第186話 ホーム


 神界でマーブル神と輪廻の女神から褒美を貰い、オグノーズホーンからは霊力の使い方について手解きして貰った。

 そして、シュンは元の世界へ帰還した。


 "ネームド"のホームで、神界で起きた事について説明した。

 あれだけの騒動をやっておきながら、全く時間が経過していない。厳密に言えば、ほんの僅かに進んでいるそうなのだが、体感できるほどでは無いそうだ。


 根掘り葉掘り、ユアとユナから訊かれ、何もかも包み隠さず話して聴かせた。

 カーミュは、死国から情報を得たらしく、黙って話を聴いていた。マリンは、シュンの首に巻き付いたままずっと離れない。


「その、終末の~というのは?」


「ドカンッて弾ける?」


 ユアとユナが訊ねる。終末の神器というものが気になったらしい。主神の元から奪われたという事だったが、結局、どの神がどこへ持ち出したのか判明しなかったのだ。


「一度も使用された事が無いから何が起こるのか神様も知らないらしい。死の国の女王様なら、御存じかも知れないと・・」


 シュンは、傍らに浮かんでいる白翼の美少年を見た。


『別の世界の神様が創った物なのです』


 カーミュが言った。


「何が起こる?」


『異界のゴレムが出てきて暴れるのです。生き物がいなくなるまで暴れ続けるのです』


「・・だそうだ」


 シュンは、ユアとユナにそのまま伝えた。


「ゴレム?」


「それが終末の?」


 2人が怪訝そうに首を傾げた。

 これまで見てきたゴレムは、エスクードにも居る石人形や迷宮に魔物として徘徊している泥人形、鉱物人形だ。そのどれも、世界を破滅させるような強さでは無い。


「ゴレムという表現をしているが、異界の神が生き物を滅ぼすために創った物だ。危険な存在なのは間違いないだろう」


 シュンの言葉に、ユアとユナが頷いた。


「これから、どうなさいます?」


 サヤリがお茶を煎れながら訊いた。


「当面は、魔王種の掃討だが・・」


 シュンはユアとユナを見た。

 視線を向けられて、2人がシュンを見て小首を傾げる。


「なるべく早く障害を排除して・・と思っていたが、このままではいつになるか分からない。次々に問題が起こるし、そのどれも簡単には終わりそうも無い」


 シュンは大陸地図へ眼を向けた。

 天馬騎士の協力を得て、かなりの範囲を網羅した地図になっている。

 地図上には、迷宮が3つ。

 シュンが管理する迷宮を中心に、北東側に1つ、東南に1つ、南西に1つ。それぞれ、シータエリアの外縁から約500キロの距離に存在していた。

 他の迷宮は未発見だが、3つの迷宮を起点にいずれかの方角へ500キロほどの場所に存在するはずだ。


 3つの迷宮は、地上に古城のような物があり、迷宮は地下に伸びている。天馬騎士の確認で、3つの迷宮はまだ魔王種の侵入を許していないらしい。

 これら神々の迷宮に加えて、主神が与えたという魔王種の城がどこかにある。


 無論、旧来から住み暮らす人々の王侯貴族の城、城を囲む城下町なども点在する。草原などを転々と移動して暮らす民も居る。

 洞窟人、森の妖精など、稀少な種族の集落も何処かにあるだろう。湖や海には水の妖精も住み暮らすと聴いた事がある。


 故郷のジナリドで暮らしていた頃は、その日その日のことばかりを考え、世界という規模で物事を考えたことなど無かった。町で聴く噂話も、領主の町、その先の王都での出来事くらいだった。アンナやエラードから教えて貰わなければ、自分が住んでいる国の形すら知らないままだったかもしれない。


「予言めいた事を口にするのは嫌いだが・・」


 シュンはユアとユナ、サヤリ、リール・・それから、カーミュを見回し、首に巻き付いて離れないマリンを撫でた。


「どうせ、また予想外の事が起きる。何しろ、神様の世界があれだからな」


 シュンは小さく笑った。

 人の世も争いだらけだが、神々の世界も酷いものだった。主神も酷かった。

 凶神という化物がどこかにいる。仲間割れした神々はいずれ争乱を起こすだろう。龍神も・・。

 あの悲惨な状況を見て、明るい未来を想い描くのは困難だ。


 迷宮を維持保全していれば良いというわけにはいかない。

 魔王種を討伐して回るには、世界が広すぎる。

 今、交渉をしているらしいが、マーブル神に協力的な迷宮は幾つになるのか。その"協力"をどこまで信じれば良いのか。


「魔王種を発見する魔導具はどうだ?」


 シュンは、ユアとユナに訊ねた。


「ほぼ完成」


「親機と子機がある」


 2人が装置の概要を説明した。闇の祠にあった呪われた品々を幾つか組み合わせて造った魔導具だ。主要な判別器を迷宮に設置し、半径1キロを探知できる小型の魔導器を各地へ埋設しながら探知の範囲を拡大していく事になるそうだ。


「弱点がある」


「探知器だけだと判別できない」


 ユアとユナが言う。


「探知した情報をこの迷宮の親器に送って判別しないとダメ」


「子機が情報を送れる距離は3キロまで」


 そのため、探知範囲を拡大するために、子機である探知器を3キロ以内の間隔で設置していかないといけない。魔王種などに、途中の子機を破壊なり撤去なりされると情報経路が寸断されて機能不全に陥ってしまう。


「なるほど・・一気に世界中を調べるわけにはいかないのか」


 シュンは頷いた。


「例の乗り物はどうなった?」


 広範囲に効率よく探知器を設置するためには、"ネームド"が空を飛んで回るだけでは駄目だ。半径1キロの円による探知の輪を世界中に敷き詰めながら、魔王種を狩っていかなければいけない。


「ふっふっふ・・」


「驚きの仕上がり」


 ユアとユナがにんまりと笑みを浮かべて見せた。どうやら満足の仕上がりになったらしい。


「魔王種はもちろん、他の迷宮の使徒・・龍人などからの攻撃を受ける可能性がある」


「壊れても直る」


「驚きの修復力」


 2人が自信ありげに頷いた。

 ムジェリを相手に妥協無く仕上げたそうだ。任せっきりでどんな物なのか把握していないが・・。


「もう、試しで動かしたのか?」


「まだで~す」


「色を塗ってま~す」


 2人が首を振る。


「・・本当に動くのか?」


「ダイジョウブ!」


「ビリ~ブミ~!」


 ユアとユナが笑顔で拳を突き出して見せた。ムジェリ流である。


 シュンは、無言でサヤリを振り返った。

 お茶を器に注いでいたサヤリがちらとシュンを見て、すぐに視線を茶器へ戻す。


 シュンは、リールを見た。


「妾にはよく分からぬ。ただ、マージャが・・ムジェリがとても困っておったぞ」


 リールが苦笑した。


「大勢を乗せて、目的地まで速く確実に移動できる乗り物なら問題無い」


 シュンが言うと、ユアとユナは自信ありげに頷いて見せる。


「パイルバンカーを改良した」


「地雷型は卒業」


 2人が紙を取り出して机上に置いた。


「解説しよう!」


「これこそ、真・パイルバンカーであ~る!」


 ユアとユナが拡げた紙を平手で叩いて声をあげる。


「・・それで、乗り物はどうした?」


 シュンは訊いた。


「実は、少し懸念点がある」


「実は、少し実用的じゃない」


 2人が小声で言った。


「ご飯が問題」


「料理人が確保できない」


 大人数に作りたての料理を提供することが難しいらしい。


「それなら、作り置きをポイポイで・・」


「"ネームド"不在になると運用できなくなる」


「独立運用が前提」


 2人が難しいことを言い始めた。

 "ネームド"以外が使用しても快適でなければ完成形とは言えないらしい。別に毎日同じ食事でも数日くらいなら問題無さそうだが・・。


「ボス、世界一周を甘く見たらダメ」


「シェフ付き豪華客船でも飽きる」


 ユアとユナが力説を始める。何やら拘りがあるらしい。


「しぇふ・・というのは?」


 シュンは訊いた。


「料理人」


「ミリアム師のような人」


「・・なるほど」


 シュンの異国語リストに新たな単語が加わった。


「食事は大事」


「どんな疲れも食事で回復」


 ユアとユナが言うには、食材の一次加工をする魔導具は完成したそうだ。


「どんな野菜でも薄皮をささっと剥いてくれる」


「微塵切り、スライス、ミキサー完備」


「すらいす? みきさー?」


 シュンは分からない単語を一つ一つ訊ねながら、2人の解説に耳を傾けていた。

 厨房設備についての説明らしい。

 誰が作っても簡単に美味しく・・を目的に、ムジェリと試行錯誤を繰り返したそうだ。


「大人数に短時間で料理を提供するという至上命題がクリアできていない」


「我々は行き詰まっているのです」


 ユアとユナが机に手をついて項垂れる。


「料理ができる人間を雇えば良い」


 エスクードなどで料理屋をやっている探索者はかなり多い。


「ミリアム師は渡せない」


「師匠は、"ネームド"専属」


「他にも居るだろう?」


 ミリアムほどでは無いにしても料理人は数多く居る。


「腕の良い料理人は店を持っているのですよ」


「500食とか作った経験は無いのですよ」


 2人が首を振る。すでに軽く交渉をしているようだ。


「・・何人必要なんだ?」


「20人欲しい」


「もっと多くても良い」


「多いな」


 シュンは低く唸った。いったい何人を相手に料理を提供するつもりなのか。


「最大1500人を予定している」


「1500人を乗せて空を走る」


「走る? 飛行船じゃなかったのか?」


 当初は、空を浮かんで航行する船を造ると言っていたはずだが・・。


「浮かぶ物は落ちる。とっても危険」


「なので、神様に連絡を取って欲しい」


 ユアとユナが机上に身を乗り出した。


「これはマーブル案件」


「栄光の架け橋」


 例によってよく分からない事を言う。


「分かった・・呼んでみるから、詳しい説明はおまえたちがやってくれ」


 シュンは理解を諦めて、ファミリアカードを取り出した。早速、連絡機能が役に立ちそうだ。


「カードで呼べる?」


「まさかのメル友?」


 ユアとユナが大急ぎでシュンの左右にやってきて手元を覗き込む。


 シュンは、『急ぎ、制作依頼あり』・・と短く記入してマーブル神宛てに送信した。





=====

10月29日、誤記修正。

狩っていかなければいかない(誤)ー狩っていかなければいけない(正)

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