第153話 アリテシア神教


 呼称:全能神アリテシア

 神像:水玉柄のズボンをはいた少年

 教義:迷宮内の規則を基準に策定

 儀式:魔物討伐

 本殿:空の上(女神の祠)



「こんなところか」


 シュンは壁の白板を眺めて呟いた。

 無論、これから作る宗教についての骨子である。


「ユアちゃん、ユナちゃん? これで大丈夫なの?」


 ミリアムがまじまじと2人の顔を見た。

 輪廻の女神を祀る宗教では無かったのか? 呼称こそ、アリテシアとなっているが神像は少年神である。これでは女神を祀ったことにならない。


「まさに天啓!」


「至高の活路!」


 ユアとユナが、ミリアムに向けて親指を立てて見せた。


「俺は、これこそが輪廻の女神様の願いだと確信した」


 シュンはきっぱりと断言した。


「・・そうなのですか。確信させる何かをご存じなのですね?」


 ロシータが訊いた。途端、ユア、ユナ、そしてサヤリまでもが無言で視線を伏せた。


「・・畏まりました。ところで、世間に向けて報じる活動目的、建前はどうしましょう? 人々の間に広めるには、それなりの耳に優しい救済の文句が必要になります」


 ロシータが話題を転じた。


 商工ギルド前の広場に簡易天幕を張っただけの集会場には、シュンの宗教作りに賛同し、協力を申し出たパーティやレギオンの代表が集まっていた。

 シュンが作る新宗教の骨子を決めるための会合である。


 用意の座席に座っているのは、6人だ。


 "ガジェットマイスター"のケイナ、ミリアム。

 "竜の巣"のアレク、ロシータ。

 "狐のお宿"のアオイ、タチヒコ。


 天幕の周囲には探索者達が鈴なりに集まってトップレギオンの集会を見学していた。


「世の中にある宗教が何をやっているのか良く知らないが・・"守護"にしよう」


 シュンの中に、世直しだの救世だのという立派なお題目は無い。迷宮の維持管理こそが活動目的である。


「守護・・何を守護するの?」


 "ガジェット・マイスター"のケイナが訊いた。


「迷宮の守護だ。俺は神様から指名されて迷宮の管理人をしている。両方を兼ねたものなら無駄が無い」


 シュンは、迷宮内の周回狩りのついでに、魔神の討伐や魔憑きの駆除を行うつもりでいる。


「何でも手伝うけど、具体的には何から手をつければ良いのかな?」


 ケイナが首を傾げる。当然と言えば当然だが、この場の誰1人として宗教を作ったことは無い。


「まず、迷宮の領域を拡げる」


 シュンはユアとユナに目顔で合図して、大きな紙を白板に貼らせた。

 紙には、迷宮を中心とした地図が描かれている。


「迷宮の周囲を円で囲んである。この内側の線が・・」


「アルファ・ラインであります」


 ユアが厳かに言った。


「・・で、その外にある円が」


「ベータ・ラインであります」


 ユナが胸を張る。


「・・らしい。俺には意味が分からないが、そう命名することになった」


 シュンは苦笑しつつ地図に描かれた線を短刀の鞘で指した。

 迷宮を中心にして、ユアとユナが名付けたアルファ・ラインまで50キロ。半径50キロメートルの円形の境界線だ。次のベータ・ラインまでさらに50キロ。さらに50キロ外側の最外縁にはシータ・ラインという境界線が描かれていた。


「この3つの円が迷宮を護るための防衛線となる」


 シュンは迷宮を護るために、物理的な結界を構築することにしたのだ。

 神様の結界が不安定である以上、それに代わる結界を用意する必要がある。しかし、弱っているとはいえ、神様の結界を破るだけの知識や技術が存在する以上、魔導的な結界は気休めにしかならない。

 だから、物理的な障壁を築くのだ。


「この円に沿って障壁を構築する。高い城壁、妖花の生け垣、地雷原・・その他、俺が狩猟用に作った罠を埋設しても良い。その上で、内側には迷宮の魔物を棲息させる。アルファ・ラインの内側には50階層辺りの魔物を、ベータ・ラインの内側には25階層辺りの魔物を、シータ・ラインの内側には地下迷宮の小鬼や犬鬼を放つ」


 要は、迷宮まで簡単には辿り着けないようにすれば良いのだ。


「そして、このシータ・ラインを囲む城壁の外に、アリテシア教徒のみが出入りできる神殿町を造る。地上の神殿もここに建てよう」


 シータ・ラインに大きな城門を設け、その門を封鎖する形で出城のように城塞都市を造るという構想だ。


「町には、アリテシア教徒は無料で入れるが、アリテシア教徒では無い者は多額の費用を支払わせ、滞在中の税も徴収する」


 シュンの構想を聴くにつれ、ロシータが顔を紅潮させて食い入るように絵図を見つめている。


「教徒を騙る者が紛れると思いますが、どう防ぎましょうか?」


 "狐のお宿"のアオイが挙手をして言った。


「神聖術にその手の術があっただろう?」


「"審理の聖眼"ですね。あれを使えるとなると、レベル40以上で、神聖術の練度もそれなりにないと・・"ケットシー"では50名ほどでしょうか。一日の入場数を制限しなければいけませんね」


 思案顔で呟きながら、ロシータが手帳に何やら忙しく書き込んでいく。


「当然、周囲の国から討伐軍等が派遣されるだろうが、その場合は神殿町から合成獣を出す。なお生き延びて、神殿町まで辿り着くような強兵が居れば"ネームド"が狩る」


「おう! そんな連中がでたら俺にやらせてくれ! 2度と来る気が起きねぇように根こそぎ始末してやるよ」


 アレクが笑った。


「一度二度は争乱があるでしょうが、その後はゲリラ的に少数精鋭で侵入を企ててくるでしょうね。出兵の費用に成果が見合いませんから」


 そう言ったのは、"狐のお宿"のタチヒコだ。


「"ホワイトクラウン"のような迷宮を離れた探索者が、どこかの国に雇われて襲撃してくる可能性があるわよね? レベルはどのくらいなんだろう」


 "ガジェット・マイスター"のケイナが不安そうに訊く。


「多対一で囲まれない限り負けることは無いわよ。魔神なんかが混じっていれば大変だけどね」


 ミリアムが苦笑した。すでに、迷宮内ではトップランカーの一員だというのに、ケイナの心配性は相変わらずだった。


「シュン様、アリテシア教についての風評が貶められ、神敵のごとく流布される可能性があります。そして、それらは防げません。どう対処しましょうか?」


 ロシータが当然の懸念点をあえて言葉にする。この場にいる全員で共有するためだ。


「放置で良い。迷宮は外に関係無く単独で存続できる」


 シュンは、完全封鎖でも良いと思っている。


「期限の定めも達成目標も無い。神様から急かされるまでは、ゆっくりやれば良い」


 シュンの言葉に、ロシータが微笑して頷いた。


「神殿町については何かお考えが?」


 タチヒコが挙手して訊いた。


「まずは受け皿として、異邦人が清潔だと感じる居住環境を整える。それから、信徒を迎え入れ、信徒全員を学校に通わせる」


 シュンの答えに、アレクが眼を剥いた。


「・・学校なんてねぇだろ? どうすんだ?」


「学校を創る。何を教えるのかを俺達で決め、必要な講師を配置し、有無を言わせず信徒全員に学ばせる。嫌なら町から追放する」


 シュンの発言に、アレクを除く全員が黙って考え込んだ。


「・・あんなこと言ってるぜ? おい、ロシータ? 何とか言ったらどうだ?」


「シュン様・・非常に面白いお考えです!」


 ロシータが興奮顔で言った。


「本当かよ?」


 アレクが眼を剥いた。


「確かに良い考えだと思います。共通の教育を受けさせれば、規則・・教義が浸透し、町の治安向上に繋がります」


 アオイも頷いている。


「おう、タチヒコ、どういうことだ?」


 アレクがタチヒコに小声で訊ねた。


「神殿町に相応しい住人を育成するということでしょう。金や食べ物を与えるより、よほど実になるものを与えることができます。まあ、私達がイメージする学校では無さそうですが・・」


「・・まあそうか。シュンは原住民だったな。地球の学校なんざ知るわけねぇな」


「私達、"狐のお宿"は、74階をクリアする前まで、迷宮の外の調査を定期的に行っていましたが、この大陸には、学校と呼べるものは4校しかありません。内3校は貴族の子息の交流の場になっているだけ。1校だけは、私達のイメージに近い学校でしたがお粗末なレベルです」


 タチヒコの言葉に、アレクが顔をしかめた。


「なんだぁ? テメェらそんな事をしてやがったのか?」


「ケットシーの人とも外で何度も会いましたよ?」


「・・クソ猫ども、何を企んでやがった?」


 アレクがロシータを睨み付けた。


「どこも74階で行き詰まっていましたからね。うちと同じく、外の世界に次の何かを求めたのでしょう。あのままでは、閉塞感に襲われてレギオンが崩壊してしまいます。目標の無くなった組織は脆いんですよ」


「俺は何も聴いてねぇぞ?」


「その先は、ロシータさんにどうぞ」


 タチヒコが苦笑した。


「おう! ロシータ!」


 眼を怒らせて声をあげたアレクだったが、ロシータが無視している。


「む・・て、てめぇ!」


「筋肉、黙る!」


「喧嘩は後で!」


 ユアとユナから注意され、立ち上がりかけたアレクが大人しく席に座った。


「あの、根本的なことなんだけど・・信仰の対象は迷宮の神様で、迷宮の守護を目的とした宗教団体ってことよね?」


 ケイナが訊いた。


「そうだ」


 シュンは頷いた。


「それって・・探索者以外の信者が集まるのかな? 外の人にとっては何の救済にもなってないよね?」


「利があるのです」


 ロシータが微笑した。


「利? 魔物の素材とか?」


 ケイナが小首を傾げる。


「求めるものはそれぞれ違うでしょう。ただ、迷宮に価値があるからこそ、魔神が集まり、イルフォニア神教が侵入を試み、その他の国が兵を集めて侵攻を企てたのです。頼まずとも、向こうから集まって来ますよ」


「そうか。そう言われるとそうかも。迷宮を放っておけないわけね」


 ケイナが納得顔で頷いた。


「放っておいてもらえれば、それはそれで良い・・そうなのですよね?」


 ロシータがシュンを見た。


「そうだ」


 シュンの目的は、下層迷宮・・すなわち、潤沢な獲物を狩るための環境を守護することだ。これを脅かす可能性のある事象はすべて排除しなければならない。


「でも、それって宗教なの?」


 ケイナが今ひとつ腑に落ちない顔で、隣のミリアムに訊いた。


「神様を奉り、神様がお創りになった迷宮を神聖な場所として守護する・・宗教っぽいじゃない?」


 ミリアムが笑った。

 他ならぬ神がシュンに宗教を作れと言ったのだ。体裁はどうであれ、シュンが宗教だと言い切れば、それが宗教だろう。


「宗教らしい表現は任せるが・・神の迷宮への手出しを禁じることは絶対に入れてくれ。あとは、迷宮内の規則・・慣習を盛り込んでも良いな」


 迷宮には、魔物とは別に雑多な種の人間が暮らしている。かつて神様が羽根妖精を迷宮へ連れてきたように、迫害を受けている種族を保護しても良いだろう。


「つまり、ごちゃごちゃ面倒臭ぇことをやって、最後に迷宮を護れりゃ勝ちって事だな?」


 アレクが念を押すように訊いた。

 それを聴いたアオイとタチヒコが無言で眼を閉じ、ケイナとミリアムが驚いた顔でアレクを見つめ、ロシータが握っていたペンを握りつぶした。天幕の周りで静かに聴いていた探索者達が初めてざわついた。


「ロッシ、泣いて良い」


「ロッシ、よく頑張った」


 ユアとユナがロシータに労いの言葉をかけた。





=====

9月26日、誤記修正。

地雷源(誤)ー 地雷原(正)


12月7日、誤記修正。

可能があります(誤)ー 可能性があります(正)

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