第175話 アリテシア神殿
「カーミュ、今回は無理を言ってすまなかった」
シュンは白翼の美少年に謝った。
『ご主人の役に立ったです。とても嬉しかったのです』
カーミュが宙を舞いながら微笑した。後ろを白い精霊獣が追いかけて駆け回っている。
主神と死国の女王は、太古の昔に夫婦だったそうだ。今でこそ別世に別れているが、かなり仲の良い男神と女神だったらしい。もっとも、あまりに昔の事なので、最近の若い神々は知らないそうだが・・。
「この恩は忘れない」
シュンはもう一度、カーミュに向けて低頭した。
『ご主人のお願いなら、カーミュはどんどんお手紙を書くです』
カーミュが両拳を握って見せる。
「女王様に何か御礼をしたいな。どんな物が良いだろう?」
死国の女王陛下は、あまり時間の無い中で、主神宛てに何通もの書状を書き送ってくれたらしい。
『お酒とお菓子が良いのです』
「そんな物を贈って失礼にならないか?」
『大丈夫なのです。どっちも大好きなのです』
カーミュが自信ありげに断言する。
「そうか」
シュンは少し考えてから、ポイポイ・ステッキの中身を確認し始めた。
「ボス~?」
「ボス~?」
ユアとユナが通りの先で振り返って手を振っている。
完成した神殿町の視察に来たところだった。
あれから何度か信者の受入を行っているらしく、現在は314名が暮らしているそうだ。天馬騎士達は住人としては数えず、神殿付きの騎士という位置づけにしていた。
"ネームド"の事がどう伝わっているのか、町の人々が足を止めて深々と低頭していた。
「これは、どうも居心地が悪いな」
シュンは顔をしかめた。
「見るだけだから平気~」
「住まないから大丈夫~」
軽く身を弾ませるように歩きながら、ユアとユナが物珍しげに通りの左右を眺めている。
「ボンボン・ショコラというのを死国の女王様に贈りたいが良いか?」
シュンは左手上に表示させたリストを見ながら訊いた。チョコレートに酒精の強い酒を入れたお菓子だ。2人は不人気の品だが・・。
「せっせと贈る~」
「お酒は二十歳になってから~」
ユアとユナがひらひらと手を振る。チョコレートの取り扱いに煩い2人から許可が出た。
「いくつか種類が違うものがある。いずれはお目にかかって御礼を言うつもりだが・・」
シュンは、3種類の大ぶりな箱を取り出してカーミュに見せた。どれも飾りの綺麗な箱である。
『きっと喜ぶです!』
カーミュが満面の笑顔で箱を受け取った。どこへ入れているのか、カーミュが触れた箱が次々に消えていく。
『手紙と一緒に贈るです』
「頼む」
シュンは軽く低頭した。
「ロッシ~」
「来たよ~」
先を歩くユアとユナが、通りの向こうで待っている集団に手を振った。ロシータが、"ケットシー"のメンバーを連れて出迎えに来ていた。
「シュン様、お帰りなさいませ」
ロシータを筆頭に、勢揃いした"ケットシー"が恭しく身を折った。
「派手な出迎えだな」
シュンは苦笑した。
「これでも控え目にしたのです。あまり大袈裟なことはお嫌いでしょう?」
「これで控え目か」
シュンはユアとユナを見た。
「ボスは偉いのですよ」
「これくらい当然ですよ」
2人が笑いながら言う。
「まあ良い。それより、清潔感のある良い町になったな」
シュンは、ロシータに言った。
「アオイが奮闘しましたから」
ロシータが小さく笑う。
「ああ・・スコットさんも頑張っていましたよ」
「・・スコットが?」
シュンはロシータの顔を見た。
「少し、妙な拘りを見せていましたが・・概ね、頑張っていました」
「また何かやったのか?」
「いいえ、いずれも未遂でしたので問題ありません」
ロシータが笑み浮かべつつ、後方へ聳える神殿を振り返った。
「ケイナに何か聴いたか?」
シュンは不安を覚えて、ユアとユナに訊ねた。
「今度、訊いてみるけど」
「どうせ、ろくな事しない」
2人のスコット評はかなり低い。
「危うく天馬騎士に斬られるところでした。スコットさんがどういう人なのか、よく説明しておきましたが・・」
ロシータが、シュン達を促して、神々しく煌めく白銀細工の大きな扉の前に立った。すぐに重々しい音と共に、大扉が左右へ開かれて、白銀鎧姿の女騎士達が扉の脇へ控える。
「時代劇ナリ~」
「殿のおなぁ~り~」
シュンの左右で、聖女で教皇の2人がいつもの軽口を叩いている。
「扉は聖銀製か・・神銀も含まれているな」
シュンは大扉の材質を確かめながら、白亜の石床を踏んで神殿に入った。
入って右手には、騎士数名が入れるだろう詰め所、左手には泉のように水の湧き出る池がある。正面に進めば、もう一枚扉があって、中は広々とした円形の広間で奥には大きな神像が置かれていた。
「奥殿には、あの神像の後ろから入ります」
ロシータが案内しながら言った。
「ふわぁ・・」
「これ何メートル?」
ユアとユナが広間の天井を見上げて声をあげる。
「・・80メートル近いな」
シュンは目測して言った。
「さすがです。中央の飾り絵の辺りで83メートルです」
ロシータが答える。
外から見えた尖塔のような部分になるのだろうか。飾り窓があちらこちらにあり、明るい日差しが差し込んでいる。
「人に成りすました魔王種の侵入、魔王による侵攻が起こる可能性が高まったと思う。迷路や神聖術をすり抜ける能力や道具を所持している前提で、注意を払うようにしてくれ。事後でも処理できればそれで良い」
「畏まりました」
「他の迷宮を先制して攻撃する事は禁じられたが、反撃は容認してもらえるそうだ」
「周知しておきます」
ロシータが頷いた。
「それにしても・・綺麗だな」
シュンは神殿の内部を見回して素直な感想を呟いた。荘厳な建物の中を満たした静謐な空間は心地良かった。
「鎧を着てもらえば良かったかな?」
神像を見上げた。
少年神が両手を広げ、慈愛に満ちた表情で神殿の大扉を見つめている。この荘厳な空間には、少し釣り合いが良くない気がした。まあ、輪廻の女神を祀る代わりに立ってもらっているのだから、これはこれで良いのかもしれないが・・。
「奥方様のお名前を残して、アリテシア教となった経緯は理解しておりますが、こちらの・・本来の迷宮神のお名前は何と?」
ロシータがシュンに訊いた。
「マーブル!」
「マーブル!」
ユアとユナがシュンに代わって答えた。
「マーブル・・神ですか?」
ロシータがシュンの顔を見る。
「主神の許可を得て、この2人が名付けた」
シュンは笑みを浮かべて頷いた。
「神に名付けを・・」
ロシータが目を見張る。
「マーブル神・・ですね。了解しました。そちらも周知しておきます」
「ロッシ大司教、ここではあくまでもアリテシア教ですぞ?」
「ロッシ大司教、アリテシア様は怖いですぞ?」
ユアとユナがロシータに注意する。
「心得ております。教皇様」
ロシータが微笑した。
その時、キィィーーー・・と、耳に障る擦過音が響いた。緊張するシュン達の眼前で、黒々としたモヤが集まり固まっていき、嫋やかな女の麗容が現れた。
「アリテシア様」
シュンが床に片膝をついた。それを見て、ユアとユナ、ロシータ以下、女騎士達も床に膝を着いて低頭した。
『説明なさい! あなたは、私を祀る宗教を広める責務を果たしていますか?』
「この通り、アリテシア教を広めております」
シュンは、少年神を模した神像を見せた。
『・・この像は?』
輪廻の女神の目が大きく見開かれる。
「旦那様のお姿を神像とし、女神様のお名前を頂いてアリテシア教と命名しました」
『・・・・素晴らしい着想だわ。あなた、名前は何と言ったかしら?』
輪廻の女神が頬を紅潮させてシュンを見つめた。
「シュンです」
『そうだったわね! シュン! これは素晴らしい宗教よ! 全世界に広めるべきよ!』
「お任せ下さい。着実に信者を増やしております」
シュンは笑顔で頷いた。
『良かったわ! ちょっと悲しい事があって、みんなが私に嘘をついているんじゃないかと勘ぐっちゃったのよ』
「何かあったのですね?」
『そうなのよ! 聞いて頂戴っ! うちの旦那様が浮気をしちゃってるのよ! 信じられる?龍と戦っている最中なのに、光の乙女にうつつを抜かしているのよ? あり得ないでしょ?』
輪廻の女神が吼える。
「それはいけませんね。しかし、その浮気というのは確かですか? 神様はずいぶんとお忙しそうでしたが?」
『だって、光姫の事を褒めてたわ! 迎えにやった闇ガラスの前で、これ見よがしに褒めちぎっていたのよ?』
輪廻の女神が両手で顔を覆った。
「ああ・・あれは、私に責任があります」
『あなたが浮気の手引きをしたの!?』
赤光を帯びた女神の双眸がシュンを捉えた。
「いいえ、この地上世界に別の世界の迷宮が出現する事になったのですが、事情があって、その一つを私が破壊してしまったのです」
『それで、どうして浮気をしたの?』
女神の双眸がシュンを睨んだまま動かない。
「浮気というより同情ではないかと思います」
『同情?』
「私が破壊した迷宮は、どうやら光姫という方の迷宮だったようです」
『まあっ! それはとても良い・・いいえ、酷い事をしましたね』
輪廻の女神様がにこにこと上機嫌になった。
「女神様、神様の浮気についての真偽は分かりませんが・・神様は、こうして一つの宗教として祀ることについて容認していらっしゃいます。これこそ真実なのではないでしょうか?」
『・・そうね。その通りだわ! これこそが真実の愛よね? そうでしょ?』
「お気持ちは通じていると思います」
シュンは無表情に答えた。
『ああ、私ったら早とちりしちゃって、神様を困らせるような事を言っちゃったわ。あなた、名前は何と言ったかしら?』
「シュンです」
『シュンね。あなたの献身に感謝するわ! そうね! あなたに何かをあげないといけないわ!』
「・・もう十分に頂きました」
低頭して床に向いたシュンの顔が曇る。どんな戦いでも恐れはしないが、あの祠だけは・・。
『いいえ、ぜんぜん足りないわ! そうね・・あなた、何か困った事はないの?』
輪廻の女神が勢い込んで訊ねる。
「困った・・というほどではありませんが、主神様によって世界にばら撒かれた魔王種の位置を把握したいと思っております。討伐してまわるにしても、当ても無く移動するわけにはいきませんから」
『ああ、噂に聞いたわ。それなら・・祠にあった道具は持ってる?』
輪廻の女神がシュンを見た。
「はい。保管しております。用途が不明な品がほとんどでしたが・・」
『全部、貢ぎ物なの。祠に隠れて暮らしていた時に、精霊とか神から色々と貰ったのよ』
あの部屋を埋め尽くしたゴミ山は貢ぎ物だったらしい。
「あの品のどれかで、魔王種の位置を把握できるのですか?」
『そうね。人には使えない品ばかりだけど、あなた、近くに精霊がいるでしょう?』
「精霊獣がいますが?」
シュンが言うと、マリンがふわりと浮かんで姿を現した。
『あら、綺麗な子。その子になら扱えるわ。使い方は・・』
輪廻の女神が手を伸ばして、シュンの額に人差し指を当てた。
『これで大丈夫でしょう。精霊の知識を入れてあげたから・・ああ、少し熱が出たりするけど大丈夫よ。あなたなら3日もすれば治るでしょう』
「・・ありがとうございます」
『じゃあね。これからも、私と旦那様の宗教をしっかり広めるのよ? お願いよ?』
「お任せ下さい」
シュンが低頭する。それと同時に、また甲高い異音が響いて、輪廻の女神が消えていた。
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