第310話 怒声
シュンやユア、ユナであっても、ある程度は自由に力を発揮できるように創られた特別な空間である。
現状、これ以上の物は創れないとムジェリ達は言っていた。もちろん、将来的にはもっと良い素材、技術によって改良してくれる約束になっている。
「これで全員か?」
シュンは、闘技場の床に転がった大量の"
勇者とその軍勢である。
『みんな、たいほです~』
マリンが、シュンの肩の上で長い尾を振り振り答えた。
「勇者は・・あれか?」
シュンは、向かって左側に転がっている簀巻き群に"
『はいです~』
「・・9体か」
シュンは嘆息した。
さすがは主神様と言うべきか。無意識での逃亡・・それで分体を9体も創り出してしまうとは。
主神に繋がる"因果の糸"を辿り、マリンが駆け回って全員を捕らえて来たのだ。
「ムジェリの糸は?」
『くっつけたです~』
「よくやった」
シュンはマリンの頭を指先で撫でた。
宵闇の女神との一戦で、"分体"というものの本質を把握している。無意識で生み出された分体を目にするのは初めてだったが・・。
主体から伝わる視覚や聴覚による情報の漏洩を想定し、おびき出しに成功した時点で、準備しておいた"糸"が必要になる事を確信した。
主体からの情報の流れ、そして分体から主体へ逆流する情報を大幅に減衰させる"糸"だ。"因果の糸"に同化して、しばらくの間は減衰効果を発揮し続ける。
ここで与えた痛みが、そのまま主体へ伝わる事を防ぐための措置だった。
当初は1割程度に減衰出来れば・・と考えていたが、職人ムジェリの努力により、一〇〇分の一程度にまで抑えられるようになった。
「リール、結界はどうだ?」
シュンは"護耳の神珠"で呼び掛けた。
『問題なさそうじゃ』
シュンから因果の糸だけを通し、その他を遮断する結界を創れと言われ、リールが苦労して複数の結界を組み合わせ、闘技場全体を覆っている。
「よし・・」
準備は整ったようだ。
シュンは、ユアとユナを振り返った。
「見ていても気分が悪くなるだけだぞ?」
「お気にせず~!」
「ご存分に~!」
ユアとユナが胸元に手を当ててお辞儀をする。
「・・必要な時は声を掛ける」
シュンは、襟元に巻き付いて甘えるマリンを撫でながら進み出ると、テンタクル・ウィップを伸ばして、簀巻きにされて足掻いている"勇者"達の足に巻き付けて逆さに吊り上げた。
「勇者の軍勢は、これで全てか?」
シュンは、黒い触手で吊した9体の"勇者"に訊ねた。
当然のように返事は無かったが・・。
「・・テロスローサ」
シュンに声を掛けられ、"
"勇者"達の苦鳴が響き渡った。
ただ茨の棘が刺さっているだけではない。魔神を死滅させる毒素が棘から染み出ている。
「勇者の軍勢は、これで全てか?」
シュンは繰り返し訊ねた。
返事は無かった。
再び、"勇者"達の苦鳴が闘技場内に響いた。
これをしばらく繰り返してから、
「少し減らすか」
シュンは"
さらに、隣の"勇者"の腹部へ"
さらに、隣の"勇者"の前に立つと、"
『ちょ・・ま、待てっ!』
"勇者"が何やら声を出したが、真っ向から振り下ろされた"
シュンの双眸が次の"勇者"へ向けられる。
『ぜっ、全部だ! 勇者の軍は全部居る!』
次の"勇者"が甲高い声を張り上げた。
「そうか」
シュンは"
「どこで拾い集めた? 無から創り出した訳ではあるまい?」
『・・夢を見せて募兵した』
「夢? 夢で、勇者の軍を集めたのか?」
『おまえに恨みを持ち、敵意を抱いている者ばかりだ。簡単だった』
「世界が厄災に見舞われた・・その原因が神々であり、俺であると理解しているということか?」
『ほ・・ほとんどが三大国の生き残りだ』
別の"勇者"が言った。
「・・なるほど」
シュンは、簀巻きになって転がっている無数の男女を見回した。身に着けた装備類がばらばらで統一感が無い。中には、それなりに質の良い装備を身に着けた者も混じるが・・。
「国に仕えていた者ばかりではなさそうだが?」
『滅んだ国の騎士、貴族の私兵・・雇っていた探索者・・冒険者も集めた』
「全員が俺に恨みを持っているのか?」
シュンは残る"勇者"達に訊ねた。
『・・少なくとも、今の世界に不満があり、変えたいと願っている』
「そうした人間の中でも特に強い不満を持つ者が、"勇者"の夢に応じて集まったということだな?」
『そうだ! 神に押しつけられた平和を打ち壊し、真に人間の手による新世界を築こうと立ち上がった正義の勇士達だ!』
"勇者"が顔を紅潮させて叫ぶ。
「人間の手による新世界か」
シュンの口元に薄らと笑みが浮かんだ。
「吊り上げてくれ」
シュンは、襟元で甘えている精霊獣の頭を撫でた。
『はいです~』
マリンがふわりと宙へ舞って天井近くへと駆け上がる。
待つほども無く、床に転がっていた数千人の男女が逆さ吊りにされ、床を離れて浮かび上がっていった。意識を取り戻している者、未だ昏睡している者・・全員、口を水霊糸に巻かれて声を発する事を禁じられている。
シュンは、足を上に逆さまに吊られた男女を見回した。
「俺の名は、シュン。ジナリドという町の近くにある森に捨てられていた孤児だ。エラードという猟師に拾われ、アンナという鍛冶師の母に育てられ、国の決め事に従って16歳になるだろう年に迷宮へ入った」
生まれは少しだけ恵まれていなかったかも知れない。
だが、拾ってくれたエラードに狩猟を仕込まれ、育ててくれたアンナには物を造る事を教わった。2人はシュンが生きていくための力を与えてくれたのだ。
「迷宮では、現地人のほとんどが異邦人に狩られて経験値にされた。迷宮人という生き物になり、運が良ければアルヴィという半妖精に進化できるが・・」
現地人の孤児達は、魔物だけでなく、異邦人の探索者を警戒し続けなければならない。
「それを変えたかった」
シュンの不満は、それだけだったのだ。
シュンはマーブル迷宮が好きだった。
「神から恩賞を授かり、力を得ていく中で、俺は迷宮の最上階まで到達し、さらなる迷宮を目指す資格を獲得した」
より強い獲物を狩るために必要だろう薬品を大量に流通させ、探索者のレベルの底上げを図った。自分達だけでなく、大勢の探索者が中層に挑めるようにしたかった。迷宮内の町の住環境を整え、くだらない争いを排除し、迷宮生活をより快適にしようとした。
「俺は、迷宮の管理者という役割を与えられた。100階層までを管理する役職だった。戸惑う事も多かったが、迷宮の環境を変える好機だと思い、迷宮内の管理に努めた。だが、神界の騒動が始まってしまった」
中層域、上層域が閉ざされ、下層迷宮に留まるしかなくなった。
そして、今度は神の使徒になれと命じられた。事態の把握が出来ない内に、前の主神が催した使徒戦による世界を賭けた戦いを任せられた。
世界を危うくする戦いは、その後も延々と続いた。
シュンは、冷え切った眼差しを"勇者の軍"へ向けた。
「神界の争乱が繰り返され、他の世界から多くの神敵が侵攻し、こちらの神界を支配しようとした。俺は使徒として、それら全てを排除した」
淡々と語るシュンの手に、VSSが握られた。
「そして今・・迷宮の神は主神となり、俺は主神の使徒となって世界を創り直している。各地に造っている神殿町は、主神の妻神を祀る神殿であり、魔物を防ぐ結界に覆われた安息地・・弱者である人間を救済するための場所だったが・・それを破壊して回る馬鹿が現れた。排除しなければならない」
静かに語るシュンの様子を眺めていたユアとユナが、真っ青な顔で防御魔法、継続回復魔法を互いに掛け合う。
シュンが怒りを露わにしていた。
それはとても危険な事だった。
「"勇者の軍"だと? くだらない理屈を持ち出して、"勇者"ごっこだと? おい? ふざけるなよ?」
そう吐き捨てて"勇者"達を振り返ったシュンの双眸が怒気に底光りし、全身から霊気が青白い炎のように噴き上がっている。
ひぃっ・・
"勇者"達が喉を引き
怒気に全身を震わせるシュンが、一人また一人と数を増やし、たちまち辺りを埋め尽くさんばかりになった。
「ビリオン・フィアー・・」
シュンの呟きと共に、簀巻きで逆さ吊りにされた"勇者の軍"が無数の黒槍で貫かれ、巨大な檻に封獄される。
「まだ死なせるな」
シュンがユアとユナに声を掛けた。
「アイアイ!」
「ラジャー!」
ユアとユナが大急ぎで治癒魔法を放って"勇者の軍"を回復させた。
そこへ、無数の蚊が出現して、串刺しになり封獄された"勇者の軍"に群がり、真っ黒に覆い尽くしていく。
シュンの指がVSSの引き金を絞った。
回復と破壊・・。
相反する力が
気が付けば、シュンが一人に戻っている。
VSSを手にしたまま、ゆっくりと"勇者"達に向き直った。
『ちょ、ちょっと待て!』
『・・や、止めないか、君っ!』
『ボク・・ボクは勇者だぞ!』
『待ってくれ! 話し合おう!』
『暴力は何も生み出さない! 馬鹿なことは止めろ!』
『やめてっ・・もう"勇者"止める! やらないから・・』
テンタクル・ウィップで拘束されたまま騒ぎ立てる"勇者"達の足下へ、沈黙したままのシュンが、テラーミーネ43対戦車地雷を設置し、その上に八角形の分厚い金属板を置いた。表面には、魔法陣らしき模様が刻まれている。
ちらと、シュンがユアとユナを見た。
ユアとユナが無言で敬礼する。
「パイルバンカー」
シュンは、起動の呪文を唱えた。
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