第154話 蹂躙
「主殿は人使いが荒いのぅ」
女悪魔がぼやいている。他に人が居れば、人では無く悪魔だろうと言うところだが、空の上にはリールしかいない。リールの主人は、エスクードで何やら大切な会議中だ。
赤々とした炎の帯が伸びて地表が燃えあがると、王都が火明かりに浮かび上がった。炎に包まれた王都の中で、巨大な龍が暴れている。
西の大国ミンシェアの王都のただ中である。すでに城壁は粉砕され、王城がある辺りは炎と毒息に包まれていた。
シュンがセルフォニアの王城跡地で宣告した3日間が過ぎても、迷宮を包囲する兵が引き上げなかったため、西のミンシェア、南のゼルギス、そして北東のセルフォリアに向けて、リールの合成獣を派遣したのだ。
素体は100階層の巨龍だ。
ゆったりとした歩みに見えて、騎馬兵が全力で走って、ぎりぎり追いつけるかどうか。道中、行軍中だった兵士を踏み潰して進み、追いすがる騎兵を焼き払い、毒息を撒き散らしながら一直線に歩いて王都に到着すると、暴虐の限りを尽くして都を蹂躙している。
「鱗の一枚も削れぬとは・・やはり、人間とは脆弱な生き物じゃ。主殿がおかしいのだな」
欠伸を噛み殺しながら空から眺めていると、魔法光が飛び交い始めた。抵抗する者達が駆けつけたらしい。ただ、もう王城は跡形も無い。今さら頑張っても手遅れなのだが・・。
「探索者かのぅ?」
動きの良い集団だ。
しかし、残念なことに、巨龍の鱗一枚を割ることに苦労していた。話にならない。素体の巨龍は、半壊するほどのダメージを受けても再生するのだ。鱗一枚を割る割らないで苦労する者達が何のつもりで出て来たのか。
探索者らしい者達が素早く移動し、魔法を撃ち込んだり、武器で攻撃したりしていたが、そもそも巨龍の方は足下で頑張っている探索者達に気が付いていない様子だ。右から左へ、巨大な炎を噴射して焼き払っていた巨龍が、全身から毒気を噴射しながら悠然と歩き始めた。
「おや? 死におった」
リールが呆れ顔で呟いた。
50名ほどの探索者らしい集団が毒気に巻かれて次々に倒れ伏していき、蘇生し、そして残留していた毒で死ぬ・・。毒気が滞留する中で生き返っても死ぬだけだというのに、離れた場所から懸命に蘇生術を使っている女がいた。
「
リールは高空から舞い降りながら、蘇生術を使っている女を黒々とした魔法の矢で射貫いた。
「弱すぎて哀れみすら覚えるのぅ」
死霊化して起き上がる女術者を見ながら、リールは他の探索者の死骸を探した。毒死したおかげで全員五体満足に体が残っていた。
「・・起きよ、下僕共」
リールが軽く手を振ると、毒死して斃れていた探索者達が次々に立ち上がっていった。
「この城にも王家の者共を逃す道があろう? 捜し出して殺すのじゃ」
リールの命令を受けた探索者達が、死人とは思えない自然な動きで方々へ散って行った。
「まあ、主殿にとっては王族の生死など無意味じゃろうが・・」
ひっそりと笑みを漏らし、リールは空へと舞い上がった。巨龍がうろうろと迷子のように動き回っている。次の命令を与えてやらなければならない。
地下に潜み続けるか、地下道を抜けるか・・。転移門を使えば跡を辿れるのだが、今のところ感知できていない。
『リール、どこだ?』
不意に、"護耳の神珠"からシュンの声が聞こえた。
「西の国じゃ。王都を潰したが、王族の生死は不明じゃな。即製の死人に捜させておるが・・」
『ゼルギス・・南は?』
「似たような状況じゃな。王族の生死は不明のまま・・この龍では動きが雑過ぎて細かい芸はできぬな」
『セルフォリアはどうした?』
「あちらは城が消えたからの。
『そうか。では、龍を戻して境界線に沿って地面を踏み固めさせろ。終わったらホームに戻って休め』
「・・仰せのままに、我が君よ」
リールが笑みを浮かべて一礼をする。
その時、白銀の閃光がリールを襲った。ほぼ真後ろからの閃光が、
「おや、これは・・我が君、襲撃者じゃ。世にも珍しい、
苦痛に顔を歪めながらリールが報告をする。
『数は?』
「3騎じゃ」
白翼のある馬に
『討ち取れ』
「正体を確かめずとも良いのか?」
『仕留めてから分かる範囲で調べろ』
「・・難題を言うてくれるのぅ」
リールが苦笑を浮かべた。それっきりシュンからの返答は無い。連絡は終わったらしかった。
「さて、妾は武器を振り回すのは苦手なのじゃが・・」
リールめがけて、槍を手にした2騎が左右に広がってリールを挟むように接近してくる。
「騎士なら名乗らぬか? 見せ場じゃろう?」
「人の言葉を解するか? 妖鳥人では無さそうだな?」
弓を手にした女の呟きが聞こえる。直後、左右に迫った女騎士2人が槍を突き出した。わずかに逃れようと動いたリールの脇腹と喉元を槍で貫き、2騎が素早く距離を取って離れる。
「粗末な槍じゃのぅ」
リールがくすくすと笑っている。
「破邪の聖槍が効かぬ? 貴様、邪妖の類ではないのか?」
槍を手にした女騎士が表情を引き締めて槍を構え直した。
それを見て、リールが苦笑混じりに嘆息する。
「傲慢な輩よのぅ。何をもって邪だの妖だのと分けておるのじゃ?」
「・・気をつけろ! こいつは、例の迷宮の防人かもしれぬ!」
「好機ではないか! 下の龍と連携をとらせず押し切るぞ!」
「よしっ!」
「防人とな? 耳慣れぬ言葉じゃ」
リールがふむ・・と小首を傾げながら、殺到する3騎士を眺めた。
「まあよい。返しておこうかのぅ・・こちらの世で言う、因果応報というやつじゃ」
リールの呟きと共に、
何の前触れも無く、左右の騎士達の胴から槍穂が生え、正面の女騎士は矢で胸を貫かれていた。
苦鳴を噛み殺し、何とか落馬を防いだ騎士達がリールの横を抜けて逃れようとする。だが、その一騎の喉首をリールの手が掴み止めた。
「ふむ・・体のつくりは、この世の人間と変わらぬな」
リールの呟きと共に、指の爪が大きく伸びた。
「ターシャ!」
振り返った弓の騎士が名を呼んだ。
しかし、その時には、リールに捕まった女騎士が、首から上を失い
「
「おのれっ!」
「猪突猛進、勇ましい女子じゃが・・良いのかのぅ?」
薄く笑ったリールの喉元めがけ聖銀槍が突き入れられ、同時に狙いすました矢が片目を射抜く。
「・・けぇ」
「あぎぃ・・」
奇妙な声を上げて仰け反ったのは、2人の女騎士達だった。槍の騎士は片目に矢が突き立ち、弓の女騎士は喉を槍に貫かれている。
「妾の領域で無礼な振る舞いをするからじゃ」
黒翼を羽ばたかせたリールが女騎士に近付くと、刃物のように伸びた爪で2人の首を刈り取り、即座に黒炎で灼き尽くした。
「さて・・どこぞに覗き見ておる者がおるようじゃが、出て来ぬか?」
リールは、視線を探すように宙空へ双眸を凝らしていたが、すぐに興味を失ったように小さく頭を振った。
「訓練された馬は、主人が危難に陥れば報せに戻ると言うが・・」
視線の先で、主人を討たれた
「ふふ・・まあ、主殿は謎解きに興味が無さそうじゃ。シータラインとやらを作りに行くとしよう」
笑みを浮かべたリールが眼下の巨龍に合図を送った。ミンシェアの王都を
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10月2日、誤記修正。
確かずとも(誤)ー 確かめずとも(正)
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