第203話 食事会
「なんだか、さっぱりしすぎて落ち着かないねぇ」
アンナがきょろきょろと部屋の中を見回している。
部屋の中央に置かれた食卓には、アンナだけでは無く、エラード、キャミ、ミトも座っていた。みんな緊張顔である。
霊気機関車の食堂車、その特別室である。豪華な調度品は無い。と言うより、食卓と椅子の他は何も無い。元々、シュン達が作戦を打ち合わせるための部屋だ。
「待たせた」
まず、シュンが入って来た。
後ろを、ユアとユナが入って来てシュンの左右に並んだ。3人共、いつもの騎士服姿である。
「アンナに紹介した時は、落ち着いて話が出来なかったから、今回はエラード達への紹介を兼ねて食事会にした」
そう言ってから、シュンは左右のユアとユナの肩へ手を回した。
「俺の婚約者、ユアとユナだ」
「ユアです」
「ユナです」
2人が緊張顔でお辞儀をする。
「おぉ・・儂を生き返らせてくれた聖女の嬢ちゃんじゃな。あの時は本当にありがとう」
ミトが立ち上がって食卓に手を着き頭を下げた。
「・・シュン」
エラードがシュンに声を掛ける。
「もしかして、2人とも婚約者なのか?」
「もちろんだ」
「いや・・もちろんって、お前・・」
エラードが眼を剥いて何か言いかけ、そのまま口を噤む。
そう、別に同時に複数と婚約してはいけないという決まりは無い。類例が少ないというだけの話だ。
「ユア、ユナ、ジナリドのみんなを紹介しておこう。まずは、アンナ。俺の義理の母親で、鍛冶の師匠だ」
「アンナだよ。ありがとうねぇ。こんな愛想の無い子と婚約してくれて・・」
「アンナさん、それはもう良いから!」
キャミが小声で窘める。
「キャミさんは、ジナリドの冒険者協会の受付・・こう見えて、冒険者からは怖がられている存在だった」
「ちょっ・・シュン君? それ、要らない情報でしょっ! あぁ、えっと・・キャミよ。昔、ちょっとだけ冒険者をやってたの」
キャミがシュンを横目で睨みながら、ユアとユナに挨拶をする。
「隣がエラード。俺を山の中で拾った狩人だ。よく殴られた。何度も死にかけた」
「おいっ、なんだその紹介は!」
エラードが声をあげる。
「そして、ミト爺。冒険者協会で俺達が持ち込む獲物の査定をしたり、解体をやったりしてくれていた」
「ミトじゃ。あんたらのおかげで、生まれて初めて、学校ちゅうもんへ通うことが出来た。いや、長生きはするもんじゃな」
ミトがにこにこと相好を崩す。
「それから、アンナとキャミはもう会っているが、実は、ユアとユナは神様の力で1人になることが出来る。そちらも紹介しておこう」
シュンがそう言うと、ユアとユナが小さくお辞儀をして部屋の外へ出て行った。
すぐに再び扉が開いて、16、7歳くらいの美しい少女が入ってきた。
ユアナである。
先ほどの騎士服とは違い、膝丈のスカートに黒いタイツという"ネームド"の女子用制服に、絹のような光沢のあるシャツを着て、襟元には赤いネクタイを結んでいる。
「ユアとユナが神の力で1つに合わさった姿・・らしいが、どういうことになっているのか、俺には全く分からない」
シュンが苦笑しつつ、ユアナの麗容を見る。
「ユアナです。これが、私達双子が1つになった姿です」
ユアナが緊張した顔のまま小さく頭を下げた。
「さあ、後は食事をしながらにしよう」
シュンの声に、半ば見とれるように動けなかったエラードとミトが、我に返った顔でそれぞれ席に腰をおろした。アンナとキャミが満足そうな笑みを浮かべながら座る。
エラード達を驚かせるために、あえてユアナの事を教えていなかったのだ。
「失礼します」
「お食事をお持ちしました」
ジニーとディーンが銀の台車を押して入って来た。
手際よく、6人の前に、食器が並べられ、冷菜と共に冷たいスープが置かれていく。焼きたてのパン、茹で上がった
「その、ユアさんとユナさん・・今はユアナさんか。シュンの奴とはどうやって知り合ったんだ? アンナも言ってたと思うが、シュンが女の子に向かって気の利いたことを言うはずがねぇ。てめぇの事はてめぇでやれって突き放す奴だし、女を見るより魔物の解体を眺める方が好きな奴だ。あんたみたいな
エラードが唸る。
「え・・と、シュンさん、とても優しい人ですよ? 迷宮に入る前の村で知り合ったんですけど、どうやって生きて行こうか途方に暮れていた時に助けてくれました。それから、ずっと一緒に居ますけど・・いつも護ってくれます」
ユアナが顔を赤くしながら言った。
「きゃあぁぁ、素敵じゃないっ! シュン君にそんなところがあったなんて意外だわぁ~」
キャミが、シュンを見て声をあげる。
「・・ユアナさん、ここに居るのは身内みたいなものだ。本当の事を言ってくれて良い。この狩猟馬鹿と一緒だったなら、ようく分かったはずだ。こいつの頭の中は、獲物をどうやって狩るか、どうやって解体するか、それだけしか詰まっていない。迷宮は魔物だらけなんだろう? なら、こいつは嬉々として魔物狩りに明け暮れておったはずだ。それに付き合わされて辛く無かったはずが無い」
エラードが同情的な眼差しでユアナを見る。
「い、いえ・・本当に優しいですよ?」
ユアナが否定しようとするが、エラードが遮った。
「良いんだ。良いんだ、ユアナさん。シュンは、魔物を狩るって事に関しては一流だ。とんでもねぇ強い魔物も、あの手この手で仕留めちまう。手負いの獲物を追いかけて何ヶ月も山の中をうろつき、必ず仕留めて戻ってくる。狩りの手ほどきしたのは俺だが、ものの数年で独り立ちしちまった。猟師としての腕はピカイチだ。その辺のハナタレには負けやしねぇ。ただなぁ・・生まれついてのもんかもしれねぇが、他人に興味がねぇんだ。とにかく、自分がどうするか・・そればっかりだ。今は、ちっとばかし、良さそうに見えているかもしれねぇが・・」
「なんだい? 外野がぐだぐだ
アンナがエラードを睨み付けながら、キャミの脇腹を肘でつつく。
「そうですよ。こういうのは、当人の問題です。周りの人間が
キャミもエラードを睨んだ。
「お、おう・・いや、すまん。ちと、心配になっちまって・・」
エラードが小さくなる。
「ユアナさんや、これは肝心な事じゃから訊いときたいんじゃが・・」
ミトが、湯気を上げる
「何でしょう?」
ユアナがミトを見る。
「あんたは、シュンを
「え? はい、好きです」
ユアナがきょとんと眼を見開いて答えた。反射的に答えてから、すぐに顔を赤くして俯く。
キャミが華やいだ声をあげてアンナの背中を叩いた。アンナは手で口元を押さえ、感極まった様子でユアナを見つめていた。
「ありえねぇ・・何かの間違いだ」
エラードが呻いた。
「シュンよ。お前さんも、ユアナさんが好きなのか?」
ミトがシュンに訊ねる。
「好きだ」
シュンが即答する。横で、ユアナがうなじまで真っ赤に染めて俯いている。
「なら、何の問題も無いのぅ。好きおうた者同士が婚約するんじゃ。めでたい話じゃて」
次のパンに手を伸ばしつつ、ミトが笑顔で言った。
「しかし・・美味いな。これは普通の蜥蜴じゃないのぅ? 走龍かの?」
給仕に回るジニーに訊ねる。
「18階で獲った地龍の腸に、迷宮の100階で獲れる龍の背肉と脂を詰めたそうです」
ジニーがすらすらと答える。
「ほおぉぉ・・どちらも龍か。ふむ・・美味い!」
ミトが満足げに何度も頷く。
「これから、どんどん出てきますから。お腹を空けておいて下さいね」
ジニーが微笑んだ。
「おお、心配いらんぞ! 儂は半分
ミトが自分の腹を叩きながら笑った。
「まあ、そうなんですね。迷宮のロキサンドという町に、いっぱい住んでいました」
「ほう! 迷宮に、
「はい。ロキサンドの町は、
「おおお・・それは、一度行ってみたいものじゃ」
「学校を卒業したら迷宮に入る資格が手に入る。それから行ってみれば良い」
シュンが、パンと蒸し野菜をユアナの皿へ取り分けながら言った。
「・・お前、本当にシュンか?」
エラードが疑わしげにシュンを見る。エラードの知っているシュンは、女の子の皿に料理を取り分けるような行為をするはずがない。黙々と一人で食べて、一人で飲んで、さっさと帰って行く・・はずなのだ。
「これか? ニホンという国の"やってみたいランキング"に入っている行為らしい」
シュンが小さく笑みを浮かべた。嫌がるどころか、楽しんでいる顔である。
「・・なんだいそれ?」
涙を滲ませたアンナが、
「さあ・・なんだろうな?」
シュンがユアナを見る。
「え?・・えっと、その・・ニホンという国の女の子が、付き合ってる男性にやって欲しいこと・・です」
ユアナが真っ赤な顔のまま小声で説明する。
キャァーーー・・
キャミの甲高い声が響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます