第260話 楽園


 押し寄せる悪魔の大軍を前に懸命に戦っていたユアとユナが、悪魔達に紛れて接近する蛇身の"勇者"と"使徒"に気付いて視線を向けた時、背後から真珠色の龍人が襲いかかって来た。


 同時に、周囲の悪魔達が強引に前に出て、他のルドラ・ナイトの介入を妨害しようと動いたようだった。


『真珠色が来たっ!』


『なんか、変なのも居る!』


 2人が声をあげながら状況を判断しようとする。

 その間を与えず、ブラージュがユアのルドラ・ナイトめがけて槍を繰り出した。


『ぅ・・あっ!?』


 慌てて防御魔法を分厚く展開するユアのルドラ・ナイトを、ブラージュが蹴りつけて弾き跳ばし、ユアとユナの間に距離を作る。


『ユア!』


 慌てて援護に入ろうとするユナのルドラ・ナイトを、"勇者"と"使徒"が抱きつくようにして邪魔をした。


 ブラージュの繰り出す連続した槍の刺突が、ユアの魔法障壁を突き崩し、ついには貫いて、ルドラ・ナイトの肩甲をえぐって破砕した。


 瞬間、ブラージュが、大きく槍を引いて構えた。



 キュイィィィィィィィィーーーー・・・・



 ブラージュの槍が高周波音を鳴らして光を放つ。

 連続刺突で魔法障壁を破壊してからの破壊光を帯びた一撃・・。急襲したブラージュが思い描いていた展開だ。

 回避も防御も、僅かに間に合わない。


『・・シュンさん!』


 ユアが眼を閉じて呟いた。


 次の瞬間、



 ドシィィーー・・



 踏み込もうとしていたブラージュが、激しい殴打音と共に弾け飛んだ。


『ぁ・・シュンさん』


 ユアが思わずその名を呼んだ。


『遅れた』


 漆黒のアルマドラ・ナイトから、いつものシュンの声が聞こえる。


『ユア! シュンさん!』


 "勇者"と"使徒"を消滅させたユナのルドラ・ナイトが近付いて来た。


『遅いよ!』


『遅いよ!』


 声を揃えて訴えるユアとユナだが安堵は隠せない。


『後退して休め。後は・・俺がやる』


 アルマドラ・ナイトの右手で、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"が高らかに歌い始めた。



 ヒュイィィィィィィィィーーーー・・・・



 光を帯びた"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を手に、アルマドラ・ナイトがふわりと舞い上がっていく。


 ユアとユナのルドラ・ナイトが、大急ぎでシータエリアへ向かって撤収を開始した。


 シュンの声が大変危険な感じであった。


『全ルドラ・ナイトに告げるーー・・』


『ボッスが出たぞぉーー!』


 大声で叫ぶユアとユナの声が弾んでいる。


『ヤバいの来るよぉーー!』


『全力で警戒してぇーー!』


『聞こえましたか? 皆さん、撤収です! 取り残されると消し飛びますよ!』


 悪魔の一団を相手に立ち回っていたロシータのルドラ・ナイトが、レギオンの皆に連絡をしながら後退戦を開始する。


『ロッシ~、ボッスが帰ったよぉ~!』


『ロッシ~、仕事は終わったよぉ~!』


 ユアとユナの黒い水玉柄のルドラ・ナイトが、周囲一帯の悪魔を消滅させながら駆け抜けて行った。


『・・ふふ、御2人ともお疲れ様でした』


 ロシータが小さく笑みを浮かべて戦場を見渡しつつ、その視線を上方へ向けた。


『これは・・』


 ロシータも大急ぎで2人の後を追って移動を開始した。


 見上げた上空で、アルマドラ・ナイトが横一列に等間隔に並んでいた。

 見間違いでは無い。

 右手に光輝く"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を握ったアルマドラ・ナイトが、数十体に分裂して上空に浮かんでいたのだ。


 遙かな遠方まで殴り飛ばされていたブラージュが、こちらも輝く槍を手に空へと舞い上がって来る。


 だが、アルマドラ・ナイトは、ブラージュの方を見向きもせずに"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を振り下ろした。


 幾筋もの破壊光が、地表を埋め尽くす悪魔の大軍めがけて奔り抜けていく。

 対して、ブラージュが放った一筋の破壊光が上空のアルマドラ・ナイトを襲ったが・・。


 大地が引き裂け、悪魔という悪魔が蒸発して消える。

 異界の甲胄人形ドールが消し飛ぶ。

 地平線めがけて眩い破壊光が奔り抜け、生きとし生けるものを塵に変えて呑み込んで行った。


 分裂していたアルマドラ・ナイトが1体に戻った。



 ヒュイィィィィィィィィーーーー・・・・



 再び、高周波音が高らかに大空に響き始め、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"が破壊の光を帯びる。


『させん!』


 ブラージュが咆吼をあげてアルマドラ・ナイトめがけて襲いかかった。


 その行く手に、何処からともなく1体のルドラ・ナイトが出現して立ち塞がった。

 他のルドラ・ナイトとは雰囲気が違う。全身が黒色をしたルドラ・ナイトだった。


『邪魔をするな!』


 破壊光を帯びた槍を手に、ブラージュが突きかかる。

 寸前で、掻き消えるように姿を消した黒いルドラ・ナイトが、斜め後ろからブラージュめがけて抜き打ちの一刀を浴びせた。



 ガァッ・・



 短く苦鳴を放ったブラージュの背が深々と斬り割られていた。


 その時、シュンのアルマドラ・ナイトが地上の悪魔めがけて"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を振り下ろした。


 破壊の光が大地を灼いて遙かな地平へと奔り伸びる。


『お、おのれ・・』


 ブラージュが槍を構えて、黒いルドラ・ナイトに正対した。無視できるような相手では無い。アルマドラ・ナイトの破壊光を止めるためには、この黒いルドラ・ナイトを斃さなければならない。


 だが、その間にも・・。



 ヒュイィィィィィィィィーーーー・・・・



 アルマドラ・ナイトが高周波音を響かせ、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を振りかぶっていた。


『くっ・・』


 アルマドラ・ナイトを妨害しようと動きかけるブラージュだが、黒いルドラ・ナイトが繰り出した刀の刺突を受けて危うく身を捻った。

 ブラージュの首筋を浅く削って伸びた刀身が一瞬で引き戻され、下から上への斬撃に変じて襲う。



 ギィィィン・・



 黒いルドラ・ナイトの刀をブラージュが危うく受け止めた時、アルマドラ・ナイトが破壊光を放っていた。


 悪魔が消えて行く。

 異界の甲胄人形ドールが消えて行く。



 ヒュイィィィィィィィィーーーー・・・・



 そしてまた・・"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を高らかに鳴らしながらアルマドラ・ナイトが、1体、また1体と数を増やしていく。


退けっ!』


 苛立ちながらブラージュが槍を繰り出す。その腕に黒いルドラ・ナイトの刀が斬りつけられる。

 咄嗟に握りをずらして刀を槍の柄で受けたブラージュの喉元に、黒いルドラ・ナイトの刀が伸びる。


『・・くっ!』


 仰け反りながら槍を横殴りにして距離を取ろうとするブラージュだったが、黒いルドラ・ナイトは槍の柄を足裏で抑えて前へ出ながら刀身を跳ねさせた。

 その一撃で、鋭い切っ先がブラージュの左眼を下から上へと斬り割った。


 信じられない事だった。

 かつて、こうも容易くブラージュを傷つけた存在はいない。



 ゴオォォォォーーーー・・・・



 遙かな遠方で大地が灼けた。

 灼熱の風が地表を吹き荒れ、見渡す限りを灼き尽くして抜ける。

 上空に無数に出現したアルマドラ・ナイトの分体が一斉に破壊光を放ったのだ。


『すまん・・ジューラン』


 ブラージュが悲痛な声を漏らしつつ、何とか黒いルドラ・ナイトを捉えようと破壊光を纏わせた槍で突いて出る。

 最早、アルマドラ・ナイトを止めるどころでは無い。

 目の前に居るのは、恐るべき強敵だった。


『こんなところか』


 アルマドラ・ナイトは、赤々と灼け、引き裂けて深々と溝が幾筋も刻まれた大地を見回した。


『・・無事か』


 迷宮を振り返って呟いた。

 言うまでも無いことだが、シュンの放った破壊光の余波から、ユアとユナが魔法障壁を張って迷宮を守り抜いたのである。



 ザシュッ・・



 骨肉が断たれる音が鳴り、槍を握ったブラージュの腕が宙へ舞った。続いて振り抜かれた黒いルドラ・ナイトの刀を、残った腕で受けつつブラージュが距離を取ろうとする。

 その体に、テンタクル・ウィップが巻き付いた。

 黒いルドラ・ナイトが、切れ跳んだ腕ごとブラージュの槍を抱え持って、アルマドラ・ナイトの後方へとさがる。


『み・・見事・・だが、その者は?』


 ブラージュが胴と首を締め上げられながら声を絞る。


『ジェルミーという。"ネームド"の剣士だ』


 アルマドラ・ナイトが答えた。


『これほどの・・強さ・・どうやって』


『少し、龍人を喰った』


『き、貴様・・』


『測りかねていたが・・俺という器は、まだまだ上を目指せるらしい』


『強くなって・・どうするのだ?』


『まずは、この世界から悪魔と異界の人形を駆逐する』


『あ、悪魔・・数が多い。まだ・・大勢いる』


『そうだな』


 地平の先、灼けた大地の上に、後続の悪魔達が次々に姿を現していた。


『ところで、あれは、おまえの知り合いか?』


 シュンのアルマドラ・ナイトは、テンタクル・ウィップを動かして、ブラージュの体の向きを変えた。

 黒い翼のある蛇身の妖女が、飛翔して近付いて来ていた。かなりの深手を負っているようだが・・。


『じゅ・・ジューラン、どうして』


 ブラージュが呻き声を出す。


『ブラージュ様っ!』


 妖女の方も痛みに顔を歪め、苦しそうに声を放つ。


『悪魔か?』


『よ、止せ・・』


『私は・・すべての悪魔を束ねる者! すぐに全悪魔を退かせます! 侵攻を止めさせます! ですから、ブラージュ様を解放して下さい!』


 蛇身の妖女がアルマドラ・ナイトに向かって懇願した。


『すべての悪魔は死に絶える。退く必要は無い』


 シュンのアルマドラ・ナイトが静かに告げる。


『なにを・・馬鹿な! 我らはまだ・・見なさい、あの数を! 我が同胞の数はこんなものでは無い!』


 狼狽うろたえながらも、虚勢を張って蛇身の妖女がおびただしい数の悪魔軍を振り返り、声を荒げてみせた。


 また、アルマドラ・ナイトが灼き払えば消し飛ぶだけなのだが・・。


『客を呼んである』


 アルマドラ・ナイトは"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"の先で、越界してくる悪魔の上方を指し示した。


『・・なに?』


 蛇身の妖女が柳眉を顰めた。


 次の瞬間、その美貌が凍り付いた。

 傍で見ていても分かるほど、恐怖に顔色を失い、震えて声が出せなくなる。


 うごめく悪魔軍の上に、もっちりと膨れた紅い半透明の大きなものが姿を現そうとしていた。



『何だ、あれは・・』


 ブラージュが呆けたように声を漏らした。


 空のどこかに穴でもあるのか、絞り出すようにして柔らかそうな巨体がはみ出して膨らむ。


 それは、こちらの世界でムジェリと呼ばれている生き物に似ていた。

 身の丈が数百メートルはありそうな巨大なムジェリである。透き通る紅色の体に白い前掛けのような物を身に着けていた。


 ゆっくりと出て来た巨大な紅色ムジェリが、真下にひしめいている悪魔軍の上に地響きを立てて落下した。


 さらに続けて、今度は水色をした巨大ムジェリが出て来た。こちらは黒い燕尾服のような物を着ている。


 そして、見慣れた大きさのムジェリ達が、次から次に悪魔軍のただ中へと大量に降り始めた。


『マージャは、悪魔が好物らしいな』


 シュンのアルマドラ・ナイトは、空いている左手を握って巨大な紅色ムジェリと水色ムジェリに向けて突き出した。


「ご馳走がいっぱいねーー!」


「ここは楽園ねーー!」


 巨大なムジェリが大地を揺るがす大音声を放ち、丸い手を突き出して、シュンのアルマドラ・ナイトに応えた。






=====

1月12日、誤記修正。

ユナのアルマドラ・ナイト(誤)ー ユナのルドラ・ナイト(正)


7月14日、誤記修正。

ユアとユアが(誤)ー ユアとユナが(正)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る