第125話 シークレットゾーン


「ボス、行ってきます」


「ボス、夕方には帰ります」


 ホームの居間で、ユアとユナが揃って敬礼をした。


「今日も"ガジェット"か?」


 シュンは薬品調合の手を休めて声をかけた。


「胃腸を保護する」


「至高の逸品を習得」


 双子が意気込みを口にして連れ立って出て行く。


 双子は、"ガジェット・マイスター"のミリアムに頼み込んで、調理場に入り浸っていた。

 シュンの義理の母であるアンナに紹介される前に、いっぱしの料理人になるのだと意気込んでいる。

 料理ができなくても大丈夫だからと言ってあるのだが・・。


「2人とも、シュン様に美味しい料理を食べてもらいたいんですよ」


 サヤリが微笑しながら言った。


「気持ちは嬉しいが、かなり遠い道程だぞ?」


 シュンは苦笑しつつ、創作の魔法陣を上下に5層展開した。"狐のお宿"と"竜の巣"から依頼された品は納品したが、"ケットシー"のロシータから個別に依頼された神聖水が少し足りていない。


 HP薬、MP薬、SP薬、蘇生薬といった完成品とは別に、調合の素地に使う神聖水も人気が高かった。


「ロシータさんは、チョコレートを諦めていないようですよ」


 サヤリが要望を書きためた帳簿に眼を通しながら言った。


「それは、他の連中も一緒だろう。俺としては配っても良いんだが・・」


「ユア様、ユナ様がお許しにならないでしょう」


「そういうことだ。菓子類については、あの2人に全権を委ねる」


 そう言ってシュンが笑った時、魔法陣の上でバチバチと光が爆ぜ始めた。



パンパカパ~~ン♪ ヒューヒュードンドンドン♪



 妙な楽器の音が鳴った。


「・・またか」


 浮かべている魔法陣の一つに、リボンのかかった紙箱が出現してしまった。


 開けてみると、先日、神様に召し上げられたと騒いでいたピノンというアイスクリームが5つ詰まっていた。


「まあ・・喜ぶな」


 シュンはポイポイ・ステッキで収納した。


「シュン様?」


 サヤリが収蔵品の管理帳簿を手に訊いてくる。


「ピノンというやつが5つだ。神聖水は18個完成した」


 シュンは次の創作魔法陣を展開した。


「あの2人、シャルクの加護が無ければ、歯が無くなっていたんじゃないか?」


「ふふ・・」


 サヤリが小さく笑う。



パンパカパ~~ン♪ ヒューヒュードンドンドン♪



パンパカパ~~ン♪ ヒューヒュードンドンドン♪



 妙な楽器の音が賑やかに鳴り響いた。


「・・勘弁してくれ」


 5層50個の魔法陣の上に、16個も紙箱が出現していた。さすがに、これは酷すぎる。


 シュンは嘆息しながら、紙箱を手に取った。サヤリが無言で帳簿を手に見守っている。


「クロクマ8、ロックレモネド9、ポテチのバターマヨ22・・」


 げんなりとした顔で箱を一つずつ開けながら中身を報告する。


 その時、


『ボス~、応答せよ~』


『ボス~、聞こえますか~』


 "ガジェット・マイスター"のホームへ向かったユアとユナから連絡が入った。


「どうした?」


 まさか、今のお菓子フィーバーを察知したとは思えないが?


『スコットが女の子を追いかけて行った』


『スコットが帰って来ない』


「そっとしておいてやれ」


 シュンは、お菓子をポイポイ・ステッキで収納しながら言った。


『女の子がおかしい』


『魔憑きかも』


 2人の声に緊張感がある。


「魔憑き? 魔神か?」


 そういうことなら、放置というわけにはいかない。


「そこに女は居るのか? どんな様子だ?」


 シュンは創作魔法陣を消し、サヤリに小さく頷いて見せながら"ネームド"の戦闘服に換装した。


『19階の町に行った』


『女の城がある』


「城? 19階にそんなものがあったか?」


 シュンはサヤリを振り返った。すぐに、サヤリが首を振る。19階には、迷宮人の町があり、低位の悪魔を討伐したことがある。だが、城など見たことが無いが・・。


「他に手がかりは? 何か言って行かなかったのか?」


『ハーレム失敗したって』


『迷宮で女の子に襲われたって』


「・・よく分からないな」


 シュンは首を捻りながらも、サヤリを19階へ偵察に向かわせ、自身は"ガジェット・マイスター"のホームへ向かった。スコットはレベル78だ。19階の迷宮人など脅威にはならないはずだった。


「シュン様?」


 ロシータが修道女姿の少女達を連れて"ガジェット・マイスター"前に来ていた。


「ここのスコットが何かやったらしい」


「同じ件ですわ。同席させて頂いても?」


「そうしてくれ。事情がまったく分からない。知っている事があれば教えて欲しい」


 シュンはロシータ達を連れて"ガジェット"のホームへ入った。1階の打合せ室から、ミリアムが顔を覗かせた。


「ボスさん、待ってたわ。ロシータ? まさか、"ケットシー"も?」


「まだ分からないのよ。無関係では無いと思うのだけど」


 ロシータが言葉を濁す。


「ボス!」


「ロッシも?」


 ユアとユナが2階から駆け下りてきた。手に紙の地図らしい物を握っている。後ろをケイナとジニーがついて下りてくる。


「スコットは何処だ?」


「19階に行ってから消えた」


「19階がおかしい」


 双子が左右へ紙を引っ張って大きな地図を壁に貼った。


 細緻に描き込まれた地形図は、縮尺に狂いがないのはもちろん、地形に大きな変化がある箇所には幅や天井高など数値が書き込まれている。


 迷宮人の隠れ里以外、これと言って怪しい場所はないようだ。


「サヤリ、声を出せる状況か?」


 シュンは"護耳の神珠"を抑えながら呼びかけた。すでに、サヤリは19階の状況を確認しているはずだ。


『コツ・・コツ・・』


 と、2度小さく指先で叩いた音が返った。


「そのまま偵察を続けろ」


『・・コツ・・』


 1度だけ叩かれる。


「スコットは19階か?」


 シュンは壁に貼られた地図を見ながらケイナに訊いた。


「19階へ行くと言ったわけじゃないの。ただ、最近、19階の街へ良く出掛けていたの。未知なる探究がどうとか訳が分からないことを言っていたから放っておいたんだけど」


「うちの子達が1人、行方知れずです。こちらのスコットさんに誘われて何かの会に入ると・・親しい子に言っていたようなのです」


 ロシータが連れていた少女の1人を振り返った。艶のある赤毛が綺麗な少女だった。


「泉からお湯が湧いて出たって言っていました。とっても肌に良いお湯だって・・スコットさん、そのお湯で浴場を作っていたみたいです」


 それぞれ言うことがバラバラだ。


「風呂?」


 シュンは赤毛の少女を鋭く見据えた。







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8月29日、脱字修正

連れいた(誤)ー 連れていた(正)

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