第297話 マーブル宣言


 黄金で飾られた大聖堂の中で、マーブル主神と輪廻の女神の婚礼の儀式が執り行われた。


 アリテシア教の双子の教皇が祝福の神聖光で聖堂内を満たした中で、マーブル主神が誓詞を捧げ、次いで輪廻の女神が歓喜に頬を染めながら誓詞を捧げる。死の国の女王が誓詞の証人となる事を告げ、夫婦神となった主神と女神を祝う。


 この婚儀の様子は、全世界の、あらゆる生き物に届けられた。

 空に映し出され、泉に映り、鏡に映り、水を張ったたらいに・・そして、夢に現れた。


 婚礼の儀式が終わると、マーブル主神は全世界に向けて言葉を発した。


 神々の争乱が終結し、今後は主神マーブルと輪廻の女神アリテシアが神界の主人となった事を告げた。


『ボクは、生きとし生けるもの全てを等しく見守っている。だって、鳥や獣、人や妖精、虫に魚に、魔物も、何もかも! この世界に生きている生き物は全部ボクが創ったんだ』


 マーブル主神は宙に浮かび、両腰に手を当てて胸を張った。


『だから、ボクは生き物同士の争いごとには介入しない! みんなボクの子達だからね。子供の喧嘩に親が出しゃばったら駄目なんだ』


 そう言って、マーブル主神は美しい女神に向けて手を差し伸ばした。

 繊細な柄が織り込まれた透け感のある黒いドレスを翻し、輪廻の女神が隣に浮かび上がって手を握る。


『ただし、種が滅びそうになった場合は別さ。ボクが創った種が滅びるなんて許されない。その時は、ボクの使徒が出向いて滅びそうな種を救い、穏やかに暮らせる場所へ連れて行く事になる。言っておくけど、ボクの使徒は本当に容赦が無いからね? ついでで十や二十の国を滅ぼしたり、山を消して海にしたり、大陸中を毒に沈めたり・・普通にやるからね? これ、誇張抜きで言ってるから覚えておいて。いっぱい魔王種を殺しているし、何億という数の悪魔も狩っている。ボクの使徒には逆らうな! これがボクからのお願いさ。世界中から生き物が居なくなったら悲しいじゃないか!』


 マーブル主神が傍らの輪廻の女神に場所を譲ると、輪廻の女神が少し前に出た。


『神様に創られた全ての生き物よ。優しき神様のお言葉をその胸に刻みなさい。胸が無いなら脳に刻みなさい。この世に、神は二柱のみしか存在しません。すべての叛逆神を討ち滅ぼしました。世界の全ては、こちらの主神様の御手の内にあります。その事を忘れてはなりません。使徒が遣わされる事態となれば、一つの国だけではなく、取り巻く全ての国々が・・山が森が・・生きとし生けるもの全てが消滅するでしょう。魔神の世界を消し去り、悪魔の世界を消し去り、異界神の世界を消し去った使徒の存在を忘れてはなりません。主神様の御意向に背く時は、全てを失う覚悟をなさい。楽には死ねませんよ?』


『ちょ・・ちょっと脅し過ぎかも』


 マーブル主神は、小声で囁きながら輪廻の女神の袖を引いた。


『失礼しました。真実を告げるべきだと考えましたが・・確かに、塵芥ちりあくたが身の丈以上の事を告げられても理解は及ばないですね』


 輪廻の女神が苦笑する。


『あ・・あぁ、うん、まあ・・逃げ隠れしている魔王とか、魔神とかは使徒の強さを思い知っていると思うけど、人間の王なんかは基本的にけているから無理なんじゃない? いっぱい兵隊集めたら勝てるとか夢想してると思うよ?』


『では、使徒を遣わして、いくつか国を消しますか?』


『いやいやいや・・それ、人間の国と一緒に、山とか森に住んでる他の種まで消えちゃうから』


 マーブル主神は、ぱたぱたと手を振って否定した。


『・・そうですね。では、世界中の人間の城だけを消して来させたら如何でしょう?』


 輪廻の女神が小首を傾げた。


『いやぁ、まだ、人間が悪さをするって決まってないし・・最初にも言ったけど、少しやんちゃをするくらいは良いんだから。他の種を滅ぼすような事をしたら罰を与えるけどさ』


『あぁ、なんとお優しい神様・・』


 輪廻の女神が頬を染めてマーブル主神を見つめた。


『うむ。何もかも罰していては息苦しい世の中になる! だから、ボクは生き物の営みそのものについては介入をしたくない。ただし・・これからの世界は少し有り様が変わるよ』


 マーブル主神が代わって前に出た。


『まず、各地に新たな迷宮が誕生する! そして、迷宮を繋ぐ道が造られる!』


 マーブル主神が宙空に指を奔らせると、山や森、湖から巨大な塔が生え出る様子が幻影となって表示された。


『全ての迷宮から繋がる道は、世界最古の迷宮であるボクの迷宮に辿り着くんだ。ボクと・・こちらの美しい女神を讃えるアリテシア神殿がある聖地だね』


 マーブル主神の言葉と共に、神聖光に包まれた荘厳な大神殿が映し出された。それから、神殿町の様子が映される。


『魔物も魔王種も・・ここには寄りつけない。だって、ボクの迷宮があり、女神アリテシアを祀る町があるんだからね。そして、何よりもボクの使徒が護っている。世界で一番安全な場所さ』


 続けて、マーブル主神は人差し指をくるくると回した。


 小さな羽根妖精ピクシーや雑多な種の獣人、蜥蜴人や森の妖精エルフィス洞窟人ドワフル、衛兵として街角に立っている制服姿の龍人に、郵便物を運ぶ小悪魔インプ、壁に埋まるように立っている石人形ゴレム・・。


『他にもいっぱい色んな種族が居るよ。町の規則を守るなら、誰でも暮らせる町だからね』


 マーブル主神が胸を張る。


『良いね、良いよね! 良い感じだよね! みんながみんな仲が良いわけじゃない。喧嘩もやってるし、悪い事をやらかす者もいる。でもね・・みんなに家があって、綺麗な服があって、沢山食べ物があって、まったく魔物が来ない! どうだい? 良い町だろう?』


 ふふん・・と自慢げに鼻を鳴らして、マーブル主神は次の幻像を映した。


『さて・・突然だけど、ボクが主神となったので、今までの古い通貨は廃止します。ボクと女神アリテシアを象った銀貨と金貨に変えちゃいます。もちろん、手持ちの聖印貨幣をそのまま変化させるから心配しないでね。ただし、以前の教会や神殿にあったような聖印貨を支給する神具は消え去ります』


 そう言って、マーブル主神が指を鳴らした。


『はい。今、この瞬間に全世界から旧聖印貨は消え去り、全てがボクと女神の顔が彫られた新貨になりました』


 澄ました顔で言ってから、マーブル主神はもう一度指を鳴らした。


『今、世界各地に、神の啓示板を設置したよ。これは、今後各地に現れる迷宮内にも設置するけど・・ここ、アリテシア教本殿がある神殿町とボクの迷宮と繋がる連絡用の板だ。様々な取り引きに使えるようになっている。まあ、鳥や獣には関係無いけどね。魔物だって、ちゃんと取り引きの規則を守るなら使えるよ』


 素材の売買、加工品の売買、製作依頼、納品依頼、護衛依頼、駆除依頼、嘆願・・。


 啓示の板は、使い方によっては世界各地の有力者の地盤を揺るがす物になる。


『神が地上にもたらした啓示の神具だ。権力者が独占とかやろうとしたら、みんな死んじゃいます。そこに慈悲はありません。使い方は、実際に見に行けば分かるよ』


 マーブル主神が見せている幻影は、森の中、山の上、どこかの洞窟、平原、海辺・・様々な場所に聳え立つ石碑だった。


『これからも魔王種の脅威は続くよ? 元々が虫だからね? そこら中に溢れるよね? でも、魔王種は迷宮には入れない。迷宮には近づけない。中には魔物がいっぱいだけどね? これから、そういう迷宮が、世界各地に出来るよ』


 マーブル主神は聖法衣姿のロシータを見た。

 ロシータが笑顔で頷いて見せる。


『うむ・・どうやら、第二の迷宮が誕生したらしいから紹介しよう』


 パチンッ・・と、マーブル主神の指が鳴る。


 螺旋状に渦を巻いた白亜の尖塔が映し出された。頂上は雲の上に届いている。


『次は、第三迷宮・・』


 再び、指が鳴らされた。


 今度は、地面に巨大な縦穴が開いている。上空を飛んでいる小さな飛影は飛竜のようだった。


『ふむふむ、次は第四迷宮だね』


 どこかの雪山の中腹に祠のような意匠の入口が設けられていた。


『そして、第五迷宮は・・』


 現れた幻影は、大小の魚影が行き交う水の中だった。わずかに光が届く水底に石造りの神殿らしき建物が見える。


『これ、誰か挑戦できるのかな?』


 首を傾げながら、マーブル主神は指を鳴らした。


 そこは、火山だった。

 さらさらと流れる火の海の中に紋章らしき模様が刻まれた尖った岩が突き出し、黒々と巨大な扉と番犬らしき巨大な黒狼が見える。


『あ・・今のが第六迷宮だね。それで、今から見せるのが、第七迷宮だ』


 マーブル主神は指を鳴らした。心なしか、表情に達観めいた何かが含まれている。


 次は、空の上だった。

 城らしき建造物が建った空に浮かぶ島を幾つも集めて吊り橋で繋いである。この浮島の周囲には、羽根のある魔王種が飛び交っていた。何かあったのか、やや狂乱状態で、殺気だった様子で浮島の周りを飛び回っている。


『ええと・・ふむ、この第七迷宮群だけは、上空を漂流しているらしく、世界中を移動するようだね』


 マーブル主神の隣から、輪廻の女神が巻物を拡げて見せていた。そこに、迷宮についての説明書きがある。


『そして、第八迷宮は、ボクの迷宮・・すなわち世界最古の迷宮の100階層から上だ。かつて、中層域と呼ばれていた部分になるね。まあ、人間が入れるような領域とは思えない・・だけど、平気で入っちゃう子が居るんだよなぁ』


 頭を掻きながら、映し出した幻影は、第100階層を守護する巨龍群であった。


『そして、かつては上層域だった部分が、第九迷宮だね。さすがに、ここに入れるような人間は一握りだ。もちろん、突破できる人間なんて、ほとんど居ないね』


 ごく少数を除いて・・と口中で呟き、マーブル主神は迷宮の幻像を消した。


『第九迷宮の先は、神界だ。辿り着けば、ボクに会えるよ』


 そう言って、マーブル主神は意地悪そうに笑った。


『ボクの頼もしい使徒君が割り出したところによれば、レベル3000前後の探索者が集まったカテナ・レギオンなら、通常武装でも第九迷宮を突破できるそうだ』


 ルドラ・ナイトは武具としては別格である。

 そもそもが、"ネームド"のボスから与えられなければ得られない武具だ。


『なお、すべての迷宮には、階層主と迷宮主が配備されている。ええと・・うげぇ・・』


 マーブル主神は、小さく呻いてから、まじまじと説明書きを読んだ。ちらと、離れた場所で沈黙を守っている死の国の女王を見る。


 視線を感じた女王が穏やかな微笑を浮かべて頷いた。すべて承知の事らしい。


『あぁ・・つまりだ。各迷宮の階層主と迷宮主は、かつて神であった者達だ。もちろん、仮初かりそめの体を与えられただけで神としての力は無いけど、それっぽい事は出来るようになっている。かなり手強いと思うよ?』


 マーブル主神は嘆息しつつ言った。


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