第44話 死者の丘
すっかりお馴染みになった転移装置によって、シュン達3人は『死者の丘』という空間に転移させられた。
即座に "護耳の神珠" "護目の神鏡"を着け、"ディガンドの爪"を浮かべて、各自が銃を手に周囲を警戒する。
互いの顔がやっと見える程度の暗闇だった。
「居るぞ。気を付けろ」
「
夜目の効くシュンが呟いた途端、
「ホーリーレイン」
「ホーリーレイン」
双子が声を揃えて、聖属性魔法を発動させた。
天井から聖水の豪雨が降り注ぎ、辺り一帯を水浸しにする。たちまち、耳障りな苦鳴の合唱が始まり、押し寄せて来ていた
おかげで、部屋が明るくなった。
苦悶する
双子の聖なる雨を浴びたはずなのに、ダメージを受けた様子が無い。
「リビング・ナイト」
シュンの喚びかけに応じて、漆黒の重騎士が魔法陣から浮かび上がった。下半身の無い空飛ぶ重甲冑が、剣と盾を握ってシュンを見つめてくる。
「ユアとユナを護れ」
命じながら、玉座の骸骨を狙ってVSSの引き金を引いた。外す距離では無い。引き金を引きっぱなしに10発ほど連射してみる。
(む・・!?)
1発も当たらない。骸骨にも、玉座にも・・。
「幻影か?」
シュンは素早く周囲を見回し、その視線を真上へ向けた。
「霧隠れ・・・水楯っ!」
咄嗟の判断で、水魔法を使用した。
そこへ、闇を引き裂くように、大きな骨の手が振り下ろされた。
激しい水飛沫が上がり、展張した分厚い水の壁で骸骨の掌が受け止められる。腕は付いていない。骨の掌だけが降ってきたらしい。
「水泡」
シュンは魔法名を口にした。何をしているのか、双子に聴かせるためだ。
「しゃぼん」
「水風船」
双子が見回す周囲一帯に、小さな水泡が浮かんで舞い散り始めた。
パーティのメンバー同士の魔法は干渉し合わない。
「同時に使わず、交替で雨を降らせてくれ」
「アイアイサー」
「ラジャー」
双子が元気よく返事をして、すぐさまユアが"
湧き出て来る
そこら中で、ダメージを表す赤い数字が躍り、賑やかな光景になっていた。
「しぶとい」
「HP凄い」
双子がぶつぶつと不満げに言っていたが、すでに何体かはHPが尽きて灰になっていた。
「ホーリーレインっ!」
代わって、ユナが聖なる雨を降らせた。
(そこか・・?)
漂う水泡がいくつか割れた。
シュンは、VSSを構えて引き金を絞った。
あえて一点を狙わず、ばらまくように連射する。
(・・当たらない?)
まるで反応が無かった。
「ボス、
「ボス、物理当たらないかも」
双子が騒ぐ。
「
「おばけ」
「触れない」
「・・そういう感じか」
シュンは少し考えて、左手を差し伸ばし、テンタクル・ウィップを放った。素材はディメンション・イーターの触手だ。見た目の通りの触手では無い。闇中を生え伸びた黒い触手が何も無い空間を奔り、意思ある生き物のように向きを変え、何かを追って上方へ、下方へと追って行く。数は12本だ。
(・・
テンタクル・ウィップの一本が不可視の何かに巻き付いたのを感じた。
直後、闇中に巨大な人影が浮かび上がった。
「し・・死神!?」
「大鎌!?」
双子が声を上げる。
黒いボロを纏った骸骨が大きな鎌を担ぎ持っている。その手足に、テンタクル・ウィップが巻き付いていた。
「死神?」
シュンは
「水楯っ!」
シュンは水楯を再出現させた。
何の前触れも無く巨大な火球が出現して3人を押し包んでいた。
リビング・ナイトがナイトシールドを構えて双子を後背へ庇う。
「ヒーリング」
「リジェネレーション」
双子が回復魔法をかける。
さらに、
「ホーリーシェル」
「マジックシェル」
追加で魔法防御を3人に付与していった。
「霧隠れ」
シュンは視覚の認識を阻害する水魔法を使いながら、
「サウザンド・フィアー」
EX技を発動した。
VSSとテンタクル・ウィップは併用できないため、銃撃による攻撃は出来ないが・・。
12本のテンタクル・ウィップに体中を捉えられて身動きが取れない鎌を持った骸骨が、紅い光に照らされた。
直後に、無数の黒い槍が降り注いで骸骨を貫き床へ縫い刺しにした。
そして、いつもの巨大な蚊が出現した。
すうっと舞い降り、口器を骸骨の頭部に突き入れる。
「水葬の陣・・」
シュンは小さく呟いて、足下に水色に輝く魔法陣を出現させた。一定の時間、使用者の魔法能力を高める効果を持った魔法陣だ。
やがて蚊が赤黒く明滅し、シュンの体も同じ光が宿る。
シュンは、右手を前に突き出した。その手の平に、別の魔法陣が生み出されて回転を始める。
「水渦弾!」
発動の声と共に、渦巻く水の弾丸が連続して放たれた。
「エグイ」
「同情」
双子が声を漏らした。
全ての水弾が、9,999 のダメージポイントを叩き出していた。テンタクル・ウィップで拘束されたまま、大鎌を持った骸骨が何とか動こうとしている。だが、何も出来ないまま、無数のダメージポイントに彩られていた。
「・・あれは?」
骸骨の全身が黒々としたものに覆われ、白い骨に戻り、また黒いものに覆われる。
(眼窩に光が・・)
髑髏の空洞だった眼窩に、小さな黄金色の光が灯っていた。
30秒が過ぎた。
水弾が当たっても、ダメージポイントが出ない。
(これは・・厳しいな)
1秒間に5発を撃ち出す水渦弾だ。進化したVSSより弾速が遅く、撃ち出せる弾数も少ない。それでも130発以上は命中し、サウザンド・フィアーの効果で、全弾 9,999 ポイントを叩き出している。だが、まるで効いた感じがしない。
(眼窩に光が灯ったくらいか?)
「黒いので再生?」
「復活してる?」
双子の呟きが聴こえた。
「そうか・・」
十分考えられる事だが、それは現状の攻撃手法では斃しきれない事を意味する。VSSの弾は当たらず、双子の神聖魔法は通じない。
「いや、水魔法は当たっているぞ?」
シュンは首を傾げた。
「確かに」
「不思議」
「水が弱点とは思えないけどな」
「死神だし?」
「水じゃ無いでしょ?」
「・・死神」
シュンはテンタクル・ウィップで拘束している骸骨を見た。
「神の眷属なら聖なる存在なんじゃないか?」
「えっ?」
「ええっ!?」
「死神は、神なんだろう?」
「・・そう?」
「知らない」
ユアとユナが顔を見合わせる。
「雨が途切れた」
「おおっと・・ホーリーレイン!」
ユアが聖水の雨を降らせた。
「ボス、死神が見てる」
ユナが言った。
テンタクル・ウィップで拘束されたまま、骸骨がシュン達を見ていた。シュンは右手から生え伸びた黒い触手に目を向けた。プチプチ・・と繊維が切れる感触が伝わっている。
(だが・・)
テンタクル・ウィップの触手は切れる端から再生する。ただ拘束するのでは無く、巻き付いた相手の魔力を吸い上げて触手を再生させるのだった。自己修復を超える魔力は所有者であるシュンに還元される。
「繰り返す?」
「千日手?」
「こちらはそうするしか手が無いな」
シュンは苦笑した。ひたすら繰り返してみるつもりだった。
「ホーリーレイン!」
今度は、ユナが聖水を降らせた。
シュンは無言で、MP回復薬を床に並べ始めた。味は悪いが効果は抜群だ。1本で、MPを500ポイント回復する。
(脱出方法があるのか?)
あの骸骨が本当に神の眷属なら勝ち目は無いだろう。ただ、あの少年神が用意した試練の場なら、何か生き残る方法があるはずだ。仮に大鎌の骸骨を斃せなくても、別の突破・・クリア条件があるのでは無いか?
骸骨の魔法は止んだ。
大きな骨の手も襲って来なくなった。
それが、テンタクル・ウィップの拘束によるものか、単に休んでいるだけなのかは分からないが・・。
骸骨から向けられる金色の眼を見つめ返し、シュンは霧隠れと水楯を使用した。そろそろ、30分が経つ。
「サウザンド・フィアー」
シュンは静かに宣言した。
紅い光が上方から大鎌の骸骨を照らし、無数の黒槍が降り注いだ。
再び縫い刺しになった骸骨めがけて、10メートル近い巨大な蚊が舞い降りて来る。
「水葬の陣」
シュンは足下に水の魔法陣を出現させた。
(千日でも二千日でも、続けてやる!)
右手を差し伸ばしたまま身体が赤黒い光に包まれるのを待って、
「水渦弾」
シュンの右手から、水弾が連続して撃ち出され始めた。
***
結局、死者の丘での戦いは、千日では無かったが、決め手が無いまま同じ事を繰り返す事になった。狂気の20日戦争と名付けた戦いの後、聖水の雨を呪う
クリア条件は不明のまま、3人は死者の丘から元の通路へと戻されてしまったのだ。
「くたびれ儲け?」
「徒労?」
双子が悲しそうに呟いて背中合わせに座り込む。
「・・そうでも無い」
シュンは上を見上げた。
ゆっくりと回転しながら、大きな鎌が落ちて来て石床に深々と食い込んだ。刃渡りは3メートルほど、柄の長さは10メートル近い。鎌なのに、内と外、両側に刃があった。柄の素材は石だろうか?
シュンは大鎌の柄を掴んで床から引き抜こうとしたが、あまりに重くて断念した。代わりに、ポイポイ・ステッキを取り出して吸い込む。
「死神の大鎌」
ポイポイ・ステッキの収納情報には、そう記載されていた。
「やっぱり死神」
「確信してた」
双子が勝ち誇るように言った。しかし、すぐに顔色を青ざめさせて硬直した。
「どうした?」
シュンは訊ねながら、双子の視線を追って自分の背後を振り返った。
そこに、ボロ布を纏った巨大な骸骨が浮かんでいた。
『見事な水の術・・見事な神聖術であった』
骸骨が喋り始めた。
「ありがとうございます」
「感謝」
「感激」
双子が畏まる。
『迷宮主より定められし褒美を授ける』
骸骨の声が響き、3人それぞれの前に、聖印棒金が50本ずつ浮かび上がった。さらに、魔法の秘伝書と書かれた本が落ちて来た。
『魔力には、量と質の2要素がある。人の世では、これらを纏めて魔力と称している。魔法として奇跡を顕現させるためには、魔圧と想像力、意思力の3要素、さらに精霊に力を借りるなら精霊語により礼を尽くさねばならず、悪魔に力を借りるなら
「感謝致します」
「ふおォォーー」
「うはァァァ」
3人の前で魔法の秘伝書が開かれて、次々に頁がめくれていき、頭の中へ膨大な知識が流れ込んで来る。
やがて、双子が静かになって倒れた。
シュンは、なおしばらくの間、知識の洪水に耐えた後、最後の
***
『はい、毎度っ!』
水玉模様の半ズボン姿の神様が現れた。
「こんにちは」
シュンは丁寧にお辞儀をした。
『いやっ、こんにちは・・じゃ無いよね? 何してくれちゃってんの? 死ぬの? 馬鹿なの?』
「え・・?」
『えっ、じゃ無いでしょ! あいつ骨になってるけど、大賢者だよ? 元は偉い人ですよぉ? 英雄ですよぉ? 触手で縛って、EX撃ちまくりとか駄目でしょっ? とんだ無礼でしょ?』
「すいません。そんな偉い方とは知らなくても・・」
『知らない人に、問答無用で魔法撃ち込むとか駄目でしょ? ちゃんと会話して?あそこってナゾナゾ・エリアだよ? 延々と襲って来るゾンビと戦いながら、千の問いに答えるって試練なんだよ? ナゾナゾ考えた苦労をどうしてくれるの?』
「いえ・・そうとは知らず・・まるで気が付きませんでした。すいません」
『あ~あぁ・・不眠不休でネチネチいっぱい考えたのになぁ・・ってか、初めての訪問者だったのにさぁ』
「すいませんでした」
『これって転移と同時に説明書きとか出した方が良い? 分かり難かった?』
「・・少なくとも、私達は気づけませんでした。まさか、そういう・・試練だったとは」
『そう? まあ、そうかもねぇ。ちょっと不親切だったかなぁ?』
少年神が腕組みをしたまま、ふわふわと漂う。
『鎌出して』
「・・はい」
シュンは、収納してあった大鎌を出現させた。
『賢者の骸骨さんに雰囲気作りで持たせてた鎌だから。重いだけで性能は良くないんだ。代わりに、何か武器を・・賢者ちゃんが魔法の秘伝書をあげちゃったし、何か魔法絡みの物が良いね。う~ん・・』
頭を下に、逆さまになったまま漂いながら、少年神が唸る。
『何か希望ある?』
「テンタクル・ウィップを使った技を習得できませんか?」
『え・・まだ強くなる気? 今でも大概だよ? まあ、そのレベルの割にはって事だけど』
「そうなんですか」
『ちょっとルール違反ギリギリかなぁ・・ふむふむ、ルールブックによるとだねぇ・・』
少年神が鼻の上に眼鏡を乗せ、分厚い本を取り出して読み始めた。
『ああ、異邦人特権のやつをあげようか。あれって、面倒な手順を踏みまくれば原住民にも権利が発生するし、君なら前倒しであげちゃって良いかも」
「どういったものでしょう?」
『簡単に言うと、変身能力さ』
「・・変身?」
『まあ、普通はそういう反応だよね。変身とか、意味分かんないでしょ?』
「はあ・・」
『大きく別けて2種類。交霊・降霊によって、肉体に鬼神を
「もしかして、ユアとユナが融合するのは・・」
『そう! あれは特別なお願いだったね。強さとかどうでも良いから、合体して1人になるようにしてくれって拝み倒されちゃってさ。あんなの初めてだよ。双子ちゃんのは特例さ』
「・・でしょうね」
シュンは苦笑した。
『鬼神は、ルーレットを回して、君自身が魂玉を投げて決める。種類が多過ぎて・・』
「肉体の変化というのは、どういった感じでしょう?」
『おや、そっちかい? 珍しいね。ええと、単純に筋骨を強くしたり、視力や聴力を良くしたり・・ああ、魔物の姿に変身することもできるよ。ただし、見た目だけしか変化しないから、魔物のような力が得られる訳じゃ無い』
「なるほど、では、肉体を変化させる力を下さい」
『ふむ・・鬼憑きは面白い能力だけどね。まあ、良いか。君の願いを聞き届けよう』
「ありがとうございます。神様」
シュンは深々とお辞儀をした。
『やれやれ、またルール改定だねぇ。仕掛けも変えなきゃ駄目っぽいし・・裏口ばっかり開けて来る子が居るし』
少年神がぶつぶつと言いながら、シュンに向けて2度、3度と指を振って光る粉を振りかけた。
=====
9月28日、誤記修正。
リジェネーション(誤)ー リジェネレーション(正)
双子ちゃんの台詞内ですので、間違えたままでも良いのですけど。気になる方が多いようですので修正します。
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