第17話 尾行者


(やっぱりだ)


 MPの回復する量が増え、回復速度が速くなっている。最初は錯覚だと思っていたが、間違いなさそうだ。

 レベルは1のままだったし、新しい技や魔法を覚えないのでピンと来ないが、3秒に1ポイント回復していたMPが、3ポイントずつ回復するようになっていた。


 VSSの射撃によるMP消費量は5になり、命中精度も増している気がする。なお、便所内での消費MPも減少し、3分間に1ポイント消費になった。

 繰り返し使用することで練度が上がり、少ないMPの消費で同じ効果を得られるようになったということだ。


 劇的に変化したのは分銅鎖だった。もう自分に巻き付かせたり、頭を分銅で打ったりすることは無く、かなり自在に扱えるようになった。

 何よりも、その効果が面白い。

 分銅のついた鎖を巻きつけ拘束し短刀で攻撃するのだが、VSSで撃った時とは違い、分銅鎖を使うと、時々魔物を捕獲することができた。

 斃しても消える事なく、解体して欲しい素材を剥ぎ取れるというのは、シュンにとっては魅力的だ。これで採取できる物の種類が一気に増えた。


(また来てるな)


 このところ、毎日のように尾行して来る者達がいる。


 大きく分けて2組。

 男1人に女4人のパーティと、女2人のパーティだ。

 5人パーティの方が、1人空きがあるから加われと言って来た。断ったら、宿の部屋に直接来るようになり、素材屋や神殿にも張り込むようにして現れ、ついには狩場にまで追いかけて来るようになった。


 この頃は、いきなり『ケンゴ・マノさんから、パーティメンバーに誘われました』『承認しますか? Yes / No 』という文字が目の前に浮かぶようになった。


 狙撃をしようとしている時、神殿で薬の調合をやっている時、宿で食事をしている時、部屋で装具の手入れをしている時、寝ている時・・。こちらの都合に関係無く、唐突に表示されるのだ。実に鬱陶うっとうしい。


 初めは、いちいち断りをいれていたが、居丈高な相手との噛み合わないやり取りが面倒で、今は奇妙な文字の表示をそのまま表示させている。視界は悪くなるし集中力を削がれそうになるが、これも訓練だと割り切れば、どうという事もない。


 2人パーティの方は、例の双子で、狩りの様子を遠くから見ているだけで実害は無かった。



 今日で20日目。

 シュンは何時ものように黙々と狩猟を行い、夕暮れと共に村へ向かった。


(今日は攻撃して来そうだな)


 おそらく銃で狙撃するつもりだろう。いつもの視線に、嫌なものが混じっていた。距離は300メートル程度。当てるには、それなりに練習をしないと難しい距離だったが・・。


(腕をあげたのか?)


 前にも狙撃を受けた事があった。あれ以来になるが・・。


(しかし、本当に、この草原ではレベルは上がらないんだな)


 迷宮の魔物を斃さないとレベルが上がらないというのは本当らしい。


 左手の甲に浮かぶ文字は、


<0> Shun

 Lv:1

 HP:227

 MP:316

 SP:8,571

 EX:1/1(30min)


 といった内容だ。微増してはいるが劇的な変化は無い。


 それにしても、この身体能力が、山で狩りをしていた頃にあればと思う。

 自分を中心に、周囲の地形や物の動きを把握する能力、自分に向けられる視線に気づく能力、自分に対する攻撃を察知する能力・・今身に付けた能力は、迷宮を出た後も自分のものなのだろうか? それとも、迷宮の結界内だけの能力なのだろうか? できる事なら、この能力をそのまま自分のものとして持ち帰りたい。


(撃ってくるか)


 射撃手が引き金を引いた。轟音と同時に離れた場所で土が跳ねた。約16メートルのズレ。これだと何発撃っても当たらない。

 狙撃者が、大急ぎで銃を操作してから、まだシュンが歩いているのを目視し、銃を構えて照準器を覗き、望遠の照準器内にシュンが捉えられずにもう一回目視で位置を確かめて・・・。


(いつまで待たせるんだ?)


 呆れる思いで、次弾の到着を待っていると、再び轟音が鳴り、遠い空の上を銃弾が通過して50メートル以上後方で小石を弾いた。


(・・・頑張れ)


 シュンは憐憫れんびんの眼差しを遠くで伏射している射撃手へ向けて、村へ帰って行った。


 すると今度は、


「あなた、いい加減にパーティに入りなさいよっ!」


「そうよ! ボッチを構ってやってるんだからね?」


「ボッチじゃ可哀想だからって、ケンが誘ってあげてんだよ?気が変わらない内に、さっさとパーティに入れよ!」


「あんた能力無しの原住民でしょ?パーティ入らないでどうする気?これが最後よ?」


 4人の少女が唾を飛ばす勢いで吠えついて来た。


(ケンゴというのが、さっきの狙撃者か。あれが・・リーダー・・隊長?)


 そもそも、この4人の少女達は村で何をやっているんだろう? もう狩りが終わって戻ったのか?

 というか、これで誘っているつもりなのか。もしかして、これがニホンという異国の流儀なのか?


 シュンが鞘ごと短刀を抜いて握った。これ以上邪魔をするなら殴り倒すつもりだったが、4人の少女が口を噤んで距離を取って道を開ける。その間を通ってシュンは素材屋へ向かった。口を開くのも面倒臭い。

 

 迷宮結界の内側では、HPさえ残っていれば、怪我をしても元通りに治る。ただ、斬ったり撃ったり殴ったりすれば怪我をするし、痛みを感じるから、暴力沙汰には覚悟がいる。

 この5人パーティはシュンが暴れた現場には居なかったらしいが、話には聴いているのだろう。


(それにしても)


 レベル25にならない限り、永遠にここに留まることになるのだが、分かっているのだろうか?


 誰かが25になっても仕方ないのだ。自身が25にならないと迷宮から足抜け出来ないというのに、村でキャンキャン吠えていても仕方が無いだろうに。


 あの双子の方は、ゆっくりとだが魔物を狩っている。どうやらシュンのやり方を観察しているらしく、隠れようともせず2人並んで、ジッ・・と狩りを見ている時があるのが不気味と言えば不気味。


(どうするのかな?)


 他人事ながら心配になる。他の4つのパーティに依願して同行させて貰うべきだろう。同じ異邦人のよしみで頼み込んで弱い魔物だけでも狩らせて貰いレベルを上げていくしか無いだろう。


 あれこれ考えながら、わざと遠回りをして素材屋に向かうと、


(あぁ・・)


 宿屋の裏手の影から、長い銃で狙いをつけている少年がいた。ケンゴという少年だ。狙っている先は素材屋だった。換金に来るシュンを待ち伏せているつもりなのだろう。


(やれやれ・・)


 シュンは静かに背後に近づくと、ケンゴの後頭部を掴んで壁に顔面を叩きつけた。気絶したケンゴの上着の袖を引き千切り猿轡さるぐつわにして声を出せなくすると、残った布で手足を縛り、分銅鎖を取り出して両手を上に縛る。そのまま、地面を引き摺って素材屋に行った。


「・・そいつも獲物かい?」


 老人がニヤリと笑みを浮かべる。


小煩こうるさいから繋いで歩く事にした」


 シュンは台の上に採って来た素材を袋ごと置いた。老人が愉快そうに笑った。


「毎日、きちんと決まった量だな」


「練習ついでだから」


「ふふん・・それで、そろそろか?」


「うん、面倒になってきた。こいつ、撃って来たからな」


「ほう・・」


 老人が目を細めて鎖で繋がれた少年を見た。


「上手くいけば、明日また」


「おう」


 素材屋の老人に見送られ、今度は神殿へ行く。もちろん、ケンゴを捜しているらしい4人の少女達を避けて家の間を縫うように歩いている。


「そりゃ、薬の材料にならんぞ?」


 シュンがケンゴを引きずって来たのを見るなり、神殿の老人が声を掛けてくる。


「邪魔だからつないだ」


 シュンは調剤場へ入ってケンゴを柱に縛った。


「毒ばかり作っとるみたいだが、普通の傷薬もちゃんと作ってくれよ?」


 老人が苦笑気味に笑いながら書斎へ引っ込んだ。


 調合した毒薬は液体と粉末、丸玉の3種類。解毒薬に、傷薬、麻痺薬、目潰しなど、腰の小さな鞄に丁寧に納める。

 シュンは、狩りの準備をしていた。色々邪魔は入ったが、いよいよだ。


(よし・・)


 神殿の外に連れ出したケンゴに麻痺薬をがぶ飲みさせて地面に転がすと、シュンは夜陰の中をひっそりと村から出た。


 迷宮探索を始める前のけじめ。自身に課していた条件がある。

 それは、夜の平原を徘徊する巨鳥狩りだ。素材屋の老人にだけ伝え、万一の場合には、宿屋に伝えてシュンが借りている部屋を空けて貰うようお願いしてある。


(居ない・・な)


 さすがに夜は尾行して外に出て来る者は居ないが、立ち止まって気配断ちをし、また歩く。

 昼間の魔物ならともかく、夜に出現する魔物を相手にしている時に邪魔が入ると命を落とす。

 用心に用心を重ねて身を隠し、村から離れると、いつもの川とは違い、村から見て南側へと移動した。こちら側へ行くところは誰にも見せていない。迷宮組はもっぱら村の北側だ。


(予想通りなら、問題無く片付く)


 シュンは狩場に決めてあった場所へ着くと、様子を確かめた。

 時々、夜中に村を抜け出して準備をしていたのだ。今回はふんだんに毒を使う。どこまで効くかは分からない。近接戦になるまでに、どれだけ傷を・・ダメージを与えられるかが勝負だ。右手の刺青を触って耳に"護耳の神珠"をつける。


(来た!)


 VSSを取り出して照準器を覗いた。

 実に無防備に、地面をついばみながら巨鳥が歩いている。まだ500メートル以上だ。まっすぐに、こちらに向かって来ていた。

 的が大きいので当てるのは難しく無いが、この半分くらいの距離でないと弾が徹らないかもしれない。


(来い・・・来い・・)


 シュンは、VSSを構えたまま、照準器越しに巨鳥を見つめた。

 歩幅が大きい割に上体の揺れは小さく、ほぼ照準器の中から出ない。


 シュンは静かに引き金を絞った。

 続けざまに、残弾全てを撃ち放つと、そのままの姿勢で気配断ちをして銃弾の補充を待つ。同時にMPも回復していく。


 夜空に向けて驚いた叫びをあげ、巨鳥が足を止めてキョロキョロと周囲を見回している。


 シュンは銃の重みで銃弾の補充が終わったことを感じ、再び、10発を撃ち込んだ。ほとんど射撃音はしないが、巨鳥はこちらの方角に注目したようだった。


 1発で与えられるダメージポイントは150前後。アナグマに500ポイントを与えていたことを考えると、巨鳥の羽や皮が硬いのだろうか。


 巨鳥は、まだ立ち止まって敵を捜している。


 シュンは、引き金を絞った。

 今度は10発共、頭部に撃ち込んだ。


(280前後・・1発弾かれた?)


 50くらいの数字が混じったようだ。


 まだ、シュンの居場所に確信が持てないのか、巨鳥は周囲を見回しながら、こちらへ進んで来る。


(・・次か)


 距離は200メートルを切る。さすがに気付かれるだろう。

 頭部や胸の羽を血が濡らしているようだが、歩く姿勢に乱れは感じられない。


 シュンはVSSの引き金を絞った。ほぼ狂い無く胸の中央へ10発を撃ち込み、シュンは身を翻して後ろへ走った。



キェアァァァーーー



 甲高い叫びをあげ、翼を広げて巨鳥がシュンを追い始めた。

 しかし、すぐに大きく姿勢を崩して地面に倒れこんだ。縦穴に片足を突っ込んで転んだのだ。深さ2メートルほどだが、穴の内には短矢ボルトから外したやじりを返しにして設置してある。


 シュンは振り向いてVSSを撃った。頭部に銃弾を集め、ダメージポイントを稼ぐ。

 巨鳥の脚の周りに、10・・14・・と、小さな数字が明滅して消えているのに気づき、シュンは内心でホッと息をついた。やじりに塗った毒が効いている。


(まだだ・・)


 巨鳥の体に力が残っている。これを繰り返さないといけない。

 シュンは身を翻して距離を取った。


 神殿の老人が製作中の魔物図録に、この巨鳥が描かれている。レベル30の異邦人が巨鳥を狩った時の情報だったが、非常に参考になった。その情報があったからこそ挑む気になったのだ。


 魔物図録の通りなら、巨鳥は聴くと麻痺する絶叫を行うらしい。

 "護耳の神珠"で効果を打ち消せるんじゃないかと期待しているが・・。


 片足を穴から抜き出して、巨鳥がようやく立ち上がった。


 そこへ、すでに200メートル距離を取っているシュンのVSSから銃弾が撃ち込まれる。


 巨鳥の胸で羽根と鮮血が散った。



キアアアァァァァーーーーー



 巨鳥が絶叫した。


(これか?)


 痺れも、鈍化も感じないが?


 シュンは大きく迂回しながら走った。巨鳥が翼を広げて追って来る。


 そして、落ちた。

 今度は左の脚だ。巨鳥がつんのめって倒れ、鳴き声をあげる。


 シュンがVSSを撃つ。200、300といったダメージポイントに、20、25という数字が混じった。

 毒の効きは落ちないらしい。銃弾が与えるダメージポイントも上がっている。

 懸念していた叫びは、"護耳の神珠"が完全に防いでくれるようだった。


(もう少しか)


 シュンは、巨鳥の後背側へ大きく距離を取りながら、無防備に晒された肛門のある辺りへ銃弾を撃ち込んだ。これが通常の魔物なら、腸を傷めるだけでも死を早める効果が出るのだが・・。



エアアァァァァァ・・・


キィィアァァァ・・・



 巨鳥が翼で地面を打ち叩きながら声をあげる。


 シュンは、照準器の主照準点を巨鳥の後頭部に合わせてVSSの引き金を絞った。


 人間で言えば襟首に当たるだろう辺りで、小さな羽が飛び散り、巨鳥が再び絶叫した。


(・・行くか?)


 このまま続ければ斃せるだろう。

 だが、シュンにはもう一つの目的があった。


 VSSを消し、代わりに分銅鎖を手に握ると、シュンは地を蹴って巨鳥めがけて走った。



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