第15話 床下の銃撃者
結局、2人は見つからなかったらしい。捜索から戻った少年達が宿の前で話し合っている声から、悲嘆にくれた様子が感じられる。
見つからなかったのか、死体が見つかったのか。
(騒がしくなって来たな)
2階の部屋にいるシュンにまで、声が聞こえてくる。
聞こえてくる声の感じからして、3人の少年が仕切っていて、パーティの編成をやっているようだ。
次は短刀だ。
すでに宿で
(いつまで保つかなぁ?)
魚を獲るために使用しているのだが、魚の鱗やら頭がやたらと硬い。きちんと刃は立てて切っているが、ちょっと手元が狂えば刃を傷めるだろう。
あんな魚が、まだ迷宮に入る前から居るのだ。先が思いやられる。
下の食堂の声が賑やかになってきた。パーティ同士で連携を取れば行けるだの、行けないだの・・意見が飛び交っているようだ。
(盛り上がっているけど、パーティを組むと楽になるのかな?)
静かに短刀の刃を研ぎながら考える。お互いを何処まで信頼できるようになるかが鍵だろうか。
(いつかは、パーティを作るか、参加しないと進めなくなるんだろう。でもなぁ・・)
まるで文化の違う異邦人の中に入っていくのは、なんとも気が重い。
(そういえば、あいつ等は?)
選別会の後、文字の読み書きが出来るからと、シュンを含めて4人が選ばれた。あの時の、選別された者達は何処に居るんだろう? 先に来て、もう迷宮に入っているんだろうか?
どうせなら、あいつらとパーティを組みたい。
(・・っと)
刃を薄くし過ぎるところだった。考え事をしながらでは手元が危うい。短刀の刃に浮いた粉を水に流し、乾拭きをしてから刀身を眺める。角度を変え、光の滑りを見る。
どうやら良い感じだ。
柄元に水気が無いことを念入りに確かめて、短刀を鞘に納めた。
(ちゃんと考えないと駄目だな)
嫌だ嫌だと異邦人を避けていたら先に進めないまま立ち往生しかねない。もう少し興味を持って異邦人の様子を見ておくべきか。
背負い袋の中身を綺麗に整列させて、一つ一つ品を確認し、取り出したのと逆の順で、元の通りに納めていく。毎日、これを繰り返す。
全てを終えてから就寝・・・となるところだったのだが、どうにも宿全体が騒がしい。
よく分からないが、異邦人同士が喧嘩を始めたようだった。
いきなり階下で銃声が鳴り響いた。
(おいおい・・)
宿で働いている人達も居るのに、銃を撃つとはどういう了見か。顔をしかめて舌打ちをした時、さらに一発、二発と銃声が鳴った。
(えっ・・あ!?)
床の上に並べて置いていた
シュンは短刀を手に部屋を出た。
まだ怒鳴り合っている少年達の声は宿の食堂からだった。階段を降りる途中に、受付の女中がもう1人の女中の少女を抱きしめるようにして身を縮めている。
「もう少し上、あの辺りに行った方が良い」
シュンは女中の肩を叩いて声をかけると、そのまま食堂へと降りた。
目の前に立っている少年の髪を掴むなり、捻り倒して鞘のまま短刀で
つかつかと歩を進めると、食堂の中央で叫んでいた少年の腹部に短刀の柄を突き入れ、身を折ったところを襟首を掴んで腰に乗せて床へ投げ落とした。
残りは、4人。
軽く踏み込んで右へ左へ、短刀で打ち伏せ、足を払って転がして顎を蹴り、
わずか数秒で、10人の少年が食堂の床に散乱していた。
シュンの視線が、片隅で青い顔をしている少年へと向けられた。
「俺の部屋に銃弾を撃ち込んだのは、どいつだ?」
シュンは底光りのする双眸で少年を睨む。殺意すら滲む眼光に、少年は呼吸もままならない有様で、喉を引き
「その・・あなたの足下の奴よ」
声の主は、階段に逃げて震えていた女中だった。
「こいつか?」
シュンは短刀の鞘の先で、顔面から床板に打ちつけられて昏倒している少年を指した。
「そうよ!」
恐怖が怒りに変わったのだろう、女中が
「そうか」
シュンは、気絶した少年の襟首を掴むと、引きずって宿の外へと連れ出した。宿の外に、異邦人の少女達が集まって怖々見ていた。
そちらを一瞥して、シュンは少年を引き摺って行った。
「待ってくれ!」
横合いから声を掛けてきたのは、眼鏡をかけた少年だった。
「・・なんだ?」
シュンの双眸は変わらず冷たい。
一瞬たじろいだものの、眼鏡の少年はシュンの行く手を塞ぐようにして立った。
シュンは、肩越しに斜め上を振り返った。宿の2階の窓に、長い銃を構えた人影が見えた。
「異邦人というのは、よくよく人に銃を向けるのが好きなんだな」
シュンは視線を、眼鏡の少年へと戻した。
「そいつを放してくれ」
「断る」
「・・謝罪はさせる。ちょっと頭に血が昇っていただけなんだ」
「俺は銃弾で死ぬところだった」
「・・狙ったわけじゃ・・」
「宿の女中も階段に逃げ込んでいる」
「だ、だけど・・死んでないだろ?」
「死ななければ、何をしても良いのか?」
シュンは引き摺っていた少年を背中に担ぎ上げた。それだけで、宿から狙っている銃の射線が遮られる。
「とっ、とにかく、これから迷宮に行こうという時に、仲間同士で争っている場合じゃ無いだろう?」
眼鏡の少年が言う。
「正論は、宿で銃を撃っている奴に言え。今頃、出しゃばって何のつもりだ?」
シュンは逆手に握っていた短刀を持ち直して、親指を鞘に掛けた。
「いや・・あの時は議論が加熱し過ぎていたから、少し落ち着いてから・・説得しようと」
「物陰に居る奴が動けば、まずお前を斬る」
シュンは眼鏡の少年を見据えた。脅しでも何でも無い、今からやることを告げる。気負いの無い静かな声に、少年の眼が恐怖に彩られ、上手く声が出せないまま震え始めた。
誰もが声を出せずに息を殺して静まり返った中、
「何してんの?」
「暴力反対」
不意にのんびりした声がして、素材屋の前に居た2人組の少女達が近付いて来た。12、3歳くらいにしか見えない少女達だった。
「お、おまえらっ!?」
驚愕の叫び声をあげたのは、震えていた眼鏡の少年だった。
その声で呪縛が解けたように、遠巻きに見守っていた少女、少年達がざわつき始める。
「生きてたのか!」
別の少年や少女が駆け寄ってきた。どう見ても年の差がありそうだが、ああ見えて同い年なのだろうか。
お人形のように綺麗に整った顔に、大きな黒瞳。髪も濡れたように黒い色をしている。ドレスでも着せれば、貴族の御姫様がやれそうだ。
「生きてるよ? ねぇ?」
「死ぬわけ無いよ? ねぇ?」
2人の少女が要領を得ない顔で不思議そうに、集まって来た少年少女を見回している。
「ちゃんとお金稼いで来たんだから」
「やるときゃ、やるのよ」
何やら自慢げに2人が胸を張る。その頃になって、ようやく2人の顔がそっくりな事に気が付いて、シュンは軽く眼を見張った。この幼い・・幼く見える少女達は双子らしい。
「・・・あ、ええと・・とにかく、そいつを返してくれ!」
眼鏡の少年が気を取り直したようにシュンに言った。
「分かった」
シュンは吊り下げていた少年を放った。
「馬鹿マス、どしたの?」
「阿呆マス、息してる?」
2人の少女がぐったりして動かない少年を覗き込んで指でつついている。
シュンは嘆息を漏らしつつ、宿に向かって歩き出した。
宿の入口付近に集まっていた少年達の中に顔を腫らしたのが居た。
「この中に、細工とか・・器用な人は居るか?」
シュンは顔を見回しながら声を掛けた。
「・・あいつ」
「ノタニ」
皆が指さしたのは、先ほどの眼鏡の少年だった。
「・・そいつに銃で道具を壊された。直してくれるなら、今回の事は水に流そう」
シュンが声を掛けると、双子の少女達に何やら言われて持て余していたらしい眼鏡の少年が大急ぎで駆け寄ってきた。
ぞろぞろと野次馬を連れて宿の部屋に戻る。
「・・これは酷い」
眼鏡の少年が思わず口に出し、戸口から覗き込んだ野次馬達も・・異論無く視線を泳がせる。
床板に拳大の穴が幾つも開いて、木片が上へ散り、
「うわぁ・・殺人現場?」
「密室殺人?」
面倒臭そうな双子が部屋を覗き込んで何やら言っている。
「直してくれ」
シュンは仏頂面で、床板と
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