第14話 ガイダンス
翌日、宿の朝食が終わって間も無く、神殿の老人により、迷宮の低層階についての説明会が催された。
参加したのは、シュンを含めて15人。
他の異邦人はまだ寝ているか、探索を始めたかのどちらかだ。
「・・そういうわけで、3階層からは毒性の強い植物が増えるため、それを食べる魔物も毒を帯びたものが多い。魔物を斃した際に出てくる品・・いわゆるドロップ品にも、毒に関連した物が増えてくる」
2時間が過ぎたところで、ようやく迷宮の3階層についての説明だった。5階層までを低層階と呼ぶらしいので、まだまだ終わりが見えない。50デンを支払っている以上、最後まで聴いておきたいが・・。
途中から眠気との戦いになった。
しかし、正午が迫った頃、5階層についての講義が始まると、部屋の温度が激変した。
*迷宮は神様が創った。
*迷宮での功罪は神様が評価する。
*5階層毎に、上層への転移門が設置されていて、転移門は魔物が護っている。
*5階層毎に、功罪の石碑という物があり、触れた者の功罪に裁可が下る。
*魔物を斃すことによって得られる経験ポイントは、パーティを組んでいると戦闘に参加したメンバーで均等割りになる。
*武器の扱い、魔法の扱いなどには熟練度が設定されており、練度が一定の水準に達すると、固有の技能や魔法を習得することができる。
*どんなにレベルを上げても、身体能力では魔物に劣る。
*レベルが上がり、固有の技能や魔法を習得することで、魔物を上回る強さを得られる。
*レベル25を超えると、自分の意思で迷宮の外に出ることが出来るようになる。
*迷宮内には、魔法では成し得ないような不思議な効果を持った魔導具が存在する。
*魔物のドロップ品には、外界では習得不可能な魔法や技能が記された伝承書がある。
・
・
・
・
それまでの、寝落ち寸前の講義から一変、非常に興味深い内容になった。
「さて、なにか質問はあるかな?」
神官服の老人が講義の最後に質問の場を設けた。
シュンは挙手して立ち上がった。
「魔物の図録はありますか?」
「3階層以上の物は無いな」
老人が首を振った。3階層までの物は、すでに購入している。昨晩も、老人とは魔物についての情報を根掘り葉掘り訊いたのだった。
「はい」
別の少年が挙手して立ったので、シュンは席に座った。
「技や魔法のスキルマップ・・派生図はあるんですか?」
「あるかもしれんが・・儂は見たことが無いな」
「・・そうですか」
少年が座った。
「・・はい」
少女が手を挙げて立ち上がった。
「レベル25まで、どのくらいの時間がかかりますか? また、何匹くらいの魔物を退治すれば到達できるのでしょうか?」
「うむ・・階層によって魔物の強さが変わり、魔物の強さによって得られる経験値が変動するからの。過去の例で言うなら、最速8ヶ月ほどでレベル25になっている。到達階層は18階であったな」
「18階・・」
少女が小声で呟きつつ席に座った。
「はい」
眼鏡をかけた少年が立ち上がった。
「レベル25になった異邦人は、何人でパーティを組んでいましたか? 主な武器はどんな物だったか記録があるのでしょうか?」
「6人パーティで進めたが、途中で2人が死亡したまま、最後は4人だったそうだ。武器は銃だったらしいが、儂は銃については門外漢でな」
「4人・・」
眼鏡の少年が席に着いた。
「5階層までは単独でも行けるが、その先はパーティを組むことを勧める。さて、ではこれで講義を終わる。個別に質問がある者は神殿に来なさい」
神官服の老人が15人の顔を見回しながら言った。
(5階層までは行けるのか。なら、時間を掛けながらでも1人で行ってみよう)
シュンは講義場になっていた神殿裏手の広場から、宿屋へと足早に向かった。
ここには、陽の光があり、穏やかな空気に満たされた草原になっている。迷宮結界の内側にある、始まりの村だった。
村から北に3時間ほど歩いた場所に、大きな石門があり、資格保有者が門を潜ると、迷宮の最下層部、第1階に転送される。転送された場所にある門を潜れば、またこちらに戻って来られる。
2階に上がって門を見つければ、その門に登録され、次に始まりの門を潜るときには『1階』『2階』と転送先の門を指定できるようになる。
宿に問い合わせると案の定、部屋に空きが出ていた。
早速、個室を抑えて前金で支払う。食事を包んで貰うと背負い袋に詰めて、狩り場へ向かった。
VSSで兎、鳥、ネズミ・・頭部を狙った射撃を心がけながら10発撃ち尽くすと、弾が補充されるまで戦利品の整理をしつつ、射撃の反省・・弾倉が弾で満たされたら、またVSSを手に可能な限り遠間からの狙撃を繰り返す。
撃って移動し、潜んで撃つ。
やることは、弩での狩りと大差無い。ただ、狙撃の距離が段違いだ。
MPが切れたら、気配断ちをしてひたすら回復に努める。
これの繰り返しだった。
迷宮内部は閉所も多く、遠間での狙撃機会は少なくなると神官の老人は言っていた。熟練度を上げるなら、この開けた平原が一番だろう。
やがて、昨夜の小川に到着すると、今度は分銅鎖と短刀を使った魚獲りだ。
川の真ん中にある大石に乗って気配を断てば、面白いように油断した魚が寄ってくる。短刀でも、ぎりぎり届くし、未熟な分銅鎖でも時々当たる。
夕暮れが迫り始めると、VSSを手に遠間の狙撃を行いながら集落へと戻る。
シュンは、これを日課にして、しばらく"始まりの村"に逗留することに決めた。
「また、ずいぶんと狩って来たな」
素材屋の老人が上機嫌で素材の査定をやりつつ、
「お仲間が2人ほど戻らんそうじゃ」
不意に言った。お仲間というのは、異邦人の少年達だろう。
「まだ・・陽は暮れきっていないから」
シュンは夜闇が濃くなってきた空を見上げた。
「捜索隊が出掛けて行ったよ」
「・・異邦人同士が組んで?」
「他におらんからな」
「村に帰るのを面倒がって、迷宮に滞在しているだけかもしれない」
「そうだな。それに、迷宮に行ったとも限らん。時々おるんじゃ・・この迷宮結界から出る方法があるんじゃ無いか、どこかに抜け道があるんじゃ無いかってな」
「あぁ・・それはあるかもな」
シュンは頷いた。
シュンのように、3年間と割り切って自分から来たわけでは無いのだ。
(狩りを山でやるか、迷宮でやるかの違いだけだから)
それ以外の生活を知らないシュンは、さほど窮屈さを感じない。
「まあ・・声は掛からなかったし、今から夜に外へ出る気は起きないな」
シュンは代金を受け取りながら言った。
「ああ、夜は危ねぇから止しときな」
「夜に安全な狩りが出来る場所って無いかな?」
「運任せになる。止めときな」
老人が顔をしかめて首を振る。
「・・分かった」
シュンは素直に頷いて店を後にした。
今日は午前中が講義だったから半日の狩りだったが、昨日の3倍近い実入りになった。
「お前さん、捜索には行かなかったのか?」
神殿を訪ね、毒消しを買いたいと言うと、シュンの顔を見るなり老人がいきなり訊いて来た。
「行方不明になったのも知らなかったし、そもそも呼ばれなかったから」
シュンは苦笑しつつ、毒消しを3つと傷薬を2つ購入した。
「ここで売っておる低位薬は、ここで採れる品だけでは無理だが、迷宮のドロップ品を使えば自分でも調合が出来るぞ」
「・・なるほど」
「お前さん、調合の経験があるんだろう?」
「はい・・ここへ来る前に少し」
「ふむ。ならば、ちょっと調合をやってみなさい。奥に調剤場がある」
老人が神殿奥の扉を示した。
「それは・・良いんですか?」
「暇じゃからな」
「はは・・」
シュンは笑いながら、老人の案内で調剤場へと入った。
ぱっと視線を巡らせて物の配置を頭に入れつつ、調合台の前に立つ。整然としていて、作業はやりやすそうだ。
「迷宮の魔物じゃがな・・」
老人が乾燥させた草や根、何かの肉片などを並べつつ、魔物の話を始めた。
どうやら話し相手になれという事らしい。
「図録がありました?」
シュンは横目で老人を見た。
「ある」
老人が、にっ・・と黄色い歯を見せる。
「だと思いました」
シュンも笑った。
講義の場では、無いような事を言っていたが、そんなはずが無いのだ。この老人は、薬類の調合は物のついでで、魔物の図録作りが生き甲斐なのだから。
「お前さん、何日逗留するんじゃ?」
「宿屋には1ヶ月分を支払いました」
「・・この時間には手が空くんじゃろうな?」
念を押して訊いてくる。
「ええ、食事をして寝るだけですね」
「ならば、ちとここで薬作りをやってみんか?」
「手当は出ます?」
シュンに薬の調合をさせて、図録作りに専念したいらしい。労賃くらい貰いたいところだが・・。
「むむむ・・それは・・出せんのじゃが、そうじゃ、傷薬か毒消し、どちらか1本無料にしよう。どうかの?」
「後で、自慢の図録を見せて下さいよ?」
「うむっ、好きなだけ見せてやろう!」
老人が胸を張った。
=======
7月28日、誤記修正。
探したく気持ち(誤)ー 探したくなる気持ち(正)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます