第99話 南龍、散る!

 "ネームド"が走る。

 サヤリを先頭に、ユアとユナ、シュンが続く。

 いずれも"ネームド"の戦闘服姿で、タクティカルベストを着け、"護耳""護目"を使用し、"ディガンドの爪"をそれぞれの正面に浮かべている。手にしているのは銃器だ。


「"厩舎"が見えた。魔法の付与エンチャントを開始」


「アイアイ」


「ラジャー」


「了解」


 返事を返した3人が走りながら、物理防御、魔法防御、継続HP回復、サヤリの"幻惑"、"幻身"を互いに付与し、シュンの"霧隠れ"、さらには分厚い水楯が足下以外をカバーする。


「起きた」


 シュンが呟いた。

 距離は、1200メートル。"厩舎"と呼ばれる大きな石造りの館は、何本もの石柱と石の屋根があるだけの単純な物で壁は無い。

 その"厩舎"の中で、小山のような巨体が動いたようだった。


「情報通りだ。体高は80メートル前後、首を伸ばせばもっとある。胴体はかなり大きい・・四つ足で尾は2本。翼は見当たらない」


 シュンはダークグリフォンの"眼"で観察しながら龍の様子をメンバーに伝えた。


「頭は5つ。形は71階のヒュドラに似ている。距離500・・停止する」


「アイアイサー」


「イエッサー」


「了解です」


 パーティ内での打合せ通りに、4人は"厩舎"から500メートルの距離で停止した。振り返ると、800メートル後方で、"ガジェット・マイスター"が陣地を構築している。

 一直線の巨大な通路は、見通しが良い代わりに遮蔽物が無い。龍は炎息などを噴いてくるが、最大到達距離は500メートル前後らしい。余分を見て、800メートル離れるよう指示してあったのだ。


 ついでに、"狐のお宿"の検分役を捜したが、まだ来ていないようだった。ガジェットのさらに後方から望遠鏡でも使っているのだろうか?




ゴーーーン・・



ゴーーーン・・



ゴーーーン・・




 情報通りに、大きな鐘の音が響き渡った。龍が"厩舎"を出て動き出す合図だ。


「あと15分」


「もうちょい」


 双子が懐中時計を手に呟いている。日付変更までの時間だ。


 突入のタイミングは日付変更前に設定されていて、全レギオンが、MP薬使用前提の大魔法で攻撃を開始する。


 当然、シュン達 "ネームド"もやる。


(水が無いのが残念だが・・)


 シュンは"厩舎"から這い出てくる巨大な多頭龍を見ながら、ジェルミーを出した。まだ、アルマドラ・ナイトは出さない。


 地響きが鳴り、震動が足下を揺らす。

 一歩一歩、巨龍が歩を進める度に、床が揺れていた。鱗の色は深い紫色で、巨躯を包む大鱗に鋭い突起が生えている。


「・・どうも、水楯のような何かを張っているな」


 シュンはわずかに眼を眇めながら呟いた。


 巨龍の正面に、風の塊のようなものが滞留しているように見える。魔法防御の類だろうか?


「ボス、ナイトさんは?」


「いきなり出す?」


 双子が訊いてくるが、シュンは首を振った。


「あれはMP消費が多過ぎる。お前達の魔法の効きを見てからにしよう」


 一応、南の巨龍を仕留めた後に、他の龍を相手にする可能性を考えておかなければならない。最悪の場合は、"ネームド"だけで、残り3頭すべてを相手にするつもりだった。


 シュンには、アルマドラ・ナイトを長時間運用するだけのMP量が無い。アルマドラ・ナイト単体でなら数時間は召喚し続けられるのだが、双子がロボナイトと呼んでいる合身した状態の維持、そして、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"による一撃には膨大なMPを奪われるのだ。

 しかも、一時的にだが、迷宮を破壊してしまう。


 砂漠エリアの時は気にならなかったが、ヨーギムのレギオンを相手にした46階では、壁も通路も床も天井も・・あちこちがえぐれ、溶解し、正面方向の壁が消し飛び、何も無くなった壁や天井の向こうに、黒々として何も無い空間が出現したのだ。

 どういう空間なのか、カーミュにたずねたが、人の世では語ることが許されていないと、申し訳なさそうに謝られた。

 あの時、黒い空間は、数秒で消えて迷宮は元の状態へと再生されていったが・・。


(軽々しく使用してはいけない力だ)


 もちろん、アルマドラ・ナイト単体での運用は問題が無い。ただ、合身しての戦闘行為はしっかりと状況を考えた上でなければ"危ない"と感じている。当然、身の危険を感じる状況になれば使用を躊躇ためらわないが・・。


「ボス、止まらない」


「こっち見えてないかも?」


 ユアとユナが近付いて来る巨龍に向けて、両手をパタパタ振っていた。


「サヤリ、全周警戒! "ガジェット"にも注意を払っておいてくれ」


「承知しました」


 頷いたサヤリが少し後方に下がった。


 距離は300を切っている。

 巨龍が一歩一歩踏み出す度に、地響きで双子が軽くはずんでいる。当たり前だが、震動だけではずむはずが無い。双子が自分でぴょんぴょんと跳んでいるのだった。


「さて・・」


 広い通路の中央を、5本首の巨龍が進んで来る。シュンは銀色の魔導時計を見た。


「いい時間だな」


 シュンは双子に頷いて見せた。

 すでに、ユアとユナは半身に立って、右手を上に差し伸ばしている。なお、手を挙げる姿勢に意味は無く、気分の問題らしい。

 2人の上で、大輪の花のように、黄金に輝く魔法陣が出現して回転を始めた。


「シャイニングゥーーー」


「バーストカノーーン!」


 双子が小走りに前へ駆け出るなり、跳び上がって右手を振り下ろした。


 魔法陣から巨大な光砲弾が連続して撃ち出され、巨龍に直撃する。9発ずつ、合計18発が炸裂して轟音が響き渡った。

 先ほどまでの龍の歩みとは別の震動が通路を震わせる。


「・・ほぼ無効化された。いや・・龍を護った障壁らしいものが消えた。続けて良いぞ」


 観察していたシュンが双子に頷いて見せた。

 待ってましたとばかり、ユアとユナが右手を掲げて黄金の魔法陣を生み出す。

 2人共まだ、MP回復薬は飲んでいない。1発の光砲弾にMP10万。90万を費やしておきながら、もう1度、同じ魔法を放てるのだ。


 巨龍の突進が始まった。

 わずかに傷ついた巨躯を傾け、姿勢を乱しながら多頭から炎や雷を撒き散らして突っ込んでくる。傷ついた鱗はすぐに再生しているようだ。


(・・良い障壁だな)


 双子の光砲弾を18発も浴びて、ダメージポイントは、わずか200万足らずだ。そのダメージもみるみる内に回復しているのだろう。


「シャイニングゥーー」


「バーストカノンッ!」


 続けざまに、双子の魔法が放たれる。

 突進を続けている巨龍の正面に、再び障壁らしきものが生み出されていく。


(・・5秒)


 消えた障壁が再出現を始めるまでの時間が、5秒。

 まだ完全な障壁になっていない。


 黄金の光砲弾が連続して撃ち込まれると同時に、5つの龍頭からも、5本の火炎が噴射されてシュン達の正面から迫る。

 仮に炎帝竜の火炎だとしても、水楯で防げそうだが・・。


「カーミュ」


『はいです!』


 嬉しそうな声と共に白翼の美少年が姿を現して、押し寄せる紅蓮の炎に身をさらす。どこかウットリとした表情で、カーミュが両手を拡げて炎を抱きしめると、龍の火炎がみるみる色を失って消えていった。

 さらに、カーミュに吸われるようにして、帯状に噴き伸びている5本の炎が龍の口腔までさかのぼって消えていく。


 巨龍が違和感を感じる間があったかどうか、黄金の光砲弾が直撃して巨体が大きく弾かれて浮き上がり、突進中の巨龍が何かにつまづいたように前足を滑らせて横倒しに倒れた。双子の光砲弾には、前へ進む巨龍を弾き返すほどの威力があるのだ。


 双子がMP回復薬を飲む。

 1本で100万ポイントを回復する"ネームド"の秘匿薬である。


 雷鳴が轟き、激しく明滅する紫の雷が巨龍めがけて降り注ぐ。ジェルミーが、じっと見つめる先で、立て続けに雷光が降り、巨龍を撃ち、灼く・・。


『カーミュも灼くです!』


 白翼の美少年がふわりと高く舞い上がるなり、すぼめた唇から炎を噴いた。巨龍が吐いた紅蓮の炎とは違う、白々と光る炎が龍を包んで高熱を噴き上げる。


「シャイニングゥーー」


「バーストカノーーン」


 MPを復活させた双子が再び光砲弾を撃つ。


(横倒しになったことが無いのか・・起き上がりが遅いな)


 なまじ前脚と後脚があるから一度倒れると起き上がれずに苦労する。


(・・魔法?)


 シュンはちらっと通路上方を見上げた。何も見えないが、上方に危険を感じる。シュンはいぶかしく思いながらも、水楯を上方へ展張した。念のため、二重、三重に枚数を重ねていく。


 直後、直上から風が打ちつけて来た。


(嵐帝竜の魔法か)


 先ほどは炎、今度は風刃の竜巻だ。巨龍が横倒しのまま放ってきたらしい。


「そのまま撃て」


 シュンは、双子とジェルミーに指示しつつ水楯から水渦弾を撃ち始めた。多少でも風刃を水渦弾で撃ち崩せば水楯が受けるダメージを減らせる。


「カーミュも、そのまま灼いてくれ」


『はいです!』


「シャイニングゥーー」


「バーストカノーン!」


 ユアとユナが景気良く、光砲弾を撃ち込んでいる。掛け声と共に、18発の光砲弾が連続して発射されて龍の巨体を粉砕する。


(風は終わりか)


 上方からの嵐刃が消えた。次はどの竜の技で攻撃してくるのか・・。

 水楯を多重に展張し直したシュンが、周囲を油断なく見回し、後方の陣地を振り返る。"ガジェット"の陣地に変化は見当たらない。


(・・ん?)


 巨龍が床に横倒しになったまま動きを止めていた。


「ボス、龍が崩れる」


「粉々になった」


 双子が声を歓声を上げた。龍の巨躯が半分以上も炭化して崩れていた。


 間を置かずに雷鳴が轟き、紫雷光が激しく明滅する。ユアとユナの光砲弾が止んだ合間に、ジェルミーが紫雷を撃ち込んだのだ。

 続いて、カーミュの白炎が灼く。


「日付けが変わった。このまま休まずに撃ち込み続けろ」


「アイアイ」


「ハイサー」


 ユアとユナが勇んでシャイニング・バーストカノンを放つ。その間に、シュンはジェルミーにMP回復薬を手渡した。


「30秒間、これを続けてくれ」


 シュンの指示に、ジェルミーが頷いた。

 事前の情報通りなら、10秒間以上続ければ南龍は再生できずに斃れるはずだ。多少の誤差があったとしても、30秒続ければ仕留められるだろう。


「カーミュ、まだやれるか?」


『はいです!』


「なら、全体を狙わずに再生しそうな部位だけを狙って炎を当ててくれ」


『分かったです!』


 カーミュがシュンの意図を理解して、噴いていた白炎を中断した。


(この状態で効くのかな?)


 シュンはVSSを取り出した。


「テン・サウザンド・フィアー」


 灰燼かいじんとなって床に積もった巨龍めがけて、EX技を放った。

 無駄になっても良いつもりだったが・・。


 巨大な蚊が音も無く舞い降りて来て、黄金光が炸裂し、紫雷が荒れ狂う中へ着地すると、口器を伸ばした。さらに、1匹、2匹と数を増やして灰に群がるようにして口器を突き刺す。


(どこだか分からないが・・)


 シュンはVSSの引き金を絞った。

 数十万という単位のダメージポイントが飛び交う中に、9999のダメージポイントが10個ずつ、連続して跳ね飛ぶ。


「む・・?」


 唐突に、ダメージポイントが跳ねなくなり、巨大な蚊が薄れて消えて行った。

 なおもVSSを連射したまま、シュンは視線を左右して巨龍の痕跡を探した。ジェルミーが刀の柄頭に手を置きつつ、シュンを背に護る位置へ立つ。

 日付が変わってから、まだ1時間足らずだ。あまりにもあっけない幕切れだった。


「カーミュ?」


 シュンは、白翼の美少年に訊ねた。


『仕留めたです。でも・・』


「なんだ?」


『不思議な魂です。作り物なのです』


 カーミュが小首を傾げている。シュンは後方に控えるサヤリを見た。

 すぐさま、サヤリが近付いて来る。


「ガジェットの皆さんは無事です。検分役は、さらに500メートル後方にいましたが、龍の死を見届けて立ち去ったようです」


「そうか。では・・」


 "ガジェット・マイスター"の陣地まで退こうと言いかけて、シュンは口を噤んだ。


 シュンとサヤリが話している後ろで、


「シャイニングゥーーー」


「バーストキャノーーン」


 ユアとユナが助走を付けて宙へ跳び上がると、地面めがけて大魔法を放った。まだMPが余っていたらしい。


「カーミュ?」


『完全に消えたです。ここは大丈夫です』


「よし、ひとまず戻っておけ」


『はいです』


 白翼の美少年が微笑を残して消えて行った。


「ジェルミーも還って休んでおけ。どうやら・・このままでは終わらない」


 シュンに言われて、ジェルミーが小さく首肯して姿を消した。


「さて、そろそろ・・」


「シャイニングゥーーーー」


「バーーストカノーーン!」


 双子が高々と宙へ舞い上がった。


(水楯で熱波を食い止めるのも大変なんだがな)


 シュンが嘆息する先で、黄金色の閃光が爆ぜて轟音と共に眩い光が通路を灼き払って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る