第311話 良かった! 良かった?


 七転八倒、悲鳴をあげてのたうち回り・・。


 ぶくぶくと泡を吹いて昏倒してしまったマーブル主神だったが、10日ほど寝込んだ後に、なんとか立ち上がって話せるようになった。


 怪我の功名というのだろうか・・。

 付きっ切りで献身的に看護をしていた輪廻の女神との仲がさらに縮まったようで、傍で見ていても仲睦まじい様子が見て取れる。


 今は、神界の庭園にある真っ白な長椅子で、輪廻の女神の膝を枕にしてマーブル主神が気持ちよさそうに寝転がっていた。


 何かと誤解されがちだが、マーブル主神は輪廻の女神の事が好きである。

 もちろん、色々とあった。何一つ問題が無いという事ではない。

 それでも、もう今のマーブル主神にとっては無くてはならない存在になっていた。


『・・ああ、良い天気だねぇ』


 そう言って、マーブル主神が小さな欠伸を漏らした。

 その様子を、輪廻の女神が愛おしそうに見つめて微笑んでいる。


『それで、シュン君? ボクの分体なんだけど・・』


「はい」


 シュンは、少し離れた場所で地面に片膝を突いて低頭していた。


『確か、しっかり躾けて、それで・・ボクの役に立って貰うって話だったよね?』


「その通りです」


 シュンは低頭したまま答えた。


『分体を出し入れする感覚は覚えたよ? なのに、分体が出て来ないんだけど? 外の世界を怖がって引き籠もっちゃったんだけど?』


 マーブル主神が、女神の膝の上で頭の向きを変えた。仰向けから、横向きに・・。


『ねぇ? 使徒君は言ったよね? 分体の数だけ、ボクの負担が減って楽になるってさ?』


「はい」


 シュンは低頭したまま首肯した。


『駄目じゃん! 一人も出て来ないじゃん! 新しい分体を生み出そうとしても、なんか恐怖が伝染しちゃってるんだよ? みんな怖がって、震えてるんだけど?』


「残念です」


『いやっ・・残念じゃないでしょ? それじゃ済まないでしょ?』


「ご安心下さい」


 シュンは顔を上げた。


『何を? どう安心しろって言うんだい?』


 マーブル主神が横になったまま睨む。


「女神様に、主神様の窮状・・いえ、ご苦労されていることについて、私の方で説明をさせて頂きました」


 シュンは言った。


『・・なんだって?』


「輪廻の女神様に問われましたので・・」


『や、闇ちゃんに? えっ? どうしたの? 何を言っちゃったの?』


 マーブル主神の顔から余裕が消え失せる。


『大丈夫ですわ。神様が・・その・・闇のことを大切に想って下さっていることがよく分かりましたから』


 輪廻の女神が穏やかに微笑んだ。


『えっと・・あ、あの? 闇ちゃん?』


『・・その、幸福過ぎて・・少し逆上せておりました。闇は恥ずかしいです』


『・・・・へっ? ど、どうしちゃったの? ねぇ? 何を言ったの?』


 マーブル主神がシュンを見る。


「私は嘘を申しません。ですから、本当のことをお伝えしました。無論、誤解を招かぬよう細心の注意を払ったつもりです」


『いやっ・・だから、何を言ったの? あの、闇ちゃん? ボクは・・あれだ。そのぅ・・平気だからね? ちょっと、おかしなことになったけど・・事故みたいなもんだし』


『使徒シュンが、すべてを説明してくれました。闇は・・知らず知らず、神様を追い詰めていたのですね』


 輪廻の女神が悲しげに俯く。


『ちょっ!? シュン君? 何を言ったの?』


「神界のため・・主神様のためにと、女神様は、御子を授かることをお急ぎになっていました。主神様もまた愛する女神様のお気持ちに応えようとしていらっしゃった。今回は、主神様と女神様のお気持ちが強すぎたことに起因する事故のようなもの」


 シュンは淡々とした口調で語った。


『・・なんだか、上手いこと言うね』


「使徒の身で、御夫婦のことに口を出すのは憚れましたが・・同じ事故が繰り返されるようではいけません。お叱りを覚悟の上で、あえて申し上げます」


『う・・うん』


「輪廻の女神様・・」


 シュンは、輪廻の女神を見た。


『何でしょう?』


「主神様はとてもお優しい方です。そして、女神様をとても大切に想っていらっしゃいます」


『・・闇は幸せです』


 輪廻の女神が頬を染めて俯いた。


「ただ、主神様は多くのお仕事を抱えていらっしゃいます。これは、今回の事故にも関係していると思いますが・・神界を逃げ出して、お気楽な"勇者"遊びをやりたくなるほどに、世界の創造とは激務なのです」


『そうなのですね』


「仕事に必要な時間、夫婦で過ごされる時間など、お互いにしっかりと話し合って決めておけば、今回のような問題は起こらなくなるでしょう」


 シュンは、マーブル主神を見た。


『うん・・そうだね。そこは反省したよ。ボク達はもっと話し合うべきだったね』


 マーブル主神が仰向けに戻った。


『神様・・どんな事でも仰って下さい。闇に遠慮は無用です』


『う~ん・・そうだね。闇ちゃんの気持ちに甘えて、これからは少しだけ我が儘を言わせて貰おうかな』


 マーブル主神が仰向けになったまま腕組みをした。そのまま目を閉じて何やら考え始める。


『その・・神様?』


 輪廻の女神がそっと声を掛ける。


『なんだい?』


『ここでは・・その、使徒シュンがいます。後ほど相談しませんか?』


『ん? ああ、そうだね! そうしよう! シュン君、それでいいね?』


「無論です。元より、私が立ち入るような話ではありません」


 シュンは低頭しながら苦笑した。

 夫婦間の約束事など、シュンに相談されても困る。


「去る前に・・一つ、申し上げておきますが」


 シュンはわずかに声を潜めた。


「輪廻の女神様も"分体"を生み出せます。その点はご留意下さい」


『・・へっ!?』


 マーブル主神が仰け反った。


「女神様は、主神様にご負担をお掛けしないようにと・・加減をして・・いえ、配慮をしていらっしゃったのです」


『あっ、あれで加減!? いっ・・いやいやいやいや・・ないでしょ? 嘘だよね?』


 マーブル主神の顔から余裕が消し飛ぶ。


『・・神様?』


 輪廻の女神が小首を傾げた。


『あ・・ああ、いや・・ははは・・いや、びっくりしたなぁ! さすが闇ちゃんだね! そっかぁ、分体が使えたんだねぇ!』


「それでは、私はこれで」


 シュンは静かに立ち上がると、庭園の入口に控えているオグノーズホーンに黙礼をした。


 そのまま瞬間移動をしようとした寸前、


『ちょっと、待ったぁーー!』


 マーブル主神が起き上がって声を張り上げた。


『シュン君、待ちたまえ!』


「はい?」


『色々と言いたいことが山のようにあるけども・・結果として、ボクは救われたことになる。なので、褒美をあげることに決めたよ!』


 マーブル主神が腕組みをして言い放った。


「・・しかし、分体を躾けることには失敗しました。任務を成功したとは言えません」


『ふふふふ・・遠慮は無用さ。忠実なる使徒君に、ボク達夫婦から感謝の気持ちだ、受け取ってくれたまえ!』


 どうやら、マーブル主神と輪廻の女神が何やら準備していたらしい。

 ただ、それらしい物はどこにも見当たらないが・・。


「・・何を頂けるのでしょう?」


『すぐに分かるさ!』


 笑みを浮かべたマーブル主神の顔をしばし見つめ、


「お心遣い、感謝致します」


 シュンはお辞儀をした。


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