第72話 お報せメール

 悪魔をたおし、迷宮人の町を脱出した"ネームド"一行は、19階にある魔物がポップしない場所を選んで休憩していた。大きな通路から枝分かれし、ちょっと狭くなった道を抜けて来ないと辿り着けない入り組んだ場所だ。



<1> Shun (735,990/3,150,000exp)

 Lv:19

 HP:88,550

 MP:90,250

 SP:2,280,000

 EX:1/1(30min)


<2> Yua

 Lv:19

 HP:41,650


<3> Yuna

 Lv:19

 HP:41,650


<4> Yukishira / Sayari

Lv:24

HP:42,500



 メンバーが1人増えた。

 本人曰く、不死者らしい。神属性の不死者イモータルだと言っている。

 意味が分からない。


 試しに、双子が回復魔法を浴びせたが、ダメージポイントは出なかった。それならば・・と、聖なる咆哮を浴びせたら、粉々になって真っ白な光となって消えた。そして、きっちり30分後に蘇った。

 何事も無かったかのように、どこからともなく、光の粒が集まって来て人の形になり、ユキシラになった。

 ユキシラ・サヤリの死は、主人であるシュンに死を命じられる事のみで訪れるらしい。何とも重たいモノを押しつけられた形だ。


(・・神様、ユキシラに何をやったんだろう)


 シュンは胸内で嘆息しながらも、ユキシラ・サヤリを新しいメンバーとして受け入れる事に決めた。事の一端で、ユキシラを助けられないかと神様に持ちかけたのはシュン自身なのだから・・。



・吸収されるHPは、1日10万ポイント。

・蘇生時に吸収されるHPは、1回1万ポイント。



「ボスが干物になる」


「ボスがエサ」


 双子が心配そうな事を言っているが、2人の視線は蒸し焼きにされている魔物肉に釘付けだ。

 なお、調理を行っているのはシュンである。

 水魔法と創作魔法の合作とでも言うべき魔法で、創作魔法の魔法円上に魔物の肉塊が浮かんで回り、強烈な蒸気の中で蒸し焼きにされている。この魔法の肝は、毒消しと呪消し、瘴気の汚染浄化まで行われている点だった。これにより、ほとんどの魔物肉が食用になる。

 そして、万一の場合は、熟練の神聖術師が2名も待機しているという構図だ。


 ユアとユナの食中毒がらみの治療に関する練度は凄まじいものがある。シュンだけに料理させている現状に思うところがあるらしく、時折、こそこそと2人だけで試行錯誤をやらかし、味見の段階で片方が悶絶しているところを見かける。シュンが料理をしているのは、自分自身の胃と腸の安全をおもんばかってのことだった。


 ただし、シュンの料理方法には幅が無い。


 基本、塩胡椒で焼く。

 煮込んで塩胡椒で味付け。

 生をスライスして塩胡椒で・・。


 双子がこそこそと料理の自主トレーニングを行う理由はこの辺りにある。


「離れていてもHPの吸収ができるのか?」


 シュンは熱で皮が焼ける肉塊を見ながら、斜め後ろに控えているユキシラ・サヤリにたずねた。


「はい。神様が仰るには、この身はシュン様の心臓と霊的に繋がっているそうです」


 気味が悪いことを言う。


「1時間毎に吸収を?」


 すでに聴いたことの確認だった。やはり、何度聴いても不安しかない。


「はい。HP4000少々を吸収させて頂くことになります」


「ふむ・・」


 一度に10万吸われると双子が言うように"干物"確定だが、1時間に4000ちょっとなら許容の範囲だ。動きを止めている間にHPやMPが回復するのは以前からだが、今のシュン達は動いている間も回復し続けている。


「ユキシラとは別人・・別の存在という事だが、戦闘はやれるのか?」


 ただ単に、不死だというだけでは荷物になるのだが・・。


「問題ございません。ユキシラの得意とした狙撃、双刀・・サヤリの擲弾銃、棒術、どれもこの身が覚えております」


「ふうん?」


 シュンは肩越しに、ユキシラ・サヤリを振り返った。

 いくら武器や術を覚えているとは言っても、そもそもの体の大きさが変わっている。以前とは感覚のズレが出るだろう。


(何度か戦闘をやってみるしかないか)


 シュンの視線を受けて、ユキシラ・サヤリが微笑した。その白い手に、例の仮面が大切そうに抱えられている。


(・・女みたいだな)


 前にも増して、女のように見える美貌だった。


「戦闘では、指示に従って貰う。指示とは別の動きを取りたいときは、必ず許可を求めてくれ」


「畏まりました。仰せのままに」


 ユキシラ・サヤリが恭しくお辞儀をした。

 一から十まで、すべてにおいてこの調子である。気味が悪いくらいに従順な姿勢を崩さない。おまけに口数が極めて少ない。らない事を言わないのは当然にしても、必要な事まで言わないのではないかと不安になるくらいだ。シュンが許可しなければ口も開かないつもりなのかも知れなかった。


(カーミュ、ユキシラの言う通りの状態なのか?)


 シュンは念のため、いている守護霊に訊ねてみた。魂がどうのといった死者がらみの事情は、カーミュが詳しい。


『霊的に繋がっているです。本当は頭にくです。でも、先住者が居たから心臓になったです』


 カーミュの声が告げる。

 脳に、心臓に・・きものだらけで賑やかな事だった。


(俺の体って・・)


 シュンは溜息を吐いた。

 ジェルミー、カーミュに続いて、ユキシラ・サヤリもみ着いたわけだ。


(そう言えば・・?)


 カーミュはSP、ユキシラはHPをかてにするようだが、ジェルミーは何をかてにしているのだろう?今更ながら疑問が思い浮かんだ。


(カーミュ、ジェルミーは何を食べているんだ?)


 特にMPなどが減る様子は見られないのだが・・。


『寿命なのです』


「・・ぇ?」


 肉塊を蒸し焼きにしていた魔法円が乱れた。香ばしく焼かれた肉塊を危うく落としそうになり、慌てて魔法円を創作し直す。


『でも大丈夫なのです。ご主人の寿命は終わりが無いのです』


(・・そうか。そうだったな)


 シュンはほっと安堵の息を吐いた。

 ダークグリフォンの胃袋から出てきた果実を食したことで、定命では無くなったのだった。

 安心すると同時に、脳裏に少年神の顔が思い浮かぶ。あの神様、そんな危険な状態だとは、一言も教えてくれなかったが・・。


「ボス、何事?」


「ピンチ?」


 ユアとユナが不安そうに左右から顔を覗き込んだ。


「いや・・少し肝が冷えたが、まあ・・どうやら大丈夫らしい」


 シュンは苦笑しながら、魔法円の上で水を糸状に凝縮させて肉塊を切断すると、双子が大皿を構えた上に、焼き上がった肉塊が落ちてきて肉汁を散らせた。


『ご主人に危ないことがあったらカーミュがしらせるです。大丈夫なのです』


(ああ、ありがとう。頼むよ、カーミュ)


『任せるです』


 守護霊が頼もしく請け負ってくれた。できれば、もっと早く教えて欲しかったが・・。


「ボス、何を頼んだ?」


「カーミュちゃん?」


 双子が肉塊を手に真剣な眼差しでシュンを見上げてくる。

 シュンは、ジェルミーの事を話して聞かせた。


「それなら安心」


「ジェルちゃんは良い子」


 双子の意識が切り分けられた肉塊へ戻った。


迂闊うかつと言えば迂闊うかつだったが・・そうか、ジェルミーは俺の寿命を食べていたのか)


 シュンは、フォークで刺した肉を頬張りながら苦笑していた。

 限りの無くなった寿命を対価に、ジェルミーという優秀な仲間を使役できるのだから、結果的には何の問題も無い。ただ、あの時、不老長寿の果実を食べていなかったら、シュンはどうなっていたんだろう?


『1日に、1日ずつ寿命を食べるです』


 カーミュが答えて、それをシュンが双子に伝える。


「少食」


「控えめ」


 双子が納得顔で頷いた。その間も、モリモリと肉塊が減っていく。双子の方は少食でも控えめでも無い様子だった。


(あの小さくて細い身体のどこに入っているんだろう?)


 シュンでなくても疑問に思うだろう。惚れ惚れするくらいの勢いで、大きな魔物肉を平らげていくが双子のお腹の辺りがふくらんだ様子は見られ無い。胃袋にポイポイ・ステッキのような魔道具が内蔵されているのかもしれない。


(そういえば、体型に変化が無いな)


 シュンは自分の二の腕や腰回りに触れながら首を傾げた。練度が高くなるにつれ、身体能力が上がっている事は実感できているし、筋力は間違いなく上がっているのだが、迷宮に入る前と体型に変化が無いようなのだ。


「ジェルちゃんは悪いことしない」


「ジェルちゃんはボスを護る」


 咀嚼そしゃくの合間に、双子がモゴモゴと言っている。


(良かった。ジェルミーとはこの先も一緒に居られるわけか。願っても無い事だ)


 今となってはジェルミーの居ない状態など考えられない。このまま連れて行けるというのは嬉しい話だった。


『ご主人・・』


 カーミュが呼びかけてきた。


(どうした?)


『カーミュの間違いだったです』


(・・間違い?)


 シュンはそっと聞き返した。ちらと不安が胸中をよぎる。


『ジェルミーから怒られたです。ジェルミーはMPだけを食べるように神様が変えたです』


(MP?)


『ジェルミーが自分で寄生したら寿命を食べるです。でも、神様が手術したです。MPを食べるようになったです。時間あたりのMP回復量の半分以下なのです。とても少食です』


(それは・・良かった。うん・・)


 シュンはやれやれ・・と息を吐いた。肝の冷える誤情報だ。勘弁して欲しい。


 その時、



チリリン・・



 小さな鈴の音が鳴った。

 郵便が届いた音だ。


 ステータスを見ると、リボンで巻かれた紙のマークが点滅している。


「郵便」


「誰から?」


「"ガジェット・マイスター"だろう」


 シュンは郵便を開いてみた。


『ケイナです。ユアちゃんとユナちゃんに頼まれた衣装がいくつか完成しました。20階から転移できる街に居ますので連絡下さい』


「・・と書いてある」


「私達は、19階に居る!」


「20階は遠くない!」


 双子の眼がものを言いたげにシュンを見上げる。


「19階の地図は?」


「コンプリート」


「異常ナシ」


「そうか。なら、20階へ向かおう。転移は20階の探索を終えた後だ」


「アイアイ!」


「ラジャー!」


 双子がビシッと背を正して敬礼した。

 何を作って貰ったのか知らないが、先程までとは気合いが違う。


『こちらは、19階の探索を終えたところだ。今から20階に上がる。街に着いたら連絡する』


 手紙を書いて返信した。

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