第309話 染みを数えなさい!
『凄いわ、シュン! 素晴らしいわ!』
シュンから"分体"の活用方法について個別に説明された輪廻の女神が、頬を紅潮させてシュンの考えに賛同する。
『えっ? どうしたの? なに? ちょっと・・』
そわそわと落ち着きを失ったマーブル主神に、オグノーズホーンが小声で耳打ちした。
初めこそ
『使徒シュン! 実に素晴らしい! なんだね? もう、悪魔的というか・・君こそ、正しく天才だ! 最高だよ!』
マーブル主神が興奮顔で褒め称えながら、シュンの手を握って激しく上下させる。
「では、ご賛同頂けるのですね?」
シュンは、マーブル主神に訊ねた。
『うむ! 早急に実施してくれたまえ!』
『シュン、頑張るのよ!』
マーブル主神と輪廻の女神が声を合わせてシュンを応援する。
『何があったの?』
死の国の女王が
『いきなりどうしたのでしょう?』
デミアにも分からなかった。
使徒シュンが、まずは輪廻の女神に内々に・・と言って、小声で何やら囁いた。途端、この騒ぎになったのだ。
『あぁ・・いや、申し訳ない。ちょっと、みっともないところを見せたね!』
余裕を取り戻したマーブル主神が、軽く咳払いをしながら自分の席へと戻った。
輪廻の女神も、どこか晴れ晴れとした表情で席につく。
『それで? 説明して頂けるのかしら?』
女王がマーブル主神の様子を眺めつつ、シュンに声を掛ける。
「主神様のお許しがあれば・・」
シュンが視線を向けた先で、マーブル主神が大きく首を振り、両手を顔の前で交差させた。
「・・という事ですので、詳細なところは私の口からは申し上げられません」
『あら、残念ね』
「ただ、先ほど女王様から助言を頂きました通り、主神様の分体を捕らえて
シュンは主神の方を見ながら言った。
今度は、マーブル主神が大きく何度も頷いた。
『何だか、秘密めいていること・・でも面白そうね。あまりしつこく訊くのは止めておくわ』
女王がマーブル主神を流し見る。
「では、主神様、"勇者"を少し特殊な空間へ連れ込む関係で、しばらく連絡が取れない状況になると思います。それから・・"分体"とはいえ、使徒風情に乱暴をされる光景を目にするのはしのびないでしょう。映像は消したままにしておきます」
シュンは床に片膝を突いたまま言った。
『うむっ! 主神として命じる! 生きてさえいれば構わない! あらゆる手段を用いて、がっつりと躾けてくれたまえ! どんな武器を使ってもいい! 抵抗するなら叩き斬ってやりたまえ! 蘇生させれば良いんだからね! 不敬がどうとか、ケチな事は言わない! ボクが許可するよ!』
マーブル主神が、シュンに向かって大きな声で命令を発した。
「御命令に従い、任務を完遂して参ります」
シュンは深々と低頭した。
「ユア、ユナ、行くぞ」
「アイアイ!」
「ラジャー!」
ユアとユナが敬礼をして立ち上がると、駆け寄ってシュンの腰へしがみついた。
「では・・」
シュンは一礼しながら、瞬間移動をして消えた。
『ふむふむ・・いや、名案だね! オグ爺?』
マーブル主神がにこにこと上機嫌でオグノーズホーンに声を掛ける。
「誠に・・良案と申せましょう。すべては神界の・・ひいては世界平和の為になります」
『うむ! その通りだ!』
マーブル主神が大きく頷いた。
『・・それで? こちらには、何の説明も無いのかしら?』
死の国の女王が訊ねる。
『え? いやぁ、申し訳ないね。何というか、つまり・・こういう場では言い難いんだけども・・後でこっそり・・では駄目かな?』
マーブル主神がちらと隣の女神を見る。
『あら? 何だか面白そうな話なのね?』
女王が瞳を輝かせる。
『う~ん、その・・まあ、いずれ分かると思うよ』
『・・いいでしょう。この場での追求は止めておきます』
『そうして貰える?』
マーブル主神が頭を掻いた。
『すぐに、カーミュが教えてくれるでしょうし・・』
『ははは・・まあ、そうだろうね』
『ところで・・"勇者"を捕らえて仕置き・・いえ、躾けをするのは、使徒シュンなのですよね?』
女王が訊ねる。
『うん、彼なら絶対に逃がすことが無いし・・彼に躾けをされたら、二度と"勇者"なんかしたいと思わないでしょ?』
『それで、よろしいのですか?』
『・・なにが?』
『あれは、主神殿の分体ですよ?』
女王が念を押すように訊ねる。
『うん、分体なんでしょ? だから捕まえるんだけど?』
『主神殿が主体、あの"勇者"が分体・・』
女王が皿に盛られていたチョコレートの包みを摘まんだ。
『主体が見聞きする事を、分体は見聞き出来るのですよ?』
『うん、それはそうだね』
だからこそ、シュンはマーブル主神に向けて、"勇者"を馬鹿にするような事を言って挑発したのだ。シュンが意図する狩り場に、意図する時に"勇者"をおびき出すために・・。
『きちんと生み出された分体なら良いのです。ですが、あれは無意識の内に生み出されたもの。逆流する可能性がありますよ?』
『はい? 逆流・・って、何?』
マーブル主神がオグノーズホーンを見た。
「恐らく、共有しているものが視覚や聴覚だけでは無いと、そういう事でしょうな」
オグノーズホーンが淡々とした口調で答える。
『・・どういう事?』
「知覚・・今回などで言えば、痛覚などが共有される可能性があると、女王陛下は仰りたいのでは?」
『さすがは異界の賢者ですね。その通りですよ。共有とは、一方通行ではないのですよ? 主神殿に従う"分体"であれば問題ありません。しかし、あれは無意識の産物。主体である主神殿と因果の糸で繋がっている事を知覚していません。本来は起こりえないこと・・"分体"から"主体"へ負荷を伝導させてしまう可能性があります』
女王が言った。
『え・・えっと? それって?』
よく理解出来ずに、マーブル主神が顔をしかめる。
『分体として捕らえ、神界へ連れて行くのですから、無闇に因果の糸を断つ事はできません。そうすると、分体は枯れてしまいますからね』
『う、うん、それは困る! あれにはやって貰いたい事があるんだ』
『しかし・・今のままでは痛覚なども』
女王が補足で説明をしようとした時、
アギャァッ!
いきなり、マーブル主神が凄い声を上げて飛び上がった。
『ちょっ・・い、痛いっ・・や、やめっ』
マーブル主神が悲鳴をあげながら空中を転がり回る。
『神様っ!?』
輪廻の女神が慌てて抱きついた。後ろで、オグノーズホーンが痛ましげに表情を曇らせ、小さく首を振っている。
『遅かったようですね』
死の国の女王が嘆息した。
『ですが・・裂傷は見られませんね』
隣でデミアが呟いた。
『何らかの加減を? いえ、これは因果の糸による伝導に何かが干渉しているのでは? 主体へ伝わる痛覚を減衰調整・・しているのでしょうか?』
『そういう事なのでしょう。あれはカーミュのお気に入り。こうなる事を見越して、念入りに準備を整えていたのでしょう。さすがはシュンです。だからこそ、主神殿の使徒が勤まるのですね』
女王がチョコレートの包みを開いて口へ放り入れた。そのまま、くすくすと笑い始める。
『女王陛下、これは・・神様は大丈夫なのですか?』
輪廻の女神が泣きそうな顔で女王を見る。
『大丈夫ですよ。ちょっと痛いだけです。そう・・天井の
『え? 染みが?』
輪廻の女神が部屋の天井を見上げた。
ウギャァーー・・
再び、マーブル主神が絶叫を上げて悶絶した。
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