第93話 フレンド

 "陣地構築"・・"ガジェット・マイスター"のリーダー、ケイナのEX技は、何も無い場所に地形を利用した陣地を築く魔法である。1時間に1度しか使えない技だが、1度使用すれば術者が死亡するまで消えることは無い。崩れたり破壊されたりしても、HPを対価に自然回復をして元通りになる。


 "陣地"の構成は、聖水濠ホーリークリーク魔法障壁マジックフェンス防壁ロックウォール

 防壁ロックウォールは、天井の無い場所なら高さ15メートル。今いる58階層なら、天井まで隙間無く封鎖できている。

 レベルが格段に違う魔物に襲われながら、何とか粘って防戦できているのは、ケイナの"陣地構築"があればこそだ。


 聖水濠ホーリークリーク死鬼の腕ゾンビハンドの接近を鈍らせ、魔法障壁マジックフェンス死霊レイスの侵入を妨げる。だが、特効である聖水濠ホーリークリークに落ちてもHPを残して渡りきってくる。魔法障壁マジックフェンスに取り付いた死霊レイス達はダメージポイントを散らせながら延々と攻撃を続けている。


 "陣地"を突破されるのは時間の問題だった。


「今の内に、転移帰還しよう」


 ケイナはメンバーに声を掛けた。


「すまん! 俺がだまされちまったせいで・・」


 スコットが項垂うなだれる。


「仕方ないわ。あの子に惚れてたんでしょ? みつがされるだけだから、やめろって言ったのに・・」


「・・すまん」


「謝罪は戻ってから、たっぷりと聴くわ。"ガジェット・マイスター"・・リターン、エスクード!」


 ケイナがファミリア・カードの帰還転移を使用した。


「・・えっ!?」


 顔から血の気が引いた。


「転移が発動しない!? なんで?」


「ディーン、ジニー?」


 ミリアムが転移を試すように指示する。


「駄目だ。チャージしてあったのに・・」


「こっちも駄目みたい」


「トラップ・ゾーンなのね」


 ミリアムが小さく舌打ちをした。帰還転移が封じられるエリアがあると聴いたことがある。



 なぜ、こんな事態におちいっているのか・・。



(1)スコットが、最近入れあげていた調香屋の少女に28階にある妖花畑まで警護して欲しいと頼まれた。


(2)スコットが、ケイナ達を説得してガジェット全員で28階まで警護に出かけた。


(3)妖花の咲き乱れる広場に着く直前になって、調香屋の少女が携帯トイレを使うからと少し離れた場所へ行った。


(4)いきなり少女の悲鳴が聞こえたので駆けつけると、大勢の武装した少年達に囲まれ、乱暴された様子で調香屋の少女が泣いていた。


(5)調香屋の少女が、衣服を裂かれたあられもない姿で泣きながらスコットにすがり付いた。


(6)頭に血が昇ったスコットが少年の1人に殴りかかったが、逆に力尽くで抑えつけられた。


(7)少年から決闘を申し込まれた。決闘を受けなければこの場で少女をレイプすると脅された。


(8)スコットが決闘を承諾した途端に、調香屋の少女や少年達が大笑いを始め、騙されたと分かった。なお決闘の相手は、レベル65の少年だった。


(9)追い詰められたスコットが、急場しのぎにEX技のランダム・ジャンプを使用した結果、パーティメンバー全員が58階に強制転移させられた。



 詳細な情景は省くが、こうした流れにより、"ガジェット・マイスター"はランダム・ジャンプによって、一度も足を踏み入れた事が無い58階層に放り出されたのだった。

 EX技のランダムジャンプは何階のどこへ転移をするのか分からない。以前に使用した時には、7階に飛ばされたので何の問題もなかったのだが、今回は最悪の状態におちいってしまった。

 どう控えめに表現しても、スコットがやらかした失態で、"ガジェット"全員が命の危険にさらされている。


「この辺りは、帰還転移が阻害されているのね」


 ミリアムがファミリア・カードを消して、M870 MCSを握った。逃げられないなら戦うしかない。


「くそっ!」


 どの道、決闘の承諾をした以上、スコットは逃げられない。

 決闘の当事者は、どちら側からも相手を自分の近くへ強制召喚できるのだ。何階に逃げようが無関係だ。向こうはレベル65である。今すぐにでもスコットを召喚しても良いのに・・。

 石碑でこちらの位置を検索して"ガジェット・マイスター"全員が58階に居ることを確認したのだろう。あいつらは、この階が帰還転移が使えないトラップゾーンだと知っている。だから放置しているに違いない。


「あいつ、ヨーギムだった」


 スコットがうめくように言った。


「ヨーギム? あの・・そういう事か。噂の暗殺レギオンが仕組んだのね」


 ケイナが眼を怒らせて唇を噛んだ。

 自分たちの気に入らない人間、自分達の意向に従わないパーティを見つけては、罪科が残らない形で殺している・・そう噂されているレギオンだ。レギオン名は不明。ヨーギムという少年のパーティ名は、"ビタースウィート"という。


 ヨーギムは、レベル差が絶対的な力を持つ迷宮内にあって、レベル65というトップレベルの強者だ。レギオンメンバーはそれほど高レベルでは無いそうだが、少なくともレベル29程度の"ガジェット・マイスター"が敵うような相手では無い。


「あんな奴等に目を付けられるなんて」


 ジニーが暗い顔で項垂うなだれた。この階で帰還転移ができないのならば、別の階へ移動して転移をするしか無いのだが、上階へ行くにも下階へ行くにも、58階層の階層主を斃さないと階段や転移門は現れないのだ。


「・・あの時の?」


「そうかもね」


 ケイナとミリアムが視線を交わした。

 "ネームド"のユアナと待ち合わせた喫茶店で、"ロンギヌス"にからまれたことがある。あの場に、ヨーギムの使いのような少年がいた。


 これが、偶然とは思えない。

 "ネームド"の知り合いというだけで "ガジェット・マイスター"が目を付けられ、標的にされた。美人局つつもたせのような手口でスコットを釣って・・。

 噂以上に陰険な連中らしい。


防壁ロックウォールが破られる!」


 ディーンが声を上げた。

 その声を掻き消すように、防壁ロックウォールの一部に亀裂が走って崩落した。

 腐肉を纏わり付かせた死鬼の腕ゾンビハンドが、裂けた防壁ロックウォールの隙間から侵入しようとしてくる。


「そんな・・5分保たないなんて」


 ケイナが蒼白な顔色で、HK416を連射する。ミリアムも散弾を連続して撃ち込んだ。

 レベル差がありすぎる。下手に魔法や武技で攻撃するより、距離をとっての銃撃の方が確実にダメージポイントが稼げるという判断だ。


「ジニー、上方の死霊レイスを光魔法で狙って。スコット、重楯タワーシールドを構えて、亀裂の正面を封鎖!」


「・・うん!」


「おうっ!」


 ミリアムの指示に、2人が我に返った顔で動く。


「ディーン、防御魔法プロテクションをお願い!」


 ケイナに言われてディーンが魔法を唱え始めた。


「大丈夫! まだ"陣地"は突破されてない!」


 ケイナがわざと大きな声を出した。自分を鼓舞するための声だ。


「魔法来るわ!」


 ジニーが叫んだ。

 直後に、侵入しかけていた死鬼の腕ゾンビハンド石弾ストーンバレットの魔法を放ってきた。真正面で重楯タワーシールドを構えていたスコットが噴き飛び、メンバー全員がダメージを負う。


「立ちなさい!」


 ミリアムが地面に転がるスコットをしかりつけながら、前に出てM870を撃つ。散弾の1粒1粒がそれぞれダメージポイントを出す。聖水濠ホーリークリークでかなりのダメージを負っていたのだろう。死鬼の腕ゾンビハンドが散弾を嫌がるようにして隙間から後退した。


「すまん!」


 立ち上がったスコットがミリアムを押しのけて重楯タワーシールドを構え直した。

 崩された防壁ロックウォールがじわじわと自動修復していく。この"陣地"だけが "ガジェット・マイスター"の心の拠り所だ。


「ケイナ、どうしよう・・どうする?」


 ジニーが不安げにケイナの顔を見る。


「どうしようって・・やるしか無いじゃない」


「やるって・・だって、魔法もぜんぜん効かないよ? こんな階層、無理だよ!」


「・・それでも戦うしかないでしょ!」


「ケイナぁ・・」


「ジニー、ディーンの後ろへ。ディーンは必ず護ってくれるわ。そうでしょう?」


 ミリアムが泣き出しそうなジニーに声をかけた。その優しい声音に、ジニーが軽く眼を見開き、すぐにディーンの方を見る。


「・・僕が護る。大丈夫だから!」


 ディーンが強張った顔で笑みを作って見せた。


「うぅ・・ごめんね、弱音ばかり言って」


 ジニーがうつむきがちに謝りながらディーンの後ろへと駆け寄った。


「さあ、スコット! また破られそうよ!」


 ケイナの声に、


「おうっ! 任せろ!」


 スコットが重楯タワーシールドを構えて腰を落とした。

 その時、


「ぁ・・」


 ケイナが小さく声をあげた。左手の甲で、小さな文字が点滅していた。


「ケイナ?」


 ミリアムが振り返ってケイナを見る。


「"ネームド"からメール」


 ケイナが言った時、再び防壁ロックウォールが突き破られて、死鬼の腕ゾンビハンドが侵入してきた。石弾ストーンバレットが連続して放たれて、スコットはもちろん、また全員が打ち倒されて転がる。ケイナは回復魔法でメンバーを治癒しながらメールを返した。


「ケイナ?」


「58階・・それだけ打ったわ」


「巻き込むの? ネームドはレベル25でしょ? いくらレベル以上の強さだと言っても・・」


 ミリアムがとがめる口調で言う。


「ユアナが言ってたわ。70階まで行ってるって」


「・・70階へ? 信じられない・・」


「ユアナの強さを見たでしょ? たぶん、本当のことなのよ。それに・・どのみち、このままだと全滅よ」


 激しい衝撃音と共に、スコットがって尻餅をつく。


「応援を呼んだわ。頑張って!」


 ケイナが声を張った。


「・・応援だって?」


 ディーンがいぶかしげに眉をひそめて振り返った。


「良いから、防御に集中!」


 ミリアムがディーンを叱りながら、前に出て防壁ロックウォールの亀裂めがけM870を連続して撃つ。


「ケイナ、聖水濠ホーリークリークが効いてる! 腕のやつは、数発当てれば下がるわ!」


 銃声に負けないようにミリアムが叫んだ。


「"ネームド"が58階に来たわ! レギオンに入るわよ!」


 ケイナが大声で叫んだ。


「本当に来たのか? ここ・・だって、55階の関所は? レベル25で突破済み?」


 ディーンが呆然と呟く。ガジェット・マイスターはEX技のランダムジャンプだからこそ、"関所"を飛び越えて58階に来られたのだ。"ネームド"は普通に街の転移門で移動してきた事になる。


「・・これは、もう本物ね」


 レベル差がどうこうという話では無い。喫茶店で、"ロンギヌス"のアレクを圧倒したのは偶然でも何でも無かった。


「みんな! "ネームド"は70階まで行って狩りをしているのよ! 到着まで耐え抜けば、生きて帰れるわ!」


 ケイナがメンバーを励ましながら、治癒魔法をかけていく。

 直後に2波、3波と石弾ストーンバレットが飛来して、重楯タワーシールドが千切れ飛び、HP0になったスコットが崩れ落ちた。


「蘇生する。ディーン、ミリアム、時間を稼いで!」


「う、うん!」


「任せて!」


 2人がケイナの指示に従って、スコットの代わりに前に並ぶ。

 待つほども無く、


「・・すまん!」


 復活したスコットがHPの回復もそこそこに、悲壮感に顔を歪め、残骸のような重楯タワーシールドを抱えて前に立った。


「・・悪いけど、今は全力で無理しなさい」


 ミリアムがスコットの背を叩いた。


「おうっ! 何なら、もう1度死んでも・・」


 軽口を叩きかけたスコットが石弾ストーンバレットを全身に浴びて即死した。隣で、ディーンも倒れる。


「ディーン!?」


「ジニーさがって、まだ大丈夫よ! 慌てないで!」


 ミリアムがジニーを背に庇ってM870を撃つ。学習能力があるのか、死鬼の腕ゾンビハンド達は防壁ロックウォールの裂け目を越えて来ようとはせずに、代わる代わる隙間から石弾ストーンバレットを撃って来るようになった。

 "陣地"の外側には、かなりの数が押し寄せているのだろう。


 ケイナの蘇生魔法で、スコットとディーンが復活し、それぞれHP回復薬を飲み干した。そのまま2人して前に出て壁を作る。何があっても、ケイナだけは護らないといけない。ケイナが斃れたら終わる。


「僕、こんなキャラじゃ無いんだけどなぁ」


 ディーンが青ざめた顔のままぼやいた。


「すまん!」


 スコットが呻くように謝った。


「あ・・み、右っ! あっちに穴が・・爪が出てる!」


 ジニーが悲鳴をあげた。

 ジニーが指さした部分だけでなく、防壁ロックウォールのあちこちに亀裂が入り、嫌な崩落音が聞こえ始めていた。死鬼の腕ゾンビハンドが方々から壁を掘っているらしい。爪が岩を削る音が方々から迫っていた。


「・・これは、ちょっと保たないわね」


 ケイナが疲労のにじむ顔に苦笑を浮かべた。ここからどう強がっても、挽回の目は無い。"陣地"を失えば一瞬で殺されるだろう。


 どうやら、ここまでらしい。誰もが覚悟を決めた。

 その時、


「・・ぁ?」


 呆けたような声を出したのは、ミリアムだった。

 ミリアムの視線の先に、純白の翼を生やした美しい少年が浮かんでいた。いつ、どこからあらわれたのか・・。


 白翼の美少年が手を振り、"ガジェット・マイスター"の周囲を白く光る壁が包み込んだ。


「これ・・光魔法の光壁オーロラガード?」


 ジニーが呆然と呟く。


「みんな、今の内に、回復薬を飲んで! ケイナ、貴女も自分を回復して」


 ミリアムの指示が飛ぶ。


「ぅわ・・」


 スコットがけ反るようにして後退あとじさって座り込んだ。

 目の前で、白翼の少年が凄まじい炎を噴いたのだ。

 炎に触れただけで、陣地を突き破って押し寄せてきた死鬼の腕ゾンビハンドが松明のように燃え上がり、宙を漂う死霊レイスは一瞬で消え失せていた。


「あれ・・"ネームド"なの?」


 ミリアムがケイナを振り返る。


「さあ?・・でも、他に居ないわ」


 ケイナが安堵の表情を浮かべて座り込んだ。緊張が緩み、スコットが片手で目元を覆ってむせび泣きを始める。


 死鬼の腕ゾンビハンドかれてもかれても通路の奥から湧いて出てくるようだったが・・。


「ケイナぁーーーー」


「ミリアムぅーーーー」


 どこからともなく、ユアとユナの声が響いて来た。


「ああ・・ユアちゃん! ユナちゃん!」


 ジニーが信じられないといった顔で、死鬼の腕ゾンビハンドで埋め尽くされた通路奥を見た。魔物がひしめいた通路の奥から、小さな人影が手を振りながら駆けて来る。


 直後、


「セイクリッドォォォーーー」


「ハウッリングゥゥゥーーー」


 双子の声が響き渡り、眩い白光が通路の魔物を一掃した。


「お待たせっ!」


「待たせたっ!」


 白い閃光ハウリングの余韻が残る中を、双子がもの凄い勢いで突っ込んで来て、ケイナ達の前で横滑りに急停止する。即座に、ケイナ達全員が神聖術の光に包まれた。たちまちHPが全回復し、さらに継続回復魔法、防御魔法が"ガジェット・マイスター"全員に連続して付与されていった。


「本当に来てくれたのね」


 ケイナが思わず涙ぐむ。


「うははは、友は見捨てぬ!」


「むははは、"ネームド"参上!」


 ほぼ未使用新品の包丁を握って何かのポーズをとっている双子の後方で、ユキシラという美麗な少年が舞うようにして死鬼の腕ゾンビハンドを斬り捨てている。


「ホーリーレイン!」


「ホーリーサークル!」


 ユアとユナが、くるくると回転しながら辺り一帯に聖水を降らせ、足元一面に聖光の魔法円を出現させた。死鬼の腕ゾンビハンド死霊レイスも近寄ることすら出来ずに片っ端から消滅していく。


「あら・・?」


 ミリアムが視線を左右した。いつの間にか、白翼の美しい少年が消えていた。





=====

9月15日、誤記修正。

ガジェット・マスター(誤)ー ガジェット・マイスター(正)

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