第94話 殲滅

「事情は分かった。その決闘、俺が代わろう」


 そう申し出たのは、シュンである。


「代理決闘は認められていないわ」


 ケイナが残念そうに首を振った。あくまでも当事者同士が互いに合意した場合にのみ決闘は成立する。


「それは違う」


 シュンは、決闘についての規則を細目や特記事項までしっかりと調べていた。


「当事者よりレベルが低い者なら代理人になれる。ただし、代理人が命を落とした場合は依頼した当事者も同時に命を失う。さらに、決闘当事者よりレベルが10以上低い者なら、決闘発生時点でレギオンに参加していた者を助っ人として自陣に加える事ができる。人数に制限は無い」


「そんなルールがあった?」


 ケイナがミリアムを見る。


「ごめん。決闘について詳しく調べた事が無いわ」


 ミリアムが首を振った。


「さっさと、ボスの名前をタップする!」


「ぐずぐずしてるとび出されて死亡確定!」


 ユアとユナがスコットに詰め寄った。


「お、おう・・こうか? あっ、選択肢が出た! 本当だ。代理人に申請できるぞ!」


 スコットが眼をいてケイナに報告する。


「いいから、早く押す!」


「ボスにタッチ!」


「お、おう・・」


 スコットが双子に睨まれて操作を完了した。


「よし」


 シュンは即座に承認した。これで、シュンが決闘代理人だ。


「えっと、ボスさんは大丈夫なの?」


 ケイナが心配そうに双子に声をかけるが、ユアとユナはもう仕事が終わったとばかりに食事の準備を始めている。もちろん、ミリアムに作って貰った料理を取り出すだけだ。


「御大将、食事でございます」


「お茶もあるでございます」


 双子がお盆に料理を盛った皿と湯呑みを載せて運んで来た。


 しかし、


「消えた?」


ばれた?」


 双子の目の前からシュンの姿が消えていた。

 2人はそのまま黙って床にお盆を置いた。


「美味しいでゴザル~」


「美味でゴザル~」


 ユアとユナは何事もなかったかのように地面に座って食事を始めた。


「ちょ、ちょっと、ユアちゃん? 大丈夫なの?」


 ケイナが慌てた顔で双子に駆け寄った。


「収納してあったので、温かいままでゴザルよ?」


「腐ったりしないでゴザルよ?」


「そうじゃなくて、ボスさんよ!」


「ボスの分はちゃんと残しておく」


「ボスは、ご飯の事で怒ったりしない」


 もりもりと肉料理を頬張りながら、双子が美味しそうに眼を和ませている。



*****



(46階か)


 シュンは納得顔で頷いた。


 相手はただ召喚するだけでなく、地の利を整えた上でんだようだ。より確実に勝つための方策をきちんと考えている。58階に苦労するスコット達では、なす術なく命を落としただろう。


 崩れた城壁群に囲まれた朽ちた城館の中庭にばれていた。ぐるりと回廊に囲まれた中に、色鮮やかな妖花が群生して強烈に甘い匂いをさせている。


「身代わりか? 無意味な悪足掻わるあがききだな」


 上階の崩れた回廊の支柱に、少年が腰掛けていた。


「始めて良いのか?」


 シュンが顔を向けたのは、誰も居ないはずの回廊の隅だった。


「ほう? 幻花の香が効かんとはな」


 囁くように小さな呟きが聴こえて、ひょろりと痩せて背が高い男が姿を現した。どう見ても20歳は超えているだろう頬骨の張った顔に、眼が針のように細く、冷え冷えと酷薄な光を宿している。鼻の穴の縁、下唇、耳たぶに金の金具がいくつも埋めてあった。


ぶぞ?」


 シュンは、左手の甲へ眼を向けた。シュンが召喚されたように、シュンもまた相手を召喚できる。ネームリストに表示される名前の横に "DUEL" の文字が赤く光っている者が決闘参加者だ。


(・・なるほど)


 ヨーギムの他に、ずらりと並んでいた。ヨーギムはレベル65らしいから、レベル55以下のメンバー全員を決闘者に加えてきたらしい。どうやら、46階に居る全員が決闘の相手だった。無関係なパーティが来ていないのならやりやすい。


 シュンは上から順番に名前を押して、次々に決闘対象者を召喚していった。数秒遅れで、妖花の乱れ咲いた中庭に武装した少年、少女達が100名近くも召喚されて姿を現した。


 シュンは無言で水楯を周囲に展開した。


「お前が、ネームドのシュンか?」


 物静かに聴こえる声音で問いかけたのは、ヨーギム本人だ。ヨーギムの名を押して召喚したから間違いない。その姿は、先ほど妖花の中に立っていた痩せた男に瓜二つだった。ただし、別人である。こちらは顔こそ似ていたが、鼻や唇に装身具をつけていない。甲冑の上に黒いロングコートを羽織っていた。


「決闘用の召喚で喚ばれると、30分間どんな転移術も使用できず、カードの帰還転移機能も停止する」


 ヨーギムがシュンを観察しながら言った。


「もう逃げる手段は無い。応援者は入れない・・お前の女はどうした? ロンギヌスのアレクを腑抜けにしたっていう女は居ないのか?」


「今頃食事中だろう」


 シュンはほのかに笑みを浮かべた。


「隠したか。まあ、お前を殺してから女を捜し出せば良い。先か後かの違いだ」


 ヨーギムが黒いコートの前を開きつつ、小型の銃器を2丁取り出して両手に握った。


「対人戦は銃器の数だ。お前がどんな武器を持っていても、この数の銃弾は防げん」


 ヨーギムの声を合図に、周囲に展開した97名全員が銃を取り出してシュンに狙いをつけた。


「"ネームド"のシュン。"ガジェット・マイスター"のスコットの決闘代理人として、この決闘を受ける」


 シュンはヨーギムだけを見ながら宣言した。わずかに遅れて、テンタクル・ウィップを地中へ伸ばし、足下の床から黒い触手を生やしてヨーギムの足首を拘束する。さらに、近くにいる顔がそっくりな男の足にも巻き付かせた。


「なんだ!? く・・そ、撃てっ!」


 姿勢を乱しながらのヨーギムの号令で一斉に射撃が開始される。だが、シュンの周囲に水楯が幾重にも展張され、ただの一発も徹さない。


「召喚、アルマドラ・ナイト」


 淡々としたシュンの声と共に、黄金で縁取られた黒々とした大きな甲冑が静かに出現した。


(射撃しかしないのか?)


 まなじりを吊り上げて狂ったように銃を乱射している少年達、少女達の顔をゆっくりと眺め回してから、シュンは浮かんでいるアルマドラ・ナイトを見上げた。


「我が鎧と成れ!」


 シュンの命令に応えて、漆黒の巨甲冑アルマドラ・ナイトが胸甲を上下に開き、黄金色の宝珠を覗かせる。


「なんだ、あれ・・」


 呆然とした呟きが聞こえる中、眩い光の帯に包まれたシュンが胸甲の中へ吸い込まれて消えた。同時に、腰から上しか無かったはずの巨甲冑に脚部が生え伸びる。

 あまりにも想定外の、身の丈が30メートル近い巨大な重甲冑の騎士の出現に、銃を構えた少年少女は眼と口を大きく開いたまま立ち尽くしてしまった。


「馬鹿な、こんなの・・ありかよ」


 足首を黒い触手に捉えられ、地面に転がったまま、ヨーギムが呆然と巨大な甲冑騎士を見上げていた。すぐ後ろで、そっくりな顔をした男も尻餅を着いたまま呆けている。



 ブゥゥゥーーン・・



 アルマドラ・ナイトから、羽音のような音が重たく響いた。青白い水煙らしきものが漆黒の巨甲冑を包み込んで噴出し、背に拡がってマントとなる。


 さらに、



 ヒュイィィィィィィィィーーーーー・・・・



 巨大な甲冑騎士が、大きな剣を手に握って振りかぶった。白銀色の剣身を黄金のイバラが飾った長柄の大剣が、異様な高周波音を鳴らして光を帯びていく。


 やがて、巨大な甲冑騎士が "魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"をゆったりとして見える動きで振り下ろした。

 剣身の真下に居たヨーギムはもちろん、すぐ近くで倒れていた瓜二つの顔をした男が光に包まれて消し飛んだ。

 直後、轟音と地鳴りが46階に轟き渡った。


 割れるはずの無い床が引き裂け、黄金色の閃光が壁を突き破り、貫いて抜け、生きとし生けるものを蒸発させながら一直線に走り抜けていった。


 そして、岩を液状に溶かす高熱の嵐が周囲に吹き荒れた。

 一瞬にして光る粒となって飛び散った少年少女達だったが、半分近くは蘇生して復活し、また蒸発して消えていった。ヨーギムも復活したが、苦悶の形相を浮かべて消し飛んだ。



(死ぬと発動する蘇生魔法か、ユアとユナが覚えたと言っていたな)


 即死する環境下では苦しみを何度も味わうだけで意味が無いようだった。


 シュンはアルマドラ・ナイトと同化したまま、全員が光る粒となって消え去るまで見届けていた。


『ちゃんと死の国にいったです。迷子無しです』


 守護霊が満足そうな口調で告げた。

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