第89話 また出たです。
"ネームド"の周回方法が変更された。
1つの階層を50周してから次の階へと進んでいたパターンから、55階から73階までを1周ずつ巡って上り下りするパターンへ。動向を石碑で検索している者達からすれば眼を疑うような速度で1層ずつ順に移動している。役場には、検索機能が故障したのではないかと、不特定多数の異邦人達から何度も問い合わせがあったらしい。
「これはこれで悪く無い」
シュンは収納した素材を眺めながら呟いた。
周回コースのことである。
同一階を50周すると、どうしても単調になって飽きが来る。時々混ざる上位層の魔物が良い刺激になるが、上位層の魔物といっても、100階以下の魔物に制限されているらしく強さは頭打ちだった。出現する魔物の種類も目新しさを失っている。油断しなければ問題無く狩れるのだった。
(例外は、18階の金銀の巨竜だけだな)
恐らく、神様の言うリポップのルーレットには何らかの制限が設けてあるのだろう。700階のような高層域の魔物は、リポップルーレットに入っていないようだ。
(オグノーズホーンのような奴がポップしたら、どんな大型レギオンでも全滅確定だろう)
あるいは、かなりの低確率ながら数百階に棲息する魔物も出現する可能性があるのか?
「ボス、73階クリア」
「マッピング、パーフェクツ」
双子が親指を立てて見せる。
「よし、72階へ戻ろう」
「アイアイ」
「ラジャー」
ユアとユナが敬礼をする。
「了解」
双子に
双子の厳命により、ユキシラの時は"ネームド"の男性服、サヤリになると女性服に換装しているおかげで、一目でどっちになっているのか識別可能だ。
浮かんで周辺警戒をやっていたユラーナとカーミュがそれぞれ主人の中へと戻る。
「ジェルミーも
解体を手伝ってくれたジェルミーに指示をして、シュンは階層主の居なくなった空間を見回した。ここの階層主は、素材名によればシデン・キマイラという名称だ。肉体再生速度が速く、強靱な筋力を持ち、魔法耐性も極めて高く、魔法と体技をいくつも同時使用してくる。ただそれだけの敵だった。
"ネームド"の基本攻撃パターンから逃れられず、テンタクル・ウィップで捉えられ、テン・サウザンド・フィアーからの、メンバー(ジェルミーを含む)一斉攻撃で斃れた。
常態的に使用しているテンタクル・ウィップの練度が極めて高い。シデン・キマイラのような魔物はもちろん、ルインダルのような実体が希薄な魔物にも通用する万能ぶりだった。
なによりも、あのオグノーズホーンが唯一嫌がった武器だ。
(鍛える価値はある)
シュンはそう信じて使い続けている。
以前に神様が言っていたように、水魔法との組技も積極的に試していた。
(だが、まだ届かない)
オグノーズホーンには勝てない。
アルマドラ・ナイトによる合身技は強力だが、発動させるまでに時間がかかり過ぎる。あれだけの時間、オグノーズホーンは見逃してくれないだろう。
テン・サウザンド・フィアーもそうだ。シュンの手持ちで大きなダメージポイントを出す技は全て発動までの時間がかかる。巨大蚊が10匹になり、総与ダメージも10倍になったが、オグノーズホーンはのんびりと攻撃を受けてくれるような弱敵では無い。
身体強化からの"
中間距離での手数なら、VSSと水魔法。VSSは体の一部のように使い
しかし、オグノーズホーンを相手にどこまで通じるだろうか。
(・・武器や魔法に頼らずに、あの域へ到達しないと駄目だ)
多少は劣っていても良い。あの怪老人と格闘をやっても即死しないだけの身体能力を身につけなければ
何をどうやれば近づけるのかは分からない。ただ、レベルの数字だけが高くなっても意味が無いことは分かる。一方で、練度を上げると経験値が稼げなくなり、ほとんどレベルが上がらなくなる。レベルが上がることで会得できる能力や魔法が存在するから、レベルを上げたい気持ちもある。
「ボス?」
「問題発生?」
双子がシュンの硬い表情に気が付いて声を掛けた。
「・・いや、どうすれば、オグノーズホーンに勝てるのかを考えていた」
シュンは、考えていたことを素直に口にした。
「逃げて撃つ」
「防いで撃つ」
ユアとユナがMP5SDを抱えて見せる。2人の銃は、総弾数が9万発というふざけた状態になっている。撃ち尽くしても、約30秒で全弾が補充されるという異常な銃器になっていた。
「あのオグノーズホーンから逃げられるか?」
「う・・」
「う・・」
「ほぼ何もできずに背後を取られたんだぞ?」
シュンは苦いものを呑み込んだように顔をしかめた。
「うう・・」
「うう・・」
双子が頭を抱えた。
しかも、あの時、オグノーズホーンはもっと上の存在が居ることを
「敵です」
難しい顔をして考え込む3人に向かって、サヤリが注意を
「蜘蛛ゾーン」
「うじゃうじゃ~」
双子がMP5SDの乱射を始めた。サヤリも
この階層は延々と押し寄せる毒蜘蛛をひたすら殺し続けるだけだ。クリアしなくても転移で73階を選べるので、この階層を無視しているパーティも多いらしい。無論 "ネームド"にその選択肢は無い。
「サヤリ、次の広間でユラーナを出せ」
「はい」
「ユア、ユナ、毒液と粘着糸に気を付けろ。EXはどんどん使え」
「アイアイ」
「ラジャー」
双子が銃を腰だめに撃ちながら、逃れた毒蜘蛛が壁を
テンタクル・ウィップが次々に毒蜘蛛を打ち倒し、英霊ユラーナの竜巻が吹き荒れて、毒蜘蛛を引き千切り、圧壊させていく。
「カーミュ、灼け!」
『はい、ご主人』
白翼の美少年が姿を現して、思いっきり空気を吸い込むと、口から炎を噴いて広間を埋め尽くす毒蜘蛛を灼き払っていった。
「2つ先の広間まで移動。次は大蜘蛛が混じるぞ」
毒蜘蛛とはまるで種類が違う、やたらと脚の長い極彩色の大蜘蛛がいるのだ。
「行くぞ」
ジェルミーに声をかけて、シュンが走る。
水楯を張り、水渦弾を撃ち続けながら強引に毒蜘蛛を蹴散らして広間の中央へ押し入るなり、12本の
「・・
天井に逆さまに張り付いていた大蜘蛛にテンタクル・ウィップが巻き付いた。姿を消していた大蜘蛛が次々に姿を現し、天井から引き
そこへジェルミーが刀を抜き打ちに斬りつけて寸断していった。
「ボス?」
「よろし?」
通ったばかりの通路から押し寄せる毒蜘蛛を銃撃しながら双子とサヤリが
「良いぞ、やってくれ」
シュンの許可を得て、双子が両手の拳を体の左右で握った。
「セイクリッドォーーー」
「ハウッリングゥーーー」
双子の口から白銀の閃光が吐き出されて、通路を押し寄せる蜘蛛達を灼き払っていった。
「次は子蜘蛛が混じる。カーミュ」
『はい、ご主人』
カーミュが炎を噴いて次の広間を灼き払う。すかさず、ジェルミー、サヤリが抜刀して斬り込んだ。
今度は、シュンが後背から湧いて出る毒蜘蛛を防ぐ番だった。水楯で通路を封鎖して、水渦弾とVSSで次々に撃ち斃しながら先行した双子達の方へ退く。
「ボス、上から口のやつ!」
「リポップ!」
双子の声を聴くなり、
「俺に構うな! 聖なる楯を使え!」
シュンは後方から押し寄せる毒蜘蛛を掃討しながら声をあげた。
「聖なる楯っ!」
間髪を入れずに、ユアの声が背後で響く。眩い聖光に照らされながら、
「水渦球・・」
シュンは振り向きざまに、上方めがけて水を凝縮した球を放った。直径が10メートルほどの水球だ。
天井部から
「千華っ!」
シュンの掛け声に合わせて、水渦球が無数の水針となって飛び散り、悪霊の大群を引き裂き、殲滅していった。
実体のある毒蜘蛛、そして悪霊と化した上顎・・。
最初こそ戸惑った襲撃パターンも、もう慣れたものだ。
雨のように降り注いでくる"上顎"と水針を聖なる楯で防ぎ止めた双子が、自分たちでカウントを測り、楯が消えるギリギリで聖なる剣を発動した。
光る剣幕をすり抜けて双子に迫ろうとする"上顎"もいたが、サヤリとジェルミーに斬って捨てられる。
「霧隠れ・・水療」
シュンは、補助の水魔法を使用しながら、逆側の通路口を塞ぐために移動した。その間に、ジェルミーとサヤリが蜘蛛の解体をやり、双子がドロップ品を拾い歩く。
「ぇ・・?」
シュンは思わず声を漏らした。
「・・ボス」
「・・なんだろ?」
双子も戸惑った声をあげている。
「斃した蜘蛛に、何か混じっていたか?」
シュンは、蜘蛛の残骸が散乱する空洞内を見回した。
特別な何かを斃した感覚は無かったが、今の一瞬でレベルが上がっていた。
まだ、次のレベルまで100万以上の経験値を必要としていたはずだったが・・。いきなり2つもレベルが上がったのだ。
半ば呆然となって自分の体を見回していると、
『は~い、またですかぁ~、毎度ですねぇ~、やってくれちゃいましたねぇ~』
どこからともなく、神様の声が聞こえて来た。
『また出たです』
カーミュがぼそりと呟いた。
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8月13日、誤記修正。
異邦人達からが(誤)ー 異邦人達から(正)
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