第92話 ロスト・ガジェット


「肝を冷やした」


 珍しくシュンがむくれている。


「えへへ・・」


「申し訳無い」


 ユアとユナは御機嫌である。


 あれだけ大泣きをやって、実は嬉しくて泣いたんだと教えられ、シュンがむくれている。謝罪を口にしながらも、双子の方は目尻が下がり、頬が緩みっぱなしであった。


 そういう構図である。


「嬉しいなら嬉しいと言ってくれないと分からないじゃないか」


 シュンがぶつぶつと言っている。


「わぁぁ~って、なっちゃって」


「うん、わぁぁ~ってなってた」


 双子がお詫びとばかりに、お茶とお菓子をシュンの前に差し出す。


「オグノーズホーンの時より焦ったぞ」


 シュンが嘆息した。

 それを聴いて、ユアとユナが互いに顔を見合わせるなり噴き出した。けらけらと笑いながら、そのままお腹を抱えてヒーヒー言いながら転げ回る。


「おまえら・・」


 シュンは何か言ってやろうと2人を睨んだが、すぐに憮然とした顔で長椅子ソファに座り直した。双子の笑い声が賑やかな中で黙ってお茶をすする。


 結論から言えば、双子はシュンから離れない。さんざんに泣いた後、泣き笑いのような顔で、ユアとユナもシュンと一緒に居たいと言ってくれたのだ。


 あれだけ、泣いていたのに、今はもう声をあげて笑っている。


(・・とにかく、ユアとユナが一緒なら、まだまだ上を目指せる)


 シュンは頭を切り替えることにして、この先の迷宮攻略を想い描き始めた。


「お詫びにケーキをご馳走する」


「美味しいケーキ屋をリサーチ済み」


 笑い涙を拭き拭き、双子がシュンの前に並んだ。


「いや、それでは罰だろう・・」


 シュンは露骨に顔をしかめた。


「甘くないケーキ」


「砂糖控え目」


 双子は"ガジェット・マイスター"のミリアムが作成したらしい、エスクードの甘味マップなるものを入手していた。


「・・お前達が食べるのなら良いが、俺はケーキはいらない」


「大丈夫でゴザル」


「平気でゴザル」


 双子が晴れやかな笑顔で親指を立てて見せる。

 正直、不安しか感じない。


 シュンは無言でお茶を啜った。少し渋みが出ていて、それが丁度良い味わいになっている。


(ケーキはともかく、少しエスクードを歩いて他のパーティの動向を見聞きしても良いかな)


 前のように別パーティに絡まれる可能性は高いが・・。


「"ガジェット"のホームへ行ってみようか。魔物肉も溜まってきた」


「大賛成!」


「ミリアム先生に料理をお願いする!」


 2人が立ち上がって、ムジェリの天幕を出てホームへ向かった。端末の郵便システムでミリアムに連絡を入れるのだろう。フレンド登録をしてあるので、同じ階層内に居ればメンバー同士でも短文で連絡を取り合えるのだが、少し長めの文章なら面倒でもホームの端末を使った方が良い。


(あの2人、ミリアムに料理を習うと言っていたが、どうなったのかな?)


 ポイポイ・ステッキ(シュン)の収納物はとんでもない事になっている。斃した獲物を丁寧に解体している上に、ポイポイ・ステッキで収納すると、保存に適した容器に入って、そのまま保管されるのだ。内臓などの傷みやすい物でも収納してしまえば、いつまでも湯気がでそうなほどに新鮮だった。ミリアムに頼らずに美味しく食べられるなら、もう少し在庫を減らせるのだが・・。


 一応、断っておくと "ネームド"の面々も料理はできる。


 シュンは、塩胡椒で味付けた焼き物か煮物。

 双子は、再現性の無い創作料理。胃腸に影響する博打バクチ要素あり。ユキシラとサヤリは味覚が無くなったので調味が困難らしい。


 そういう訳で、現状 "ネームド"は衣食住の内、衣と食の大部分を"ガジェット・マイスター"に依存している。

 エスクードに滞在している間は、毎日、できたての料理を買っては収納し、ポイポイ・ステッキに備蓄していた。1日5食として、30日なら3人で450食。3ヶ月遠征すれば、1350食。


 さすがのミリアムでも、お店をやりながら1日や2日では作りきれない量なので、日を分けて無理のない範囲で納品して貰っている。


「ボス、留守みたい」


「"ガジェット" 出かけてるみたい」


 双子が駆け戻ってきた。何やら表情に余裕が無い。パーティが狩りに出かけるくらい珍しく無いだろうに・・。


「ケイナにメールして!」


「何階にいるか訊いて!」


 2人が飛びつくようにしてせがむ。リーダー間のメールは階層に関係無く届く。


「・・分かった」


 何も訊かず、シュンはケイナに宛てて手早く所在確認の手紙を送った。


「なんか変!」


「変な感じ!」


 双子がうろうろと落ち着かない様子だ。

 シュンの危険感知能力のように、この2人にも何かを察知する能力があるような気がする。



 チリリン・・



 返事が来た。


「短い・・58階とだけ書いてある」


 シュンが呟くと、双子が戦闘服に換装した。"ガジェット"のメンバーはレベル29だ。58階に行くのは自殺行為である。そもそも、55階の階層主を斃していないはずなのに、どうやって58階に行ったのか?


「行こう」


 シュンも戦闘服に換装しながら駆け出した。ユア、ユナ、ユキシラが続く。

 廊下を駆け抜け、階段下へ飛び降りて受け付け裏の扉から、商工ギルド内へ入った。


「・・2人」


 シュンが小さく呟く。


「ボス?」


「ボス?」


 一瞬で館の外へ飛び出しながら、シュンの呟きに双子が反応した。


「出てくる俺達を見ていた。2人・・あれは、見張る眼付きだ」


「・・ロンギヌス?」


「・・脳みそ筋肉?」


「違う。初めて見る顔だった」


 シュンは首を振った。


「通せんぼした100人?」


「恨んでるかも?」


 言葉を交わす間に、転移門のある薔薇園ローズガーデンが見えて来た。


「あっ、あんたた・・」


 何か言いかけた羽根妖精ピクシーを無視して駆け抜け、石人形ゴレムの待つ石碑前に立つ。


「ドコニイク?」


「58階だ」


 シュンが告げると、目の前に転移門が現れた。すぐさま全員が飛び込む。


 58階は意地の悪い迷路メイズだ。次々に地形の変わる迷路を進みながら、宙空を漂う死霊レイス、足下から生え出て掴みかかってくる死鬼の腕ゾンビハンドとの戦いになる。


「ボス?」


「ケイナ達は?」


「今、レギオンに誘った・・よし!」


 同じ階層なら、レギオンに誘える。

 反応良く"ガジェット・マイスター"がレギオンに入った。かなりHPを失っているが、まだ死者はでていない。

 "ガジェット・マイスター"のメンバーはレベル29だ。58階のどんな魔物が相手でも死闘になる。それでも、生きているのは防御陣地を築いて防戦に徹しているからだろう。


「カーミュ、届く範囲にケイナ達が入ったら救援に行け」


 迷路を走りながらカーミュに指示をする。カーミュは、シュンを中心に100メートルくらいの範囲を移動できる。壁があってもすり抜けられるので、ケイナ達との距離さえ縮まれば支援に行けるのだ。


『はい、ご主人』


 白翼の少年カーミュがふわりと浮かびあがった。周囲を見回しているが、まだ範囲内に居ないらしい。


「ユキシラ?」


「魔力を捕捉しました。辿たどれます」


 風魔法で索敵をしていたユキシラがシュンに並走しながら言った。


「距離は直線で500メートル・・何かの中に籠もっているようです。方角としては、あちらになるのですが・・」


 ユキシラが指さしたのは前方左手だ。当然のように壁があり、そちらへ真っ直ぐには進めない。


「ユア、ユナ、聴いたな?」


「はい、ボス!」


「こっち!」


 双子が躊躇ちゅうちょ無く右手へ曲がる道を選ぶ。前回来た時も、どんどん変化する別れ道を、ユアとユナは的確に選んで抜けている。

 シュンは黙って双子の後ろを走った。走りながら、周囲へ12本の黒い触手をはしらせて、青白い死霊レイスを打ち消し、足下から生え出ようとする腐った鬼の腕ゾンビハンドを粉砕する。実体の有る無しに関わらず、テンタクル・ウィップは有効だった。


「今度はこっち!」


「急げ、急げ」


 ユアとユナが転げるように走る。2人とも、"ディガンドの爪"を浮かべ、MP5SDを抱えていた。


「・・1人死んだ」


 シュンは左手の甲に表示されたステータスを見て呟いた。死んだのはスコットだ。ディーンのHPも急激に減っている。


「スコットが蘇生した。神聖術の使い手は誰だ?」


「ケイナ」


「ケイナが使える」


 双子が走りながら答えた。

 神聖術は、MPの消費量が多い術ばかりだが、蘇生魔法はとびきり消費量が多い。レベル29のMP量ではそう何度も使用できないだろう。


「また道が変わった」


「・・こっち!」


 双子が今まで走ってきた道を戻り始める。2人の表情にあせりがある。


「ユキシラ、距離と方向は?」


「この方角・・距離は220メートルほど」


「ユキシラはユアとユナを護れ。俺はこのまま直線距離を詰める」


「はっ!」


 ユキシラが双子を追った。

 シュンは、そのまま前方へと走る。道は変わっても、ケイナ達の位置が変わる訳では無い。


『時間が無さそうだ。俺は壁越しに援護できる場所を探す。おまえ達はそのまま向かってくれ』


 シュンは"護耳の神珠"で双子に連絡を入れた。


『アイアイ』


『ラジャー』


 即座に返事が返る。


 シュンは走りながら左手へ眼をやった。ディーンとスコットのHPが0になっている。どうやら、2人がケイナやミリアムを護って攻撃を受けたようだ。


(よし・・)


 ディーンとスコットが蘇生した。ケイナのMPがまだ残っていたらしい。


(・・もう少しだ。耐えろ)


 焦る気持ちを抑えつつ走っていると、シュンの行く手で壁の形が変わった。

 幸運にも進みたい方向、ケイナ達により近づける左へと入る道が出来た。


「カーミュ?」


『見えたです。もうちょっとです』


「こっちか?」


『はいです』


 シュンの行く手で道が右へ曲がっている。あの角を曲がると遠ざかってしまう。


「どうだ?」


『届くです!』


 カーミュのいさんだ声が聞こえた。


「行けっ! "ガジェット・マイスター"を護れ!」


 シュンは冷たい壁に体を押し当てるようにしてカーミュに命じた。




=======

7月27日、誤字修正。

職種(誤)ー 触手(正)

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