一割程度を伝導し・・10分後に消滅するようにして欲しい」
「一割ね? 少ないね?」
「10分は短いね」
「消えて無くなる品ね?」
「証拠隠滅ね?」
巨大なムジェリ達が体を波打たせながら考え込む。
「急かすようで申し訳ないが一時間で完成させて欲しい。頼む」
シュンはムジェリ達に向かって頭を下げた。
「任せるね! ボスの頼みね!」
「完璧に仕上げるね!」
「30分で作って見せるね!」
ムジェリ達が声を上げながら、再び押し合い圧し合い巨大天幕に向かって戻って行く。
「ユアナ、後は任せて良いか?」
シュンはユアナを見た。
「うん! 任せて!」
ユアナが笑顔で請け負った。
「何か進展があったら"護耳"で報せてくれ」
そう言い残して、シュンは瞬間移動をした。
次に向かったのは神界である。
直接では無く、神界の入口となっている場所だ。かつて、名も知らぬ男神と女神に連れて来られた空間である。
「来たか」
待っていたのは、オグノーズホーンだった。
「待たせましたか?」
シュンは黙礼しながら近付いた。
「いや・・それで儂に用件とは?」
「ご依頼いただきました品が完成しました」
シュンは、"ポイポイ・ステッキ"から小さな小瓶を48本取り出した。
「強力な体力回復薬です。服用時に全回復、さらに丸一日は継続回復を続けます。副作用はありません」
「手間を掛けさせたな。いや・・いくら神界のため、未来のためとはいえ・・最近の主殿があまりに辛そうなのでな。せめて体力だけでもと思ったのだ」
オグノーズホーンが溜め息を吐いた。
「・・その事に関わりがあるかどうか」
シュンは秘薬をオグノーズホーンに手渡しつつ、今地上世界で起きている事、そしてこれから起こるだろう出来事について説明した。
「なんと、そのような事が・・ううむ」
オグノーズホーンが低く唸った。
「もちろん、私の見当が外れている可能性があります。しかし、私の予想通りであった場合は、ご協力をお願いする事になるでしょう。予めご承知おきください」
「分かった。そういう事であれば・・協力しよう」
オグノーズホーンが首肯した。
「感謝致します」
シュンは深々と頭を下げた。
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