第33話 死人の集落

 薄暗く垂れ込めた霧の中に、枯れて朽ちかけた立木が並んでいた。

 迷宮5階の西側、いくつも枝分かれした道を進むと急に開けた空間に出た。そこは、霧に沈む枯れ木の森だった。


「月は無い」


「でも明るい」


 双子が腕組みをして首を傾げている。


(天井が見えないな)


 洞窟のような狭い道から、こんどは何処まで続いているのか分からないほど広々とした空間・・。

 迷宮というのは、外の常識が通用しない場所らしい。


「人だ・・4、5・・もっと居るな」


 シュンは木立の合間へ視線を凝らした。湿った霧の濃淡が漂い混じって視界がはっきりしない。


「見えない」


「目視不能」


「異邦人とは違う・・か?」


 シュンはVSSを構えて照準器を覗いた。


「ニホン人は、眼が赤く光らないな?」


「ユアの眼を見て」


「ユナの瞳を見て」


「・・だな。すると」


 5階の転移門でアキラという少年が言っていた、魔物になった原住民だろう。


「地図は?」


「奥に何かある?」


「ここが広い?」


 双子が手帳の地図上を指さす。

 確かに、何となく奥に拡がりがありそうな位置だ。この迷宮は創られた地形なのだ。双子に言わせると、無秩序なようで、実際には決められた最大枠内・・大きな一枚の紙からはみ出さない範囲で描かれ、創られているらしい。


「どこかで戦闘になる」


 さすがに、まったく気付かれずに侵入することは難しい。


「護耳、護目、ディガンドの爪」


「ハイサー」


「アイサイ」


 双子が素早く装着する。


「まず、ここの最奥を目指す」


 シュンは、濃霧に頼らず、木立や下草などに身を潜めつつ、赤く光る目が他所へ向く時を見計らい、ゆっくりと奥へ進んで行った。双子の方も、すっかり身についた根気強さで、ぴたりとついて来る。


鳴子なるこ・・侵入者除けまで作っているのか)


 シュンは、草陰に細紐を張った警報の仕掛けを見つけて内心で舌を巻いた。

 魔物にはなっているが、どうやら完全に人間としての用心深さ、ズルさを残している。


(・・危険だな)


 人間を相手にする方法を知っている奴が居る。

 原住民である以上、迷宮に連れて来られた時点では16歳だ。普通に暮らしていた少年なら、こんな罠などの知識は持っていない。シュンと同じように本格的に狩猟などやっていた者か、その手の訓練を受けた者が混じっているのか・・。


 仕草で罠の位置を教え、避けて移動して見せれば、双子も真似て罠を避ける。


(・・っと!?)


 シュンは咄嗟とっさに身体を振って右へ寄りつつ、VSSを構えて引き金を引いた。

 耳元を銃弾がはしり抜ける異音が聞こえる。

 シュンが撃った弾丸は、立木の幹を穿うがっただけで外れていた。


「見つかった。狙撃だ」


 シュンは小声で双子に告げつつ、相手の位置を探る。すぐに、ついて来るよう手招きして移動を開始した。

 どこかで、笛の音が鳴り始めた。

 ちらと見ると、赤い光の群れが入って来た通路の方へ回り込んでいく。


(眼が良い奴が居るんだな)


 シュンと双子は互いに位置をずらし、"ディガンドの爪"に身を隠しながら草間を駆け抜けた。1発、2発と至近を銃弾が抜けて行く。


(追い込まれている?)


 この先に待ち伏せか、罠か・・。


 シュンは小走りに移動しつつ、リビング・ナイトを召喚して前方へ突進させた。


「ぅっ・・!」


 小さく双子の片方が声をあげた。脇腹にダメージ光が赤く色づいている。迷宮の外なら即死だが・・。すぐに回復魔法で傷が消えた。


「何ポイントだ?」


「812」


「防御あり」


 双子が小声で囁いた。その間も移動している。止まる事は無い。


 防御魔法を掛けていて、812ポイントのダメージを受けたということだ。7発連続して受ければ、双子は死ぬ。2人で互いを回復し合うので、そう簡単にはいかないし、"ディガンドの爪"があるのでそうそう当たるものでは無いが。


 リビング・ナイトが交戦を開始した。機械的な連続した銃撃音がいくつも響き渡る。騎士盾ナイトシールドを持ち、浮遊して高速に移動するリビング・ナイトが火花を散らせて被弾していく。


 シュンのVSSが静かに銃弾を放った。リビング・ナイトを追い撃っていた銃撃者が3発浴びて跳ね転がる。さらに、もう1人撃ち倒したところで、リビング・ナイトのHPが尽きて消えていった。即座に、再びリビング・ナイトを召喚して突入させる。


 今度はすぐには撃って来なかったが、


(・・見つけた)


 敵の狙撃者をVSSの照準器に捉え、シュンは引き金を絞った。向こうも、こちらに狙いをつけていたが、命中させたのはシュンの方だった。狙撃者が仰け反ったところへ、さらに1発命中させると、すかさず、リビング・ナイトが斬り込んで行く。

 援護しようと、潜んでいた銃撃手がリビング・ナイトめがけて乱射を開始したが、すでに同士討ちが危ぶまれる位置関係だ。3発ずつ、狙いをつけつつ撃ち始めた。お陰で、シュンの狙撃がはかどる。

 移動し、止まって射撃光を撃ち、また移動する。


 その時、双子が出している"ディガンドの爪"に鋭い命中音が弾けた。


「5時」


「2人」


 双子の囁きを聴きつつ、大きく進行方向を左へ変え、後方へ向けてVSSを構える。射撃光が見えたと同時にシュンも引き金を引いた。

 左の肩口に痛みが弾け、命中痕が赤く色付く。すぐさま、双子の回復魔法がかけられ痛みが消えた。その間に、もう一発、後方に位置取ろうとする狙撃者へ撃ち込む。


 後ろの2人は射撃の腕が良いだけで、位置取りも身のこなしも悪い。丸見えだった。


(さっきの奴が危険だ)


 最初の狙撃者はどうなったのか?


 リビング・ナイトが斬り込んだはずだが・・。


(斬り合っている? 近接もやれる奴か)


 銃声に剣撃の音も混じっていた。リビング・ナイトに圧されながらも凌いでいるらしい。3点射撃をしている射手を狙撃し、リビング・ナイトを援護しつつ、200メートル横をすり抜けて奥へ進む。


「ワンがいる」


「近くに来てる」


 双子が囁く。


「どっちだ?」


「風上」


「痒い」


 犬の毛に触れると発疹ほっしんができるらしく、近づくだけでも感じるらしい。


「ユア」


「アイアイサー」


 ユアの閃光手榴弾が炸裂した。眼を潰す閃光の光の中で、シュンはVSSを撃っていた。雄牛ほどもある大きな狼が5、6頭見えた。合間に、人の姿もある。シュンは人間を狙って撃ち倒し、さらに重ねて、旧名、分銅鎖・・テンタクル・ウィップを取り出し振り下ろす。

 無数に枝分かれした青黒い触手状の鞭が、狼と人をまとめて殴り伏せ、地面を乱打する。


「ユナ、EX」


「聖なる剣っ!」


 待ち構えたユナがすかさずEX技を発動した。

 光る剣撃が前方扇状に広がって降り注ぎ、大きな狼も合間に倒れた人間も、まとめて範囲に巻き込んでいた。


 その間、シュンは背後に向けてVSSを構え、先程撃った狙撃手2人を照準器に捉えていた。1人は草間で伏射、もう1人は枯れ木に身を寄せて立射をしようとしている。


(・・遅い)


 シュンは立て続けに2発、2人の額を撃ち抜いていた。ダメージポイントは2200と、1980。先程与えたダメージを合わせれば3000近い。


(まだHPが残るのか)


 動けないようだから、ギリギリ生きている状態なのだろう。瀕死状態になると動けなくなるのは、他の魔物と同様らしい。


「聖法術があればな」


 アキラの情報通りなら、止めは聖法術を使った方が良いらしいのだが・・。


「ある」


「できる」


 双子が言った。


「え? しかし、EXはまだ・・」


「聖術覚えた」


「レベル10で」


「そうだったのか。それなら、あの狙撃手を仕留めに行く・・射程は?」


「100メートル」


「遠距離魔術を覚えた」


「よし!」


 シュンは双子を連れて瀕死の狙撃手目指して走り出した。

 ちょうど斃されて消えるリビング・ナイトを再召喚して、手強い狙撃手の方へ突撃させる。まだまだMPに余裕がある。


(あいつさえ、抑えれば・・)


「ボス、届く」


「ボス、いける」


「やってくれ!」


 シュンは"ディガンドの爪"を浮かせて背後の護りについた。

 その時、


「セイクリッドォーー」


「ハウリングッ!」


 ユアとユナの声が背中で聞こえ、白銀色の輝きが明滅した。

 肩越しに振り返ると、双子が両手拳を握り、両足を開いて踏ん張り、大口を開いて無声の叫びを放っていた。その口から白銀の奔流が噴出し、前方を薙ぎ払っている。小さな子供が口から光を吐いて踏ん張る姿は、何とも形容しがたい異様さだった。

 EX技もそうだが、この2人の技は広範囲を巻き込む物が多い気がする。


 シュンはリビング・ナイトが追っている凄腕の狙撃手を捜した。


(・・あいつか)


 シュンが覗く照準器に、女のような繊細な美しい容貌の若者が見えていた。リビング・ナイトの攻撃をあしらいつつ、こちらの射線を意識して逃れている。余裕のある動きだ。すでに、有効射程の外だった。


 青黒い肌の所々に赤い筋が浮いている。瞳は血のような赤。手には片刃の長刀を握っている。狙撃銃は仕舞ったのだろう。リビング・ナイトの攻撃を受けたのか、上着の胸元が裂けて肌をさらしている。


(・・男だな)


 紛れもなく、男の胸板だった。

 歳は18歳くらい。シュンより少し年上に見える容貌だ。


(顔は覚えた)


 シュンはMPの残量へ眼を向け、リビング・ナイトを送還した。まだ余裕があるが、リビング・ナイトの役目はひとまず完了した。あの凄腕も、今すぐには襲ってこないだろう。


「ボス、消えた」


「ボス、光の粒になった」


 双子が成果を報告した。瀕死の狙撃手達2人が光の粒子になって消えたらしい。アキラの言ったとおり、聖法術でのとどめには意味があったようだ。


「よし、今の内に奥を探索しよう。厄介な奴は通路側へ逃げた」


 シュンは先に立って草間を走った。


咆吼ハウリングはMP馬鹿喰い」


咆吼ハウリングはSP馬鹿喰い」


 双子が後ろから報告する。


「ユナの聖なる剣で斃した連中も光粒になった。EXが使える時は、聖なる剣が優先だな」


 地面に埋められた矢筒の罠を解除しつつ、シュンは双子に言った。短刀を使って鏃だけ回収しておく。後でやじりに塗られている毒の種類を確かめるためだ。


 霧に沈む枯れ木の森には、円錐形の簡素な天幕テントがいくつか点在していた。住居というより、仮設の仮眠場所らしく、弓や矢、小刀の他は毛布くらいしか無い。


(食べ物が無いんだな)


 魔物になった人間は何を食べているのだろう?


「ボス、石碑が生えた」


「ボス、いきなり出た」


 周囲を見て回っていた双子が呼びに来た。

 連れられて行くと、少し開けた広場のような所に赤黒く光る石碑があった。


「妙な色だな」


 シュンは短刀を抜いて切っ先で触れてみた。


「普通に硬い・・石だな」


「触る?」


「触れちゃう?」


「・・うん、触ってみよう」


 シュンは頷いた。

 魔物化した人間がここに集まっていた理由がこの石碑だろう。このまま帰るわけにはいかない。


「ではでは・・」


「せ~のっ・・」


 双子の音頭で3人は石碑に手を当てた。ひんやりと湿った石肌を感じる。


「・・・」


「・・・」


「・・・」


 何も起こらなかった。



「セイクリッドォー」


「ハウリングッ!」


 双子がいきなり聖法術を使用した。両拳を握って、口から白銀の咆吼ハウリングを石碑に浴びせる。止める間も無い出来事だった。


(こいつら、結構短気だよな)


 シュンは呆れ顔で嘆息した。


(それにしても・・)


 聖法術というのは味方には害が無いということか?白銀の光はシュンにも触れているのだが、これと言って何も感じない。


「赤い光が消えた」


「成敗っ!」


 双子がやりきった顔で頷いている。


「触れてみるか?」


「いぇ~す」


「おふこ~す」


 3人で一緒に石碑に触れてみた。

 今度は、反応があった。


***


 10階 守人の砦


***


 転移門のようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る