第97話 レギオン・ミーティング <下>

 薬品騒動から、ポテチ騒動へ。

 "ロンギヌス"のアレクを押しのけ、"ケットシー"のロシータが取り仕切って、中位薬の取引をまとめ、ポテチ(コンソメ味)32個を買い占めた。


「やり切りました」


 ロシータが感無量といった表情で椅子に座る。その様子を "狐のお宿"の2人が、苦り切った表情で睨んでいた。


 取り引きは、ほぼロシータの独壇場だった。

 生産者のシュンは十分な利益を受け取り、ロシータは買い占めた薬品を"狐のお宿"へ倍の値段で売った。


「相変わらず、えげつねぇな」


 アレクが呆れている。


「レギオンメンバーに必要な薬品は確保できました。シュン様にお支払いした金額の回収も致しました。"竜の巣"には1デンの損害も出していません。何かご不満でも?」


 ロシータがお茶を手に目の端でアレクを見た。


「・・シュン、こういう女だ。眼の前で転売をやられて腹が立つだろうが、今回だけは眼をつぶってくれ」


「俺は構わないが、"狐のお宿"の方は良かったのか?」


 ロシータのパーティ"ケットシー"が、シュンの作った中級薬を買い占めて "狐のお宿"に倍の値段で売った。シュンの提示した最低金額以上の値段で売ってくれたので、シュンの方は問題ないのだが・・。


「あちらさんは大金持ちだ。金のことなら問題ねぇよ」


 アレクが苦く笑う。


「今回の一件、情報不足による私達の判断ミスです。率直に謝罪します。多額の支出ではありましたが、シュンさんを軽んじた罰として甘んじて受け入れましょう。シュンさん、申し訳ありませんでした」


 "狐のお宿"のアオイが、シュンに向けて丁寧に頭を下げた。


「ロシータさんには色々と申したいことがありますが、ともかく我々もシュンさんの中級薬を手に入れることができました。ただ、少し必要本数に届かないので、できれば追加発注を受けていただけまんせんか?」


「シュン様の指定代理人として、"ケットシー"が仲介致しましょうか?」


 ロシータが澄ました顔で提案する。

 途端、アオイが柳眉を逆立てた。


「黙りなさい! 中級薬なら・・今回の値段なら"ケットシー"単体での買い占めができたでしょうが、10万ポイントを回復するという上級薬、蘇生薬となると、どう頑張っても独占はできないでしょう!」


「あら? そのような薬は無いと、"狐のお宿"さんは仰っていたんじゃありません? そちらさんの、お抱えの上級薬師さんがそう言ったとか何とか? 無い物を買おうだなんて、お脳が溶けたんじゃありませんこと?」


「うちの薬師の腕は間違いありません。言っている事も本当だと思います。しかし、シュンさんの魔法は、まったくの別系統の魔法に見えました」


 アオイがロシータを無視してシュンを見た。


「創作魔法に違いがあるのか?」


 シュンは"お菓子"に邪魔されたMP回復薬を1本作り終えて、ロシータに手渡した。これでリストにあった薬品は完納である。


「創作というのは、生産系で使用する魔法の総称でしょう? 創作物によって系統が細分化されているはずでは?」


 いたのは、タチヒコだった。


「そういうものかな?」


 シュンは首を傾げた。

 シュンの認識としては、創作魔法は一種類なのだが? 元になっている知識は、ダークグリフォンから奪ったものだ。薬品作りをする事が多いのは、迷宮に入る前から傷薬や解毒剤など自前で調合していたからだった。

 委託販売は行っていないが魔導具作りもやっている。まだ未使用だが、罠などに使用する刃物や狩猟道具などの試作をやっていた。シュン自身に、魔法を使い分けているという認識は無い。


「・・スキルを教えろというのはマナー違反でしたね。申し訳ありません。ですが、一つだけよろしいですか?」


 タチヒコがシュンを見た。


「なんだ?」


「なぜ、レベル25なのですか? 少なくとも、貴方のお連れの女性はアレクさんを納得させるだけの強さを持っていたわけですよね? 薬を生成する魔法操作の腕前を拝見しただけでも、貴方も同等か、それ以上の強さだろうと想像できますが・・」


 素直な性格なのだろう。当惑をそのまま表情に出して訊いてくる。


「練度が上がると取得経験値が少なくなる。それは知っているか?」


「ええ、最近までは確信が持てませんでしたが・・」


 魔法や武技などの練度が上昇することで、わずかながら取得経験値の減少が見られるようになったと、タチヒコが説明をした。


「73階のアギ・キマイラをパーティで斃すと、どのくらいの経験値を得られる?」


「"一番隊"が指揮するレギオンで、6万前後ですね」


 タチヒコが答えた。


「"ネームド"は、58~62だ」


「・・はい?」


 タチヒコだけでなく、その場の全員が耳を疑った。いや、ケイナだけは表情を変えなかったが・・。


「それだけの練度の差があると理解してくれ」


「練度・・って、ありえますか? そこまでの差が・・」


「レベル25で73階を狩り場にしているのは事実だ。信じる信じないはそちらの自由」


 シュンは話は終わりとばかりに口をつぐんだ。

 嘘偽りの無い話である。


「シュン、いて良いか?」


 アレクが口を挟んだ。


「なんだ?」


「おめぇ、いつから練度上げを?」


「迷宮に入る前からだ。ぎりぎり30日間、外で粘った。レベルは上がらなかったが、体の強さや技能・・スキルの上昇は感じられた」


「すげぇな・・迷宮に入る前からやってたのか」


 アレクが低く唸った。


「いきなり迷宮に入る方が凄いと思うがな」


「・・言われてみりゃ、そうだな。うん・・確かにそうだ」


 アレクが納得顔で頷く。


「薬の話に戻すが・・蘇生薬は人数分用意した方が良いと思う。神聖術の術者はあまり多くないと聴いているし、術者の負担が減らせるのは悪くないだろう?」


「悪くないどころか、是非ともお願いしたいです。もちろん、代金はお支払い致します」


 アオイが身を乗り出す。


「そうなると値決めか・・」


 シュンは少し考えてから "ケットシー"のロシータを見た。この女はその手の交渉が好きそうだ。


「100万でどうでしょう? まあ、1000万以上になっても良いほどの秘薬ですが、さすがに1000万では人数分を揃えるわけにはいきませんから」


 ロシータが提案する。


「"お宿"は、1000万でも構いませんよ?」


 アオイが挑発的な笑みを向けると、


「では、"ケットシー"が100万で購入したものを、1000万でお譲りしましょうか?」


 ロシータが満面の笑みを返す、その眼をアオイが無言で見つめ返した。


「値は、そちらで決めてくれ。最初に言ったように、正当な対価さえ支払って貰えるなら薬品は俺が用意する。とりあえず、蘇生薬を318本、上級傷薬とMP薬を954本ずつで良いか?」


 シュンは手帳を取り出して品名と個数を記入した。


「すみません。厚かましいとは思うのですが・・SP薬はありませんか?」


 いたのはタチヒコである。


「SP薬は、回復量が5万、10万、50万の物があるが?」


「ご、ごじゅ・・そんな薬まであるんですか!?」


「シュン様? 改めまして、"ケットシー"のリーダーをしているロシータと申します。よろしければ、リーダー登録を行いませんか?」


 アオイと睨み合っていたロシータが凄い勢いで走ってきて、シュンの手を握ろうと手を差し伸ばした。


 手が触れるか触れないかの寸前で、


「・・アチッ!」


 ロシータが慌てて手を引っ込めた。いきなり、シュンとの間に白い炎の壁が出現したのだ。


『燃やすです!』


 守護霊が怒り心頭な様子である。


「ああ・・俺には攻撃性の強い守護霊が宿っているので気をつけて欲しい」


 シュンは苦笑しつつ、カーミュに姿を見せるよう伝えた。途端、白翼の美しい少年がふわりと宙空に浮かび上がって、ロシータを睨み付ける。


「・・ふわぁぁぁ」


 ロシータが妙な声をあげて、豊かに盛り上がった長衣の胸元を握り締めた。


「無闇に近付かなければ大丈夫だが気を付けてくれ。タチヒコ、SP薬はどれを何本用意すれば良い?」


 シュンがタチヒコを見る。


「10万回復の物を36本、50万の物を6本・・」


「"竜の巣"は12本だ。50万を12本頼む」


 アレクが割って入る。


「分かった」


 シュンは手帳に書き入れた。


「なんだか、凄いことになってきましたね。最初にシュンさんに無礼を働いてしまった愚かさが悔やまれます。何か謝罪を・・代金はもちろんお支払いしますが、他に何かありませんか? "狐のお宿"で協力できることなら何でも致します」


 アオイがシュンの前へ近づいて来た。

 カーミュがじろりと睨んだ。燃やす気満々である。


「そうだな・・謝罪などは必要無い。ただ、いくつか質問がある。先日、ヨーギムという男のレギオンと決闘をやった。あの件、ここの人間は関係してないのか?」


 シュンはヨーギムの事について訊くことにした。すでに決着した事だが、得心がいっていない部分がある。


「・・あらましは聴いています。あそこは、暗殺レギオンを自認していましたからね。エスクードに着いたばかりのレベルが低い者を狙って、威圧行為を繰り返し、街から追い出すか、屈服させるか・・さもなければ殺していたようです。アレクさん?」


 アオイがアレクを見た。


「なんだ?」


「ヨーギムと付き合いがあったでしょう?」


「あったぞ。何度か、討伐戦を一緒にやった事がある」


 アレクが頷いた。


「その暗殺ごっこに・・アレクさんも関与していたということですか?」


「そんなつまらねぇことを俺がやるかっ! と言いたいところだが、うまくのせられて、危うく片棒を担がされるところだったな」


「喫茶室に乗り込んだ武勇伝は聴きましたよ?」


 アオイが笑みを浮かべる。


「言ってろ!」


「あの時、よく決闘を思いとどまったな」


 シュンは、今でもあの時のアレクの変心ぶりが理解できない。


「ああ、俺には"竜眼"ってスキルがあってな。色々便利な眼なんだが・・その中の一つに、相手が本当の事を言っているかどうかを見抜く力がある。まあ、思うように発動しねぇんだがよ」


 ユアナにティースプーンで機先を制され、しかも決闘すれば全滅するぞと言われた。あの時に、"竜眼"が発動して、ユアナの言葉に嘘偽りが無いと知ったらしい。


「なるほど。それで納得がいった」


 シュンは頷いた。特別なスキルによる判断だったのか。


「便利な能力だが、実際に会って"竜眼"で見ないと分からねぇんだ。それでお前の面をおがみに行ったんだが・・」


 アレクが頭をく。


「ヨーギムに何を頼まれた?」


「あれか・・何だったかな? 確か・・やたらに儲けている薬売りがいる。低レベルなのに生意気だの、レギオンの専属薬師になるように追い込むだの、断るようなら殺してやるだの、他にもうだうだ言ってたが・・聴いてるだけで鬱陶うっとおしくなったから、俺が直接会って気に入らなかったら好きにしろ・・ってぇ話になったんだったかな? ん? なんでそうなるんだ? なんか理屈が妙じゃねぇか?」


 自分で言っておいて、アレクが難しい顔をして首を傾げている。


「脳筋というより、脳味噌が無いんですね。意味がまったく分かりません。真なる馬鹿ですね」


 ロシータの呟きが聞こえる。


「まあいい。それで、よく考えたら、俺はシュンの顔を知らねぇじゃねぇか? どうやって探すんだって事になって・・ああ、ヨーギムの腰巾着がやって来て"自由騎士同盟"のダイって奴が、シュンを知ってるから連れて来るって話になった」


 それで、"自由騎士同盟"に所属していたダイが案内役として駆り出されたらしい。


「ダイは、ヨーギムと繋がりがあったのか?」


「ねぇだろ。ヨーギムの野郎は、レベル50以下を人間扱いしねぇ奴だった。ああ・・ダイだったか? あいつはエスクードに着いて早々にヨーギムの弟にボコられたらしいから、繋がりが全くねぇってことは無ぇな。結構、いびられたらしいぜ。そんで、"自由騎士同盟"に逃げ込んだって話だ。あそこは、トップ落ちして攻略を諦めた連中のたまり場だからよ」


「・・そうか」


 シュンは小さく頷いた。大雑把ながら経緯を知ることができた。アレクが本当の事情を知っているかは怪しいが、ヨーギムの狙いがシュンだった事だけは間違いなさそうだ。これ以上の事情には興味が薄い。


「そもそも、てめぇらが買い占めやがるから、他のパーティに薬が回らねぇんだろうが!」


 何を思ったのか、突然としてアレクがアオイとタチヒコに苦情を言い始めた。


「とんだ言い掛かりですね。うちは攻略に必要な個数を確保しているだけです」


 アオイが眉をしかめて言い返す。


「・・レギオン、移ろうかなぁ」


 ぼやいたロシータが見つめる先で、シュンが創作魔法陣を浮かべて薬作りを始めていた。今度は大型の魔法陣の内側に8つの小型魔法陣を浮かべて作業している。


「75階から上はどんな感じなんだろう?」


 シュンが薬品を生成しながら訊いた。


「過去に迷宮外に出て行ったいくつかのパーティが突破したと記録に書かれているだけで、詳しい情報がありません。74階を突破した者がそもそも何名居るのか不明なのです。なにしろ私達が挑戦を始めてから、一組も突破できていませんから」


 アオイの言葉に、シュンは驚いて顔を上げた。


「私達がエスクードに到着してから9年が経ちました。今でも70階辺りのレベル上げは命がけです。少しの乱れで、あっという間に全滅まで追い込まれ、ぎりぎりで帰還転移をすることも多いのです」


 アオイがシュンを見る。


「ご存じでしょうか? 50階を越えてからの魔物はHPが大幅に増大し、階層主のようにHPが自動的に回復し続けるのです。ずいぶんと前の事になりますが、50階層から上は、すべてレギオン推奨だと、神から忠告を受けたことがあります。やってみると事実その通りでした」


「・・神様が?」


 シュンは軽く眼を見開いた。そんな忠告めいた事は一度として言われたことが無い。


「感覚的には、10パーティ以上でレギオンを組んで、ぎりぎりでしょうか。属性の相性がありますから、魔物によっては簡単に斃せることもありますが・・」


「50階を攻略するなら、レベル50以上の探索者を60人以上集めなければならないというのが、エスクードの住人の常識になっています」


 タチヒコが話を引き継いだ。

 "狐のお宿"の2人から聴かされる話は非常に興味深かった。過去の探索者が残した資料を調べ上げ、検証しながら積み上げてきた知識と経験が多く、シュンが知らない"常識"を知っていた。


「外の世界には?」


 シュンは分裂反応を起こしている薬液を魔法陣の上で回転させながら訊いた。


「何度か外には行きました。今でも取り引きで出向くことがありますが・・あちらの社会に深入りするつもりがありませんので、長居はしないようにしています」


「・・なるほど」


 "狐のお宿"は、しっかりとした行動方針を持っているらしい。


「シュンさんの戦闘面での力はまだ見ていませんから評価ができません。しかし、調薬の力は目の当たりにしています。それだけでも、うちのレギオンに加わって貰いたいというのが正直な気持ちです」


「それは断る」


 シュンは即座に首を振った。


「ええ、今はレギオン同士、同盟を組めたことで十分です」


 アオイが笑う。最初の頃とは違い、ずいぶんと和んだ表情になっている。


「"狐のお宿"は、"狩人倶楽部"のレギオン同盟参加を歓迎します」


 アオイが丁寧にお辞儀をして見せた。


「今さらかよ! 当然、"竜の巣"は大歓迎だ!」


 アレクが立ち上がってシュンの肩を叩く。


「・・できた。これが蘇生薬だ」


 シュンは薄い白光を放つ液体がしっかりと安定したことを確かめて、ポイポイ・ステッキで収納した。収納物を表示させて確かめると、12本の小瓶に収められ、蘇生薬という表示になっていた。


「今後のためにも、リーダー登録をお願いします。パーティ名は"一番隊"です」


「ちょ・・"ケットシー"もお願いしますわ、シュン様」


 アオイとロシータから、相次いでリーダー登録の申請が出された。

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