第131話 進めない!


『のぅ、主殿』


「なんだ?」


 シュンは解体の手を休めて女悪魔を振り返った。100階で周回狩りをしている最中である。


『なんというか・・このところ、押し寄せる感情が"恐怖"と"絶望"ばかりでのぅ。できれば、もう少し別の味が欲しいところなんじゃが・・』


「贅沢を言うな」


 シュンは解体を再開した。

 100階を隅々まで調べたのだが、転移部屋らしき場所を発見したものの、そこにあった魔導の装置は作動せず、100階から上の層へ行く手段が見つからなかった。悔しいので、見落としている箇所が無いかどうか調べながら、周回狩りをしている最中だ。


「ジェルミー、そちらからも切れ込みを入れてくれ」


 解体助手のジェルミーに頼みながら、尖った鱗に覆われた分厚い皮に短刀を突き入れる。巨大な地龍を挟んで向こう側ではジェルミーが同じように刀で皮に切っ先を突き入れていた。

 体高が50メートル、体長が150メートルほどの四つ足の龍である。巨体なりの膨大なHPを持っていて、雷光混じりの青い炎を噴出しながら突進したり、猛毒の龍息ブレスを噴射したり・・それなりの攻撃力を持っていた。しかし、今の"ネームド"にとっては、大きいだけの鈍重な獲物だった。


『こちらの世界の戦士をよく知らぬのだが、スコットという人間が特別に弱かったのか? それとも、主殿あるじどのが特別におかしいのか? レベルとやらではスコットの方が遙かに上であろう?』


 女悪魔リールが双子に訊ねた。ユアとユナは地龍の尾を椅子代わりにして、ソフトクリームを食べている。


「ボスはボス」


「我らがボス」


 ソフトクリームを舐めながら、ユアとユナが適当な返事を返す。


『つまり・・特別に強いということで良いのかのぅ?』


 女悪魔リールが助言を求めてユキシラを見た。こちらは、狙撃銃を手に周囲を警戒している。

 警戒しなくても、"ネームド"を見かけた途端、魔物達が逃走している状況だが・・。


「シュン様は特別です。並び立つ者などおりません」


 ユキシラが振り返りもせずに答える。


『それを聴いて安心したぞ。さすがに、これはおかしい。相当な手練てだれだとは予想しておったが・・』


『悪魔の分際で生意気なのです』


 白翼の美少年カーミュがすぐ後ろで睨んでいる。怪しい動きを見せたら即灼き払うと宣言して張り付いているのだった。


 女悪魔リールが辟易とした顔で嘆息した。


『ところで主殿あるじどの? なにがどうなったら、がココにおるのじゃ?』


「カーミュのことか?」


 外皮下の脂を切り割りながら、シュンは横目で女悪魔を見た。


『そうじゃ。どう見ても死の国の住人じゃろう? なにをどう間違えたら、生者の国に紛れ込んでおる?』


『ご主人、こいつ灼くです?』


 カーミュがシュンを見る。


「放っておけ。マリン、少し吊り気味に持ち上げてくれ」


 シュンは、マリンと名付けた水霊珠に指示をした。すぐさま、上方に浮かんだ水霊珠が、水霊糸で地龍をじわりと持ち上げる。


「もう少し・・よし、そこで止めてくれ。ありがとう」


 シュンは水霊珠に礼を言いつつ、ジェルミーに合図をして分厚い龍皮を引き剥がし始めた。


『手伝わないで良いのか? 結構な力仕事のようじゃが?』


 女悪魔が双子に訊ねる。


「両手はアイスで塞がっている」


「アイスで汚したら獲物に失礼」


 ユアとユナがじろりと女悪魔を見た。余計なことを言うなという視線である。


『・・まあ、そうじゃな』


 女悪魔が逆らわずに頷いた。


「マリン、ジェルミー側に少し傾けたい」


 シュンの指示に、水霊珠マリンが水霊糸の長さを変えて地龍の吊り具合を変える。


『先ほどから思うておったのじゃが、あの霊珠・・まだまゆ玉じゃな?』


 女悪魔が背後に浮かんだ白翼の美少年カーミュを振り返る。


『もうすぐ変化するです』


『どうして、あんなものが、この世界に?』


『内緒なのです』


 カーミュがそっぽを向く。


『・・やれやれ、本当に面白い家にばれたようじゃ』


『ご主人は本当に凄いのです』


 カーミュが自分の事のように誇らしげに胸を張る。


『ジェルミーというのも、あれは妖物であろう? お主も・・そして、ユキシラと申したか? あの者も気配が妙じゃ。死人シビトの類か? その上、水霊のまゆ子じゃと? いったいどうなっておるのだ?』


 女悪魔リールが顔をしかめて首を傾げている。


『嫌なら、さっさと消えれば良いです』


 カーミュがシッシッ・・と手で払う。


『そうはいかぬ。主殿あるじどのの魂を貰う約束じゃ』


 女悪魔リールつやを含んだ眼差しでシュンを見つめる。その視線を、両手と白翼を広げたカーミュがふさいだ。


『ご主人は死なないです! ずっと魔界に帰れないです!』


『望むところじゃ。妾をぶ者は短命に終わる者ばかりでのぅ。主殿あるじどのには、是非とも長生きをしていただこうではないか』


 女悪魔リールとカーミュが話をしている間に、シュンとジェルミー、そしてマリンによって巨龍の解体が終わり、ポイポイ・ステッキによって吸い込まれて消えていく。


「ユキシラ?」


 シュンは見張りをしていたユキシラに声をかけた。

 そろそろ次の巨龍がポップする時間だ。


「おかしいですね。先にポップするはずの龍髭虫りゅうぜんちゅうが出ません」


 ユキシラがささやくような小声で言う。

 直後に、全員に防御魔法が付与された。続いて、HP継続回復の魔法がかけられる。ユアとユナが戦闘準備を始めたのだ。


 シュンは双子を見て小さく頷きながら水楯を展張した。


「何が出る?」


「龍じゃない?」


 ユアとユナが"護目"を装着しつつ、MP5SDを肩から吊った。


「地龍の亜種か、上位種の可能性が高いのだろうが、前の時は龍髭虫りゅうぜんちゅうのポップがあったな」


 シュンは自作の狩猟手帳を見直しながら呟いた。周回中に何度か上位種のポップに遭遇している。龍髭虫りゅうぜんちゅうというのは、やたらと硬い蛇のような形の生き物で、半透明の虫羽根で空を飛ぶ妖虫だ。100階に出現する巨龍と一緒にポップして、跳び回りながら遠距離から貫通力の高い麻痺棘を飛ばして来る。


 その龍髭虫りゅうぜんちゅうが現れないということは、どうやら別の魔物が出現するらしい。


「いつも通り。EXの使用は各自の判断で行え。防御の魔法を切らすなよ」


 シュンは水楯を幾重にも巡らせ、霧隠れを使用した。


「アイアイ」


「ラジャー」


 ユアとユナが返事をする。


「ジェルミーはそのまま待機。不意討ちに備えてくれ」


 シュンの指示に、女剣士が首肯してみせた。

 その時、ユキシラが狙撃銃を手に双子の位置までさがった。


 ポップが始まったらしい。

 巨龍が走り回れるほど広大な空洞内に、青白い光が点々と灯って大きな円を描いていく。

 どうやら魔法陣らしき模様が生み出されている。


主殿あるじどの同胞はらからじゃ』


 不意に、女悪魔リールささやいた。


「・・どこだ?」


 シュンは光る魔法陣を見たままたずねた。


『後方、宙に浮いておる』


んだ奴はいないか?」


 召喚主がどこかに居るはずなのだが?


『あれは、はぐれ者じゃ。かなり上位の悪魔じゃな・・人間の魔力でび出せるものではない』


「この光る魔法陣は?」


『ポップとやらであろう?』


「・・全周警戒! 隠れている奴がいる」


 シュンは双子とユキシラに声をかけつつ、VSSを手に振り返って斜め上方に銃口を向けた。


 引き金を引き絞るまでに2秒近くかかった。リールが言う"悪魔"を見つけられなかったのだ。


 短連射で放った銃弾を回避した瞬間、それまで希薄だった気配が鮮明になり、眼でも動きが捉えられた。水の中をわずかに違う色をした水が動いたように、非常に見え難いものだったが・・。

 シュンはVSSで狙い撃った。


 空中を自在に移動し、次々に飛来する銃弾をかわした動きは見事だったが、シュンが狙う先をユキシラが狙い撃ち、ユアとユナが乱射すると、何発かが命中して大気中に波紋のような物が拡がり、2800程度のダメージポイントが跳ねた。


「気をつけろ」


 シュンは、鋭く身を捻って後方をアンナの短刀で斬り払った。

 はっきりとした手応えを刃に感じたと思いきや、いきなり手応えが消失して、短刀が宙をぐ。


「ジェルミー」


 シュンは鋭く声を発した。

 シュンに斬られたモノが、瞬時にユアとユナの背後へ移動して2人に襲いかかったのだ。

 ジェルミーが滑るように身を寄せて、抜き打ちに斬りつける。硬い衝突音を響かせて、小さく火花が散った。


 奇襲に失敗した敵が距離を取る。そこを、シュンはVSSで狙い撃った。素早く離れて行く見えない敵を短連射で追う。


『ご主人、ポップなのです』


 カーミュが声をあげた。


「ちっ・・」


 シュンは透明な敵から視線を切って、魔法陣を振り返った。


「色違いか」


 光る魔法陣の上に、赤い龍人が出現していた。


「ボス、見えなくなった」


「ボス、透明人間」


 ユアとユナが適当にMP5SDを乱射しながら報告する。


「ユキシラ?」


「まだ見えていますが・・あれは瞬間移動します」


 ユキシラが照準器を覗かずに眼だけで追っている。ここで逃がすわけにはいかないが、ポップした魔物もまた難敵だった。


 シュンは、アルマドラ・ナイトを召喚した。


「赤い奴を抑えろ!」


 アルマドラ・ナイトを赤い龍人へ向かわせ、シュンは何もない空間めがけてテンタクル・ウィップを縦横に振り抜いた。何の手応えもなく、黒い触手が空を薙ぐ。さらにやや角度を変えて同じように12本の触手を打ち振るう。


主殿あるじどの、逃げた方が良い! あれはレギ・ドラゴじゃ!』


 女悪魔リールが怯えを含んだ声をかけてくる。


「不要だ」


 シュンは振り向きざまに、テンタクル・ウィップをはしらせた。黒い触手は虚しく空を切っただけだったが・・。


(かかった!)


 最初にテンタクル・ウィップで薙いだ辺りで空気が振動している。マリンが、水霊糸を蜘蛛の糸のように張り巡らせて見えない敵を捕らえたのだ。


「マリン、よくやった」


 シュンは、水霊珠を褒めつつ、空中に留まっている見えない物体へ黒い触手を巻き付かせた。水霊糸を引っ込めて、マリンがふわふわと漂いシュンの近くへ寄ってくる。


 その時、後方でアルマドラ・ナイトと赤い龍人が真っ向から斬り結んだ。



 ギィィィーーーン・・



 重たい衝突音が響き渡る。


「全員、龍人を見ていろ! 逃すなよ!」


 シュンは指示をしながらVSSを構えた。見えない敵は、黒い触手に巻き付かれながら、未だに姿を現さない。しかし、触手はしっかりと肉に食い込む感触を伝えている。


「ミリオン・フィアー」


 シュンは、EX技の使用を宣言した。先日、強さが増したばかりのEX技だ。


 途端、空中の見えない敵が銀色をした球状のおりに閉じ込められた。

 やがて空中に浮かぶ丸いおりが淡い銀光に包まれると、数万単位のダメージポイントが連続して周囲へ散り始め、中に閉じ込められたモノが姿を現した。

 頭部の左右に2本ずつ、4本の角を持った細身の怪人だった。つるりとした乳白色の肌に赤い棘が無数に生えている。赤棘は顔らしき部位も埋め尽くし、ほぼ全身を覆っていた。


『知らぬ悪魔じゃ』


 女悪魔リールが呟いた時、上空から小さな蚊が無数に降りて来て、一斉に球状のおりの中へと入っていった。うるさげに払おうとするが、煙のように散るばかりで蚊はどんどん数を増し、怪人の全身を真っ黒に覆い尽くしていく。


 ほどなく、シュンの体に熱いうねりのようなものが流れ込んで来た。瞬間、シュンはVSSの引き金を絞った。


 銃弾1発につき、9999999ダメージポイント。連射が開始された。


 あるいは強い悪魔だったのかもしれない。女悪魔リールが言うように上位悪魔だったのかもしれない。しかし、30秒と経たずに、おりの悪魔は赤黒い魔核を遺して灰になっていた。

 女悪魔リールが呆然と眼を見開き息を呑んでいる。


「カーミュ?」


 シュンの問いかけに、


『完全に滅びたです』


 白翼の美少年が嬉しそうに笑って見せた。

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