第132話 龍人


 ゴオォーーーーーン・・



 ドオォォォーーーーーン・・



 重たい衝撃音が響き続けている。音が響き渡るたびに突風が吹き荒れ、高熱が一帯を灼き払う。


 シュンの操るアルマドラ・ナイトと赤い龍人が一騎討ちを行っていた。その余波だけで、ポップする巨龍や龍髭虫りゅうぜんちゅうが為す術も無く炎に包まれて灰になっている。


 74階で、白い龍人を圧倒した。

 魔神の町では、黒い龍人と引き分けた。

 どちらの龍人とも決着をつけられずに終わっている。


 しかし、あれからレベルが上がったことで、シュンが操るアルマドラ・ナイトは格段に強さを増している。戦闘開始早々、赤い龍人の左腕を切断し、脇腹を切り割り、騎士楯ナイトシールドで殴りつけながら圧して前に出ていた。力の差は明らかだった。


 力任せに攻撃をしようとしていた赤い龍人がいきなりの劣勢に戦い方を変え、アルマドラ・ナイトの剣撃を受け流し、打ち払いながら半身になって、長剣で反撃をしようとする。だが、剣先をアルマドラ・ナイトに届かせることすらできずに、次々に擦過傷を増やし、赤鱗を散らし、ついにアルマドラ・ナイトの剣撃を受けきれずに腕が折れ、長剣が弾け飛んだ。


 ガアァァァァーーー


 たまらず咆吼をあげた龍人が口腔から雷光を噴射した。

 しかし、ほぼ同時に距離を詰めたアルマドラ・ナイトが騎士楯ナイトシールドで下顎をかち上げる。強制的に閉ざされた口内で雷光が爆ぜ、龍人が思わず頭を振って痛みを散らそうとした。

 そこを、アルマドラ・ナイトが袈裟に斬り下ろした。龍人の肩口から斜めに存分に斬り裂き、さらにもう一度逆袈裟に斬る。


 派手にダメージポイントを散らし、鱗を散乱させながら仰け反った龍人の全身にテンタクル・ウィップが巻き付いた。

 黒い龍人の時とは違い、見えない障壁に防がれることなく、黒い触手は龍人の手足、首や胴体に巻き付き、肉が裂けるほどに食い込んでいる。


 完全に捕縛した。



 ヒュイィィィィィーーーー・・・・



 アルマドラ・ナイトの手で巨大な"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"が高周波の異音を響かせながら黄金色に輝いている。


 わずかに動く尾を左右に振り、なんとか身を捩ろうとする赤い龍人だったが、テンタクル・ウィップを振り解く力は残っていないようだった。それでも、再生力は残っているようで、体の傷は急速に塞がっていた。


 アルマドラ・ナイトが滑るように踏み込んで、真っ向から"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を振り下ろした。龍人の頭頂から股間まで・・。一筋の閃光がはしり抜け、直後に純白の閃光が噴きあがって辺りを灼き払う。

 血を吐くような叫びをあげ、狂乱状態で体を暴れさせる龍人をテンタクル・ウィップが固定して逃さない。



 ヒュイィィィィィーーーー・・・・



 再び、アルマドラ・ナイトは、大上段に"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を振りかぶった。

 すでに動きを止めている赤い龍人めがけ、上から下へ、龍人の頭部から腹部へ斬り割り、さらに踏み込みながら龍人の胴を斜め下から上へ輪切りに叩き斬った。しかし、切断したはずの胴体はまだ接合したまま再生していた。

 "魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"で何度も斬られているにも関わらず、驚嘆すべき再生力である。


 赤い龍人が大きく口を開け、喉を反らして声をあげようとする。その顎をアルマドラ・ナイトは騎士楯ナイトシールドで殴打して粉砕した。無数の牙が飛び散り、立木が折れるように龍人の首が折れ曲がると、そのまま胸元へ垂れ下がる。



 ヒュイィィィィィーーーー・・・・



 鳴り響く高周波音はもう龍人には聞こえていなかっただろう。



 キュイィィィィィーーー・・・



 高々と天頂へ構えた"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"が、しだいに音を硬質に変化させていく。



「せっ・・聖なる楯っ!」


神光の城壁シャイニングキャッスルっ!」


 双の拳を握りしめて観戦していたユアとユナが、大慌てでEX技と防御の魔法を使った。


 直後、手足を黒い触手に巻かれた龍人の体が、いきなり縦に真っ二つになった。アルマドラ・ナイトがいつ斬り下ろしたのか、誰の目にも見えなかった。

 直後に噴き上がった閃光と高熱は、それまでの比では無い。床の岩が液状になって泡立ち、溶けた天井の岩が雨のように降り注ぐ。奔り抜けた閃光が遙かに遠い壁を斬り裂いて、漆黒の闇を出現させていた。


 遅れて、迷宮の100階層が鳴動し始めた。

 灼けて流れる溶岩が波打ち、巨龍が物悲しい悲鳴を上げて溶解していく。宙を舞う龍髭虫りゅうぜんちゅうが蝋燭のように燃えあがり、墜落する間も無く灰になって散っていた。


 熱と光に呑み込まれて、100階層全てが死の世界となった。



『ユア、ユナ・・無事か?』


 アルマドラ・ナイトから双子達に声が掛けられる。


「愛が熱すぎる!」


「愛が激しすぎる!」


 ユアとユナが懸命の回復作業を繰り返しながら、宙空をギャーギャー騒いで飛び回っている。強度を増したはずのEX技"聖なる楯"と神聖魔法"神光の城壁シャイニングキャッスル"で防ぎきれなかったのだが、ちょっとした火傷程度で耐えきっている。

 やれお尻に火が着いただの、まつげが燃えただのと騒いでいるが、いたって元気そのもの。さすがの防御力だった。


『ユキシラ?』


「問題ありません」


 半身が炭化した状態で、ユキシラが軽く手をあげて見せた。


『カーミュとマリンは無事だな?』


『はいです!』


 白翼の美少年がにこりと笑顔を見せ、水霊珠マリンが返事の代わりにふわりふわりと上下に舞った。


『・・リール? 何をしている?』


 アルマドラ・ナイトが頭部を向けた先で、全身から白煙をあげた女悪魔が床に倒れ伏していた。しゅうしゅう・・音を立てて焼けているようだったが、ぎりぎりのところで再生力が勝っているようだ。


『死ぬのか?』


『し・・死なぬ! じゃ、じゃが・・危うく死国へ引きずり込まれるところじゃ!』


 女悪魔リールが焼け焦げて煙が立ちのぼる上体をゆっくりと起こした。顔も体も焼けただれ、無惨な有様だったが、みるみる内に元の美貌へと戻っていった。


「ちぃっ・・しぶとい」


「ちぃっ・・しくじった」


 小さく舌打ちをした2人組が、回復魔法を浴びせて女悪魔リールの傷を治療し始めた。


『カーミュ、この龍人の魂は?』


 赤い龍人はテンタクル・ウィップに繋がれたまま、二つになってぶら下がっている。


『ちゃんと旅立ったです』


 カーミュが満足そうに笑みを浮かべた。


『そうか・・仕留めたか』


 シュンは、アルマドラ・ナイトの視界で赤い龍人の死骸を見下ろしながら小さく息をついた。


 三度目にして、やっと仕留めることができた。

 色は違えど龍人だ。


『こいつが、100階の階層主なのだろうか?』


「ボス、身体は?」


「ボス、早く解除する!」


 余韻に浸っているアルマドラ・ナイトの兜の前を、翼を生やしたユアとユナが飛び交う。


『そうだな。解除する』


 短く告げて、シュンはアルマドラ・ナイトから分離した。同時に、アルマドラ・ナイトを送還する。前回のように15日も寝込むようでは困る。


「ひとまず収納して後で解体しよう。さすがに疲れた」


 シュンは龍人の死骸を引き寄せると、ポイポイ・ステッキで収納した。


「ボス、歩ける?」


「体はどう?」


 ユアとユナが心配そうにシュンの左右から顔を見上げた。


「・・どうかな? 前ほどでは無い・・気がするが」


 シュンは身体の具合を確かめながら周囲へ視線を巡らせた。双子が守り抜いた範囲の床だけが残り、他は赤黒い光を明滅させる溶岩になっていた。


「リポップを気にする必要は無さそうだな」


 巨龍や龍髭虫りゅうぜんちゅう程度なら何匹ポップしても問題は無いが・・。


「ボス、立っているのが辛そう」


「いや、大丈夫だが・・」


「ボス、無理は良くない」


 ユアとユナが、シュンの手を持ち上げて内側に入ると、左右から背に腕を回して身を寄せた。


「・・甘えておこうか」


 シュンは2人の肩へ手を置きながら身体の力を抜いた。


「看病は任せて」


「24時間待機」


「倒れたらお願いしよう。それより、せっかく階層主を斃したんだ。上層への入り口を探したい」


 シュンは、100階から上へ行きたいのだ。エスクードへ戻る前に、転移門なり階段なりを見つけておきたい。


「階層主?」


「赤い子が?」


 ユアとユナが小さく首を傾ける。


「違うのか?」


「召喚されたっぽい」


「あのトゲトゲがんだ」


 2人によれば、赤い龍人が出現した光る魔法陣は、あらかじめ仕掛けてあったものでは無いらしい。シュンには判別ができなかったが、ユアとユナの眼には、先に斃した悪魔の魔力が魔法陣へ流れ込んでいる様子が見えたというのだ。


「すると、姿を消していた奴が階層主か・・いや、それはおかしい。あいつは魔核を遺したから悪魔だろう?」


 シュンは女悪魔リールを振り返った。

 迷宮の魔物とは異質な存在だ。階層主であるはずが無い。


「そうじゃ。少なくとも、この世界の生まれでは無い」


 女悪魔リールが首を振った。すっかり回復して元の麗容を取り戻していた。


「あの消える悪魔が龍人を召喚したのか?」


わらわにもそう見えた。あの召喚陣は・・いや、主殿あるじどの、その前に・・これは正直に答えて貰いたいのじゃが・・」


 俯き気味に視線を伏せて女悪魔リールがわずかに口ごもった。


「どうした?」


主殿あるじどのは人間か?」


 女悪魔リールが問いかけた途端、ユアとユナがそっとシュンから離れた。


「どうぞ、御館様」


「ご存分に、御大将」


 ユアとユナがそれぞれ出刃庖丁と柳刃包丁を取り出し、シュンに握らせようとする。無論、シュンが握ろうとしても、包丁は消えてしまうのだが・・。


「ぁ・・い、いや、ちょっと気になっての。特段、深い意味は無いのじゃ。主殿あるじどのが何であれ、わらわの主人であることに変わりはない」


 女悪魔リールがとりなすように笑みを浮かべた。


「ボス、この女悪魔は解体すべき」


「きっと、ムーちゃんが喜んで食べる」


「・・確かにムジェリは喜ぶだろうが、なぜ訊いた?」


 シュンの視線を受けて、女悪魔リールが自身を落ち着かせるように小さく息をついた。


「こちらの世界でどう呼ばれておるのかは知らぬ。じゃが・・わらわの居た世界では、レギ・ドラゴ・・龍種の神人と呼ばれる存在じゃ」


「ん?・・赤い龍人のことか?」


 龍人の呼び方が世界によって違うらしい。


「あれは斃せぬ・・斃れぬ。そういう存在のはずじゃ」


 震えを帯びた声音で女悪魔リールが呟く。


「死んだぞ?」


 シュンは憮然とした表情で女悪魔リールを見る。2度も取り逃がしていた獲物だったが、今回はきっちりと仕留めることができた。


「ありえんのじゃ・・いや、界を越えて召喚されると死ぬことがあるのか? しかし・・」


 女悪魔リールがぶつぶつと呟きながら自問自答している。


「よく分からないが、おまえはあの龍人を知っているんだな?」


「本当の事を答えてはもらえぬのか? 主殿あるじどの・・」


 女悪魔リール真摯しんしな眼差しでシュンを見つめている。


「何を知りたいのか分からないが、俺は人間だ。孤児として迷宮に入り、この2人と出逢い、ジェルミーやカーミュ、ユキシラ・・マリンを仲間にして、ここまで迷宮を上ってきた」


「人間・・あくまでも人間だと申されるのか」


「名はシュン。山中に捨てられ、猟師エラードに拾われ、鍛冶師アンナに育てられた。迷宮に入った時は15歳だった。他に知りたいことは?」


 シュンは女悪魔リールの金瞳を見つめた。


「・・まさか、本当に人間・・か?」


 信じられないといった形相で大きく眼を見開き、女悪魔リールがゆっくりと首を振る。


「龍人・・レギ・ドラゴと言ったか? おまえの世界にも居るのか?」


わらわの世界では、絶対的な強さと恐怖の象徴として君臨しておる。何者もあれには逆らえん」


「大勢の悪魔が連携すれば容易く狩れるだろう?」


 要は、回復速度を上回る量のダメージを与え続ければ良いのだ。数を募って攻撃すれば龍人くらい仕留められるだろうに。


「数千、数万の悪魔達が集結して幾度となく討伐戦を行ったが、返り討ちにあったと語られておる。皆、殺し尽くされたと・・」


「色は? 何種類も居るのか?」


「・・白鱗じゃ」


 女悪魔リールが紅唇を噛みしめた。


「白?」


 シュンの双眸がすがめられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る