第98話 転移開始

 74階層攻略戦のレギオンが、エスクードの薔薇園ローズガーデンに向かって移動していた。すでに武装して、ピリピリとした険しい面持ちの者が多い。

 皆、厳しい戦いになる事が分かっている。初参加の者も混じっていたが、大半は何度も挑んで敗走した経験者達だった。


 4頭の巨龍を討伐するためにレベル55以上が最低120人ずつ必要だとされる高難度の攻略戦である。直近の討伐戦では510人が集まったカテナ・レギオンで挑み、壊滅した。

 あれから、まだわずかな日数しか経っていないのに、またカテナ・レギオンが招集されたのだ。当然、参加を申し出るレギオンは少なく、レギオンに加わっていない単独パーティでの参加希望は無かった。


 今回は、最低必要人数を大きく下回る327名しか揃えられていない。



「狂竜に、守銭奴、犬小屋だけかよ・・死ぬ気か?」



「噂じゃ、狩人倶楽部ハンタークラブとかいう新レギが加わったらしいぜ」



「なんだそりゃ? 新顔が、初見であの龍をやれんのかよ?」



「犬小屋の指揮で連敗してるし焦ってんだろ。攻略組だとか言ってるけど、ずうっと足留めくってんじゃん」


 通りに沿った店々の軒先から嘲笑混じりの声が聞こえる中、武装した集団が静かに通り過ぎて行った。



「妙に冷静ですね?」


 澄まし顔で歩いているロシータが斜め前に居るアレクに声をかける。いつもなら、無責任な声に反応して通りに響き渡る怒声をあげている頃だが・・。


「そりゃあな、過去の2回より、装備は充実した。レベルも上がった。おまけに、ありえねぇ効果の薬も揃った。ヤベぇ助っ人も加わった。負ける気がしねぇんだよ。このカテナに乗らねぇ連中が逆に哀れだぜ」


 "狂竜"アレクが笑みを浮かべる。いつもの、竜鱗鎧スケイルメイル姿で、右手に長い突撃槍、左手には楯を兼ねた竜頭のような形状をした籠手をはめている。


「"お宿"が龍2頭をやれると思います?」


「さあな、1頭は間違い無くるだろう。もう1頭を別組が抑えておくつもりだろうが・・なに、うちが1頭った後で加勢すれば良いだろ」


「シュン様のところは?」


「アホか! あいつに加勢なんぞ必要ねぇ。むしろ、どこよりも早く終わるぜ」


「・・そんなにですか?」


 創作魔法など、魔法操作に関してはレベル詐欺かと言いたくなるくらいの高等技術を披露していたが・・。


「ありゃあ、バケモノだ。気持ち良いくらいに突き抜けた本物のバケモノだぜ」


「アレクさんがそこまで言うなら本物なんですね」


「おまけに怖いぜぇ、あいつは」


 アレクが前を向いて歩きながら苦笑する。


「えっ? お腹でも壊しました? "狂竜"さんが怖いとか言っちゃいます?」


 ロシータが本気で驚いている。


「俺はまだ死にたくねぇ。もっと上に行ってみてぇんだ」


「・・なにを言ってるんです?」


 ロシータが気味悪そうにアレクを見る。

 聴いていて怖くなるくらいにアレクの声音は真剣そのものだった。


「扱いを間違ったら死ぬって言ってんだ」


「扱い? シュン様の?」


「おうよ・・間違ったら死ぬぜ」


 アレクがロシータをちらと振り返り、すぐに前を向いて大股に歩く。

 ロシータは、一緒に歩いている同じ"ケットシー"の仲間達と顔を見合わせた。

 どうやら、"狂竜"のアレクは本心からシュンという少年を格上の存在として認めている。竜眼持ちの言葉は軽くない。ロシータは、アレクの頭脳については1ミクロンも信頼していないが、本能による判断は間違わないと思っている。


「・・という事みたいだから、"ケットシー"の皆さん、くれぐれもシュン様に失礼が無いようにお願いしますね?」


「はぁ~い」


 灰色の修道女服を着た集団が、綺麗に揃って返事をした。全員が回復系、防御系の魔法が使える魔法に偏重した集団だった。


 すでに列の先頭は、転移門がある小門前に到着して各パーティ毎に装備の確認、戦い方の確認を始めている。


 "竜の巣"一行が、役場前の通りを抜け、外門が見える辺りまで来るのを待って、伝令役らしい少年が走って来た。


「アレクさん、ロシータさん、ローズガーデン前の広場に来て下さい。最終の打合せを行います」


 黒装束に軽鎧姿の少年が駆け寄った。


「おう!」


「参ります」


 アレクとロシータが後を他の者達に任せて列を外れると、案内の少年について薔薇園ローズガーデンへと向かった。


 転移門に入る順番は、最初に、"狩人倶楽部ハンタークラブ"の9名、続いて大部隊を2箇所に別けて差配する"狐のお宿" 最後がアレク率いる"竜の巣"と決まっている。


 薔薇園ローズガーデンの脇にある小広場に椅子が置かれ、"狐のお宿"のアオイとタチヒコが待っていた。アオイは重甲冑フルプレート騎士楯ナイトシールド戦斧バトルアックス。タチヒコは軽鎧ライトメイル姿で、背丈ほどもある長弓ロングボウを持っていた。


「シュンはどうした?」


 アレクは姿の見当たらない"狩人倶楽部ハンタークラブ"の面々を探して視線を左右する。その間に、ロシータが羽根妖精ピクシーの女にシュン達の検索を頼んだ。


「待ち合わせの時間まで狩りをされているそうです」


 アオイが苦笑気味に言った。


「・・そんな奴だぜ、あいつは」


 アレクも呆れたように苦笑する。

 その時、転移門がある辺りに転移光が瞬いた。


「お戻りですね。15分前です」


 タチヒコが魔導式の懐中時計を手に呟く。


「時間を守る方のようで安心しました」


 アオイ達が見守る先を、シュンとケイナが歩いてくる。


「レベル65・・ケイナさん達、またレベルが上がっていますよ」


 羽根妖精ピクシーの所から戻って来たロシータがアレクに報告した。それを聴いて、アオイとタチヒコが無言で視線を交わす。アレクは軽く鼻を鳴らしただけだった。


 カテナ・レギオンとは、レギオン同盟という意味だ。レギオンの隊長同士が互いに承認し合い同盟状態になることで、ネームリスト上では名前の横に、"CATENA" という表示が点る。ただ、パーティのステータス表示とは違い、相手のレベルやHPなどは見えない。参加者の名前と滞在階層が分かるだけだ。


「待たせたか」


 シュンが近付いて来た。後ろに、ぐったりと疲れた様子のケイナが立っている。


「大丈夫かよ?」


 まず、アレクが見かねて声をかけた。


「少し休めば大丈夫よ」


 ケイナが溜め息まじりに呟く。


「時間の変更はできませんが?」


 アオイの言葉に、ケイナが中で休むから問題無いと首肯した。


「攻略中に休むつもりですか?」


「私のEX技はそれができるから。それしか出来ないって言った方が良いかな。まあ、"ネームド"さんを相手にして、龍がどのくらい生きていられるのか知らないけど・・少しは休めるんじゃない?」


 ケイナが苦笑しつつシュンを見る。


「"狩人倶楽部ハンタークラブ"は、8日以内に南の龍を討伐して中央区へ戻り、他のレギオンが討伐を終えるまで待機。それで良いな?」


 シュンがたずねる。


「はい。中央区は円形の闘技場になっていて、取り囲む壁は高さが5メートルほど。その上は観客席のように階段状の石段が一番上まで続いています。担当の龍を討伐したレギオンは、まずそれぞれの方角にある通路から中央区に戻り、壁上の観客席で待機。他のレギオンの到着を待っていてください。救援の必要がある場合は、使者を走らせます」


 タチヒコが説明をした。すでに事前に説明をした内容のまま変更は無い。


「3日目、6日目に、四龍の討伐状況を確認しつつ、連絡役が各レギオンへ報告に回ります。救援の要、不要はその連絡役に伝えて下さい」


「分かった」


 シュンが小さく頷いた。連絡役は"狐のお宿"が人を出す。"狩人倶楽部ハンタークラブ"は、ただ龍を斃せば良い事になっていた。


「5分前です」


 タチヒコが魔導時計を見て言った。


「南龍、よろしくお願いしますね」


 アオイがシュンの眼を見る。


「問題無い」


 シュンが小さく頷き、くるりときびすを返して転移門に向かった。後ろを、ケイナがついて行く。


「アレクさん?」


 アオイが無言で立っているアレクを見た。


「うちも問題ねぇが・・"お宿"の別働隊で東龍を抑えられるんだろうな?」


「大丈夫ですよ。"二番隊"も全員がレベル60を超えました。この日の為に訓練を積んでいます」


 アオイとタチヒコが控えている少年に目顔で合図を送った。そろそろ、南を担当する"狩人倶楽部ハンタークラブ"が突入する時刻だ。

 次は 東を担当する"狐のお宿"の"二番隊"が突入をする。


「行きましょうか」


 アオイがタチヒコを促して転移門へ向かった。"二番隊"を見送ったら、次は北龍を担当する"一番隊"である。


「ご武運を」


 ロシータが2人の背中に声をかけた。

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