第134話 後始末

 ムジェリの里に10日間滞在し、"ネームド"はエスクードに帰還した。

 宴の後、シュンとユア、ユナ、サヤリやリールまで、重度の二日酔いのような状態になってしまい、7日間も寝込んでしまった。頭痛と吐き気に苛まれただけだったので、製作物の打ち合わせをすることはできたのだのだが・・。


 シュンは長剣ロングソード騎士楯ナイトシールドを、双子達は色々な種類の布地を手に入れた。

 "ネームド"の戦闘服は、防御力と耐久性の向上を行ったが、今以上の物になると、抜本的に素材全てを見直す必要があるということで、ムジェリ達が継続して研究することになった。

 さらに、銃器のアタッチを依頼した。銃弾に"防御力無視"の効果を付与できるのなら、他にも効果の付与ができるのではないかと考えたのだ。ただ、ムジェリ達の反応を見る限り、かなりの難易度のようだった。こちらも、しばらく時間がかかりそうだ。



「あっ! 討伐官っ!」


 エスクードに戻るなり、転移門近くをうろうろしていた羽根妖精ピクシーの女が喜色を浮かべて飛んで来た。


「討伐官? 俺は管理人だぞ?」


 シュンは戸惑い気味に、羽根妖精ピクシーの女を見た。いつも、石碑のお守りをしている羽根妖精ピクシーだ。面識はあるが、あまり親しく言葉を交わすことは無い。


「74階が突破されてしまいます!」


「・・そうか」


 だから何だと言うのか。


「龍が出ないんです! 誰でも突破できちゃいます!」


 羽根妖精ピクシーが小さな拳をふりふり大変な事だと騒ぎ立てる。


「龍・・四方龍のことか?」


「はい。龍人が去ったことで、74階の仕掛けが機能しません」


 東西南北の巨龍が居なくなり、龍人も立ち去ったことで、74階そのものが機能不全に陥っているのだと言う。


「龍が居ないのなら簡単に75階へ行けるな。そう言えば、75階は・・誰が転職を与える役目を?」


 居なくなったのは、白い奴だけでなく、75階に居た戦乙女ワルキューレも同様だ。


「私です」


 羽根妖精ピクシーの女が胸を張った。


「・・は?」


「あそこは、天職を選んで与えるだけですから、私にやれと神様が御指名下さったのです。それより早く74階を何とかして下さい!」


「俺が? なぜだ?」


 シュンは眉をしかめた。


「だって、貴方は管理人の統括者じゃないですか! 迷宮の秩序を護る74階は、龍に勝った後、必ず全滅するようになっているんです! 龍の代わりを見つけないと、みんな素通りで75階まで来ちゃいますよ! 早く74階を機能させて下さい!」


 羽根妖精ピクシーの女が叫ぶようにして訴える。


「俺は管理人だ。統括などを引き受けた覚えは無い」


「私達のような町の施設や迷宮の状態を確認する者達が管理人です。貴方は、それらを統括し、秩序を乱す存在を討伐する監督者です。私達とは立場が違います」


 羽根妖精ピクシーの女が驚いた顔で言った。しかし、驚いたのはシュンの方だ。いったい何を言っているのか、まるで分からない。


「俺は、そんなものを引き受けた覚えはない」


「えっ!? だ、だって・・困ることがあったら貴方を頼れって、神様が・・下層は"ネームド"に任せてあるからって、そう仰っていましたよ?」


「・・神様が?」


 シュンは軽く眉をひそめた。


「はい。戦乙女ワルキューレ様は行方が分からず、龍人は四方龍を連れて消え、神様はお見えにならず・・もうどうしたら良いのか分からないんです! お願いします! 助けて下さい!」


 羽根妖精ピクシーがシュンの顔前で懸命に訴える。


「神様は、本当に俺達"ネームド"に頼めと言ったのか?」


「何かあったら、"ネームド"を頼りたまえ・・と仰っておりました。この通り、指示書も頂いております」


 羽根妖精ピクシーの女が小さな紙切れを取り出して見せたが、シュンに読めるような文字の大きさでは無かった。

 羽根妖精ピクシーの表情を見る限り、嘘を言っている感じはしないのだが・・。


「討伐については俺の役割だろうが、74階の龍については、頼む先が違うだろう?」


「そんな事をおっしゃらずに、四方龍の代わりと、龍人の代わりを何とかして下さい! もう他に頼れる人がいないんです!」


 羽根妖精ピクシーが泣きついてくる。シュンは鬱陶うっとうしげに手で払った。


「もう、どうしたら良いんですかぁ~」


 顔を覆って悲嘆にくれた羽根妖精ピクシーの女がふらふらと降下して薔薇の生け垣に墜落していった。


 シュンは顔をしかめたまま、行動規範書を取り出した。

 確かに、各階層に不具合が見つかった場合は"善処するように"と書かれている。74階に巨龍が現れなくなったことは、不具合に当たると考えるべきなのだろうが・・。


「主殿、わらわ合成獣キメラ作りを得意としておる。100階層の巨龍を素体に、合成龍キメラを生み出すことができるぞ?」


 横で話を聴いていた女悪魔リールが提案してきた。巨龍の死骸を使い疑似生命体として蘇らせるのだと言う。


「どの程度の龍だ?」


 簡単に斃されるようでは意味が無い。


「生きていた頃よりはわずかに劣るが再生能力などは生前の能力を引き継げる。四方龍とやらがどの程度の強さなのかは知らぬが、100階の龍であれば74階に連れて行っても十分に通用するのではないか?」


 特徴や能力を聴けば、それに近づける工夫もできるという。


「確かに・・妙案だな。龍人も合成できるのか?」


 偽物でも龍人を用意すれば万事解決のようだが・・。


「主殿、龍人の合成は無理じゃ」


「死骸が無いからか?」


「彼の者はわらわの能力では測れん。解らぬものは生み出せんのじゃ」


 女悪魔リールが苦笑気味に答えた。


「・・なるほど」


 シュンは納得顔で頷き、生け垣で泣きべそをかいている羽根妖精ピクシーを見た。


「白い龍人の役目は、四方龍を仕留めた探索者を一方的に斃すことだったか?」


「はい。絶望するくらいに圧倒的に・・それでエスクードに強制帰還させた後、私が蘇生して、褒賞と75階へ進む許可を与える流れです」


 羽根妖精ピクシーが宙に浮かび上がってくる。


「リール」


「なんじゃ、主殿?」


「スコットが500人ほど襲って来たとして、お前1人で勝てるか?」


「あの程度ならどれほど数が集まろうと皆殺しにできる。造作も無いことじゃ」


 そう答えた女悪魔リールの声、表情に気負いは無い。


「よし。まずはお前が作った巨龍と戦わせ、万一、四龍すべてを斃すような探索者が現れたら、リール、おまえが行って殲滅しろ」


わらわが手を下して良いのか?」


「やれ。ただし、蘇生前提だ。魂を持ち去るなよ? 負の感情とやらだけで満足しろ」


「・・仰せのままに、我が主よ」


 女悪魔リールが優美に身を折って低頭した。


「ねぇ、統括様?」


 羽根妖精ピクシーの女が控えめに声をかけてきた。


「なんだ?」


「その人・・悪魔ですよね?」


 指さす先に、女悪魔リールが立っている。


「そうらしい」


「そうらしい・・って、良いんですか!? 悪魔なんですよっ?」


「どこにも駄目だとは書いていない」


 シュンは行動規範書を指で叩いた。


「名はリール。俺に従属している。俺に従わない場合は、俺が責任を持って始末する」


「・・大丈夫なんですか? 後で神様に怒られませんか?」


「さあな。だが・・」


 シュンはふと口をつぐんだ。すぐに顔をあげて女悪魔リールを見る。


「・・棘の悪魔は龍人を召喚したが、おまえも召喚できるのか?」


「不可能じゃ。そもそも、わらわにその力があれば・・いや、わらわ達にレギ・ドラゴをぶ力など無い」


 女悪魔リールが首を振った。


「だが、赤い龍人は召喚されて現れた」


 棘の悪魔が魔法陣に魔力を注いだのは間違い無いはずだ。結果として、赤い龍人が召喚されたのだ。


わらわにもそう見えた。だが、龍種をべるのは龍種のみ。レギ・ドラゴを喚べる者は、レギ・ドラゴだけなのじゃ」


「・・分からんな。事実として、赤い龍種は現れたぞ? 魔法陣に棘の悪魔の魔力が流れていたことは、ユアとユナも見ている。おかしいじゃないか」


 シュンは首を傾げた。理屈が合わない。


「リール、おまえは誰が龍人を召喚したと考えている?」


「龍種の神人を召喚できるのは、神人じゃ」


「具体的には?」


「龍種の長である龍神・・あるいはその係累じゃ」


 女悪魔リールが断定した。


「龍種の神人・・レギ・ドラゴには縄張りがある。それは、我らの国や権力の境界などとはまったく別の・・レギ・ドラゴ同士で取り決めたであろう領域じゃ」


 龍種の神人は、互いに定めた領域を尊重し合い、万が一にも他者の領域に無断で踏み入った時には互いに命を賭けた闘争が始まるらしい。


「主殿と龍人の争いがそうであるように、闘争の余波で大惨事が起こるのじゃ」


「よくあることなのか?」


「まさか。わらわも一度しか経験が無い。それも、恐らく龍人同士のいさかいじゃろうと周囲の者達が語っていただけで、目の前で見たわけでは無いのじゃ」


 地が裂け、炎が吹き荒れて、毒が蔓延し、多くの国が呑まれて消え去った。その当時の魔王が悪魔達に呼びかけ、龍人討伐の軍を起こしたらしい。結果は、全滅である。


「当然、この世界にも龍人がおるはずじゃ。赤鱗のレギ・ドラゴが禁忌を犯して侵入したのなら、この世界のレギ・ドラゴが討伐に現れるはずなのじゃが・・代わって主殿が斃してしまわれた。それで・・妾は、主殿こそがこの世界のレギ・ドラゴなのではないかと疑ったのじゃ」


 レギ・ドラゴを斃せる存在は、レギ・ドラゴのみ。リールの世界では、そう言われているそうだ。


「なるほどな・・なら、あの時の悪魔は何をやっていた?」


「何者かに・・龍種に使役されていたのではないかと思う。あれは上位悪魔じゃ。あれを使役できる存在は限られる」


「こちらの龍種が別の世界の龍種を招いたということか?」


「・・おそらく」


 女悪魔が頷いた。その時、


「えっと、統括様?」


 まだ話の途中だというのに、羽根妖精ピクシーの女が会話に入って来た。


「なんだ?」


 シュンはうるさげに羽根妖精ピクシーを見た。


「結局、74階はどのように?」


「100階の龍を四頭仕留め、74階の四方龍の代わりに置く。万一突破するレギオンやパーティが現れたら、リールが出向いて仕留める。以上だ」


「了解しました!」


 羽根妖精ピクシーの女が敬礼した。

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