第123話 愛のヘッドバット


 ユアとユナが、シュンに依頼をした装身具は、ニホンでチョーカーと呼ばれている品だった。

 二重に巻かれた黒革の細紐の喉元に、それぞれ、"A"と"N"の文字を刻んだ小さなハート型の金属板がぶら下がっている物だ。

 もちろん、双子はオシャレな装身具を頼んだつもりでいたのだが・・。


「凄く綺麗・・でも、これに、何か特別な意味があるの?」


 ユアナが箱の蓋を開けて中を見る。細い黒革紐は幾本もの細い紐を編んだ物で、表面に艶があって綺麗だった。ハート型の小さなペンダントトップも、表には、それぞれ"A" "N"の文字が、裏面には剣と楯を持つアルマドラ・ナイトらしき紋章が彫ってある。もちろん、紋章の意匠を考案したのは双子だ。


「俺が育った地方では、将来を約束した相手に贈る品だ。言い方は悪いが、専有権を主張する物だな。女が首に巻いてくれれば、受け入れたことになる。まあ、初婚の者同士で行われる風習だ」


 シュンは、故郷の習わしを話して聞かせた。

 もっとも、昨今は男の数が少なく、生活力のある良家の男子には女の親達の方から押しかけて交際を迫る。話が進み婚約することになれば、女は首に紐を巻いて婚約相手の家名を書いた小札をぶら下げるのだ。


 他の土地の者からすれば奇習のようだが、札持ちの女の子は実に誇らしげに小札をぶら下げた紐を首に巻いて歩いている。


「中には、男側の家の了承も無いまま、勝手に家名を書いた札をぶら下げる女もいる。まあ、婚前交渉が当たり前のようになっていて、なんの理由も無く家名札を下げている訳ではないらしいが・・」


 シュンは苦笑した。男の方も、一夫多妻の風習を良い事に、婚約をほのめかしながら複数の女と付き合い、相手の家から何かしらの貢ぎ物を出させている。


「それが元で刃傷沙汰が起こることも少なくない」


 シュンの話を、ユアナが身を縮めるようにして聴いていた。


「いや・・お前達が風習を知らないのは当然だし、だからどうこう言うつもりは無い。ここは迷宮で、お前達は異邦人だ。俺の故郷の風習を押しつける気はないよ」


 シュンはそう言って、もう一つ小箱を取り出した。


「ついでと言ったら気を悪くするだろうが、これはユアナ用に作った物だ。紐を一重にしただけで作りに差は無い」


 蓋を開けて中身を見せながら、シュンはユアナに差し出した。


「・・シュンさん、その・・私達、知らなくて」


 ユアナが伏し目がちに小箱を受け取る。


「良いんだ。分かっている」


 シュンは笑った。

 少しからかうつもりで田舎の風習を持ち出しただけだ。

 しかし、すぐに表情を引き締めた。


「ユア、ユナ・・いや、今はユアナだな」


 シュンはユアナの正面に立った。


「お前達に婚約を申し込む」


「・・へ?」


 いきなりの言葉に、ユアナがぽかんと口を開いた。


「いつか、迷宮の外へ行けるようになったら、それを着けたお前達を、アンナに・・俺の育ての親に紹介したい」


 シュンは真っ直ぐにユアナの黒瞳を見つめた。


「俺はお前達が好きだ。お前達を誰にも渡したくない・・渡さない」


「シュンさん・・」


 シュンの告白を、ユアナが3つの小箱を胸に抱えるようにして聴いている。


「悪いが、あえて俺の故郷の風習に従い、婚約の品にさせてもらう」


「・・これ?」


 ユアナが胸に抱えているチョーカーの入った小箱を見た。すぐに赤い顔のままそっぽを向く。


「もう返しませんよ?」


「・・良いのか?」


「良いも悪いも無いです。私達はずうっと前から・・シュンさんが大好きなのに、今さらなんですよ」


 ユアナが赤い顔で横を向いたまま、小声で呟く。


「よく聞こえないな」


「嘘です。シュンさん、滅茶苦茶に耳が良いじゃない」


「そうかな?」


 シュンが首を捻ってみせる前で、ユアナが小箱からチョーカーを取り出した。


「これ、巻いてください」


 そう言って、シュンに背中を向ける。


「自分で着けやすいように留め具を前に付けてあるぞ?」


「・・着けてください」


 ユアナが前に向き直ってチョーカーをシュンに差し出した。怒ったような余裕の無い顔で、挑むようにシュンを見つめている。


「分かった」


 シュンは小さく頷いてチョーカーを受け取ると、ユアナに近付いた。


「立ってもらった方がやりやすいな」


「膝が震えて立てません。座ったままでお願いします」


 ユアナがきっぱりと宣言し、長い黒髪を両手で纏めて持ち上げる。


「・・そうか」


 シュンはそれ以上は何も言わず、やや前屈みになると、座っているユアナの首に黒革のチョーカーを巻いた。

 ほっそりした首に細い黒革の紐を巻き、喉元で留め具を掛ける。細い黒革と細鎖に吊られたピンクゴールドのペンダントトップが震える喉元で揺れた。


「よく似合ってる」


 シュンは素直な感想を口にした。


「・・シュンさん、ちょっと手を貸して下さい。立ち上がりたいです」


 やや震えの混じる声で言ってユアナが両手を差し伸ばした。シュンは、その手を掴んで軽々と引き起こした。

 途端、そのままの勢いでユアナが抱きついてきた。

 柔らかい肢体を難なく抱き止めたシュンの首に、素早くユアナが腕を巻き付けると、眼を閉じて勢い良く口づけをしようとした。


 ユアナにすれば、それこそ全身全霊の勇気を振り絞った、一大決心の末の決行だったのだが・・。



 ゴッ・・



 おでこおでこがぶつかって痛恨の打撃音を鳴らした。


「・・ぅっ」


 衝撃で仰け反って、思わずしゃがみ込みそうになるユアナを危うくシュンが抱き止める。


「もうっ、シュンさん石頭すぎ・・」


 危うく意識を飛ばしかけ、涙を流しながら苦情を言おうとしたユアナの口を、シュンの唇がそっと塞いだ。

 ユアナが大きく目を見開いて硬直する。ほんの束の間の、そっと触れただけの口づけだったが・・。


「ユア、ユナ・・俺と婚約してくれ」


「・・はい」


 ユアナは痛みと喜びと恥ずかしさで顔を歪めながら、消え入るような声で答えた。





=====

8月27日、誤記修正。

Y(誤)ー A(正)


することなれば(誤)ー することになれば(正)

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