第100話 狩人の休息

 "ネームド"と"ガジェット・マイスター"は、南龍を討伐した後、74階の中央部、円形闘技場に戻って来て観客席のような石段に上って陣取っていた。


 まだ開始から2時間も経っていない。

 がらんとして広い空間には、東西北の三方から間断無く、炸裂音や銃声が響いている。音を聴いた限り、どちらの通路も、龍に圧されて退却している感じはしない。最初の交戦位置から動かずに戦えているようだった。


「こんなに、のんびりしてて良いのかな?」


 ケイナが苦笑しつつも魔法陣を両手で抱えるようにして、蜘蛛の繊毛を縒り合わせて糸を生み出している。

 横では、ジニーがケイナが縫製した衣服を膝に抱えて刺繍をやり、ディーンとスコットはそれぞれ、治具を使って金物の精密加工をやっていた。

 そして、料理をしているミリアムの近くには、自称毒味役のユアとユナが陣取っている。


「戦士には休息が必要」


「ちょっと本気を出し過ぎた」


「本当に、あっという間だったわね」


 ミリアムが苦笑しつつ、何かの白っぽい切り身をあぶった物を小皿に取り分けて2人に渡す。薄らと焦げの浮いた表面に、香辛料がふられて辛そうに見える。


「まだロボを出してない」


「ボスの大魔法は未使用」


 ユアとユナがいそいそと小皿を受け取って、躊躇ためらいも無く切り身を口に入れる。毒があろうが無かろうがお構いなしである。幾多の危機を乗り越えてきた胃腸の持ち主達なのだ。


「水の壁は大将さんでしょ? 攻撃的な人かと思ってたけど護りもやれるのね」


 ミリアムが次の切り身を魔導のオーブンに並べていく。今度は赤身だった。


「ボスは治療もできる」


「水療という魔法」


「ああ、その魔法は聴いたことあるな。でも、回復量が少なくて実戦では役に立たないって話だよ?」


 スコットが金属の表面に刻印を入れながら会話に加わった。


「HPとMPとSPを5000ずつ回復する」


「3秒に1回ずつ、60秒間回復する」


 ユアとユナが自分の事のように自慢する。


「・・えらく優秀な魔法だな。水療って、そんなに凄い回復量だったっけ?」


 ディーンが作業の手を休めて顔を向けた。


「私の神聖魔法の継続治癒が3秒間に1000ポイントよ? HP回復だけでも普通に凄いと思うけど? おまけにMPとSPまで回復させるのよね?」


 ケイナが呆れ顔で言った。水療というのは、5秒間に1度、HP、MP、SPを100ポイントずつ回復するだけの下位の水魔法だったはずだ。


「あっ、サヤリさんだ!」


 スコットが勢いよく立ち上がった。円形闘技場の西側通路を見に行っていたが走ってくる。まだ通路から闘技場内に駆け入ったばかりだが、スコットが目聡めざとく見つけて勢いよく手を振り始めた。


「・・あれはユキシラ」


「・・あれは男子」


 双子が冷え切った眼差しを向ける。


「えっ!?・・サヤリさんじゃないのっ!?」


 スコットが少し表情を曇らせて石段に腰を下ろした。その視線はユキシラを捉えたまま追尾して動いている。


「これは通報?」


「殺菌消毒?」


 ユアとユナが、ひそひそとささやき合いながらミリアムの後ろへと避難する。


「気にしないで。スコットはちょっと女の子が好きなだけなのよ」


 ミリアムが焼き上がった茶色い何かを小皿にのせて2人に手渡した。


「ユキシラは男でゴザルよ?」


「男でも良いでゴザルか?」


「あぁ・・一応、がっかりしてるかも?」


 ミリアムが苦笑する。


「大将さんが戻ったみたい」


 ジニーが北の通路を指さした。北の通路からシュンが姿を現して真っ直ぐに闘技場内に走ってくる。

 円形闘技場の中央辺りで、ユキシラとシュンが落ち合い、ユキシラが東の通路へと向きを変えて走り出した。


「ユキシラは身の危険を感じた」


「ユキシラは逃げ出した」


 双子が茶色い何かにかじりつきながら言う。視線の先では、スコットが名残惜しそうにユキシラの背を見つめている。


「おかえりなさい」


 ケイナとミリアムが石段を上ってきたシュンを出迎えた。


「アレクは大丈夫そう?」


「斃せそう?」


 口いっぱいに焼けた肉を頬張りながら双子が、大きな肉を載せた皿を運んでくる。


「もう少し冷ました方が味がしみて美味しいわよ?」


 ミリアムが笑う。


「西の"竜の巣"は問題無いそうだ。北の"お宿"の一番隊も大丈夫だな」


 シュンは魔導時計を取り出した。


「ただし、削りきるまで数日はかかるだろう。しばらくは待機だ」


「支援に行かなくても良さそう?」


 ケイナが訊いた。


「南が終わった事を伝え、必要なら呼ぶように言ってあるが・・」


 突然、シュンが口を噤んで、円形闘技場を見回した。


「何かいる?」


「隠れてる?」


 シュンの視線に気がついた双子が肉をのせた皿を抱えたまま、きょろきょろと周囲へ視線を配った。"ガジェット"のメンバーが立ち上がってシュンの顔を注視する。


「わずかだが、"危険感知"に何かが触れた」


 シュンの言葉に双子が料理を収納してMP5SDを取り出し、"ディガンドの爪"を浮かべる。


「エマージェンシー!」


「警戒レベルを引き上げる!」


「ケイナ、"陣地"を。1時間毎に更新してくれ」


 ケイナのEX技は1時間に1回使用できる。


「分かったわ」


「スコット、簡易寝台を100床造作してくれ」


「お、おう! 分かった!」


 スコットが頷いた。


「ディーン、面倒でも"ガジェット"全員の防御魔法を切らさないように」


「分かった」


 シュンの指示にディーンが頷いた。


「ジニー、光魔法の光壁は覚えたと言っていたな? "陣地"の外側を光壁で囲んでくれ。途切れる時間があって良い。MPの自然回復を待ちながら繰り返し使用しろ」


「はい!」


「ミリアム、食材は提供する。350人を食わせ続けるつもりでいてくれ」


「分かったわ。何日くらいを想定すれば良いかしら?」


「まずは10日」


「・・長いわね。どんな魔物と戦闘が始まるの?」


「分からない。ただ、龍より上の魔物が出現するつもりで準備をしておきたい。"ガジェット・マイスター"の役割は、カテナ・レギオンの避難場所を確保することだ」


 シュンは"ガジェット・マイスター"の面々を見回して言った。


「ケイナは陣地防衛と回復に専念しなければならなくなるだろう。動きの確認と指示出しは、ミリアムがやってくれ」


「分かったわ」


「了解」


 ケイナとミリアムが頷いた。


「ユア、ユナ、闘技場内に攻撃用の魔法陣を埋設したい。手伝ってくれ」


 魔法陣を使用すれば、適性の有る無しに関わらず、色々な魔法を使用することが可能になる。魔法陣に使用する核となる魔導具に魔力を込めておけば、後は発動に必要な魔力が少しあれば、誰でも大きな魔法を使えるのだ。難点は、準備に時間がかかり過ぎて即効性に欠けること、核となる魔導具の準備が大変なこと、そして複雑な魔法を構築しようとすると大幅に威力が落ちてしまうことだ。単純なものであるほど効果が高くなる。

 幸い、今は時間が余っている。


「アイアイサー」


「ハイサー」


 シュンの指示を受けて、2人が闘技場の壁上から身軽く飛び降りて行った。少し遅れて、シュンも下へ降りる。


「カーミュ、異変があれば教えてくれ」


『はいです。たぶん、エルヴォージュの壺なのです』


 白翼の美しい少年が姿を顕した。


「エルヴォージュ・・壺?」


『本物じゃないです。でも似せたものです』


「どういう物なんだ?」


 歩きながら訊く。


『形のある物じゃないです。人の世では禁止された魔法の仕掛けなのです。悪く使うと、不死者が産まれるです』


「・・許されている範囲で説明してくれ」


『はいです』


 シュンに言われて、カーミュが丁寧に説明をしてくれた。魔法の詳細については禁忌に触れるため話せないそうだが・・。


 東西南北の巨龍を斃した時点で、別の魔物が生成され誕生する。74階そのものが、そのための魔法の仕掛けになっているそうだ。カーミュも、知識として識っているだけで、実物を見たのは初めてらしい。


『龍の魂が造り物だったです。あの魂は死の国に行かなかったです』


「どんな魔物が誕生するか分かるか?」


 準備の参考になる情報が欲しいところだ。


『造り物でも、龍の魂から生まれるです。龍の子なのです』


「子供の龍? 弱そうだな」


『弱くないです。とても強い魔物なのです』


「そうか」


 シュンを知っているカーミュが断言するのだ。相当に手強い魔物なのだろう。


『本物のエルヴォージュの魔物だと誰も突破できないです』


「それほどか・・」


 さすがに気味が悪い。

 しかし、"狐のお宿"のアオイは過去にクリアした者が居たような事を言っていたはずだ。


『似せて作った物だと思うです。神様が作ったです。きっと本物より弱くしてあるです』


「そういうことなんだろうな」


 シュンは頷いた。


『東西北の3つの通路から、どんどん力が流れ込んで来ているです』


「魔力のような?」


『それが・・ちょっと違うです。これはカーミュの推測です。間違いかもしれないです』


「言ってくれ」


『龍が受けたダメージが魔物を育てる餌になっているかもです』


「ダメージポイントを?」


 シュンは闘技場内を見回した。シュンの眼には見えない何かがカーミュには見えているのだろう。シュンに、カーミュを疑う気持ちは無い。


「ダメージを与えても再生されて・・長引けば長引くほどダメージポイントの総量は増える。それを利用した仕組みか?」


『ご主人、これはカーミュが想像しているだけです。ぜんぜん違うかもしれないです』


「南からは、その力は流れ込んでいないのか?」


『はいです』


 そうなると四方龍との因果関係は確定的か。ダメージか、討伐にかかる時間か、もっと別の何かなのか・・。


「龍より強い魔物が出現するのは確かだろう?」


『はいです。でも、何が力を与えているのか分からないです』


 白翼の美しい少年が悲しげにうつむいた。


「どんな魔物でも戦って狩るだけだ。やることは変わらない」


 シュンは小さく笑って見せた。


「ボス、どこにする?」


「ボス、何をやれば良い?」


 ユアとユナがいてくる。


「通路の入口、壁に4箇所、床に4箇所だな。おまえ達には魔力を込めて貰う」


 シュンは広大な円形闘技場を見回しながら言った。強敵に備えて、地の利を整えるつもりだった。





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8月9日、誤記修正。

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