第34話 魔物の砦
守り人というのは、魔物だった。
10階の主は、これまでの階とは
シュン達は、砦の後方にある小さな塔の上に転移していた。
魔物の砦を後方、やや上方から見渡せる位置だ。
(絶好の狙撃位置だな)
胸壁から眼下に砦上を移動する魔物を見下ろせ、綺麗に射線が通っている。
ただし、この塔は眼下の魔物では無く、城壁外から攻めて来る者・・迷宮探索者を狙い撃つためのものだ。砦正面は、身を隠すことのできない真っ平らな石畳。草木の一本も無く、9階から登って来ると到着するのだろう小さな石館がぽつんと建っているだけだ。
砦から石館まで1キロ。幅200メートル、高さ200メートルの一直線の通路。通路を挟む壁は垂直に切り立っている。
「大将?」
「親分?」
「まずMPを回復させる。それから・・」
シュンは、神から贈られたディメンション・シールを取り出して双子に渡した。
「身体に貼る魔法陣の一種らしい。ナラクビル・・ディメンション・イーターを斃した褒賞品として神から贈られた」
「おお!」
「おお!」
双子が小さなシールを
「ディメンション・ムーブ・・理屈はまったく分からないが、あのナラクビルが触手で行っていたように、遠く離れた任意の位置に自分の手を届かせることが出来るようになる・・と言っても、神様に授けられた武器しか使えないようだがな」
実際に使おうとすると、まず、視界の中に赤い輪が出現する。その輪を頭の中で念じるようにして移動させ、赤い輪の位置を確定させる。そうすると、神から授かった武器のどれかを赤い輪のある位置へ出現させることができる。
双子であれば、手榴弾を遠く離れた場所に出現させる事ができるという理屈だ。
「消費するMPは、1000。届く距離ははっきりと見える範囲・・曖昧だと、出現する位置も曖昧になって、思った場所よりズレる」
「消費MPが多過ぎ」
「1000で爆弾1個?」
「何度か使えば変化するかもしれない」
シュンは苦笑した。
確かに、消費MPに釣り合う効果があるかと言えば微妙だったが、色々と手詰まりになった時の打開の術としては優秀だろう。
「回復具合はどうだ?」
「SPがあと356」
「MPがあと804」
双子が答える。どちらもまったく同じMPやSP数値なので、2人の違いは誤差の範囲だろう。
「ここから、魔物化した狙撃者が現れて、砦の魔物を支援していたのかもな」
シュンは石碑を振り返った。
「きっとそう」
「断言できる」
魔物化した人間用の転移門というわけだ。
「こうして座っていると、転移して現れるのかな?」
「・・きっとそう」
「・・確信できる」
「なら・・あまり時間は無いか」
シュンは眼下の魔物達の動きへ視線を向けた。
取り逃がした美貌の狙撃手は、必ずシュン達を狙って来る。
「ボス、あそこで何か動いた!」
「ボス、床で埃が舞った!」
不意に双子が
「どこだ?」
シュンには何も見えなかったが・・。
「11時」
「距離200」
「・・ああいう魔法があるのか?」
双子が言う通り、床でわずかに埃が散っている。姿を消した何者かが、こちらへ、魔物の砦に忍び寄って来ていた。
(偵察か・・なら、本体は向こうの館に到着している?)
シュンはVSSの照準器越しに1キロ先の石館を見た。朽ちた木枠だけになった窓で、わずかだが物が動いたようだった。
「楯を出せ。そろそろ仕掛けるぞ」
シュンは"ディガンドの爪"を浮かび上がらせた。同じく、双子が即座に楯を浮かべる。
「ユナの
「ラジャー」
「アイアイ」
2人がそれぞれ手榴弾を取り出して安全ピンに指を掛けた。
「いつでも」
シュンは狭間胸壁の上からVSSを構えた。
ユナがMKを投下する。2秒遅れで、ユアがXMを投下した。
「ユア、合図を待て。ユナ、2時へ投下」
指示をしつつ、シュンはVSSで狙い撃っていく。
目玉の魔物がVSSで7~8発。赤子のような体型の魔物がVSSで4~6発。さして硬く無いし、HPも多く無い。ただ、砦の中から大量に湧いて出て来る。
(なるほど・・)
この数の魔物と塔からの狙撃によって、多くのパーティが足止めをくらっていたわけだ。目玉も赤子のような魔物も空を浮遊できるので、塔の高さまで上昇してくる。
次々にVSSで撃ち落とすが、すぐに弾が尽きる。
おまけに、3発目から閃光手榴弾の効きが悪くなった。魔物達は眩しそうにはするが、すぐに視界を回復させて向かってくる。
「ユア、ユナ、火魔法を試せ」
「ラジャー」
「ハイサー」
双子が"ディガンドの爪"に隠れるようにして、眼下から上昇してくる魔物をチラ見する。対象を目視することが攻撃魔法の条件の一つだ。
「
「
双子が魔法名を叫ぶ。
すると、空中に帯状の炎が生み出されて、浮かび上がって来た目玉の魔物を包んだ。
多少は嫌がったようだが・・。
「
「
「
「
・
・
・
・
双子が連続して叫び続けた。途中、VSSの弾が切れたシュンが参加する。
何回目かで、ようやく目玉の魔物が一匹炎で焼かれて落ちて行った。
「非効率」
「面倒」
「初級の魔法はこんなものか」
シュンは苦笑しつつ、テンタクル・ウィップを手に握った。
横で、双子がそれぞれ出刃包丁と柳刃包丁を構える。
「EXは自由に使って良し。防御、回復重視で長期戦をやる」
「アイアイサー」
「ラジャー」
双子が答えた時、頭上に赤々と輝く炎球が出現した。
「火魔法は、向こうの方が優秀だな」
「尊敬」
「憧れる」
双子が軽口を叩きながら、回復魔法で癒やす。
シュンは、胸壁すれすれに隠れて魔法を使ってきた赤子のような魔物をテンタクル・ウィップで打ち潰した。さらに、距離を取って狙っている魔物を右へ左へ打ち払う。
仕留め損なった魔物は、双子が駆け寄って包丁で滅多刺しにした。
さらに数十匹という集団が浮かび上がって来る。
「ユア、閃光」
「アイサー」
XM84が炸裂する。
途端、魔物の集団が硬直して動けなくなった。
「効いた!」
時間を置けば、閃光の効きが戻るらしい。
シュンは集団めがけてテンタクル・ウィップを振り回した。触手の鞭が魔物の身を裂き、激しく殴り跳ばす。
「砦へ降りる」
「アイアイサー」
「ラジャー」
双子の返事を聴きながら、シュンはテンタクル・ウィップで打ち払った魔物の中へ身を躍らせた。
「リビング・ナイト!」
召喚をしながら砦の中庭に着地すると、リビング・ナイトを魔物めがけて斬り込ませた。
続いて飛び降りてくる双子を確認し、中庭の奥に見える城館を指さした。
その時、
***
パーティ:アイアン・フィストから、レギオンの誘いを受けました。承認しますか? Yes / No
***
という文字が視界を過ぎった。
「レギオンの誘いが来た」
城館めがけて走りながら双子に伝える。
「ボスに従う」
「ボスに一任」
「なら、受ける」
シュンは承認した。
リビング・ナイトを送還しつつ、城館の大扉から外に出ようとしていた大柄な山羊頭の怪人をテンタクル・ウィップで打ち払う。
「ユア」
「ハイサー」
ユアが
「ユナ」
「アイアイサー」
ユナが
直後に、激しい炸裂音が響き、続いて重々しく腹腔を叩く衝撃が襲う。
その間に再召喚していたリビング・ナイトに、
「斬り込め!」
シュンは命令した。
大ぶりな長剣を手に、騎士楯を構えたリビング・ナイトが城館の内部へ突入して行った。
続いて、シュンが、そして双子が踏み込む。
直後に、
「聖なる楯っ!」
ユアがEXを発動し、
「聖なる剣っ!」
ユアもEXを発動させた。
巨大な
「ユアは、リビング・ナイトの援護」
「アイアイ」
「ユナは
「ラジャー」
シュンの指示に、2人が素早く応じてそれぞれがXMとMKを放った。
爆発の衝撃を"ディガンドの爪"で受け止めつつ、シュンはテンタクル・ウィップを手に前に出た。
テンタクル・ウィップは、一撃で、十数回の鞭打ちが行われる。しかも、大半の打撃が岩を砕くほどの威力で、かなりの確率でCPの文字が躍る。
決定打にはならなくても、痛撃の連打で行動を抑え込むことが出来た。
***
レギオン・チーフに指名されました。承認しますか? Yes / No
***
また、初めて見る文字が視界を過ぎった。
「今度は、レギオン・チーフに指名された」
「受けるべき!」
「ボスが親分!」
爆発音が賑やかに轟く中、双子が叫ぶようにして答えた。
「分かった!」
大声で答えながら振り下ろしたテンタクル・ウィップが
姿勢を崩し、
「ユナ」
声を掛けながら跳び退る。
「ラジャー」
ユナがMKを
その時、城館の外で賑やかな戦闘音が聞こえ始めた。どうやら、外の魔物達とアキラ達、アイアン・フィストのメンバーが交戦を始めたらしい。
ユナのMKが爆発し、
「送還っ!」
傷んだリビング・ナイトを戻し、相手をしていた魔物めがけてVSSを撃ち込んだ。鶏の
追撃でテンタクル・ウィップを、倒れ伏した
まだ城壁の胸壁まで辿り着けていないようで、下と上で飛び道具の応酬をやっていた。少しずつ胸壁上の魔物達が傷を負い圧されている。
シュンは、VSSで2匹、3匹と背後からの痛撃を与えて魔物を仕留めていった。城壁下に集中していた魔物達がにわかに城館側に向き直って移動して来る。シュンは適当な所で城館の中に引っ込んだ。
城壁外の連中が城壁に取り付くだけの時間にはなっただろう。
「ボス、奥に扉が出た」
「たぶん、主の部屋」
双子が駆けて来た。
見ると、
「・・レギオンというので入れるのか?」
外に来ている連中をまとめて突入できれば良いのだが・・。
「知らない」
「分からない」
双子が首を振った。
「まあ・・待ってみるか。仮に、
シュンはMPを回復しておこうと2人に言って、3人互いに背を合わせるように座った。それぞれが正面に"ディガンドの爪"を浮かべて防壁にしていた。
「人数が多い?」
「硬派パーティだけじゃない?」
城館外の喧噪を聴きながら双子が首を傾げる。
「たぶん、転移門前に居た連中だろう。全員かどうかは知らないが・・レギオンというのは、パーティとは違うのか?」
「パーティの集合体」
「寄せて集める」
「ふうむ・・レギオンの・・他のパーティのメンバーに、ユアやユナの回復魔法をかけることはできるのか?」
「可能」
「出来てしまう」
「そうか・・急場はともかく、いつも一緒だと便利に使われかねないな」
シュンは未だ銃撃音の絶えない城館外の中庭へ目を向けた。
「MPは?」
「マンタン」
「フルタンク」
「よし・・迎えに行って、さっさと10階を突破してしまおうか」
「賛成」
「了解」
双子が立ち上がった。
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7月3日、5日、ミス修正。
アイアンハート(誤)ーアイアン・フィスト(正)
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