第176話 魔王の使者


「統括、魔王の使者を名乗る者が訪ねて参りました」


 羽根妖精ピクシーのカリナが姿を現した。

 商工ギルドで、エスクードの売り子にいつもの薬品類と菓子類を渡し、これから"竜の巣"のアレク達と迷宮内の見回りに出かけようとしていた矢先である。


 他の迷宮からの接触はあるだろうとは考えていたが、討伐対象である魔王からの使者は予想していなかった。


「闇の祠の怪しげな道具類は?」


 シュンはユアとユナを見た。輪廻の女神の祠から持ち帰ったゴミ山に、魔王の居所を探知できるという魔導具らしき品があるはずなのだが・・。


「解析中みたい」


「あと2日くらいかかるって」


 ユアとユナが手帳を差し出して見せてくれた。ずらりと並んだ魔導具らしき名称の横に、"呪い"の文字が記されている。以前、"ネームド"が瀕死に追い込まれながら分別して回収した品々だ。ユアとユナが解呪を行ったので、すべて安全な状態にはなっている。ただし、発動させた場合の効果については未知数だ。


 ムジェリの里に持ち込んで一つ一つ調査していた。

 輪廻の女神を疑うわけではないが、使用に際して何らかの問題が起きる可能性は考えておかなければならない。何しろ、全て呪詛がべったりと付着した呪いの品だったのだから。


「魔王の使者か、魔王本人かの区別もつかないな」


 シュンは少し思案顔で沈黙した。話を聴いてみるべきか、先制して仕留めるべきか。判断に迷ったのだ。

 いつもなら、問答無用で先制攻撃を仕掛けるのだが、魔王種についての情報が欲しいという気持ちもある。


「俺達も行って良いか?」


 アレクが訊いてきた。


「もちろんだ。相手の出方によっては戦闘になる。そのつもりで居てくれ」


「おうっ! 100階もマンネリ化しちまって、そろそろ別の獲物が欲しかったところだ」


 アレクが楽しそうに笑う。


「喧嘩は、ボスの話が終わってから」


「先に始めたら駄目」


 ユアとユナが釘を刺す。


「おうっ! そこは大丈夫だ。大将より先に始める気はねぇよ!」


 アレクが素直に頷いた。


「魔王なら即討伐だが、その配下では討伐する意味が無いな」


 レベルも100前後となれば、迷宮100階の魔物を斃した方が経験値が多い。


「数は?」


 シュンは、カリナを見た。


「3名・・というより3匹と言いたいです」


「魔獣なのか?」


「どちらかというと、虫のような感じでした」


 カリナが言うには、人というより虫に近い外見をしているらしい。


「虫か」


 "光の乙女"の迷宮に入り込んでいた魔物も、半虫半人のような姿をしたものが多かった。


「迷路に入ったのか?」


「一度は踏み入ったのですが、すぐに外に戻って野営を始めました」


「ふっ、我が迷路に怖れをなした」


「世界最強の迷路に恐怖した」


 ユアとユナが得意げだ。あの迷路のおかげで、時折難民のように流れてくる人間達も立ち往生して近寄れなくなっているのだが・・。


「ロシータは、アオイと学園運営の打合せだったか?」


「おうっ! 忙しそうにしてるぜ!」


「サヤリ、天馬ペガサス騎士のルクーネに声をかけて、何人か連れて来させてくれ」


 シュンは後ろに控えているサヤリに声をかけた。


「大将が出るのに、そんなに人数がいるのか?」


 アレクが訊いてくる。


「実物を見るのと、後で話を聴くのでは違うだろう?」


「おおっ! そうか! そうだな!」


 アレクが納得した顔で頷く。


「ジータレイド、ルクーネ、アリウスの3名が来るそうです」


 サヤリが報告した。前公主自ら出向いてくるようだ。


「リール、許可するまで始めるなよ?」


 念のため、シュンは女悪魔に声をかけた。この女悪魔は、かなりの虫嫌いなのだ。羽根妖精ピクシーのカリナの話を聴いただけで、すでに顔つきが殺気立ってる。


「わきまえておる。じゃが・・生理的に受け付けぬ」


「我慢しろ」


「・・うむ。主殿の命令に背きはせぬが・・」


 リールの眉間に皺が寄っている。


「耐えろ」


「承知じゃ」


 しぶしぶとリールが首肯した。


「どうせ戦うことになる。少しの辛抱だ」


 シュンは商工ギルドを後にして転移門へと向かった。エスクードの通りの左右から探索者の視線が向けられる中、方々から羽根妖精ピクシーの少年、少女が飛んで来た。


「統括様、18階の町長が挨拶に立ち寄りたいと申しております」


「急ぎか?」


「急ぎでは無いようです。統括様の都合でよろしいかと」


 羽根妖精ピクシーの少女が言った。カリナよりも、さらに幼い雰囲気の容貌をした少女だった。


「統括様、74階の巨龍が強すぎると苦情が寄せられています」


「・・アレク、どう思う?」


「あぁ? あんなもんじゃねぇか? そもそも人数が足りてねぇんだろ」


「人数か・・」


「俺達のレギオンを除いたら、せいぜい、"自由騎士同盟"あたりか? 折れちまった連中を混ぜたところで勝ち筋は見えねぇだろうぜ」


「そんなものか」


「そんなもんだ! 活きの良い奴もいるが、数が足りてねぇな」


「なるほど」


 四龍を受け持てるだけのレギオンメンバーを集められないということらしい。

 あの階層は、四龍を斃した時点でクリアーである。その後、リールによる理不尽な死を迎えるが・・まあ、それはさほど意味が無い。その後は、75階に居る羽根妖精から天職を授かって終了となる。そして、四龍は、高レベル者を集めれば問題無く斃せる。以前の四龍との違いは、全体に防御力と物理攻撃力が高く、火炎と毒息を吐く頻度が増している点くらいだ。龍1頭に、レベル80前後が150名ほど。600名のカテナ・レギオンでクリア可能だろう。


「今なら、"竜の巣"だけで突破できるだろう?」


「おうっ! 100階層の龍なんざ余裕だぜ!」


 アレクが笑う。


「早く上の階へ行けるようになれば良いが・・」


 シュンは小さく嘆息した。


「まったくだぜ! 神様の喧嘩はなんとかならねぇのか?」


「この迷宮の・・マーブル神が少し劣勢らしい」


「おいおい、えれぇことじゃねぇか? 負けたら迷宮が消えちまうんだろ?」


 アレクが不安げに言った。


「いや、どうであれ迷宮は大丈夫らしい。主神が護ると言っていたからな」


「そうか。なら、さっさと白黒つけてもらいてぇな」


「そうだな」


 シュンとしては、今以上の面倒事が地上世界に降りかからないよう祈るばかりだ。

 色々あったが、魔王種の問題は、工夫すれば何とか対処できるだけの状況に収まりつつある。

 迷宮で狩りをして、仕留めた獲物を解体して、素材を加工して・・そうした日常に戻るまでの道筋が見えてきたところだ。



 結局、シュンは初動に迷いながら魔王の使者に会うことになった。


 それが良くなかったのだろう。

 迷路の外へ出たところで相手の様子を見るなり、シュンはVSSの連射をし始めた。ほぼ衝動の動きである。

 左右で、ユアとユナも、MP5SDを乱射し、サヤリがグレネードを撃ち込み、リールが嬉々として呪怨の瘴気を放ち、カーミュが白炎を噴いて回り、マリンが自慢の糸で切断していく。そこへ、アレク率いる"竜の巣"が蛮声をあげて突撃した。


 ヤスデという虫がいる。あまり見ていて気持ちの良い外見では無い生き物だ。

 そのヤスデのような姿の虫が、数万匹という数で平原を覆っていた。しかも大きい。1匹1匹が、体長3メートル近い大きさである。


「先ほどまで3体だけだったのに・・」


 カリナが厳しい眼差しで、巨大ヤスデの大群を見回している。


「これが3匹か?」


「いいえ、もっと人に近い姿の・・蟻人間のようなのが3匹です」


 カリナが上空へ上がって見回し始めた。


「アレク!」


 シュンは、巨大ヤスデの群れへ斬り込んで暴れているアレクへ声をかけた。


「おうっ?」


「殲滅戦だ! 一匹たりとも逃すな!」


「任せろっ!」


 アレクが獰猛な笑みを浮かべ、大剣を振り上げて応えた。


「リール」


「主殿?」


「地中を見逃すな」


「了解じゃ!」


 リールが球形の魔法陣を浮かび上がらせ、合成獣キメラを招き始める。


「これが魔王種ですか?」


 天馬ペガサス騎士の2人に護られたジータレイドが、顔をしかめながら呟いた。


「これは喚び出しただけの魔物かもしれない。最初に接触してきた3体が魔王種だろう」


 シュンはVSSで化物ヤスデを狙い撃ちながら、ダメージポイントを数えてみた。多少の誤差はあるが、総HPは5万前後しかない。飛び散る体液に毒があり、口からも何かを吐いているようだが、危険を感じる要素は皆無だ。


「カリナ?」


 シュンは上空をうろうろしている羽根妖精ピクシーに声をかけた。


「統括・・申し訳ありません。使者の3体が見つかりません」


 しょげた様子で、カリナが降りてくる。


「リール?」


「地下には潜っておらぬようじゃ」


 リールが首を振った。


「ユア、ユナ、高空を見てきてくれ」


「アイアイ!」


「ラジャー!」


 短い返事と共に、大空の支配者達が地を蹴り、高空めがけて急上昇して行った。


「サヤリ、幻術の痕跡は?」


「感じられません」


 HK69から榴弾を射出しながらサヤリが答える。


 その時、


『ワレ羽根蟻ヲ発見セリ~』


『砲撃ノ許可ヲ求ム~』


 シュンの"護耳の神珠"にユアとユナの声が届いた。どうやら、魔王の使者達は空の上だ。それもかなりの高空に潜んでいたらしい。


「叩き落とせ」


 シュンは、耳朶の紅い珠に触れながら言った。

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