第180話 月神の御子
さすがと言うべきか、輪廻の女神は旦那の居場所を見失っていなかった。
この世のどこに居ようとも・・いや、例え別の世界に居たとしても正確に位置が判るそうだ。
「凶神・・という神は、手強いのでしょうね?」
シュンは静まり返った建物の内を見回しながら訊いた。
横を、黒いドレスの上から甲胄を身に着けた輪廻の女神が歩いていた。手には、刃こぼれの酷い大ぶりな戦斧が握られている。
『そうね。でも神域を離れていたから、力が弱まっているって主神様が言っていたわ』
「向こうの戦力は?」
『さあ? 龍の所に危ないのが1匹居るけど・・あいつは、凶神に従うような奴じゃないわ。まあ、龍神が凶神につけば・・』
輪廻の女神が呟く。
「主神殿に裁定をお願いしておきながら、凶神側に?」
『中立・・って言うの? いつだって、どっち付かずなんだ、あの龍は』
「・・敵として考えておいた方が良さそうですね」
『あら? 初めから敵よ?』
「・・そうでしたね」
シュンは頷いた。
『爺さん、討たれちゃったかも?』
「どなたです?」
『オグ爺よ』
輪廻の女神が言った。
「・・オグノーズホーン」
『あら? あの爺さんを知ってるの? 会った人間はみんな死んじゃってるはずだけど?』
「遊ばれました」
シュンは苦笑した。
『ふうん・・あなた、名前は何といったかしら?』
輪廻の女神が訊いた。
「シュンです」
『シュンね。オグ爺と会った時のレベルは?』
「11でしたね」
今思い出しても、よく命があったと思う。相当に手加減されていたのだろう。
『凄いわ! あなた、名前は?』
「・・シュンです」
『シュンね。そうだったわ!』
「この先は、どこへ通じているのでしょう?」
シュンは、広々とした廊下を見回し、高い天井に眼を凝らした。
『庭園よ』
「庭園?」
『神界で一番居心地の良い場所・・殿方にはね?』
「・・花でも咲いているのですか?」
『そうね。花がいっぱい咲いているわ。女神という花がね』
「女神が・・」
シュンは眉を
『凶神が手っ取り早く力を取り戻すには神を喰らうのが一番なのよ』
輪廻の女神が薄らと笑みを浮かべた。
「喰うというと・・そのままの意味で?」
『そうよ。神体と魂をぼりぼりと食べちゃうの』
「・・神なのですよね?」
シュンが想い描く神とは随分と異なっているようだ。
『堕ちた神よ。神界にとっては悪神だわ。他の世界ではどうかは知らないけど』
「主神様は罰しないのですか? 神界の"定め"に違反しているのでしょう?」
どうして放置しているのか。さっさと討伐すべきだろう。
『罰することができないのよ。凶神が強すぎて』
「・・神々が集まれば斃せるのでは?」
『神々は龍神騒動でもうボロボロよ。龍神はこれを狙っていたんじゃないかしら』
輪廻の女神が呟く。
「凶神に命じられて動いていたと?」
『だって、おかしいじゃない? 本当なら、龍神は真っ先に凶神と戦わないといけない存在よ? 悪神討伐が龍種の役目なんだから』
「そうなのですか」
シュンの知らない事柄ばかりだ。
『でも・・目的は分からないわ』
「凶神の?」
『神界に関係無く自由にやっていた存在よ? わざわざ神界に来なくても良いのに・・女神を食べたくなっただけかしら?』
輪廻の女神が首を傾げた。
シュンはふと疑問を口にしかけて、すぐに口を
『・・凶神が動いたわ』
輪廻の女神が声を潜め、足を止めた。
行く手には大きな扉が見えている。左右は壁が
『この先、私は旦那様を救うためだけに動くわ』
大扉を見つめたまま、輪廻の女神が小声で宣言した。
「分かりました」
シュンは小さく首肯した。
輪廻の女神が、どれほどの強さで、どういう戦い方をするのか分からない。連携など考えるだけ無駄だろう。輪廻の女神がどう動くにせよ、最終的にマーブル神を救出できれば良い。
シュンは、"ディガンドの爪"を浮かべ、右手に"
待つほどもなく、大扉の中央に線が走り、外の光が差し込んでくる。眩い陽光と共に、長い影が広大な廊下の床へ伸びた。
現れたのは、シュンと変わらない背丈の美しい少年だった。無論、見た目のような年齢では無いのだろうが、16、7歳くらいに見える。
黄金色の長い髪と緋色に光る眼、白く透き通るような肌をした、人間と変わらない姿をした少年だった。
『あの子、凶神側についたのね。厄介だわ』
輪廻の女神が舌打ち混じりに呟いた。
「お知り合いですか?」
『月神の御子よ』
「手強いのでしょうね」
『ええ・・』
頷く輪廻の女神から黒々とした闇色の
シュンは、大扉の前に立ちはだかる美しい少年を見つめた。間違い無く格上だ。それも数段上の・・。
勝てないが、退けない。退いて行く場所は無い。
恐らく、主神か、マーブル神、あるいは輪廻の女神・・いずれかに頼まないと、この神界から無事に戻れない。
そして、マーブル神を救わないと、迷宮の存続が危うい。
(・・やるしかない)
シュンは小さく息を吐いた。ユアとユナが居てくれると心強いのだが・・。独りで死に向かい合うのは久しぶりだった。
シュンが見つめる先を、ゆっくりとした足取りで月神の御子だという美少年が近付いて来る。
対するシュンの双眸は、ぼんやりと少年の姿を捉えながらも細部を見ていない。
ゆるゆると呼気を繰り返し、ぼんやりとした眼差しを美少年に向けていたシュンが、無表情のまま静かに歩き始めた。
それを見て、白金髪の美少年がわずかに笑ったようだった。
直後、
ギィィーーン・・
金属の衝突音が美少年の右手で爆ぜた。
そこに、瞬間移動をしたシュンの姿がある。至近から振り下ろした"
ドンッ・・
鈍い衝撃音と共に、シュンの体が弾け飛んだ。何が起きたのかシュンの眼には見えていない。ただ、白金髪の少年から何かが放たれ、脇腹に深々と硬い物が突き入れられたのを感じた。
自分から後方へ跳んだおかげで即死は免れたが、たった一撃で半身が破壊されたようだった。
連続した瞬間移動、そして回復薬・・。
その間も襲って来る見えない何かを勘だけで回避し、シュンは"
白金髪の美少年はほぼ動いていないように見える。
シュンは、床を蹴って斬り込み、瞬間移動をして斬りつけ、術と体技を織り交ぜながら、休むこと無く動いて白金髪の美少年を攻撃し続けた。
しかし、どうやっても"
それでも、シュンは止まらない。
最初の一撃以降は、攻撃を受けること無く回避と斬撃を繰り返して"
焦れたのか、飽きたのか・・。
月神の御子が動いた。
瞬時に細身の曲剣を握ると、背後に瞬間移動して現れたシュンめがけて斬り下ろした。
キィィィン・・
微かに打ち合わされた音がして、"
『・・おや? 幻体か』
へぇ・・と、月神の御子が眼を細めた。
斬り殺されたはずのシュンの姿が、瞬間移動をして消えている。月神の御子が眼で追う先で、シュンが回復薬を口にして斬られた傷を回復していた。
『月神に幻を見せるとは・・君のような神が居たかな?』
小首を傾げた月神の御子が、瞬間移動をしたシュンの背後へ出現すると曲剣を振った。
『ははは・・』
月神の御子が楽しそうに相好を崩した。
またしても、浅手を受けただけでシュンが逃げ延びたのだ。まるで、月神の御子が瞬間移動をして来る事を予測していたかのように・・。
『ほう、水か。霧の幻影だな』
月神の御子が小さく頷いた。
シュンが使っている"霧隠れ"の事だろう。
キィキィィィーーン・・
死角に姿を現したシュンが"
上体を流され姿勢を崩したように見えたシュンが、無理な体勢から"
『腕力はなかなかだ』
月神の御子が苦笑しながら一撃を受け止めた左の籠手を振って見せる。
『しかし・・その剣では、まともに当たっても私は斬れないが?』
月神の御子が、瞬間移動でシュンの背後を取る。
「パイルバンカー」
シュンが呟いた。
直後、足下で地雷の爆発が起こり、背後からシュンめがけて曲剣を振り下ろそうとしていた月神の御子めがけて床から太い杭が弾き出された。
角度を変えて3本の杭が月神の御子を襲う。
『ははは・・なんだ、これは?』
月神の御子が楽しげに笑い声をたてながら身を捻って回避した。
「・・そこか」
小さく呟いたシュンが瞬間移動をする。
「金剛力」
大上段に"
ドギィィーーーン・・
激しい衝突音と共に火花が飛び散り、曲剣を手にした月神の御子が軽く押されて下がった。
『ボクの幻を見破った? おまけに、これか・・』
月神の御子の着衣が裂け、白い胸元が覗いていた。
続けて仕掛けたシュンの攻撃は、月神の御子によって綺麗に弾き返され、逆にシュンの身に無数の裂傷が走る。しかし、ぎりぎりのところで致命傷は免れている。
『なるほど・・少しずつボクの視覚を狂わせているのか。巧妙だね』
月神の御子が微笑しながら頷いた時、大扉の向こうから地響きのような轟音が聞こえてきた。
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