第141話 ホワイトクラウン

 水霊珠から、精霊獣という存在に成長したそうだ。

 水霊珠からの変化だから、水霊の何かだろうと思っていたのだが、毛並みの色と同様、マリンは氷雪を操る能力に特化した能力を持っていた。


「アイス、作れる?」


「かき氷、作れる?」


 ユアとユナが代わる代わる真っ白な精霊獣を抱きながら訊いている。

 残念ながら、カーミュと一緒で、精霊獣であるマリンの声はシュンにしか聞こえない。ただ、カーミュと女悪魔は会話ができているので、何らかの方法があるのだろう。


『ごしゅじん、あいすなに?』


 するりと双子の腕を抜けだして、マリンがシュンの肩へ舞い降りる。


「これだ」


 シュンはポイポイ・ステッキから、バリバリ君のレモネ味とコラ味を取り出して見せた。

 マリンが匂いを嗅ぐように鼻を近づけ、すぐにシュンを見上げて首を傾げる。


「包みに入っているからな」


 シュンは袋を破いて中身を取り出した。


『へんなにおい』


「マリンは何を食べるんだ?」


『ごしゅじん、たべる』


 マリンが肩に上ってシュンの首に尾を巻き付ける。


「・・カーミュ?」


 シュンは、白翼の美少年を見た。


『マリンのご飯は、ご主人の霊気なのです』


 カーミュが笑みを浮かべる。


「霊気か。そうだったな」


 シュンは苦笑しつつ、包みを破いたバリバリ君をユアとユナに手渡した。正直、霊力については、まだよく分かっていないが、そうした力があるのだろうと感じる時はある。

 神様が戻ったら、ステータスで表示されない力についても訊いてみたいものだ。


「サヤリ、リールに連絡をして状況を訊いてくれ。ユアとユナは、"狐のお宿"と"竜の巣"に連絡。商工ギルドに代表者を来させてくれ」


 首に白い精霊獣を巻き付かせたまま、シュンは3人に指示をして、ムジェリ製の通話器を手に取った。ムジェリに追加で製作してもらった箱型の中継器を10層毎に設置しているため、1階から100階までが通話範囲になっている。非常に便利な魔導具だった。


「アオイとタチヒコが来る」


「アレクとロシータが来る」


 ユアとユナが話をつけて戻って来た。


「本日は、2千名ほどが侵入を企てたそうです」


 リールと通話を終えたサヤリが報告する。


「よし・・起きている出来事について、アオイやアレク達に伝えておこう」


 シュンは3人を連れてホームを出た。


「全部話す?」


「どこまで話す?」


「下層の出来事だけだ」


 自分の眼で見ていない出来事を話すわけにはいかない。事実だと確認できた情報だけを伝えるべきだろう。


「アイアイ」


「ラジャー」


 ユアとユナが敬礼をした。


「あっ、統括様!」


 ギルド内に入るなり、商工ギルドの羽根妖精ピクシーがめざとく見つけて飛んで来た。"ネームド"の担当になっている少年だ。


「何か起きたか?」


「ゲイルという人が統括を訪ねて来ています」


「知らない名だ。用件は?」


 シュンは羽根妖精ピクシーの少年を見た。


「迷宮の秘宝について、会って話がしたいと」


「探索者か?」


「はい。レベルは86、最高到達階層は76階。パーティ名は"ホワイトクラウン"・・同レベルのメンバー5人を連れています」


「知らないパーティ名だな。知っているか?」


 シュンはユアとユナを見た。


「ノン」


「ノン」


 2人が首を振る。


「そのホワイトクラウンは、どこに居る?」


 シュン達が75階を突破して以降、誰1人として74階から上に進めていない。つまり、それ以前に75階をクリアした探索者という事だ。この時期に迷宮へ戻った理由を訊いてみるべきだろう。


「何名か捕らえますか?」


 サヤリが戦闘服に換装しながら訊いてくる。


「そうなるかもしれない。流れによっては決闘を申し込む」


「了解いたしました」


 サヤリが小さく首肯した。シュン達の会話を聞いて、羽根妖精ピクシーの少年が顔から血の気を失っている。


「あのぅ~、統括様? いけなかったですか?」


「いや、よく連れてきてくれた」


 欲しかった外の情報を入手できそうだ。

 シュンは"ネームド"の戦闘服に換装し、"護耳の神珠"に触れた。


「リール、1階はどうだ?」


『主殿、何も変わらぬ。騎士が捨て身で飛び込んでくるばかりじゃ』


 相変わらず、ひたすら数押しで突入を試みているらしい。


「入口を通らず、帰還転移によって迷宮に戻る連中がいる。迷宮内に散っている探索者の動きを把握したい」


使い魔インプの数は増やせるが、さすがに全層となると網羅できぬ』


「こちらで位置を検索し、階層を指定する」


『それならば可能じゃ』


「よし、指示するまで1階の監視を継続」


 シュンは通話を切って、羽根妖精ピクシーの少年を見た。


「どうした? 案内してくれ」


「ぁ・・はい!」


 羽根妖精ピクシーの少年が慌てて先頭を飛び始める。

 商工ギルド内では無く、神殿近くの噴水で待っているらしい。


「あ、統括っ! 迷宮外の状況を調べて参りました!」


 通りの向こうから羽根妖精ピクシーの少女が飛来して、早足に歩いているシュンの横へ並ぶ。転移門で報告してくる羽根妖精の1人で、赤い髪を短く切った少女だった。


「外の村は全滅です。生き残っている人はいません。迷宮都市との間を隔てる結界は、3箇所で破られ、魔導具によって強制解放されたまま固着。迷宮都市を拠点に、大勢の兵隊が侵攻を行っています」


 早口に報告する羽根妖精ピクシーの少女を、シュンはちらと見た。


「最初の村は1ヶ月で消失するのでは?」


「新規の探索者が滞在を開始してから1ヶ月で消失します。今は、新規の探索者がおりませんので、村は消えません」


 羽根妖精ピクシーの少女が遅滞なく答えた。


「名は?」


「カリナです。15層から下の調査を担当しています」


「カリナか。最初の村の周辺は夜間になると大型の鳥の魔物が出る。兵士達は、あれを斃しているのか?」


 あれは、外で暮らしている人間にとってはかなりの難敵だ。


「あの大鳥は、新規の探索者が村に滞在している時しか発生しません」


 羽根妖精ピクシーの少女が言った。初めて耳にする情報だった。


「結界の穴から迷宮都市へ魔物が出て行く可能性は?」


 結界の穴を固定して開きっぱなしにしているということは、こちら側の魔物が外へ出て行けるということだ。


「はい、可能性はあります。ただ、今のところ、結界の穴を迷宮都市側へ抜けた場所に大掛かりな防護柵が巡らされ、大型の弩バリスタによる一斉射撃等で仕留めているようです」


「よく向こう側を調べられたな」


 この羽根妖精ピクシーは、迷宮都市側の兵士達が厳重に警戒している様子を覗いてきたらしい。


「潜伏は私の特技です。私の天職は"暗殺者"と"死霊使い"ですから」


 羽根妖精ピクシーの少女が言った。


「カリナも探索者だったのか?」


「はい。神様が迷宮をお造りになったばかりの頃、当時、外の世界で迫害を受けていた種族を集めて迷宮に連れてきて下さったのです」


「神様が?」


 迷宮ができた当時は、原住民の孤児ではなく、羽根妖精ピクシーや獣人を集めて迷宮へ入れていたらしい。


「その上で、様々な役割をお与えになりました。新しい迷宮を試すために探索者、町の住人としての生活、宿屋などの経営、掲示板や転移門などの魔導装置の保全・・沢山ある御役目の中から、私は探索者を志望しました」


「カリナも74階の龍と戦ったのか?」


 羽根妖精ピクシーが、あの四方龍とどう戦ったのか興味深い。


「はい。ですが、当時は2頭のみでしたし、強さも制限されていました。あくまで試験運用をして不具合を見つけるための"探索者"でしたので」


「なるほど・・それは下層迷宮の話か?」


「はい。中層、上層の迷宮はまるで成り立ちが違うという話です」


「・・そうか」


 このカリナという羽根妖精ピクシーの少女がもたらしてくれる情報は、シュン達が知らなかった事ばかりだ。羽根妖精ピクシーに対する認識を改めた方が良いかもしれない。


「1度、時間をとって迷宮についての情報を整理したい。カリナを含めて、元探索者だった管理人を集められるか?」


「大丈夫です」


 羽根妖精ピクシーの少女が頷いた。


「これから、迷宮外から戻った探索者達に会う。姿を隠して監視をしてくれ」


「お任せ下さい」


 返事と共に、空気に溶けるように羽根妖精ピクシーの姿が消えていった。同時に、気配までが希薄になっている。


「見事だ」


 シュンは口元をほころばせた。


「恐縮です」


 少女の声がシュンの耳元でささやいた。


「統括っ、あそこの6名です」


 その時、先導していた羽根妖精ピクシーの少年が指さした。


 甲胄姿の少年が3人、神官衣のような物を着た少年が1人、革鎧姿の少女が1人、肌身を露出させた扇情的な黒衣姿の女が1人。

 近付いて来るシュン達に気付くなり、一斉に向き直ってこちらの風体を見回している。


「"ネームド"のシュンだ」


 名乗ったシュンを中央に、左右にユアとユナ、後背にサヤリが立つ。


「あんたが? これが"ネームド"の全員か?」


 甲胄姿の少年達がいぶかしむように訊いて来る。露骨にあなどった視線が双子に向けられ、好奇の視線が後ろのサヤリへ注がれる。


「用件は?」


 シュンは静かな声音でたずねた。


「ちょっと込み入った話がしたいんだが・・人数集めて囲まれたんじゃ話しにくい。聴いたんだが、あんたら"ネームド"はトップパーティなんだろう? エスクードの外で話をしないか?」


 笑みを浮かべた少年が転移門の方を親指で示して言った。


「なんだったら、そのロリっ子2人は町へ残しておいても良いんだぜ?」


 少年の1人が冗談めかして言い、他の5人がくすくすと嘲笑を漏らしてみせた。"ネームド"をエスクードの外へ連れ出すための安っぽい挑発行為だ。


「外へ行こうか」


 シュンは無表情に頷いた。


 こうして、かつて下層迷宮で勇名をせ、トップレギオンを率いていた最強パーティ"ホワイトクラウン"は最期を迎えた。







=====

9月22日、誤記修正。

滞在中している(誤)ー 滞在している(正)


シュンの首の尾(誤)ー シュンの首に尾(正)

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