第133話 パニック・ヴィレッジ

「なんね! これはなんね!」


「龍人ね!」


「あり得ないね!」


 ムジェリの里全体が狂乱状態に陥っていた。

 ムジェリというムジェリが大天幕に集結して、躍り上がるように全身を波打たせて大騒ぎをやっている。

 原因は言うまでもなく、シュン達が持ち込んだ赤鱗の龍人の素材だった。


 滅多に狩る機会の無い獲物だ。

 シュンは丁寧に解体をして、余す所なく採取し、ムジェリの里に持ち込んでいた。


「凄いね!」


「もうどうしたら良いね!」


「たまらないね!」


 職人ムジェリ達が落ち着き無く行き来し、身を揉むようにして声をあげ、無駄にぶつかり合って転がっている。


「初めてだな、ここまでの騒ぎは」


 シュンは収まる気配の無い騒動を眺めながら呟いた。ランゴンを持ち込んだ時でさえ、これほどの騒動では無かった。


「何か作ってもらっても良い?」


「"ネームド"の戦闘服を丈夫にしたい」


 ユアとユナがシュンの袖を引く。


「良いぞ。好きな物を頼むといい。この調子なら、どんな物でも作ってくれるだろう」


 シュンは笑った。

 そう言うシュンも、パイルバンカーとは別の武器を依頼するつもりでいた。せっかく作ってもらった武器だが、使いどころが見つからないのだ。ユアやユナが思っていたものとは違い、仕掛け罠の要素が高く、動きが読める相手に対してしか使えない。

 無駄だと考えていたが、剣や槍など、ありきたりの武器を依頼した方が良いのかもしれない。


「のぅ、主殿あるじどの・・」


 女悪魔リールが怯えた声で話し掛けてきた。


「なんだ?」


「こ、これは・・マージャであろう?」


 女悪魔リールが落ち着き無く視線を配りながら、すがるようにしてシュンに近寄ってくる。


「ムジェリだ」


「こちらではムジェリと・・その、わらわの世界では、非常に危険な生き物であるのじゃ」


 どうやら、ムジェリは悪魔にも恐れられているらしい。


「そうらしいな。俺達にとっては友人だが、この世界でも恐れられているそうだ」


「やはり、そうであったか。しかし、マージャと友好的に交流しておるとは・・主殿あるじどのは、本当に人間なのじゃろうな?」


 女悪魔リールがまじまじとシュンの顔を見る。


「俺は嘘は言わん」


 シュンは不快げに吐き捨てた。


「どれを売ってくれるね?」


「欲しい部位がいっぱいあるね!」


 冷静さを取り戻したムジェリ達が押し寄せて来た。


「並べた物はすべて売りたい。代わりに作って欲しい品がいくつかある」


 シュンは台に並べた素材を指さした。


「素晴らしいね! もう、夢みたいね!」


「きっと夢ね! すぐに覚めるね!」


 ムジェリ達が飛び跳ねる。


「夢でも作るね!」


 興奮冷めやらぬ職人ムジェリが地面を転がり回っている。そこへ、ユアとユナが手帳を差し出した。手帳には、衣装の絵が描いてあるのだろう。


「ムーちゃん、衣装をお頼み申す!」


「ムーちゃん、戦闘服をお頼み申す!」


「任せるね! 何着でも作るね!」


 仰向けに倒れたまま、職人ムジェリが手を挙げた。ユアとユナが拳を合わせる。


「今夜は宴ね!」


 商工ムジェリが音頭をとって声をあげる。


「至高の逸品を作ってみせるね!」


「ありがとう、ムーちゃん! 秘蔵のチョコレートを大盤振る舞いしちゃうよ!」


「チョコレート、食べ比べセット~!」


 ユアとユナが準備していた大きな袋を頭上に掲げ持ち、商工ムジェリに手渡した。


「凄いね!」


「究極のおやつね!」


「震えが止まらないね!」


「負けられないね!」


「ムジェリも頑張るね!」


 黒服ムジェリ達が押し寄せて、双子から貰ったチョコレートの品評会を始めた。


「ボス、何を頼む?」


「ボス、剣はどう?」


 ムジェリ達と拳の挨拶をやっていた双子が、シュンのところへ戻って来た。


「剣か・・」


 狩猟では、弓や弩、仕掛け罠に、短槍と短刀を使っていた。

 実は、剣はまともに扱ったことが無い。アルマドラ・ナイトを操っている時の剣技は、アルマドラ・ナイトが習得したものだ。シュン自身は、剣も楯もあまり得意では無い。


「ボスにも苦手がある?」


「剣は駄目?」


「剣を振り回すような生活では無かったからな。短い槍なら狩りで使っていたから、それなりに扱えるが・・」


「でも、ナイトで剣を使う」


「練習になるかも?」


「そうだな。やらないよりは良いか。大ぶりな剣と騎士楯を頼もうか」


「凄いの作って貰う」


「ムーちゃんは燃えている」


 ユアとユナが手帳を開いて何やら描き始めた。すでに何か考えていたのか、迷い無く描いている。ユアが大剣グレートソードを、ユナが騎士楯ナイトシールドを描いているようだ。


(・・俺が剣士の真似事か)


 どう考えても似合わない気がする。ただ、双子の言うように、普段から使っておけば、アルマドラ・ナイトと同化した際に、もっと良い動きができるようになるかもしれない。


主殿あるじどの・・」


 女悪魔リールが注意を促すように声を潜めた。


「どうした?」


「いや・・あれは?」


 女悪魔リールが指さす先に、ムジェリが宴ようの料理を並べ始めていた。大皿に盛った料理から、小さな壺に入れた物、沢山の小鉢料理など大きな円卓の上は賑やかに彩られている。


「ムジェリは料理も上手い」


「・・あんな物を食すのか? あれは・・どう見ても何かの脳や心臓じゃぞ?」


「悪魔の世界では食べないのか? 新鮮な内は美味しいぞ?」


 答えたシュンの顔を女悪魔リールがまじまじと凝視した。

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