第91話 天気雨

 72階で神様からボーナスを貰った"ネームド"一行は、エスクードのホームへ帰還した。レベル25になった時点で与えられた情報が色々と増えたために、頭の整理を兼ねてホームで休憩をすることにしたのだ。



<1> Shun (295,316/13,350,000exp)

 Lv:25

 HP:271,570

 MP:289,700

 SP:9,279,000

 EX:1/1(30min)


<2> Yua

 Lv:25

 HP:108,950


<3> Yuna

 Lv:25

 HP:108,950


<4> Yukishira / Sayari

Lv:32

HP:76,800



 ここまでは、左手甲のステータス表示で確認できる。


 レベル25になってファミリア・カードの機能が拡張されて、いくつかの能力について練度値が数字で表示されるようになったらしい。


「なのだが・・」


・心

・技

・体

・神恵

・加護


(5つなのか?)


 もっと、細かく色々な項目があると期待していたのだが・・。具体的には、身体能力の評価値やアルマドラ・ナイトの状態などを見たかったのだ。練度らしき表記はどこにも無い。


「EX技のように、項目を押す」


「少し詳細になる」


 双子のアドバイスが聞こえた。


「・・なるほど」


 シュンは頷いて、ファミリア・カード上の文字を指で押してみた。



<心>

・折れない心

・初志貫徹

・不動不惑


<技>

・気配断ち

・危険感知

・触手操作

・精密射撃

・拳闘技

・刀剣技

・解体の妙

・ランゴンの魔力操作

・ランゴンの霊触腕

・ランゴンの死呪耐性

・黒獅子鳥の知識


<体>

・不老

・無病息災

・ランゴンの高速再生

・黒獅子鳥の眼


(む・・?)


 これは何か違う。シュンが思い描いていたものとは、大きな乖離かいりが見られる。

 シュンは、他の項目も押していった。


<神恵>

・武器の書・刀剣:アンナの短刀

        :テンタクル・ウィップ

        :魔神殺しの呪薔薇テロスローサ


・武器の書・銃器:VSS

        :テラーミーネ43


・武器の書・魔法:アルマドラ・ナイト

        :水魔法

:火魔法

・千人長

・HP高速回復(常時)

・MP高速回復(常時)

・SP高速回復(常時)


<加護>

・シャルク



「これ・・身体能力については、どこに記載があるんだ?」


 シュンは素朴な疑問を口にした。


「どこにも無いでゴザル」


「実に面妖でゴザル」


 双子が小首を傾げている。すでに、あちこちを押してみたらしいが、見当たらないらしい。


「ケイナにいてみる」


「ミリアムにく」


 2人がムジェリの天幕から出て、ホームの端末へ向かった。


(シャルク? 加護?)


 記憶に無いものがある。加護という欄にあるから、悪いものでは無いのだろうが・・。


 "シャルク"の文字を指で押してみると、説明文が追加表示された。


・シャルク:幻海に棲む伝説のモグシャルクの歯。みきれない物は無い。折れてもすぐに生え替わる。


(これが・・加護?)


 シュンは首を傾げた。



・千人長:千人までのレギオンを統率できる。


(確か、迷宮戦の褒賞だったよな?)



・高速再生:ランゴン並の肉体再生速度。


(これは、ランゴンを食べたからだろう)


 シュンはランゴン~という表示を押していった。


・ランゴンの霊触腕:実体の無い存在を捉えて実体化させる


・ランゴンの死呪耐性:即死効果のある干渉を無効化する


・ランゴンの魔力操作:魔の神に匹敵する魔力操作



(ランゴン・・食べて良かったな)


 結果論ながら、ムジェリとも仲良くなれたし、望んでも得られないほどの恩恵を得たようだ。あの時、神様には怒られたが・・。


(黒獅子鳥というのは、ダークグリフォンか)


 眼と知識・・。これも、非常に役に立っている。


(後は、身体能力の基礎値だったか?)


 レベルアップをすると身体能力が微増する。そこへ、身体能力に関する練度ボーナスが加味されて、さらに増加。エリミナル・スパイダーという蜘蛛を斃したことで、この練度ボーナス値が2倍で計算されるそうだ。

 エリミナル・スパイダーという蜘蛛1匹で、レベル上限は500。2匹斃したので、レベル上限は1000。練度ボーナスもさらに2倍に・・。


 そういう事になった。

 現状は、レベルは2つあがって25になっただけだったし、レベルアップ時の算定値が増えただけだから、いきなり強くなったわけでは無い。今後レベルが上がれば、他の人よりも大幅に基礎値による補正が増すというだけだ。残念ながら、そう簡単にはレベルは上がらない。


(しかし・・)


 そう、しかし・・なのだ。

 気が遠くなるような時間はかかるが、1つ1つレベルを上げていけば、着実に大幅に強さが増していくのである。


 これは、シュンでなくても胸が躍る。

 強くなった果てにどうなるのか、どうするのかなど分からない。なってみないと分からない。ただ、もっと強くなれるという事が理解できただけで高揚感を覚える。


(レベル700になれば、700階に行っても大丈夫なのか?)


 シュンはファミリア・カードの表示を消した。

 ここから先は経験値をどう稼ぐか、魔法などの練度をどう上げるかだ。


 安全に、安定的に、着実に・・。


 大きな経験値は望めないのだから、ひたすら数を狩って稼ぐしかない。

 延々と72階の毒蜘蛛を斃して、1桁の経験値を積み上げていくのも悪くないが、正直なところ単調過ぎて飽きる。

 73階の合成獣でも、斃して得られる経験値は50~70の間くらいだった。レベル25になった今だと、もっと少なくなっているだろう。

 もっと上の階へ行き、せめて100以上の経験値を得られる階層で周回狩りをしたいところだ。


「ボス、無いみたい」


「隠しパラメータかも」


 端末で手紙のやり取りを行っていた双子が戻って来た。


「ぱらめ・・?」


「基礎値とか、そういう数値でゴザル」


「HPやMP、SPもパラメータでゴザル」


「ふうん・・?」


「私達には見えない数字」


「隠された評価値」


「・・だが、身体能力の練度が上がったようなことを神様は言っていた。これは間違い無いと思う」


 そうした評価の値が存在しているはずだ。身体についても、HP値のように存在はしているが、隠されていて見えない数字で表されたものがある。


「そう、だから隠し数値」


「それが隠しパラメータ」


「・・ふうん」


 分かったような、分からないような・・。


「結局、意識してもしなくても同じか」


「イェス、ボス」


「やる事は同じ」


 ユアとユナが笑顔で言った。


「そう言えば、もうレベル25か・・お前達は、迷宮の外へ行けるようになったんだな」


「・・放逐?」


「・・追放?」


 いきなり双子の顔が曇る。


「まさか。そんな事は無いが・・外へ行きたくないのか? 異邦人はそれを楽しみにしていたようだが?」


「乙女は複雑なのでゴザルよ?」


「誰と行くかが問題なのでゴザルよ?」


 ユアとユナが小首を傾げるようにしてシュンを見る。


「それは・・そうなのか?」


 迷宮探索を続けたいシュンにとっては、2人が残ってくれることは嬉しいことだが・・。


「ボスが出る時まで待つでゴザル」


「ボスと一緒に出るでゴザル」


 双子がシュンを見つめた。黒い瞳に、どこかすがり付くような不安げな表情が見え隠れする。


「・・かなり先の事になるぞ?」


「無問題」


「不老なり」


 双子が安堵の表情で頷いた。


「・・そうか。そうだったな」


 シュンは視線をらした。何か、ひどくまぶしいものを見た気がして、思わず視線を伏せてしまっている。シュン自身が戸惑うほどの動揺だった。


(いきなり、なんだ?)


 この胸の奥をざわめかせるものは何なのだろう?


 喜び? 怖れ? 哀しみ? 何がざわめかせている?


(これは・・何だ?)


 シュンは手で上着の胸元を押さえながら、ふつふつと自分の胸奥から湧き上がる強い感情に驚いていた。


(・・ああ)


 シュンは小さく息をついた。

 これは、ユアとユナに対する想いかもしれない。

 今まで頼もしい戦友のようなつもりで接していたが・・。いつの間にか、肉親に対するような情が芽生えていたのか。


「ボス?」


「お腹痛い?」


 双子が心配そうにいてくる。


「いや・・大丈夫だ。何というか・・こういうのは初めてで戸惑った」


 シュンは左手甲のステータスへ眼を向けた。

 当然ながら、HPやMP、SPに変化は無い。状態異常ではなさそうだ。


「大丈夫?」


「平気?」


「大丈夫だ・・それより、少し話がしたい。座ってくれないか?」


 シュンは居間リビングにある長椅子ソファに腰を下ろした。小机ローテーブルを挟んで正面に、少し強張こわばった表情のユアとユナが座る。


「レベル25というのは一つの目安だった。最初に約束しただろう? レベル25までは絶対におまえ達を護ると」


「覚えてる」


「覚えてる」


「今、レベル25になって・・俺は自分勝手に、もっと経験値を稼ごう、もっとレベルを上げようと、独りで考えて、独りで決めようとしてしまっていた。自分勝手におまえ達を連れて行くつもりで・・だ」


 シュンは机上へ視線を落とした。


「・・ボス?」


「・・ボス?」


 双子の瞳が不安で曇る。


「お前達は強い。今の2人ならエスクードで暮らすのも、迷宮の外で暮らすのも自由にできるし、何者も邪魔はできないだろう」


 レベル180相当の強さがある2人。戦闘経験もたっぷりと積み、強力な神聖魔法を自在に操るユアとユナを相手に、どこの権力者だろうと恫喝どうかつも武力による威圧もできない。やたらと勘働きの良い2人を相手に甘言や口車でだますことは困難だろう。


「その気になれば、2人で自由気侭きままに行動できるし・・いつだって"ネームド"を辞めることもできる。お前達だけでも生きていけるだけの力がついたはずだ」


 シュンは、小さく息をついて2人の顔を見た。ユアとユナが不安げに瞳を曇らせたまま見つめてくる。


「だが・・それでも一緒に居て欲しい。俺と一緒に、迷宮で魔物を狩り、一緒に経験値を稼ぎ、一緒に上の階へ上って欲しい。俺には・・ユア、ユナ、お前達が必要だ」


 シュンは2人の黒瞳を真っ直ぐに見つめて言った。


「もちろん、これは俺の勝手な言い分だから・・」


 言葉が足りなかった気がして何か付け足そうとしたシュンだったが、すぐに口を噤んだ。


 眼の前で、ユアとユナが大粒の泪を流し始めた。

 大きな黒い瞳でシュンを見つめたまま、唇を噛みしめて、泪をぽろぽろと流している。


「お、おい? ユア、ユナ・・?」


 シュンがそっと声をかけたが、2人はシュンを見つめたまま身じろぎせずに泪を流し続けていた。

 両手でスカートの膝を皺になるほど握りしめ、じっ・・とシュンを見つめて泣いている。


(・・困った。これは・・)


 こうなっては、シュンには次の知恵が無い。


(嫌だったのか? 無理な事を言ったか?)


 考えてみれば、今のは完全にシュンの希望をぶつけただけだ。2人への配慮がまったく無かった気がする。先に2人の希望をくべきだったか?

 もしかしたら、パーティのリーダーから、高圧的に指示を受けたように感じてしまったのでは無いか? シュンとしては、無理いをしているわけではなく、頼んでいるつもりだったのだが・・。


「その・・俺の言葉遣いで誤解をされているかもしれない。無理いをしようとしているのでは無く、俺の考えている事を正しく伝えたかっただけなんだ。嘘偽り無く、正直に俺の希望を伝えただけだ。2人に一緒に来て欲しいというのは、リーダーとしてでは無く、俺が本心から願って、ただ頼んでいることだから・・」


 より正確に伝えようと言葉を探すシュンを前に、ユアとユナが顔を両手で覆って本格的に泣き始めてしまった。うつむき、小さく身を縮めるようにして泣きじゃくる。


 大変な事になってしまった。

 シュンは大いに狼狽うろたえた。泣き出した女の子を相手にどうしたら良いのか? 経験値が不足し過ぎている。練度もレベルも足りていない。


(これは・・どうしたら?)


 どんな魔物が相手でもここまで判断に苦慮したことは無い。シュンは、泣きじゃくる2人を前に常の冷静さを失ってしまった。


(どうしよう? どうすれば良い?)


 シュンは、何か2人の気持ちが楽になることをしなければ・・という強迫観念に支配され、焦って空回りする頭で懸命に思考を巡らせた。


(ぁ・・そうだっ!)


 不意に、脳裏に光明がひらめいた気がした。

 シュンは急いで立ち上がると小机ローテーブルまたぎ、泣きじゃくる双子の間へ強引に腰を下ろした。

 そのまま腕を伸ばして、2人の肩を柔らかく抱く。2人は、何かにつけて、こうして肩を抱かれることを好んでいた・・ように思う。


 一瞬驚いたように身を硬くした2人だったが、すぐに両側からシュンにしがみついて、いよいよ大きな声をあげて泣き始めてしまった。


(・・駄目だった)


 シュンは敗者の面持ちで、泣きじゃくる2人を両手に抱えたまま項垂うなだれた。




=======

7月29日、誤記修正。

武器の書・魔法に、火魔法(完全忘却していました)を追記。

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