第136話 亀が叫んだ!


『シュン様、1階に侵入者です』


 ユキシラから連絡が入った。


「数と装備は?」


 銃器を持って居なければ、外の原住民達ということになる。


『甲胄を着込んだ騎士らしき者が続々と姿を現しております。剣と槍、いしゆみを手にした男達・・先導者らしき少年が3人、騎士らしき者は82名・・まだ増えます』


「リール、合成獣キメラによる攻撃を開始させろ」


 シュンはかたわらに控えている女悪魔に命じた。


「承知した」


 リールが胸元で光る球状の魔法陣を描いた。


「ユキシラ、リールの合成獣キメラが襲撃する。先導している人間を仕留めろ」


『了解、狙撃開始します』


 応えたユキシラの声に銃声が重なった。リールの合成獣キメラとユキシラが居れば、1階からの侵入者は問題無く処理できるだろう。どうやら、探索者が混じっているようだが・・。


「ボス、こちらも発見!」


「今、あの辺が揺らいだ」


 ユアとユナが斜め上方を指さした。

 こちらは、32階である。

 悪魔を召喚している魔導器を探していたのだ。探索に使っていた小悪魔インプがこの辺りで4体も失踪していた。


 白く光る苔がびっしりと生えた岩肌が奥へと続く中、双子が指さした辺りで微かに空気が揺らいだようだ。


「テンタクル・ウィップ」


 シュンは黒い触手を"揺らぎ"の辺りへ伸ばしてみた。微かに抵抗を感じたのも一瞬、黒い触手が何かを浸蝕して奥へと入っていく。


『"異界の門"なのです。凄い魔導器なのです』


 白翼の美少年カーミュが興奮した声をあげた。


「異界の・・これが"あぎとの門"か? 伝説の神具ではないか」


 リールがうめくように言った。


「どういった道具なんだ?」


 シュンはテンタクル・ウィップを"異界の門"の内部へ突き入れながらたずねた。


『表と裏の2枚があって、2つの空間を繋ぐのです。転移門と違って、ずうっと開きっぱなしになるです』


 カーミュが説明した。


「・・すると、あれの向こう側はリールの世界か?」


 シュンは女悪魔を見た。


「さて・・どこに通じておるものやら」


 リールがテンタクル・ウィップが消えている辺りへ近寄って、水面に顔をつけるように不可思議な空間へと半身を入れた。

 直後、リールがって倒れ込むようにして戻る。反らしたリールの顔すれすれを、牙を剥いた蛇が擦過して抜けた。身を捻って避けるリールを追って、さらに一本、二本と"向こう側"から蛇のような物が伸びて食い付こうとする。


 シュンは、テンタクル・ウィップを操作して、蛇を絡め取りながら、"向こう側"に居るだろう本体を探って黒い触手を縦横にはしらせた。


「ユア、ユナ、手榴弾」


「アイアイ」


「ラジャー」


 返事と共に、"異界の門"の左右へ別れた双子が、閃光手榴弾と衝撃手榴弾を放り入れた。爆発するまで待つが、何も聞こえてこない。ユアとユナが、追加でぽいぽいと連続して投げ入れた。音も衝撃も届かないから、を気にせず投げ入れ放題だ。


「テンタクル・ウィップに衝撃は感じるが、こちらからは見えないな」


 なかなか面白い仕掛けだ。シュンは、門の向こう側に侵入させた黒い触手で大型の生き物を捕まえていた。最初は、上手く回避していたようだったが、双子の手榴弾で動きが乱れた。

 激しく抵抗しているようだが、向こうの世界であっても、テンタクル・ウィップの拘束力は健在らしい。しっかりと肉に食い込んで完全に捉えていた。


「こちらへ引きずり込む」


 シュンは金剛力を使って肉体を強化すると、手応え十分のテンタクル・ウィップを引き絞った。わずかな抵抗を感じたが、すぐに"こちら側"へと移動が始まった。


『シュン様、1階に侵入した者達が撤退します』


 "護耳の神珠"に、ユキシラから連絡が入った。


合成獣キメラは?」


『多少の手傷を負いましたが再生中。全頭無事です』


「ユキシラは、そのまま監視を継続してくれ」


 シュンは最後の抵抗をみせて踏み留まろうとしている相手と綱引きをしながら、女悪魔リールを手招いた。


「主殿?」


「探索用の使い魔を"向こう側"へ放てるか?」


「なるほど・・お任せを」


「まずは、こいつを引きずり出す。入れ替わりにやってくれ」


「承知しました」


 女悪魔リールが笑みを浮かべて頷いた。すぐさま、青白い肌身をした羽根妖精インプが女悪魔の周囲に浮かび上がり、10体、20体と数を増やしていった。


「ボス、詰まってる?」


「大きすぎる?」


 ユアとユナが"門"から離れて、シュンの後方へと位置取った。防御魔法、継続回復魔法をかけつつ戦いに備える。


「なかなか力が強いが・・」


 左手一本で引いていたシュンが、右手の剣を収納して、テンタクル・ウィップを両手で握った。


 直後に、"異界の門"の向こう側から鉛色をした巨大な亀らしき怪物が引きずり出された。リールを襲った蛇頭の触手が甲羅の下で無数にうごめいて一斉に威嚇の震動音を立てている。


 シュンの水楯から水渦弾が連射され始めたのを合図に、リールの使い魔インプ達が"異界の門"へ突入していった。

 ユアとユナもMP5SDを連射し始めた。

 巨大な鉛色の亀を無数のダメージポイントが彩る中、甲羅下から蛇のような触手が伸びて襲って来る。


『頭が無いです?』


 カーミュがいぶかしげに呟いた。


「硬いが・・それだけだな」


 シュンは両手でテンタクル・ウィップを握ったまま、水渦弾を連射し続けた。

 蛇の触手は、水楯2枚を突破する程度で止まる。水渦弾は蛇頭の触手を撃ち抜いて引き千切り、亀の甲羅を浅く削って破片を散らしていた。


 問題無く斃せる相手だ。

 そう見極め、シュンは"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を右手に握って、ジェルミーを喚んだ。


「再生力を削る」


 短く告げると、女剣士ジェルミーが首肯した。声にするまでも無く、ジェルミーはシュンの意図することを理解している。


 ジェルミーが走った。後ろを"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を担ぎ持ったシュンが続く。


 危険を感じて次々に伸びてくる蛇頭の触手を、抜く手も見せずにジェルミーが斬り払い、ぐんぐん速度を増して巨亀に迫る。

 瞬間、巨亀の甲羅が溶けるように崩れて、みるみる巨大な亀の頭部を形作った。どういう体になっているのか、ある種の粘体のように頭部の位置を移動できるらしい。


「水楯」


 シュンはジェルミーの前方へ水楯を発生させた。

 直後、巨亀が大口を開いて何かを吐いてきた。


「ぅあっ・・!?」


 短く悲鳴をあげたのは女悪魔リールだけだった。顔をしかめて耳を両手で塞いで崩れ落ちていた。どうやら、何かの音による攻撃だったらしいが・・。


「亀が叫んだ?」


「亀は声が出る?」


 ユアとユナが小首を傾げた。2人共、"護耳の神珠"が耳を護っている。



 ヒュウィィィーーー



 風鳴りをまとうようにして、ジェルミーがさやに納めた刀を左手に高々と宙へ跳び、大口を開けて叫び続けている亀めがけて真横へ一閃、返す刀を頭上から真下へ斬り下ろした。鞘に刀を納めながらジェルミーが舞い降りた時には、巨大な亀の頭部が十文字に斬り裂かれて床へ崩れ落ちていた。


 直後、シュンが"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を担いで斬り込んだ。頭部が生えていた付け根めがけて真っ向から斬りつけ、突き刺し、薙ぎ払う。すでに、金剛力の効果は切れていたが、レベルが上がったため、身体強化をしなくても"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を扱える力がついていた。無論、威力は落ちるが・・。


 "魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"で斬りつけるシュンを狙って、周囲から蛇頭の触手が襲って来るが、ジェルミーが鮮やかに舞って斬り払う。


 激しい衝突音と破砕音が響き渡る中、


「ジェルちゃんが美しすぎて、立ちくらみが・・」


「ジェルちゃんが格好良すぎて、眼から汗が・・」


 ユアとユナがしゃがみ込んで項垂うなだれた。

 くらい顔でぶつぶつ言いながら、昏倒した女悪魔リールに蘇生魔法と継続回復の魔法をかける。


「・・すまぬ、手間をかけた」


 蘇生した女悪魔が顔をしかめながら身を起こして双子に謝罪した。


「いいって事よぉ~」


「回復は任せんさ~い」


 しゃがんだまま、ユアとユナがひらひらと手を振って見せた。うらやましそうに見つめる2人の視線の先で、シュンの背を護るジェルミーが刀で斬り払い、手から紫雷プラズマを放ち蛇頭の触手を灼いていた。

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