第44話 死者の丘

 すっかりお馴染みになった転移装置によって、シュン達3人は『死者の丘』という空間に転移させられた。


 即座に "護耳の神珠" "護目の神鏡"を着け、"ディガンドの爪"を浮かべて、各自が銃を手に周囲を警戒する。


 互いの顔がやっと見える程度の暗闇だった。


「居るぞ。気を付けろ」


 危険感知の報せアラートを受けるまでも無い。濃密な死の臭いが押し寄せて来ている。


スケルトン屍鬼グールだな」


 夜目の効くシュンが呟いた途端、


「ホーリーレイン」


「ホーリーレイン」


 双子が声を揃えて、聖属性魔法を発動させた。

天井から聖水の豪雨が降り注ぎ、辺り一帯を水浸しにする。たちまち、耳障りな苦鳴の合唱が始まり、押し寄せて来ていた屍鬼グール骸骨兵スケルトンウォリアーが聖なる青炎に包まれて松明のように燃え上がっていった。

 おかげで、部屋が明るくなった。


 苦悶する屍鬼グール達の向こう、部屋の奥に見える石段の上に大きな玉座があり、黒い魔導衣姿の骸骨が腰掛けていた。玉座の肘掛けに片肘を着いて握った拳に顎を乗せている。立ち上がれば5メートルほどはあるだろう大きな骸骨だ。


 双子の聖なる雨を浴びたはずなのに、ダメージを受けた様子が無い。


「リビング・ナイト」


 シュンの喚びかけに応じて、漆黒の重騎士が魔法陣から浮かび上がった。下半身の無い空飛ぶ重甲冑が、剣と盾を握ってシュンを見つめてくる。


「ユアとユナを護れ」


 命じながら、玉座の骸骨を狙ってVSSの引き金を引いた。外す距離では無い。引き金を引きっぱなしに10発ほど連射してみる。


(む・・!?)


 1発も当たらない。骸骨にも、玉座にも・・。


「幻影か?」


 シュンは素早く周囲を見回し、その視線を真上へ向けた。


「霧隠れ・・・水楯っ!」


 咄嗟の判断で、水魔法を使用した。


 そこへ、闇を引き裂くように、大きな骨の手が振り下ろされた。


 激しい水飛沫が上がり、展張した分厚い水の壁で骸骨の掌が受け止められる。腕は付いていない。骨の掌だけが降ってきたらしい。


「水泡」


 シュンは魔法名を口にした。何をしているのか、双子に聴かせるためだ。


「しゃぼん」


「水風船」


 双子が見回す周囲一帯に、小さな水泡が浮かんで舞い散り始めた。


 パーティのメンバー同士の魔法は干渉し合わない。


「同時に使わず、交替で雨を降らせてくれ」


「アイアイサー」


「ラジャー」


 双子が元気よく返事をして、すぐさまユアが"聖なる雨ホーリーレイン"を降らせる。


 湧き出て来る屍鬼グール骸骨兵スケルトンウォリアーが青炎に包まれて燃え上がり、聖水の中で立ち往生して動けない屍鬼グール骸骨兵スケルトンウォリアー共々、呪怨を口にして叫ぶ。

 そこら中で、ダメージを表す赤い数字が躍り、賑やかな光景になっていた。


「しぶとい」


「HP凄い」


 双子がぶつぶつと不満げに言っていたが、すでに何体かはHPが尽きて灰になっていた。


「ホーリーレインっ!」


 代わって、ユナが聖なる雨を降らせた。


(そこか・・?)


 漂う水泡がいくつか割れた。屍鬼グール骸骨スケルトンも居ない場所だ。


 シュンは、VSSを構えて引き金を絞った。

 あえて一点を狙わず、ばらまくように連射する。


(・・当たらない?)


 まるで反応が無かった。


「ボス、幽霊ゴーストかも」


「ボス、物理当たらないかも」


双子が騒ぐ。


幽霊ゴースト・・霊魂のような?」


「おばけ」


「触れない」


「・・そういう感じか」


 シュンは少し考えて、左手を差し伸ばし、テンタクル・ウィップを放った。素材はディメンション・イーターの触手だ。見た目の通りの触手では無い。闇中を生え伸びた黒い触手が何も無い空間を奔り、意思ある生き物のように向きを変え、何かを追って上方へ、下方へと追って行く。数は12本だ。


(・・とらえた)


 テンタクル・ウィップの一本が不可視の何かに巻き付いたのを感じた。

 直後、闇中に巨大な人影が浮かび上がった。


「し・・死神!?」


「大鎌!?」


 双子が声を上げる。

 黒いボロを纏った骸骨が大きな鎌を担ぎ持っている。その手足に、テンタクル・ウィップが巻き付いていた。


「死神?」


 シュンはいぶかしげに首をかしげた。異邦の国では有名な骸骨なのだろうか? 神と称するのは穏やかじゃ無いが・・。


「水楯っ!」


 シュンは水楯を再出現させた。

 何の前触れも無く巨大な火球が出現して3人を押し包んでいた。

 リビング・ナイトがナイトシールドを構えて双子を後背へ庇う。


「ヒーリング」


「リジェネレーション」


 双子が回復魔法をかける。

 さらに、


「ホーリーシェル」


「マジックシェル」


 追加で魔法防御を3人に付与していった。


「霧隠れ」


 シュンは視覚の認識を阻害する水魔法を使いながら、


「サウザンド・フィアー」


 EX技を発動した。

 VSSとテンタクル・ウィップは併用できないため、銃撃による攻撃は出来ないが・・。


 12本のテンタクル・ウィップに体中を捉えられて身動きが取れない鎌を持った骸骨が、紅い光に照らされた。

 直後に、無数の黒い槍が降り注いで骸骨を貫き床へ縫い刺しにした。

 そして、いつもの巨大な蚊が出現した。

 すうっと舞い降り、口器を骸骨の頭部に突き入れる。


「水葬の陣・・」


 シュンは小さく呟いて、足下に水色に輝く魔法陣を出現させた。一定の時間、使用者の魔法能力を高める効果を持った魔法陣だ。


 やがて蚊が赤黒く明滅し、シュンの体も同じ光が宿る。


 シュンは、右手を前に突き出した。その手の平に、別の魔法陣が生み出されて回転を始める。


「水渦弾!」


 発動の声と共に、渦巻く水の弾丸が連続して放たれた。


「エグイ」


「同情」


 双子が声を漏らした。


 全ての水弾が、9,999 のダメージポイントを叩き出していた。テンタクル・ウィップで拘束されたまま、大鎌を持った骸骨が何とか動こうとしている。だが、何も出来ないまま、無数のダメージポイントに彩られていた。


「・・あれは?」


 骸骨の全身が黒々としたものに覆われ、白い骨に戻り、また黒いものに覆われる。


(眼窩に光が・・)


 髑髏の空洞だった眼窩に、小さな黄金色の光が灯っていた。

 30秒が過ぎた。

 水弾が当たっても、ダメージポイントが出ない。


(これは・・厳しいな)


 1秒間に5発を撃ち出す水渦弾だ。進化したVSSより弾速が遅く、撃ち出せる弾数も少ない。それでも130発以上は命中し、サウザンド・フィアーの効果で、全弾 9,999 ポイントを叩き出している。だが、まるで効いた感じがしない。


(眼窩に光が灯ったくらいか?)


「黒いので再生?」


「復活してる?」


 双子の呟きが聴こえた。


「そうか・・」


 十分考えられる事だが、それは現状の攻撃手法では斃しきれない事を意味する。VSSの弾は当たらず、双子の神聖魔法は通じない。


「いや、水魔法は当たっているぞ?」


 シュンは首を傾げた。


「確かに」


「不思議」


「水が弱点とは思えないけどな」


「死神だし?」


「水じゃ無いでしょ?」


「・・死神」


 シュンはテンタクル・ウィップで拘束している骸骨を見た。


「神の眷属なら聖なる存在なんじゃないか?」


「えっ?」


「ええっ!?」


「死神は、神なんだろう?」


「・・そう?」


「知らない」


 ユアとユナが顔を見合わせる。


「雨が途切れた」


 屍鬼グールが近づいて来ている。


「おおっと・・ホーリーレイン!」


 ユアが聖水の雨を降らせた。


「ボス、死神が見てる」


 ユナが言った。

 テンタクル・ウィップで拘束されたまま、骸骨がシュン達を見ていた。シュンは右手から生え伸びた黒い触手に目を向けた。プチプチ・・と繊維が切れる感触が伝わっている。


(だが・・)


 テンタクル・ウィップの触手は切れる端から再生する。ただ拘束するのでは無く、巻き付いた相手の魔力を吸い上げて触手を再生させるのだった。自己修復を超える魔力は所有者であるシュンに還元される。


「繰り返す?」


「千日手?」


「こちらはそうするしか手が無いな」


 シュンは苦笑した。ひたすら繰り返してみるつもりだった。


「ホーリーレイン!」


 今度は、ユナが聖水を降らせた。

 シュンは無言で、MP回復薬を床に並べ始めた。味は悪いが効果は抜群だ。1本で、MPを500ポイント回復する。


(脱出方法があるのか?)


 あの骸骨が本当に神の眷属なら勝ち目は無いだろう。ただ、あの少年神が用意した試練の場なら、何か生き残る方法があるはずだ。仮に大鎌の骸骨を斃せなくても、別の突破・・クリア条件があるのでは無いか?


 骸骨の魔法は止んだ。

 大きな骨の手も襲って来なくなった。

 それが、テンタクル・ウィップの拘束によるものか、単に休んでいるだけなのかは分からないが・・。


 骸骨から向けられる金色の眼を見つめ返し、シュンは霧隠れと水楯を使用した。そろそろ、30分が経つ。


「サウザンド・フィアー」


 シュンは静かに宣言した。


 紅い光が上方から大鎌の骸骨を照らし、無数の黒槍が降り注いだ。

 再び縫い刺しになった骸骨めがけて、10メートル近い巨大な蚊が舞い降りて来る。


「水葬の陣」


 シュンは足下に水の魔法陣を出現させた。


(千日でも二千日でも、続けてやる!)


 右手を差し伸ばしたまま身体が赤黒い光に包まれるのを待って、


「水渦弾」


 シュンの右手から、水弾が連続して撃ち出され始めた。


***


 結局、死者の丘での戦いは、千日では無かったが、決め手が無いまま同じ事を繰り返す事になった。狂気の20日戦争と名付けた戦いの後、聖水の雨を呪う屍鬼グールの大合唱の中、唐突に3人は転移させられた。

 クリア条件は不明のまま、3人は死者の丘から元の通路へと戻されてしまったのだ。


「くたびれ儲け?」


「徒労?」


 双子が悲しそうに呟いて背中合わせに座り込む。


「・・そうでも無い」


 シュンは上を見上げた。

 ゆっくりと回転しながら、大きな鎌が落ちて来て石床に深々と食い込んだ。刃渡りは3メートルほど、柄の長さは10メートル近い。鎌なのに、内と外、両側に刃があった。柄の素材は石だろうか?


 シュンは大鎌の柄を掴んで床から引き抜こうとしたが、あまりに重くて断念した。代わりに、ポイポイ・ステッキを取り出して吸い込む。


「死神の大鎌」


 ポイポイ・ステッキの収納情報には、そう記載されていた。


「やっぱり死神」


「確信してた」


 双子が勝ち誇るように言った。しかし、すぐに顔色を青ざめさせて硬直した。


「どうした?」


 シュンは訊ねながら、双子の視線を追って自分の背後を振り返った。

 そこに、ボロ布を纏った巨大な骸骨が浮かんでいた。


『見事な水の術・・見事な神聖術であった』


 骸骨が喋り始めた。


「ありがとうございます」


「感謝」


「感激」


 双子が畏まる。


『迷宮主より定められし褒美を授ける』


 骸骨の声が響き、3人それぞれの前に、聖印棒金が50本ずつ浮かび上がった。さらに、魔法の秘伝書と書かれた本が落ちて来た。


『魔力には、量と質の2要素がある。人の世では、これらを纏めて魔力と称している。魔法として奇跡を顕現させるためには、魔圧と想像力、意思力の3要素、さらに精霊に力を借りるなら精霊語により礼を尽くさねばならず、悪魔に力を借りるならにえと儀式の準備が要る。こうした魔法の体系を知識として持つ事で、それぞれの練度を上げる素地となる』


「感謝致します」


「ふおォォーー」


「うはァァァ」


 3人の前で魔法の秘伝書が開かれて、次々に頁がめくれていき、頭の中へ膨大な知識が流れ込んで来る。

 やがて、双子が静かになって倒れた。

 シュンは、なおしばらくの間、知識の洪水に耐えた後、最後のページがめくられ本が閉じられるのを見届けると同時に意識を失っていた。



***



『はい、毎度っ!』


 水玉模様の半ズボン姿の神様が現れた。


「こんにちは」


 シュンは丁寧にお辞儀をした。


『いやっ、こんにちは・・じゃ無いよね? 何してくれちゃってんの? 死ぬの? 馬鹿なの?』


「え・・?」


『えっ、じゃ無いでしょ! あいつ骨になってるけど、大賢者だよ? 元は偉い人ですよぉ? 英雄ですよぉ? 触手で縛って、EX撃ちまくりとか駄目でしょっ? とんだ無礼でしょ?』


「すいません。そんな偉い方とは知らなくても・・」


『知らない人に、問答無用で魔法撃ち込むとか駄目でしょ? ちゃんと会話して?あそこってナゾナゾ・エリアだよ? 延々と襲って来るゾンビと戦いながら、千の問いに答えるって試練なんだよ? ナゾナゾ考えた苦労をどうしてくれるの?』


「いえ・・そうとは知らず・・まるで気が付きませんでした。すいません」


『あ~あぁ・・不眠不休でネチネチいっぱい考えたのになぁ・・ってか、初めての訪問者だったのにさぁ』


「すいませんでした」


『これって転移と同時に説明書きとか出した方が良い? 分かり難かった?』


「・・少なくとも、私達は気づけませんでした。まさか、そういう・・試練だったとは」


『そう? まあ、そうかもねぇ。ちょっと不親切だったかなぁ?』


 少年神が腕組みをしたまま、ふわふわと漂う。


『鎌出して』


「・・はい」


 シュンは、収納してあった大鎌を出現させた。


『賢者の骸骨さんに雰囲気作りで持たせてた鎌だから。重いだけで性能は良くないんだ。代わりに、何か武器を・・賢者ちゃんが魔法の秘伝書をあげちゃったし、何か魔法絡みの物が良いね。う~ん・・』


 頭を下に、逆さまになったまま漂いながら、少年神が唸る。


『何か希望ある?』


「テンタクル・ウィップを使った技を習得できませんか?」


『え・・まだ強くなる気? 今でも大概だよ? まあ、そのレベルの割にはって事だけど』


「そうなんですか」


『ちょっとルール違反ギリギリかなぁ・・ふむふむ、ルールブックによるとだねぇ・・』


 少年神が鼻の上に眼鏡を乗せ、分厚い本を取り出して読み始めた。


『ああ、異邦人特権のやつをあげようか。あれって、面倒な手順を踏みまくれば原住民にも権利が発生するし、君なら前倒しであげちゃって良いかも」


「どういったものでしょう?」


『簡単に言うと、変身能力さ』


「・・変身?」


『まあ、普通はそういう反応だよね。変身とか、意味分かんないでしょ?』


「はあ・・」


『大きく別けて2種類。交霊・降霊によって、肉体に鬼神をかせるものと、自身の肉体そのものを変化させるものがある。どちらも変化の間はMPを消費し続けるし、鬼神をかせる場合は供物が必要になる。まあ、強い攻撃力を手に入れられるのは鬼憑きの方だけどね』


「もしかして、ユアとユナが融合するのは・・」


『そう! あれは特別なお願いだったね。強さとかどうでも良いから、合体して1人になるようにしてくれって拝み倒されちゃってさ。あんなの初めてだよ。双子ちゃんのは特例さ』


「・・でしょうね」


 シュンは苦笑した。


『鬼神は、ルーレットを回して、君自身が魂玉を投げて決める。種類が多過ぎて・・』


「肉体の変化というのは、どういった感じでしょう?」


『おや、そっちかい? 珍しいね。ええと、単純に筋骨を強くしたり、視力や聴力を良くしたり・・ああ、魔物の姿に変身することもできるよ。ただし、見た目だけしか変化しないから、魔物のような力が得られる訳じゃ無い』


「なるほど、では、肉体を変化させる力を下さい」


『ふむ・・鬼憑きは面白い能力だけどね。まあ、良いか。君の願いを聞き届けよう』


「ありがとうございます。神様」


 シュンは深々とお辞儀をした。


『やれやれ、またルール改定だねぇ。仕掛けも変えなきゃ駄目っぽいし・・裏口ばっかり開けて来る子が居るし』


 少年神がぶつぶつと言いながら、シュンに向けて2度、3度と指を振って光る粉を振りかけた。





=====

9月28日、誤記修正。

リジェネーション(誤)ー リジェネレーション(正)

双子ちゃんの台詞内ですので、間違えたままでも良いのですけど。気になる方が多いようですので修正します。

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