第202話 悩みは尽きず
「どうした?」
シュンは、居間の隅で
こちらにお尻を向け、壁に頭を預けて
「何かあったのか?」
反応が無い2人に再度声を掛ける。
「・・冬眠したい」
「印象が土砂崩れ」
ユアとユナが暗い声で呟いた。
「アンナとキャミの?」
神殿町の喫茶店で、成り行きで婚約を伝えた後、エスクードのホームに戻っている。
最初は何やら興奮気味だったユアとユナだったが、だんだんと暗くなり、ついに壁際にしゃがみ込んで動かなくなってしまった。
「アンナは喜んでいたじゃないか?」
シュンは不思議そうに2人を見ている。
「今頃、不安を漏らしている」
「ちびっ子不安説を唱えてる」
「ユアとユナの事を気に入ったようだったが?」
「あの時、アンナさんは慌ててた」
「きっと別れるように言われちゃう」
シュンの感覚では、アンナはユアとユナの事を気に入ったようだったが・・。
「アンナは思ったことはすぐその場で口にするぞ?」
背中を向けて
「一緒に食事でもするか? アンナとキャミ、エラードにミト爺、それに"ネームド"と"ガジェット"の3人・・それくらいで集まって、どこかで・・学園の食堂か、ミリアムの食堂の方が良いな」
「食事会?」
「みんなで?」
ユアとユナがしゃがんだまま振り返る。
「アンナとキャミだけに紹介して、エラード達に紹介していないと、あの2人が
もう、アンナが吹聴して回った後だとは思うが・・。
「・・料理はできない」
「・・包丁は眠ったまま」
ユアとユナがいよいよ小さく縮こまる。
「料理はミリアムに頼めば良いだろう?」
シュンは困り顔で2人を見た。
「料理が出来ないと思われる」
「駄目な女だと思われる」
「アンナも料理はできないぞ?」
シュンが言うと、ユアとユナがそっと顔を上げた。
「・・ほんと?」
「・・どうして?」
「アンナに料理をさせるな! というのは、エラードや俺の不文律だ」
なんでも甘くしてしまうのだ。もちろん、甘くなることで美味しい料理もある。ただ、アンナは限度を超えて甘くする。筋金入りの甘党である。
「ケイナ達の件の直後だ。ミリアムが応じてくれるかどうか分からないが・・」
シュンは、リーダー間の郵便に要件を記して、ミリアム宛てに送信した。
「ミリアム師は落ち込んでる」
「ケイナと親友だった」
ユアとユナがようやく立ち上がった。
「そうだな。まあ、食事が無理なら・・あの喫茶店でも良い」
シュンが言った時、
チリリン・・
返信を報せる音が小さく聞こえた。
「ミリアム師?」
「なんだって?」
ユアとユナがシュンの左右に並んだ。
「・・"ガジェット・マイスター"について、会って話したいと書いてある。料理については引き受けてくれるそうだ」
「ボス・・」
「ちょっと難しい話かも?」
「会ってみよう」
シュンは返事を書いて送り返した。
「大変そうなのに、料理を頼んじゃって良い?」
「ミリアム師、辛そうじゃない?」
「会ってみれば分かる」
即座に返った返事に眼を通し、シュンは1階の町で会うことになったと2人に告げた。
心の準備がどうの、どんな顔をして会えば良いのか分からない・・と、あれこれ言っているユアとユナを連れて、シュンはさっさと転移をした。
「ユキシラ、そちらは順調か?」
シュンは"護耳の神珠"で呼びかけた。
『はい。これまでのところ妨害はありません。探知器の埋設は順調です』
「リール、作業はどうだ? 魔王種に変化は?」
『予定通りじゃ。少し虫がうろついておったが、まあ斥候にしてはお粗末じゃな』
リールの方も問題無さそうだ。
ユキシラとリールは、魔王種を探知するための探知器の子機を地中に埋める作業を行っていた。中継器を兼ねた子機を等間隔に設置し、探知網を拡大していく計画になっている。
今は、その試験運用のための作業だ。
探知器として機能することは間違いないが、予定通りの範囲を探れるのか? 中継器として機能するのか? 地中に埋設して性能は落ちないのか? 等々、ムジェリから検証を頼まれている。
「アレク? 話せるか?」
『おう! 今、19階だ。ちっと面白い亀が現れたぜ!』
アレクの機嫌が良さそうだ。
「手強いか?」
『"ロンギヌス"だけだとキリが無い。今、"竜の巣"を集めているところだ!』
「そこは、亀のような魔物ばかりか?」
19階には、新種の魔物が出現するようになった。アレクのパーティ"ロンギヌス"は、迷宮内の調査を担当している。
『亀・・っつても、口開ければ牙が並んでるけどな! 今の奴は首が4本も生えてやがる。吸うと幻覚を起こす毒を吐きやがるし、結構楽しめるぜ!』
「おまえ達のパーティで削り切れないということは、再生力が凄いのか?」
『硬ぇし、再生するし・・毒気が眼に染みやがるし・・まあ、再生力はもう半分以下だ。ちょうど、削りとつり合ったくれぇだな』
「・・面白そうだな」
シュンがぽつりと呟いた。
『おう! 久しぶりに熱いぜ!』
アレクの笑い声が響く。
「ボス?」
「どした?」
ユアとユナがシュンを見る。
「19階に、また新種だ」
「アレク?」
「亀が泣く」
「意外に手こずっているらしい。レギオンを招集したようだ」
「おお!」
「それは凄い」
2人が素直に感心する。
アレク率いる"ロンギヌス"は、"ネームド"を除けば迷宮最強のパーティである。
「ぁ・・ミリアム」
「・・ジニーとディーンも」
ユアとユナが思わず立ち止まった。
ミリアムとジニー、ディーンの3人が転移場所へ迎えに来ていた。
お互いに、微妙に気まずいような曖昧な笑みを浮かべつつ、目顔で挨拶を交わす。
ただし、シュンだけは通常通りだ。
「"ガジェット・マイスター"について話があるそうだが?」
挨拶もそこそこに、ミリアムに声を掛けた。
「ケイナとスコットが出て行って、メンバーはこの3人だけになってしまいました。でも、このまま"ガジェット・マイスター"として"ネームド"のレギオンに参加させて欲しい・・それをお願いしたかったの」
ミリアムが真っ直ぐにシュンを見つめて言った。
「分かった。これからも、よろしく頼む」
シュンは即答した。最初からそのつもりだった。
「・・ありがとう。私達の技能について、ちゃんと説明した事が無かったと思うけど・・私は料理全般、"ネームド"のおかげで、扱える食材、調理方法、一度に調理できる種類と数が膨大になりました。料理技能に関しては、この迷宮の探索者の誰にも負けません」
ミリアムが断言する。
「僕は、ガラス細工だけでなく、水晶や魔晶石の加工、精製まで出来るようになった。風魔法と土魔法を混合して操るのが得意だ。ケイナのEXほどじゃないが、防壁を生み出す事が出来るよ」
ディーンが言う。
「私は、編み物と刺繍だけじゃなくて、ケイナみたいに衣服を作れるようになったわ。100階層までの素材なら一通り扱えます。得意な魔法は光系統です。初級の神聖術、それから光妖精の召喚と使役ができるようになりました」
ジニーが自身の技能を説明する。
成長しているのは"ネームド"だけでは無いらしい。
「それから、ディーンとジニーは、U3号の機関車を操作できるわ。スコットがあんな感じになってから、いつか脱けるかもしれないと思って、2人に習得して貰ったの」
ミリアムがユアとユナを見て笑みを浮かべる。
「おお!」
「そう言えばっ!」
何か聴いていたらしいユアとユナが思い出したように声をあげた。
「私は、あの食堂車が気に入ったわ。もちろん、いつかは神殿町に店を持ちたいし、エスクードの店も続ける。でも、食堂車の料理長という立場は他の人に譲りたくないのよ」
ミリアムが笑顔を見せた。
「そうだった。それで・・早速、食事会をお願いしたい」
シュンは食事会の計画について話した。
「おぅ・・ここで、それですか」
「おぅ・・ここできますか」
ユアとユナが両手で顔を覆った。
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