第135話 管理人のお仕事

「統括っ!」


 例によって、羽根妖精ピクシーの女が飛んで来る。

 このところ、エスクードへ帰還した際の恒例行事のようになっていた。

 74階の合成龍キメラ設置は完了し、記憶に頼りながら強さの調整を行った。もっとも、今のところ、新たな挑戦者はおらず、トップレギオンを追いかけようとする者達は皆無である。


 次に依頼されたのは、19階の旧迷宮人の隠れ里の再構築だった。この件は、ユキシラを主担当にして散り散りになって隠れていた迷宮人やアルヴィを狩り集め、新しく町を作らせることになった。まだ町の施設は建造中だが、町の所在そのものはサヤリが設置した幻術の魔法陣によって隠してある。以前より、隠れ里らしくなるだろう。


 他にも8階に居るはずの無い双頭の魔獣が出たり、やたらと数の多い巨蟻ヘルアントの群れが大量発生したり・・。


「今度は何だ?」


 シュンは羽根妖精の女に声をかけながら、ユアとユナを振り返った。すでに、2人が手帳を取り出してメモの用意をしている。後に、管理人として行った事を神様に報告するための記録を作っているのだ。何しろ件数が多すぎる。


「悪魔が出ました!」


「それで?」


 悪魔なら毎日見ている。シュンは話の先をうながした。


「あ・・ええと、探索者の頭に妖魔を寄生させて操ってるみたいです」


「どう対応した?」


「遭遇した別の探索者達と戦闘になって、双方に死傷者が出たようです。管理人の1人がひそんでいた悪魔を発見、これを追跡中であります!」


「リール、何か分かるか?」


 シュンは女悪魔リールを振り返った。


「寄生の妖魔が白い紐のような形状であれば・・寄生した探索者の生命を吸い取って産卵、満月のたびに20個前後の卵を産み落として増殖する奴じゃ。妖蟲の一種じゃな」


「寄生する相手が居ない場合は?」


「互いに寄生し合って死滅するはずじゃ」


 リールの説明を聴いて、シュンは羽根妖精ピクシーに向き直った。


「何階の何処だ?」


「12階全域に・・」


 12階層中に蔓延しているらしい。申し訳なさそうに、羽根妖精ピクシーの女がうつむく。


「一時的に12階を封鎖しろ。上下階からの出入り、転移による移動を禁じろ」


「・・は、はいっ!」


「12階で交戦した探索者は?」


 当人が知らぬまま、卵を運んでいる可能性がある。


「13階へ移動して休憩中です」


「13階も封鎖だ。全員をそのまま留めておけ。他の階へ移動させるな。場合によっては、1度全員を焼却してから蘇生する」


 シュンの指示を、ユアとユナがそれぞれ書き留めている。後で、指示に矛盾が無かったか、漏れが無かったかを確認するのだ。


「はい」


「悪魔はどこだ?」


「16階に潜伏中です」


 羽根妖精ピクシーの仲間が追尾しているそうだ。


「16階、12階、13階の順で処理する。俺達をそこへ転移しろ。できるな?」


「はいっ!」


 羽根妖精ピクシーの女が敬礼した。


 羽根妖精ピクシーが護っている石碑は、迷宮管理人を任意の階の、任意の座標へ転移させることができる。迷宮管理人にのみ許された移動手段であった。


「それと、もう一件・・」


「次は、どこだ?」


 シュンは短く訊ねた。


「迷宮入口に異変が起きています」


「入口?」


「迷宮に入る資格の無い者達が侵入をくわだてているようで、外部から入口の破壊工作を行っています」


 この3日間、魔導による結界の破壊活動が続けられているらしい。このまま放置していると、5日と経たずに結界が破壊される可能性があるそうだ。


「迷宮の外にあった最初の村は?」


 シュンの脳裏に、ユアやユナと出会った村の情景が思い浮かぶ。


「連絡が途絶えたままです」


 羽根妖精ピクシーの女が首を振った。


「探索者では無いのか?」


 シュンは確認した。


「違います。現在、新規の探索者はいません」


「よし、そちらは後で確認しておく。俺達を12階に転送後、封鎖の手配を急げ」


「はいっ!」


 羽根妖精ピクシーが身を翻して、石碑へ誘う。普段は探索者の所在や成績などの検索に使用している石碑だ。


 ユアとユナが防御の魔法を付与しながら、MP5SDを肩から吊すと、濃紺の戦闘服に魔力を通して強度を増した。


「また、"恐怖"と"絶望"が味わえそうじゃ」


 リールが小さく嘆息を漏らした。毎日毎日、浴びるように"恐怖"と"絶望"を味わっている。


「諦めるでゴザル~」


「"ネームド"でゴザル~」


 双子がリールを見て笑みを浮かべた。


 石碑の準備をしていた羽根妖精ピクシーが振り返った。


「転送しちゃって良いですか?」


「やってくれ」


 シュンは騎士楯ナイトシールドと大ぶりな長剣を握っている。


「では、"ネームド"を転送します! ご武運を!」


 羽根妖精ピクシーの声が聞こえた直後、周囲の光景が一変し、薄暗い洞窟の広々とした空洞になっていた。転移したのは、空洞の天井付近らしく、眼下では青白い茸のようなものが群生している。


「ボス、あっち」


「妖精さんがピンチ」


 双子の声に促されて視線を巡らせた先で、羽根妖精ピクシーの女が壁から突き出た三つ指の手に握られていた。壁から腕だけが生えたように見えるが・・。

 シュンが瞬間移動して腕の近くに現れ、テンタクル・ウィップで天井一面を打った。12本の内、3本が岩壁以外の何かに触れ、壁面に擬態していたらしい怪人が姿を現す。


 怪人は、どこか虫を想わせる甲殻と多節の手足をした全身から魔力光らしきものを噴き上げ、三角錐に尖った頭部を上下に大きく開いた。真っ赤な内面に無数の針のような牙が並んで見える。

 何かの攻撃をしようとしたのだろうが・・。

 テンタクル・ウィップで怪人の手足から腰、首と次々に巻き付いて拘束すると、シュンは長剣を一閃して羽根妖精ピクシーを握っている怪人の腕を切断した。

 直後に、ユアとユナの一斉射撃が浴びせられる。


「死んだようだ。蘇生を頼む」


 シュンの手元で、羽根妖精ピクシーの女がぐったりと動かなくなった。怪人の手で握り潰されたようだ。


「アイアイ」


「ラジャー」


 ユアとユナが飛来して羽根妖精ピクシーを受け取った。

 シュンはアンナの短刀を取り出すと、瞬間移動をして怪人の背後へ出るなり、頭部らしき部位を貫き、そのまま腹部まで斬り割った。


「カーミュ」


『はいです!』


 白翼の美少年が大きく息を吸い込んでから白炎を噴いた。


「悪魔・・か」


 シュンは灰となって崩れる怪人の中へテンタクル・ウィップを伸ばして魔核を絡め取った。


「魔核の大きさからして、まだ若い悪魔のようじゃが・・」


 リールが柳眉をひそめながらシュンを見た。


「主殿、さすがにこれはおかしい」


「なにがおかしい?」


「この5日間で、12体の悪魔を斃したのじゃぞ? これほどの数が短期間に越境して来るというのは考えられぬ」


 リールが何かを探す様子で周囲を見回しながら言った。


「そうなのか?」


「さすがに、これは度が過ぎる。何か特殊な召喚器を用意しておるはずじゃ」


「なるほど・・探せるか?」


「探索の手を増やせば・・その羽根妖精を少し貸してくれぬか」


 リールが双子達の方を見た。蘇生薬によって羽根妖精ピクシーは蘇っている。ただ、まだ意識が戻らない様子で双子の手の上で横たわっていた。





=======

9月8日、一部、暫定改稿。

「俺達をそこへ転移しろ。できるな?」→

「16階、12階、13階の順で処理する。俺達をそこへ転移しろ。できるな?」

に暫定変更。(本格的には・・またいつか!笑)


9月15日、誤記修正。

漏れが無かったを(誤)ー 漏れが無かったかを(正)

貸しくれぬか(誤)ー 貸してくれぬか(正)

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