第124話 神様の依頼
チョーカー事件の翌日、ユアとユナが手で顔を覆って床にしゃがみ込み、身悶えしている時に、神様がやって来た。
『やあ、待たせたね。色々とあってね、ちょっと時間がかかっちゃったよ』
ふわふわと宙を漂いながら神様が嘆息した。
「忙しそうですね」
シュンは解体の手を休めて神様を見た。"ネームド"で、88階を周回している最中だ。解体しているのは極彩色の羽根をした大きな鳥だった。双子が顔を隠して
『まあね。ちょっとゴタゴタしちゃってるよ』
「何かありました?」
『う~ん、あったというか、これからあるっていうか・・ああ、先にイベントのクリア報酬を渡しちゃおう』
神様が上下逆さまになって浮かんだまま、ぶつぶつと何やら呟いている。
『ええと、まずは魔神討伐でレベルが1アップね。これの対象は始まりの町に居た8人。棒金5000本とEX技の能力上昇。魔神に止めを刺したイレギュラー君は、追加で棒金5万本、魔神が持っていた瞬間移動の能力を授けよう』
「瞬間移動・・あの消えて移動する技ですか」
シュンは金色甲胄の魔神が使っていた技を思い出した。使い方を考えないと、ただの曲芸になってしまう気がするが・・。
『まあ、使いようによっては面白い技さ』
「そうですね。ありがとうございます」
シュンは水魔法を使って解体の汚れを落とすと、素材を手早く収納していった。
『イベントクリア報酬として参加者全員のレベルを1アップ、棒金1000本ずつ、神威の紋章を与えます』
「神威の紋章というのは何でしょうか?」
サヤリが訊ねた。
『神の威光を体現した者に贈られる勲章さ。まあ、ちょっとした魔除けにはなるね』
「魔除け・・ありがとうございます」
サヤリが低頭した。
『さて、最後にもう一つ、"技の書"が贈られる』
「技の?」
『すでに色々な技を習得しているとは思うけど、"技の書"によって伝授される技は、どんなに修練しても会得できないものばかりです』
神様の説明によれば、鍛錬をして覚える技とは全くの別物らしく、"技の書"によってのみ習得できる固有の技なのだという。
『まあ、戦闘向きの技ばかりじゃないよ? 他の書と同じようにルーレットで選ぶから、何が当たるのかは運だし、恨みっこなしでお願いね』
そう言った神様が軽く手を叩くと、シュン達の身体から光る玉が浮かび上がって神様の手元へ集まっていった。
『なんか、"技の書"を渡すのって久しぶりだなぁ。このところ、魔神イベントで生き残る探索者が居なかったもんなぁ』
「魔神はよく迷宮に入って来るのですか?」
シュンは神様の手元を眺めながら訊いた。
神様が例によって無造作にぽいぽいと玉を投げている。的のルーレットは何処にも見当たらないが・・。
『簡単には入って来られないはずなんだけどねぇ、どこかに穴が開いちゃってるのかなぁ? 何匹か入り込んじゃってる形跡があるんだよ』
「何階でしょう?」
『それが分からないんだ。上の層に入った魔神がいるみたいだけど、下層にも入ったはずなんだよねぇ~・・っと、始まるよ』
神様が上方を見上げた。
話を聴いていた全員が上を見上げる。淡い光の粒が舞い散り始め、手元に一冊の本がゆっくりと降りてきた。
シュンの手元に降りてきた"本"は、真っ黒い色をしていた。ちらとユアとユナを見ると、2人の持っている本は黄金色に輝いている。
(俺の本は、模様が
シュンは、黒い本の表紙を彩る意匠を観察した。無数の人の顔らしきものが泣き叫んでいるような図柄をしている。どういう仕掛けか、その顔が動いているようだった。
(中身は・・)
表紙を開くと、
ヒャッハァーーー
大勢の男達による歓声らしき声が響き渡った。
思わず顔をしかめて周囲へ視線を巡らせたが、どうやら今の絶叫が聞こえたのはシュンだけらしい。ユアやユナ達はそれぞれ本を開いた姿で淡い光に包まれていた。
『また、妙な本を・・』
いつの間にか、神様がシュンのすぐ近くへ来ていた。片手で顔を抑えて嘆息している。
「変わった本ですね」
シュンは本の頁に書かれた文字を見た。
・ゴーストフィーバー
とだけ記されていた。他に頁は無く、選択の余地はないらしい。
『ああ、これ・・珍しくハズレ引いたね』
「ハズレというと、戦闘向きではないのでしょうか?」
『まあそうだね。弱い技ではないけど、今の君に必要とは思えないな』
神様の説明によると、致死性の絶叫をあげるゴーストが大量に飛び回って、効果範囲内の相手を即死させる技らしい。ただ、階層主など精神攻撃に耐性がある者には、まったく効果がないそうだ。耐性の低い雑魚を一掃するためには有効な技らしい。
『ああ・・ゴーストを使役して物を運搬させたりできるから、ちょっと迷惑な郵便屋を開業できるかも』
神様がクスクスと笑った。
「荷運びができる・・幽霊ですか?」
『そうだね。ゴーストの側からは物理的な干渉ができるけど、相手側からは触れられない・・そう考えると厄介かもね。神聖魔法を浴びせられたらイチコロで消えちゃうけど』
「・・なるほど」
シュンは使い道を考えながら頷いた。
『みんな、習得が終わったみたいだね』
神様が他のメンバーの様子を確認した。
「魔神はドロップ品を落としませんでしたね」
シュンは、引っかかっていた疑問を投げかけてみた。
『そりゃあ、あいつらはボクの迷宮の生まれじゃないからさ』
「魔神が人の姿では解体をする気が起きませんし・・あまり良い獲物ではありませんね」
危険を冒してまで討伐する価値を感じないのだが・・。
『いやっ! 発見即撃滅で頼むよ? ちゃんと報酬は用意するんだからね?』
神様が慌てた様子で注文してきた。
「魔神を斃せば、龍人が襲って来ますか?」
龍人と再戦する機会があるなら、やる気が出る。
『いやいや、あの黒いのは別口だから。いずれ説明する時が来ると思うけど、龍人というのは存在が特殊なんだよ。成体が現れることなんか滅多にないから』
「・・そうなのですか」
シュンの声音が沈む。
『そんな事より、君に依頼がある』
すかさず、神様が話題を転じた。
「私に?」
『あれこれ説明するのが面倒なんで率直に言うよ。君達、"ネームド"で迷宮管理人をやってよ』
「・・迷宮管理人?」
『100階層までの低層域の管理監督者さ』
「具体的には何をやれば良いのでしょう? 私は700階を目指したいので探索者を続けたいのですが?」
内容が分からないまま無責任に引き受けるわけにはいかないし、100階より上の階をめざすことができなくなるのなら断るしかない。
『うん・・実に君らしい。もちろん、想定の範囲内さ。そうくるだろうと思って色々と調整済みですとも』
神様が腕組みをして何度も頷いている。
「100層までの管理ということは、あの白い奴と再戦をしても良いのですか?」
管理者の権限で、再戦ができそうだが?
シュンの問いかけに、神様が大きく首を振った。
『あの子は、上の迷宮で手厚く保護されています』
「そうですか・・」
『基本的に、ボクのルールは変更できません。あくまでも、ボクが設定した規則に従って、ボクの下請けとしての管理人だからね? 魔物を絶滅させたら駄目ですよ?』
神様が定めたルールに従って監理監督を行う役割らしい。
「狩りはできないのですか?」
『斃したら駄目な存在がいくつか指定されます。その他の魔物は狩って良いけど、そもそも君達って魔物を狩っても経験値なんて稼げないでしょ? 88階を周回しても1周600ポイントとかじゃん』
「技や魔法の練度は上がっていると思います」
魔法の威力はじりじりと上がっている実感があるし、消費MPは減ってきた。
『微々たるものさ。まあ、魔物狩りを禁止するわけじゃない。ボクとしては、この下位迷宮に入り込んでくる魔神の駆除と迷宮の保全に尽力してもらえれば良いんだ。細々とした管理業務は別の子がやっているから、君には討伐係をお願いしたい』
「3年経った後はどうなりますか? 迷宮管理人というのは、そこまででしょうか?」
シュンの問いかけに、神様の顔が曇った。
『・・しばらく続けてもらわないと困るよ。これって、まあまあな重要職なんだから』
「元々、迷宮で狩りをしながら暮らすつもりでしたので、何かしらの仕事を請け負うことは問題ありません。ただ、育ての親には会いに行って事情を話しておきたいと思っています」
3年経てば迷宮から出ても良いというのが規則だったはずだ。迷宮管理人になったら帰郷の権利を失うというのなら引き受けるわけにはいかない。
『ああ、そういうのは自由さ。ファミリアカードと同様、迷宮にはいつでも帰還転移ができるから、どこで暮らしていても大丈夫だよ』
神様の言葉を聴いて、シュンは安堵の表情を浮かべた。
「安心しました。ユアとユナ・・2人と婚約をしましたので、義理の母に報告をしておきたかったのです」
『ほうっ!? ついに、双子ちゃんと? それはおめでたいね! そういう事なら、ボクからも祝いの品を贈らせてもらうよ。双子ちゃんには、チョコアイスの件で恨まれてるからさ』
神様が笑った。
「ありがとうございます」
シュンにしては珍しく、照れ臭そうに耳の辺りを赤くしている。
『ようし、なんだか良いぞ! 久しぶりに明るい話題を聴いた気がする! そうかぁ、双子ちゃんの涙ぐましい努力がやっと実を結んだかぁ。ぶっちゃけ、無理だろうと思ってたけど』
神様が感慨深げに言った。
『いやぁ、引き受けてくれて助かるよ! 正直ボクも駒不足でね。龍種はヘソを曲げちゃうし、戦乙女達は尻込みして怯えちゃうし、もう下層域は諦めちゃおうかなって思ってたんだ。そんな時に、ふと君のことを思い出してね。ほら、君って控え目に言っても
「魔神が先日と同じ程度なら斃せると思いますが・・ラグカル病という状態異常は困りました。カーミュの助言で水霊を使役できなければ、まともに生活ができなかったと思います。あの状態の間は管理人としての働きは無理ですね」
『アルマドラ・ナイトとの同化が進行し過ぎて、肉体が本来の状態を忘れちゃったんだ。憑依をやる術者なんかが似たような状態になるけどね。その時はその時で仕方がないね』
神様が肩を竦めた。
「またラグカル病になるのでしょうか?」
『なるかもしれないね。アルマドラ・ナイトは、これからも強化していくでしょう?』
「はい」
『なら、仕方がない。そういうものだと、諦めるしかないよ。どうせ、15日寝込むくらいなんだから、可愛い婚約者ちゃん達に看病してもらえばいいじゃないか』
「・・あまり心配をさせたくないのですが」
シュンとしては、自分のことで双子を心配させるようなことは避けたい。
『あはは、前もって言っておけば大丈夫でしょ。きっと喜んで世話をしてくれるよ』
笑いながら、神様が手のひらを上にして軽く上下させた。途端、手のひらの上に、大きな丸い玉が出現した。
『これは金色魔神君の魂石さ。2度と復活できないように処理してやろうと回収したんだけど、もう誰かさんの一撃で魂が粉々に砕けて浄滅しちゃってた。まあ、どこから来て、どうやって潜り込んだのか痕跡を辿る役には立ったけどね』
「ずいぶん大きいですね」
『魔神だからねぇ』
神様が苦笑する。
『さて、この魂石でアルマドラ・ナイトを強化できるけど?』
「お願いします」
『うん、聴いただけ。ちゃちゃっと済ませちゃおう。ああ、言い忘れるところだったけど、管理人としての報酬はレベル払いだ。1ヶ月につき、1レベルアップ。管理人を引き受けてくれたから、転移門を使わずに迷宮内を移動する能力を授けよう。1階から100階まで自由に転移移動できる。ただし、100階から上はこれまで通りに1階ずつクリアしないと上がれないから頑張って』
「管理人としての規定・・職務について記した物はありますか?」
具体的に何をすれば良いのか分からない。
『今は無いけど、早急に作って君のポイポイに放り込んでおくよ』
神様が言った。
「ありがとうございます。開始の時期は、いつからでしょうか?」
『ははは、いや、金竜と銀竜が白龍人について行っちゃったもんだから、下層迷宮が結構手薄になっちゃったんだよ。上層は上層でちょっとゴタついてるし・・なので、今からやってよ』
神様が、シュンに向けて人差し指を振った。
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8月28日、誤記修正。
具体敵(誤)ー 具体的(正)
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