第43話 アップグレード

 神が告げた通り、テンタクル・ウィップは身体から生やせるようになり形状を変じて鉤爪のような棘が無数に付いた黒い触手になった。数は最大で12本、長さは50メートル。1本の触手から枝分かれさせる事もできるし、指や腕の方々から12本を生やす事もできた。


(・・取り出して、手に握る手間は省ける)


 シュンはそう思う事で、不安を紛らわせた。自分の身体から黒い触手が生えて、生き物のように動くという事態に得体の知れない物への恐怖を覚えたのだ。

 実際には、皮膚から少し上の空間から生え伸びていて重さは感じ無い。これまでのように手で振るのでは無く、自分の意思を伝導させて操作する魔導具のような物だった。


 ジェルミーの方は、シュンをもっと不安にさせる。

 得体の知れない寄生生物が、シュンを宿主として脳に棲み着いているのだ。神の術によってシュンの支配下にあるそうだが、そうは言われても気味が悪い。血や肉とは別の何かが自分の中でうごめいている感じがしているのだから。


(知識としては、大丈夫だと理解できるが・・)


 神に与えられたジェルミーについての知識はある。上手く使役し、使いこなせば優れた攻撃手段になると分かる。ただ、やはり生来の自分の身体では無い生き物を自分の身体として扱うというのは困惑する。


「ジェルミー」


 呼びかけると、宙空から染み出しように白銀色の金属液体が現れ、したたって地面に落ちる。



ぷるるん・・



 と、水滴の形をしたまま揺れている。


「人の形をとれ」


 命じると、


 金属の流体が立ち上がって人型になり、みるみる色を変えて、シュンに雰囲気の似た顔立ちの少女になっていた。


「女だと!?」


「美少女だと!?」


 双子が呻く。


「ジェルミーは雌らしい・・が、これは自分が女になったようで違和感があるな」


 シュンは目の前に現れた女型の自分をしげしげと眺めた。シュンとは違って、髪は背に届きそうなほどに長く背中で束ねたようになっていた。騎士服の胸元が柔らかく盛り上がり、細く絞れた腰から尻にかけての曲線が確かに女を感じさせる。


「連敗記録が更新されました」


「負け続けで萎えました」


 双子が四つん這いに倒れ込んだ。


「さすがに声は出せないらしいが・・・触れた感じも、まるで人肌だな」


 シュンは自分と瓜二つの少女の手を取り、指や爪など観察した。


「モデリングは誰っ?」


「ボディはどうやって造形?」


「神様だろ?」


 他にこんな事ができる存在などシュンは知らない。あの少年の姿をした神の御業だろう。


「ああ、神様・・」


「マイゴッド・・」


「見た目はこうでも、中身は魔物だからな。戦いの役には立ちそうだ」


 シュンは、ジェルミーに向かって戻るように念じた。

 途端、どろりと形を崩して流体に変じ、地面に染み込むようにして消えて行った。


 MPの消費は無い。


(・・使える)


 シュンの脳内に寄生したジェルミーの核が死滅しない限り、流体の金属がどうなろうとも時間が経てば再生するらしい。リビング・ナイトと同様、パーティの一員として戦力になってくれそうだ。


 オグノーズホーンとの戦い、そしてジェルミネルの討伐報酬は、パーティの戦力を大幅に引き上げてくれそうだ。


(あとは・・練度を上げてくれたそうだが?)


 神が、オグノーズホーンと遭遇して生き延びた報酬として、練度を上げてくれるような事を言っていた。


「新しい魔法が派生した」


「神聖なやつ」


 双子が報告する。覚えている全魔法、全技能の練度が跳ね上がったらしい。魔法や技能など、様々なものが増えたり、上位互換となったり、銃の弾数が増えたり、充填速度が増したり・・確認するのが大変な状態だと言う。


「魔法と技能、合わせて10個」


「それ以上は覚えても使えない」


「・・ああ、そうらしいな」


 双子の言葉を切っ掛けに、シュンにも新しい知識が湧き出てきた。


 左手の甲に浮かんだステータス表示を使って、使用する魔法や技能を選択し、登録しておく必要があるようだ。これまでは、魔法にせよ、武技にせよ、個数が10に満たなかったために知識として顕れ無かったらしい。一時間に一度組み替えができる仕組みだから、そこまで悩まなくても問題は無さそうだ。これまで通り呪文詠唱などは無いが、魔力を変換するためのが必要な大魔法を習得していた。


「EXもパワーアップ」


「神様のご褒美」


「へぇ・・それは良かった。元々、良い能力だったけど、どうなったんだ?」


「範囲と耐久値が上がった。パーティ全員のHPが完全回復。状態異常も完治」


「範囲と威力が上がった。防御力、耐性無視のダメージ。しばらく聖属性ダメージゾーンが出現。パーティメンバーは影響無し」


 双子が胸を張った。


「凄いな」


 シュンは素直に感心した。10分に一度、このEXを使えるとなると、強敵が相手でも勝ち筋が見えてくる。


「ボスは?」


「EX、どうなった?」


「俺は・・威力増加だな」


 シュンは左手甲のステータスに触れて言った。

 EX技名は、サウザンド・フィアー。30分に1回の使用間隔は変わっていない。


「力を把握するために、しばらく13階で魔物狩りをやってみよう」


「賛成」


「同意」


 双子が頷いて、即座に鎧を身に着けた。護耳の神珠、護目の神鏡を装着し、手にはMP5SDを持つ。

 シュンも同じように装備を整えて、VSSを手に13階の石床を踏んで歩き出した。


 12階はごつごつした岩床だったが、13階は綺麗に平らになった石床だった。壁も、天井も整えられていて屋内を思わせる構造になっていた。出っ張りや窪地が無いので身を隠す場所は無さそうだ。


 魔物は、集団で突進してくる三本角の牛、集団で執拗しつように追いかけて来る狼人、床石に擬態した強酸粘体アシッドスライムなどが多く、時折、ボロを纏った骸骨の魔法使いが混じる。


 初めは、底上げされた人体能力を確かめるために、出来るだけ素手で、危なくなったら双子のEX技を織り交ぜ、回復魔法を使ったりしつつ戦い、続いて銃だけで対処し、さらに"テンタクル・ウィップ"と"包丁"だけで戦ってみた。最後に、魔法だけを使って戦闘を行い、一通りの試しを終えた頃、次レベル到達まで残っていた1万ポイントの経験値を稼ぎ終えたらしい。


 3人は、あっさりとレベル12になった。


「何というか」


「敗北感?」


 双子が腕組みをして唸っている。視線の先に、"ジェルミー" が立っていた。シュンと同じ防具を身につけ、腰には以前にシュンが拾得した"明19制刀・将官用"という刀を吊している。使うように命じたのだ。


 黒鎧化したリビング・ナイトが敵の正面に立ち、刀を手にしたジェルミーが斬り込む・・すごく人間的な立ち回りで魔物を斃していくのだった。シュンの脳からどんな情報を得ているのか、動きが素人では無く、びっくりするくらいに上手に戦っている。


「素直に・・強いな」


 シュンは、ジェルミーが化けた"分身"の戦いぶりに舌を巻いていた。外見はともかく、中身は流体の金属だ。壊されても関係が無いため、怯えたり、躊躇ったりする動きが無い。その上、どうやら疲労なども無さそうだ。ただ、HPに相当する何かはあるのだろう。ある程度、攻撃を浴びると溶け崩れるようにして消える。


「おまけに、攻撃魔法も使えるからな」


「・・劣等感しかない」


「・・存在意義を問われてる」


「お前達だって、近接が上手くなったじゃないか」


 双子も場数を踏んで立ち回りは上手くなり、それなりに近接戦闘をこなせるようになっていた。


「出刃包丁・・」


「柳刃包丁・・」


 双子が刃物を取り出して見せた。


「ああ・・料理用の刃物だったか?」


「ご覧下さい。あの刀という洗練された武器を!」


「ご覧下さい。あのうるわしくも凜々しい立ち姿を!」


「・・まあ、あれだ。見た目はともかく、あれはジェルミーだからな?」


 シュンは苦笑する。


 ジェルミーも頼もしいが、シュンとしては、リビング・ナイトの進化が一番の収穫だ。


 重甲冑は漆黒になり、銀色の縁取りがなされ、兜には双角が生え、マントらしき黒い煙を背に纏うようになった。騎士楯は鏡面で分厚く、手にする長剣の刃は蛇身のように波打っている。

 元々、防御力に優れているのだが、オグノーズホーンとの戦い以降、かなり強さが増していた。


「地図は・・マッピングはどうだ?」


 シュンは、双子に訊ねた。


「13階は完了」


「隠し部屋が2つある」


「2つも?」


「凄く小さな誤差1つ」


「どうやっても入れない真ん中の空き地」


 ユアとユナが描いた地図を手に説明する。

 2人が言う通り、いかにも怪しい箇所が2つあった。1つは、小さな子供が入れるかどうかという窪み。もう一つはこの階の中央にある25メートル四方の小部屋だ。


「調べるなら、くぼみから」


トラップで、小部屋に飛ばされる?」


「・・で、強い魔物が待ち構えているわけか」


「毒部屋かも」


「酸部屋かも」


「その時は、お前達のEX頼みになるかもな」


 シュンは地図を見ながら言った。


 ジェルミーを先頭に、ユアとユナの案内で薄ら明るい通路を進んで、仕掛けがあるだろう場所へ移動する。


 途中、ボロを纏った骸骨の魔法使いスケルトン・ソーサラーの集団と遭遇し、


「骸骨魔術士」


「魔法骸骨」


 双子が素早くシュンの背後へ身を隠す。この双子、他の魔物は平気なくせに骸骨だけは苦手らしい。見た目が無理なんだとか・・。


「セイクリッドォーー」


「ハウリングッ!」


 シュンを楯代わりに顔だけ出して、聖なる咆吼を放った。

 MPとSPを激しく消費する技なので、あまり多用して欲しくは無いのだが、効果は抜群だ。眩い銀光の奔流が骸骨の魔法使いを包み込み、20体も居た骸骨が消滅していた。


 布や石、錫杖など・・遺物をポイポイ・ステッキで収納する。今回は、指輪も幾つか落ちていた。


「次は、神聖魔法を使うでゴザル」


「省エネでゴザル」


 双子が何やら言い訳めいた口調で言っているが、どうせまた咆吼をやるに決まっている。練度が上がったらしく、聖なる銀光の到達距離も範囲も拡大していた。恐らく、威力の方も増している。分類としては、魔法では無く武技らしい。


(神聖魔法の方も、練度を上げておいて貰いたいな)


 ホーリーレインという魔法で、天井から聖水を降らせる魔法だった。そこら中が聖水で水浸しになるので、聖属性が苦手な魔物にとっては毒が降ってきて、そのまま沼地が出現するような感じだろう。この感じだと、使用するよう指示しないと、ずうっと聖なる咆吼セイクリッド・ハウリングをやりそうだ。


 この先、魔物と戦っていく中で、聖属性の攻撃手段は増やしておく必要があるだろう。


「神聖魔法も積極的に使っておいてくれ」


「分かったで、ゴザル」


「承知で、ゴザル」


 双子が並んで敬礼をした。


「包丁もな?」


「・・頑張る」


「・・精進する」


 2人の目が泳ぐ。体も小さくて非力だから、近接戦をやりたくないのは分かるが、13階の魔物が相手なら失敗しても即死は無い。魔物の数も多いし、練度上げには適しているだろう。


「ボス、この辺」


「たぶん、この壁」


 双子が地図を見ながら、通路の壁を指さした。


(危険は感じられないな)


 即死や毒矢などのダメージ罠では無いらしい。壁を調べながら、シュンは指先に違和感のあった部分で手を留めた。ちょうど、シュンの胸くらいの高さだった。

 ここが隠されていることを考えると、押し込むような単純な仕掛けでは無い。


「何か刻んであるな」


 シュンは、指先に感じる微細な凹凸に触れつつ意識を集中した。1ミリあるか無いかの感触だが・・。

 シュンは、鍛冶だけでなく彫金もやる。将来、職人として食べて行けるようにアンナから仕込まれたのだ。


「文字が彫ってある」


「読める文字?」


「何語?」


「入るな、危険」


「・・かまってちゃん?」


「・・表札出してる」


「入って来いと言うことか?」


 シュンは指の腹で表面をなぞり、双子に体を掴むように言った。


(魔力を込めてみよう。駄目なら血かな?)


 指先から魔力を伝えると、目の前に文字が浮かび上がった。



****


 死者の丘


****



「・・らしいぞ?」


 シュンは、腰にしがみついている双子に伝えた。


「行くべし」


「突入すべし」


 多数決により侵入が断行された。

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